57、神都の門で止められる
「止まれ。神都に来た用件は何だ?」
俺達が、神都の門に近づくと、門番に止められた。特に止められずに門をぐぐっていく人達が多いのに、なぜ止められたのだ?
赤い髪の勇者が、俺達を制して口を開いた。
「俺は、赤の勇者アークだ。この二人の護衛で旅をしている。少女の母親を捜している」
「少女? 獣人か」
「ハーフだそうだ。彼女には幼い頃の記憶がない。死にかけていたのを拾って育てた人に頼まれた。もし、母親が死んでしまっているなら、彼女の故郷と幼い頃の記憶を見つけて欲しいとな」
(マシューがそんなことを頼んだのか?)
シルルは、ハッとした顔をしたが、みるみる表情がくもっていった。幼い頃のことを何か思い出したのか?
だが、その様子に門番は少し心を動かされたようだ。
「そうか、戦乱孤児は多いからな。そういった旅人も多い。その少年は何だ? それに、隠しているようだが足元にいるのはトカゲか? 妙な魔物だな」
すると、シルルは、赤ん坊ドラゴンを抱き上げた。
「この子は、私の弟なの」
(いや、シルル、それはマズイぞ)
だが、門番はシルルの尻尾を見て、フンと鼻を鳴らした。
「おまえの片親は、魔物が好きなようだな」
「パパは、死んだの」
「そうか……だが、魔物を神都に入れるわけにはいかない」
この門番は、妙な先入観を持っている。それにシルルを見下しているようだな。魔族を下に見ているのか。
(ふむ、楽しくなってきたな)
俺は久しぶりに破壊願望がうずいた。だが、神都では光の柱のことを調べたい。シードルが何を企んでいるのか……すべてはこの街に入らねば、隠れた闇は見えぬ。
「あの、この子は魔物じゃないですよ。魔族です」
「うん? どう見てもトカゲだろう。おまえはなぜこの娘と旅をしている? 人間だろう? それに……」
門番は、俺の胸元に目をとめた。マズイな、偽物だとバレたか。
「そのペンダントはどうした?」
「話せません」
「まさか……」
門番は、応援を呼んだらしい。無理に押し入っても追われるだけか……どうするかな。
しばらくすると、何人かの教会の制服を着た人間が出てきた。
「どうされましたか」
「あの旅人が、ちょっと妙な物を持っているので、本物かを調べていただきたくて」
すると、教会の人間は、俺の胸元を見た。
「神の印ですね。ですが、今のデザインではない。少々古い物です。少年、それはどこで手に入れたのですか」
(偽物だとバレていないのか?)
そうか、この呪具を作ったのは千年以上前だ。微妙にデザインが変わっているのか。だから逆に、気づかないのだな。
「少年、素直におっしゃい。神はすべてをお許しになります」
(はぁ? シードルが陰湿なことを知らんのか)
だが、まぁ、芝居をしてみるか。門を突破できるかのゲームだ。ふっ、どう話すのが面白いか……ん? 真偽のサーチか。ふむ、あからさまな嘘はマズイか。
俺は、教会の人間の顔を見た。彼らは善人顔で、俺を諭すかのように頷いている。ふむ、子供らしくいくか。
「これは、家の蔵にあったものです。身を守る物だと知っていたので、他の家族に内緒で持ち出しました」
俺がそう言うと、彼らは頷き合っている。真偽のサーチで嘘かどうかを確かめながら話すつもりらしい。
「そうでしたか。それを身につけても拒絶されないということは、少年がその神の印に認められたということでしょう」
「認められた?」
「その神の印からは強いエネルギーを感じます。ただの印ではない。身を守る物だと伝わっていたのですか? 神の加護が与えられている神具でしょう。その証拠に……」
バチッ
教会の人間が、ペンダントに触れると、呪具がバチッと電撃をくらわせた。わざわざ触れようとするとは、何か妙な理由付けに使う気か? 呪具は誰であっても電撃をくらわすが。
「ほらね。悪意を持って触れると弾かれました。そのような物が家宝として伝わっているということは、少年は……」
「違うよ! カールは、呪術士だから!」
シルルが、何かの危機を感じたのだろう。だが、シルルの言葉は嘘だと見抜かれる。シルルにも真偽のサーチを浴びせているのだからな。
「お嬢さん、神に仕える私達に嘘をつくことは罪になりますよ」
「えっ……あぅ、ごめんなさい」
「まぁ、今は洗礼は混んでいますからね。それに、少年よりも、彼の方が先に受けていただくべきですが、護衛任務中に、対象者から離れさせるわけにもいきませんね」
(俺も勇者認定か?)
さっきから門番がコソコソと話しているのは、赤い髪の勇者のことか。彼が赤の勇者だと名乗ったことを知らせたのだろう。
赤い髪の勇者は、こうなることがわかって、初めから名乗ったのか。
しかし、彼らは、赤の家系と紫の家系が一緒に旅をすることに違和感を感じないのか? 護衛だということで納得したのだろうか。
このままでは時間が過ぎるばかりだ。赤い髪の勇者は、頭をかいている。困ったときのアイツの癖だな。
ふむ……。ペンダントの件で、彼らの俺を見る目が変わった。ここは、俺がなんとかするしかなさそうだな。
「あの、早く宿を探したいので、もう通してください」
「いや、だが……」
「僕達を神都に入れたくない理由があるのですか」
「少年、神はすべてをお許しになります。ですが、魔物の侵入は困るんですよ。本来なら魔族も入れたくはありませんが、それは差別になりますからね」
「じゃあ、問題ないですよね。彼女もチビも魔族ですから」
「トカゲは魔物ですよ?」
「その子は、ドラゴンです。知能をサーチしてみればわかるんじゃないですか。まだ子供だから人化はできないですけど」
俺がそう言うと、教会の人間は互いに頷き合い、そして赤ん坊ドラゴンにサーチ魔法を浴びせた。
「こ、これは! なんてことだ。人間の子供並みの知能がある」
(ほう、結構上がっているんだな)
「その少女の弟だというのは、事実のようだな。だが、こんなドラゴンは……いや、ハーフか。なんて特殊な個体だ」
「魔物じゃないとわかってもらえましたか。なぜ、僕達の話を信じないんですか? 神はすべてを疑えと教えているのですか」
「いや、少年、そのような教義はありません。そうですね、神都に入ることを拒む理由がなくなりました。どうぞ、お通りください。ですが、ドラゴンが暴れることのないように」
「クゥちゃんは、良い子だから意味なく暴れたりしないもん」
シルルが、キッと睨んでいる。だが、彼らはそれを汚いものを見るような目をしていた。差別意識が酷いな。
「シルル、行こう」
俺達は、やっと、神都に入ることができた。
「カール、助かったよ。こんなに厳しいとは予想してなかった」
「でも、クゥのことが心配なのか、何人か警備兵らしき人がついて来ますね」
「まぁ、宿まではついてくるだろう。ただ、宿だがな……」
まぁ、赤ん坊とはいえドラゴン連れでは、普通は拒絶するだろうな。それにシルルも尻尾も頭の耳も出している。獣人も嫌うだろう。
街の中は、着飾った人間が多い。もっと厳粛な街かと思っていたが、ただの都会だ。巨大な教会付近は、雰囲気が違うようだがな。
(なるほど、見栄っ張りな連中ばかりだな)
「シルル、宿の前に、服を買いに行こう」
「えっ? あ、やっぱり、尻尾や耳を隠す方がいいよね」
「そんな必要はないよ。この街は、魔族でも着飾っている奴らは普通に歩いてるからね。見栄っ張りな街なんだ」
「じゃあ、なぜ服を買うの?」
「この街の服、欲しくない?」
「うーん、でも、お金ないもん」
「大丈夫、それは心配いらない」
チラッと赤い髪の勇者を見ると、目をそらしやがった。別に、おまえに払えなんて言わないが。
このまま宿探しをしても、泊めてくれる所を見つけるのは大変だ。赤い髪の勇者も、それに気付いているようだしな。だが、その解決策まではわからないらしい。簡単なことなんだがな。
「シルル、この店にしよう」
「えー、うーん」
俺は、街の中を歩きながら、ショーウィンドウを見ていた。ここには店が売りたいものが並ぶ。そして、値段を強調する店はダメだ。値段の表示が控えめか、逆に表示のない店を探した。
「いらっしゃいませ」
店員は、シルルがクゥを抱いて入ってくると、眉をひそめた。そして、追い払おうと、笑顔を貼り付けて近寄ってきた。ここは先手必勝だな。
「あの、彼女に似合う服を買いたいんです。尻尾もきちんと出せるような服はないですか」
「ウチはあいにく……」
「ないの? こんな店構えなのに?」
「坊や、店もお客様を選ぶものなんですよ」
俺は、金貨を3枚出した。そして、店員の目の前に差し出した。
「いま、何か言った? これで足りるかな?」
「えっ? あ、いえ何も、オホホ。お嬢さんは背が高くていらっしゃるから、そうですねー」
店員は、コロリと態度を変えた。やはりな。このような都会の人間は、種族なんて見ていない。金を持っているかどうかだ。北部の価値観は、神都も同じか。いや、さらに陰湿な印象を受けた。さすがシードルの街だな。
「カール、これ、クゥちゃんにつけたらかわいいよん」
シルルは、大きなリボン型のアクセサリーを見つけたようだ。
「クゥは男の子だろ?」
「え〜、かわいいよん」
ふむ、まぁ、妙なものをつけている方が、逆に怪しまれないかもしれんな。
その店で、シルルの服と、カバン、そして赤ん坊ドラゴンのリボンを買った。金貨2枚で少しお釣りがあった。その場で着替えると、シルルは見違えるように大人っぽくなった。
「じゃあ、宿探しに行きましょう」
「うん!」
シルルの変化に驚いた赤い髪の勇者は、急に無口になった。まさか、10歳の子供に見惚れているのか?




