43、巨大トカゲの洞穴探検
朝日が、洞穴内に差し込んできた。
「ふわぁ〜、あれー?」
寝ぼけたシルルは、状況の把握ができないらしく、首を傾げている。ふっ、いつも朝起こしに来るくせに、朝に強いわけではないんだな。
俺は、簡易ベッドから起き上がり、テントの外へと出た。すると、テントの周りに集まっていた小動物が、一斉に洞穴の外へと逃げて行った。
赤い髪の勇者は、まだ寝ている。俺達が起き出す音が聞こえていないのか? こんなことでは、簡単に命を落としそうだな。
この付近は、洞穴の中だが明るい。俺は、岩を風魔法で削り、簡易テーブルを作った。
(ふむ、まぁ、ないよりはマシか)
すると、やっと目が覚めてきたのか、簡易ベッドから抜け出して、シルルがこちらに近寄ってきた。
「わぁ、カール、それ、テーブル? 器用だねー」
「朝ごはんを食べる場所がないって言われるかと思ったから、先に作ったよ」
「椅子がないけど、ま、いっか。カール、マシューさんの魔法袋から、リンゴ出して。リンゴジュースを絞ってあげるよん」
(やっとか)
俺は、マシューから預かった魔法袋から、リンゴを5個取り出した。リンゴ以外に入っている物もすべて取り出した。すりおろす道具や、絞るための粗い布、あと、絞ったリンゴジュースを入れる瓶も入っていた。
「出したけど、コップがないね」
「コップならあるよん」
シルルは、肩から下げていたカバンから、マシューの家で見慣れたコップを出した。ただ、数は二個しかない。まぁ、勇者の分は放っておけばよいか。
「あー、手を洗う井戸水がないー」
「いま、洗うの?」
「うん、キチンと手洗いしてからじゃないと、リンゴジュースに手の汚れが入ってしまうもん」
(そんなことを気にするのか?)
「別に、気にしなくていいんじゃない? 絞ったあとにベタベタになるのが嫌なら、そのとき洗えばいいんじゃない?」
「ダメだよ〜。汚れが入るとお腹壊しちゃう」
このままでは、またリンゴジュースが遠のいてしまうか。仕方ないな。
「じゃあ、シルル、手を出して」
「ん?」
シルルは握手でもするかのように、片手だけを出してきた。俺は、手のひらを上に向け、弱い水魔法を使った。
「わっ! 噴水みたい〜」
「これで洗える?」
「うんっ」
なぜ俺が、手洗いの道具のまねごとをしているのだ? 呪具に手洗いの道具を作らせようか。
(いや、うざいな)
これだけのことのために、朝からあの野太い声は聞きたくない。はぁ、何かのついでのときな、覚えていたら作らせるか。
手を洗うと、シルルはリンゴをすりおろし始めた。そして、布を使って、キューっと絞っている。あたりにリンゴの良い香りが漂ってきた。美味そうだな。
俺が見ていることに気づいたシルルは、なぜかため息をついた。見られたくないのか?
「カール、ちょっと味見したいって言うんじゃないよね? ごはんまで待ちなさいよー」
(は? なんだと?)
「見てただけだよ」
「ふふっ、もう、カールってば、すぐに拗ねるんだからー。今日だけだからね」
そう言うと、シルルは嬉しそうな顔で、しぼりたてのリンゴジュースをコップに入れて、俺の目の前に突き出した。
俺が無言でコップを受け取ると、シルルはまたリンゴジュースを作り始めた。なんだか妙に楽しそうだ。まだ、ニヤニヤしている。
(さっぱりわからん)
俺は、リンゴジュースを一口飲んだ。美味い! 昨夜から待たされていたこともあってか、いつも以上に美味かった。俺は、そのあと、一気に飲み干した。すると、シルルはクスクスと笑った。
「おかわりは、ごはんのときまで待ってるんだよ」
「あぁ、わかってる」
俺がそう返事をするとシルルは、満足そうに頷いた。俺が、シルルの言うことをきいてやると満足なのか? だが、反論しても、嬉しそうに笑うことがある。シルルの思考パターンは、全く理解できない。
「カール、さっきの噴水、出して〜」
リンゴジュースを絞り終えたシルルに、再び水魔法を使い、シルルに手洗いをさせた。ふむ、やはり、言うことをきいてやると嬉しそうだな。
「昨日買ったパンは?」
俺は、宿場町で買ったというかもらったパンを、魔法袋から出した。昨夜の残りの肉を使ってシルルが簡単なバーガーのようなものを作った。
そして、俺達は朝食をすませた。リンゴジュースは、コップからなくなると、シルルはすぐに注いでくれた。ふむ、気が利くな。注がれると、俺はすぐに一口飲んだ。これは、宴会のときの癖だ。
城では、宴会のとき、配下がリンゴ酒を注ぎにくると、すぐに一口飲んでやることにしている。マルルがそうしろと言うのだ。注いだものを飲んでやることで、仲良しになれると言っていたか。
確かに一口飲んでやると、配下は嬉しそうな顔をする。これは、毒ではないと信頼している行為だと、俺は理解していた。
だが、シルルの場合は少し違うようだ。作るところを俺も見ている。毒など入れていないことは明らかだ。
それなのに、すぐに一口飲むと、クスクスと楽しそうに笑っている。まぁ、楽しそうだからよいか。
「お、おはよう。二人は早起きだな」
赤い髪の勇者が、やっと起きてきた。
「アークさん、おはよう。朝ごはんは食べる?」
「いや、いつもは食べないんだが……いい匂いがしているな」
「昨夜の肉、お弁当用にたくさん焼いてあったでしょ。それをパンに挟んで食べたの。まだパンはあるよ。アークさんも食べる?」
「いただこうかな」
シルルが、勇者の分のバーガーを作り始めた。
その間に、勇者は、簡単な火魔法と水魔法で、湯を作り出し、魔法袋から取り出した大きなマグカップに、紅茶のパックを放り込んで湯を注いだ。
「あ、アークさんは紅茶派? リンゴジュース絞ってあげようか? さっき絞った分は、ほとんどカールが飲んじゃったの」
「いや、俺は紅茶でいいよ。ありがとう」
「マシューさんのリンゴだよ?」
「うん、美味しそうだけど、俺は、朝は甘い物はちょっとね」
「そっか。マシューさんと一緒だね。飲みたいときはいつでも言ってねー」
「あぁ、ありがとう」
「シルル、好き嫌いもあるから、無理に勧めなくていいよ」
「えっ? ふふっ、カールってば〜」
シルルは、また笑い出した。何だ? 俺はシルルを叱責したのだが、叱られても嬉しいのか? 俺が首を傾げていると、シルルの笑い声が大きくなってきた。
「もう! カール、朝から変なこと言わないの。お腹いたくなるよん。あはははっ」
なぜ、俺が叱られたんだ? さっぱりわからない。シルルの思考パターンを掴むのは、この世界を制圧するよりも難しいのではないか。
朝食後、勇者が洞穴の奥を見に行こうと言いだした。何か貴重な薬草があるかもしれないと言うのだ。
まぁ、この場所は、巨大なトカゲのすみかだったようだから、人間は近づけなかっただろう。何か珍しい物があるかもしれないな。
「うん、行ってみよう! ね、カールもワクワクするよね? お宝があるかもしれないよん」
「トカゲのすみかに、お宝なんてないよ。珍しい植物は生えてるかもしれないけど、でも薬草じゃなくて、毒草じゃないかな」
「カール、毒草もうまく使えば、回復薬にもなるよ。毒素を抜けば、万能薬になるものもあるんだ」
「へぇ」
確かに、麻痺をもたらす草から、麻痺を治す薬はできるが、万能薬になる物なんて、聞いたことないが……。だが、これでもコイツは勇者だ。何か古くから伝わる、俺の知らない知恵があるのかもしれないか。
(まぁ、面倒だが、付き合ってやるか)
俺達は、洞穴の奥へと進んでいった。かなりトカゲ臭い。そして、かなりの数の小動物がいる。魔物はいない。トカゲは、小動物は食わないから逆に安全だったのか。
トカゲを狩ったことで、やはりこの付近の生態系が崩れてしまいそうだな。トカゲの餌になっていた魔物は、このトカゲ臭が消えた頃には、この洞穴に入ってくるだろう。
小動物を餌にしている魔物が次のこの洞穴の住人になりそうだな。弱肉強食の世界だ。知恵のある者が生き残る。
「暗いから、あんまりよく見えないねぇ」
(ん? 暗いか?)
「そうだな。でも、小動物がたくさんいるから、灯をつけると怖がるからな。ゆるくサーチを使っているが、貴重な植物は生えていないようだ」
シルルは、暗さも怖いのか? だんだんと口数が減っている。シルルにはサーチ魔法は使えないだろう。まぁ、見えない中を歩くのは、危ないかもしれんな。
俺は、地面に転がっていた魔物の骨と、木の皮を拾った。骨の先端に、木の皮を巻き付け、土魔法で粘土を出して固めた。そして、その部分に火魔法で火をつけた。即席のたいまつだ。
「わぁっ! カール、明るくなった〜」
「カール、火は……あれ? 小動物は怖がっていない?」
「警戒はしていると思いますよ」
「でも、普通なら、こんな中で灯りをつけると、驚いて小動物が襲いかかってくるのに」
(おまえがなめられているから、襲ってくるんだろ)
「転がってた素材で作りましたから。あのトカゲが食い散らした残骸だから、トカゲ臭が広がってると思いますよ」
「それで、驚かないんだな。馴染みのある臭いで落ち着いているのかもしれないな」
「落ち着いているわけではないかと……。ここの住人が、擬態して人の姿に化けていると思っているんじゃないかな」
「ほう、そういう解釈もできるか。カールは、発想力が豊富だな」
俺は、あいまいな笑顔を浮かべた。勇者にこれ以上の説明をしてやる義理はない。
「あっ! カール、あれ、何?」
シルルが指差した先には、大きな卵があった。




