60、アス、マオウ、シス
夜明け前に異変が起こった。外が急に騒がしくなったのだ。あちこちで、防御バリアが発動している。非常時の自動バリアなのだろう。術者の姿はない。
「魔王だ! 魔王軍の襲撃だ!!」
「迎え撃て! 旅人は建物に避難しろ!」
(は? 何を言っている? 俺はここにいるが?)
俺が開けていた窓も勝手に閉まって、防御バリアが作動した。いったい、何の騒ぎだ? 避難訓練か?
ピカピカ、チカチカ
突然、照明光が降り注いだ。と同時にサーチ魔法の不快感も感じた。上からだ。シードルか。なぜ建物の中をサーチする? 襲撃が気になったなら、襲撃者を見るはずだ。
(おかしい。何が起こっている?)
そのとき、マルルから強い念話が来た。しかも、傍受対策をしてある暗号だ。
俺は、幻惑魔法をゆるくまとった。あのサーチに引っかからないようにするためだ。そして、マルルの念話を受け、解読した。
『アス、マオウ、シス』
マルルの未来予知か。俺は返信した。
『ワナダ、ウゴクナ。シロニ、ヒキコモレ』
『タスケニ、イク』
『ソレガ、ネライダ。ゼッタイニ、ウゴクナ』
『ヤダ』
『シタガワネバ、ヨチドオリニ、ナルゾ』
『……ワカッタ』
『シロイセキヒガ、ヤツノ、メダ。シロノ、チカクノ、セキヒヲ、コワセ』
『ヒカリノ、ヤツ?』
『ソウダ』
『ラジャ』
城はとりあえず大丈夫か。だが、この騒ぎを知ると血の気の多い配下達は、汚名を晴らそうと神都に進軍してくるに違いない。
マルルが、止めるにも限界がある。あまり時間はないな。
こんなときこそ、冷静に頭を整理せねばならないのに、平和ボケか。外の騒ぎがうるさすぎて、この事態をどう収拾すべきかが、全く考えられない。
「カール、いったい何があったんだい?」
赤い髪の勇者は目を覚ました。危機だと感じたのだな。シルルも起きてきた。赤ん坊ドラゴンは、シルルに抱きかかえられて眠っている。
「アークさん、わからないです。突然騒がしくなって、あちこちで防御バリアが作動しています」
「訓練か何かかい? それにしては空気感がおかしい」
外では、炎が放たれた。妙な光もサーチも消えた。いや、別の建物を照らしているな。この騒ぎに関心がないのか……人々の反応を見ているのか。何かを探しているのか?
コンコンコンコン!
せわしなく、扉を叩く音が聞こえた。
「はい」
赤い髪の勇者が返事をすると、扉が開き、顔面蒼白の従業員が駆け込んできた。
「助けてください。何人もの重傷者が!」
「わかった、すぐ行こう」
赤い髪の勇者は飛び出した。シルルも続いた。仕方ない、俺も後に続いた。
1階に降りると、エントランスに剣を持った数人の侵入者が居た。斬られたのか、従業員が何人も倒れている。
あれは、教会の制服か。うん? 爺さん? 宿屋の入り口付近で、言い争っている白髪の老人がいた。
「魔王軍なわけがない。ただの魔族の襲撃だ」
この宿屋の主人が、教会の制服の男と口論しているのか。
「魔王軍だ! さては、おまえ、魔王に洗脳されたか」
ズサッ
(なんだと?)
バタン
キャー!!
「おまえ、何をしている! 教会の牧師だろ」
赤い髪の勇者が、宿屋の主人を斬った男を蹴り飛ばした。
「ヒヒヒ、魔王軍は滅ぼす! 魔族は滅ぼす!」
奇声を上げながら、教会の制服を着た数人は、外へ出ていった。
「カール! お爺さんが!!」
シルルが泣いている。必死の顔で、俺を見ていた。だが、即死だ。しかし、まだ魂は近くにいる……。
「シルルちゃん、残念だけど……」
「嫌〜っ! カール! なんとかして」
「シルル……即死だよ」
「嫌だ、いやぁ〜、パパぁ〜」
シルルの父親は、シルルの目の前で死んだのか。
記憶を封じてあるこの状態で、無理にこじ開けるような強烈なストレスは……シルルの心を壊すか、術者の命を壊す……。術者はおそらくシルルの母親だ。
(迷っている時間はない)
俺はシルルの元に駆け寄った。
「上手くできるかはわからない。それに禁忌魔法だ」
「うぐっ、カール」
「クゥと一緒に、少し離れていて」
「わがっだ、うっぐ」
俺は幻惑魔法をかけながら、長い詠唱を始めた。冥界の門も開いている。爺さんも冥界の光に囚われている。だが……。
『魔王カルバドスが命ずる。その者の魂、しばし身体に戻せ』
『もう冥界の門をくぐった者を帰すわけにはいかぬ』
『死神ごときが、俺に指図するな』
『それでは秩序が……』
『外にうごめく奴らを放置しているのは、おまえの怠慢だろ』
『アレは、シードル様が……あ、いえ、あの』
『こんな個体よりも、外の掃除をするべきじゃないのか、死神! しかも、あちこちに何十万と生きた屍を放置しているのは、秩序正しい行為か』
『申し訳ございません。ですが、この個体を戻す理由が……』
『この爺さんとは、世間話をする約束をしている。目の前で、死なれては後味が悪いではないか』
『は? それだけですか。何か利用価値が……』
『こんな爺さんに利用価値があるのか?』
『い、いえ。それなら構いません……』
『おまえ、シードルに肩入れするのはやめろ。俺のことを告げたら殺すからな』
『ひ、ひぃ〜、話しません、決して話しません』
死神は、冥界の門を閉じた。ふん、素直に渡せばいいものを。
俺は冥界の光から解放された爺さんの魂を身体に戻した。
「うっ、かはっ……」
息を吹き返したか。俺は、ゆるい治癒魔法をかけた。
「シルル、団子だ」
「う、うん! カール、すごいっ!」
シルルは、泣きながら駆け寄ってきた。そして、まだ息も絶え絶えな爺さんの口に、白い『魔力だんご』を放り込んでいる。
「1個じゃ、無理だよ。2〜3個食べさせないと」
「うん、わかった」
必死にシルルは、爺さんの口に団子を運んだ。自分が救わねばという責任感が、シルルを動かしている。これでよい。自分の手で救ったことで、シルルの心のストレスは軽減されるはずだ。
「シルル、ゆっくり食べさせて」
「う、うん、わかった」
爺さんを刺した剣には毒が塗られていたのか、イマイチ団子の効果が薄い。刺された傷口がなかなか塞がらない。
いや、毒ではない……これは、アイツの光……光属性の魔剣か。俺の団子だから、効きにくいのか。
(アイツ、魔族を本気で……)
教会の制服を着た奴らすべてに、あんな剣を持たせているなら、シードルの神具が作り出した武器だ。こんなものを量産していたのか。
俺に世界を制圧させ、覇者としての地位を受け渡す約束を無視し、戦後復興まで魔王軍にさせている中で、こんなものを用意していたか。
俺は、血が沸き上がるような怒りを感じた。これでハッキリした。アイツは、魔族すべてを殺す気だ。しかも自分の手を汚さず、すべて信者にやらせるのだ。
いや、信者だけじゃない。魔王軍のフリをさせられ、外でうごめいているのは、すべてアンデッドだ。
白い石碑のまわりに集めて保管していた大量の死体は、偽の魔王軍を作り上げ、各地を襲わせるためのものか。
勇者を集めて洗礼を受けさせているのは、これか。アンデッドには光の魔剣は持たせられない。勇者に光の魔剣を持たせて使い潰す気か。
アイツは、魔王軍が、この事態を収拾しようと動き出したところに、光属性の装備で固めた勇者の集団をぶつける気だ。
そんなことになると、たかが勇者とはいえ、魔王軍の被害は甚大だ。勇者の数によっては……。くそっ!
(俺は、どうすればいい……俺は……)
「カール、カールってば! 他の人にも団子を食べさせる?」
「あ、あぁ、そうだな」
「どうしたの? カール、様子がおかしいよん」
「シルルちゃん、カールが使った魔法は、おそらく禁忌の冥界魔法だ。とんでもなく消耗する」
「えっ、カール大丈夫なの」
シルルが、俺の顔を覗いてきた。そうだ、怒りにとらわれている場合ではない。考えろ! 俺がすべきことは……。
「シルル、大丈夫だよ。皆に団子を配って。足りる?」
「砂漠でたくさんもらっておいたから、たぶん大丈夫」
「えっ? ガチャガチャ用のやつ?」
「うん。カールがいっぱい作ってたもん、ほら」
シルルがいつも持ち歩く謎のカバンの中には、セロファン袋に入った大量の団子があった。そんなに大量に作ったか?
「ガチャガチャには入れてないの? いや、入ってたよね」
「うん、カールは、妖精さんをジッと睨んで団子いっぱい作ってたよん」
(無意識だ……彫刻の呪具のせいか)
アイツの頑固さにイライラして団子をこねていたか。ほんとにストレス耐性が身についたぞ。
ふっ、くだらないことを考えていると、落ち着いてきたようだ。俺はその場に座った。床の冷たさが心地よい。頭の中が、スーッとクリアになってきた。俺は目を閉じ、ハァーと息を吐いた。
シルルは、倒れていた宿屋の従業員に、団子を配り始めた。彼らの傷は深くはないのか、団子1個で完治しているようだ。
「カール様」
宿屋の主人の爺さんが、声をかけてきた。
「あ、カールは、今はあまり話せる状態じゃないと思うぞ。かなりの無茶をした」
赤い髪の勇者が、俺の代わりに返事をした。
「そうですよね。助けていただきありがとうございました。やはり、気付かれましたよね、私が普通の人間ではないことを……」
「ご主人、どういうことだ? 俺には人間にしか見えないが」
「少し混ざっているのですよ、魔族の血が。だから、あの程度の一撃で瀕死になったんです。教会の一部の奴らは、光の魔剣を持っています。魔族の血が混ざっている者には、あの魔剣は、猛毒と同じです」
「いや、即死だったぞ。カールが、禁忌魔法を使ったんだ」
「まさか、冥界魔法の使い手……やはり、紫の勇者は魔王様にかくまわれておられたか」
「どういうことだ?」
「赤の勇者、ですな?」
「あぁ、アークだ」
「私の祖父は、平和を望む黄色の勇者でした」




