42、テントのすぐ外に
巨大トカゲとの戦闘場所を離れ、俺達は森の中で、肉を焼いていた。匂いに魔物が寄ってくるかとも考えたが、勇者が、魔物除けの魔道具を持っているから大丈夫だという。
まぁ、魔物は血の臭いには敏感だが、奴らは肉を焼いたりしない。調理の匂いは大丈夫か。
「すっごい、美味しい〜! ね、カールも食べてる? たくさん食べないと大きくなれないよん」
「食べてるよ。僕は、シルルほど食いしん坊じゃないから」
「そんなんだから、カールは背が低いんだよー」
「はいはい。そんなことより、のど乾くんだけど」
「ん? 水、飲んでるじゃない」
(こいつ、鈍いな……まぁいいか)
「じゃあ、いいよ、別に」
「あー、また拗ねたぁ。あっ! そっか。カールは、晩ごはんのときは、いつもリンゴジュースを飲んでたっけ。後で絞ってあげるから、拗ねないのー」
「拗ねてないから」
「ふふっ、カールは、私がいないとダメなんだから〜」
なぜかいつものセリフを言って、シルルは楽しそうに笑った。その様子を、勇者が、ニヤニヤと笑いながら見ているのが気に食わない。
晩ごはんの後、シルルはリンゴジュースの件はすっかり忘れて、その場でスースーと眠ってしまった。ほんとに危機感のない娘だな。
「シルルちゃんが寝ちゃったな。カール、テントはここに張ろうか? できれば、食べ物の匂いがしない所がいいのだが」
「アークさん、さっきのトカゲの洞穴は近いんですよね?」
「あぁ、すぐ近くだ」
「じゃあ、そこにしましょう。もう住人は居ないだろうから」
「なぜ居ないとわかる? 奥まで入ったわけじゃないぞ」
「他にいれば、さっき、助けに来たはずですから」
勇者は首を傾げている。コイツ、ほんとにカスだな。まぁ、勇者なんて、こんなものか。
俺が抱えようかと思ったが、勇者がシルルを抱きかかえた。そして、洞穴へと移動した。
入り口付近は、縄張りを主張するかのように、トカゲの臭いがプンプンしている。人間は気づかないのか?
「カール、なんか、まだ居そうな気がするが」
「アークさんはサーチ魔法を使わないんですか」
「使えないわけじゃないが、あまり広範囲のサーチはできないからな。さっきのドラゴンも危機探知に引っかからなかったからな」
(トカゲだから引っかからないんだろ)
「じゃあ、僕が一応サーチしてみます」
「あぁ、助かる」
俺としては、洞穴の中に魔物がいるかなんてどうでもよい。それより、近くに配下がいないかを調べる方が重要だ。
弱いサーチ魔法をこの付近に使った。
(チッ、やはり、居るじゃないか)
洞穴の中には、魔物はいるがどれもザコばかりだ。こちらを警戒して震えている。
だが、この森林の中は、砂漠の迂回路になっているためか、配下達もいくつかのグループで行動していた。他にもかなりの人間や魔族が居るようだ。
「洞穴の中は、弱い魔物は居ますが、こちらを警戒して震えているので、気にしなくていいと思います」
「そうか。もうドラゴンはいないか」
「いや、ドラゴンじゃなくて、ただのトカゲですってば」
「そうだったな。違いがイマイチよくわからないが……。じゃあ、入り口付近にテントを張るよ」
「はい、お願いします」
俺にシルルを渡し、勇者は魔法袋からテントを取り出して設営を始めた。かなり大きなサイズだ。なるほど、勇者のパーティ全員分か。だいたい勇者は5人以上のパーティを組んでいたか。
こんなに大きな物だから、洞穴内を選ぼうとしたのだな。これが設営できる場所は、この森林の中では、ひらけた所に限定される。どうしても目立つからな。
(認識阻害の魔法を付与すれば解決するがな)
「カール、できたよ。入って」
「はい、かなり大きなサイズですね」
「あぁ、支給品なんだよ。教会からの」
「へぇ……」
「カールはもらってないのか? あ、教会に行ったことないんだったか」
俺は、あいまいな笑みを浮かべた。
テント内の簡易ベッドにシルルを寝かせると、シルルは一瞬目を覚ました。だが、何か訳のわからないことをむにゃむにゃ言って、再びスゥスゥと眠りに落ちていった。
「ふっ、シルルちゃんは、カールのことが好きみたいだね。完全に心を許している」
「そうですかね」
「カールも、シルルちゃんのことが好きなんじゃないのか? 彼女のことは、大切にしているとわかってきたよ」
「別に、そんな感情はないですよ。彼女の母親を探して、会わせた後は、無事にアプル村に送り届けなければとは思っているけど」
「ふぅん、そうかな。自分では気づかないこともあるからね」
(なんだ? こいつ)
「そんなことより、アークさんも、そろそろ寝たらどうですか」
「そうだね。でも、それならカールこそ寝ないと、シルルちゃんじゃないけど背が伸びないよ」
俺は、どういう表情をすればいいかわからなかった。無言でいると、勇者は、頭をかきながら愛想笑いをした。よくわからん。まぁ、放っておけばよいか。
俺は、シルルの近くの簡易ベッドに入った。当然、寝るわけはない。あと2回眠ると変身の呪具が外れてしまう。
「カール、おやすみ。このテントは防御魔法が付与されているから、安心していいからね」
「はい、おやすみなさい」
俺が返事をすると、勇者はホッとした表情で、少し離れた簡易ベッドに入った。そしてほんの数秒で眠ったようだ。シルルが無防備なのはわかるが、勇者もたいがいだな。俺を信用しているということなのか?
(俺は、魔王なのだがな)
町を離れて最初の夜だ。森林の中で配下達が何をしているのかが気になり、俺は、広範囲のサーチをしていた。
マルルや、あと何人かのサーチ能力の高い奴がいなければ、まず、俺のサーチは気づかれない。
配下達は、それぞれ別の仕事をしているようだ。この距離なら声を聞くこともできるが、そうするとバレやすくなる。俺は音のない映像だけで、あちこちの様子を確認した。
人数の多いグループは、道を整備しているようだ。砂漠を回避した迂回路として森林が利用されることを、魔王軍はわかっているらしい。
(ふむ、なかなか優秀じゃないか)
別の、戦闘力の高い奴らは、一ヶ所にとどまり、ボーッとしている。夜に何かを待っているのか?
しばらく様子を見ていると、通行人が現れた。すると、配下達は通行人に何か話しかけている。何をしているんだ?
そして、なぜか小競り合いが起こった。当然、配下達は一瞬で制圧していたが……。関所のようなことでもしているのか? もしくは罪人を捜しているか。
(あの付近は通らない方が良さそうだな)
さらに、別の場所では若い配下達が何かを集めているようだった。食料なのか、何かの素材なのかはわからない。アイツらなら、簡単にすり抜けられるな。
いや、だが、若い配下達は、勇者を見つけると敵意をあらわにする。もう戦乱が終結したが、そのあたりの意識改革はできているのだろうか。
(アイツらのそばを通って試してみるのも面白いか)
その近くに別のグループが居た。あれ? コイツら、さっきは居なかったのに、わいてきたな。そして、何かを捜しているようだ。それに、メンバーのひとりは、魔王軍の幹部だ。
その男の指示の後、一斉にあちこちに散った。
(もしかすると、俺を捜しているのか)
俺は、サーチを解除した。森林の中で、しかも勇者のテントの中だ。さすがに感知されたとは考えられないが……。
ザッザッザッ
洞穴内に、何者かが入ってきた。俺はサーチはしない。この距離でサーチをすると、バレる。だが、その気配が只者ではないことが、テント越しに伝わってきた。
(まさか、サーチがバレたのか)
テントの外から、サーチ魔法の波動を感じた。テントの中を探っているのか。教会の支給品だと言っていたが、たいした防御魔法は付与されていない。
ザッザッ
もう一人、洞穴内に入ってきた。こ、これは……マズイ。
「ねーっ、カルルン、居た〜?」
「いえ、違うようです。これは勇者のパーティでしょう」
「この辺で広範囲サーチしてる人がいるんじゃなかった? カルルンってば、あたしに仕事押しつけて、鬼ごっこして遊んでるんだっ」
「どうでしょう。でも、もしかすると、もう神に消されてしまったのではないでしょうか。こんなに捜しても見つからないなんて」
「それはないよ。昨夜か今朝、宿場町に立ち寄ったのは確実なんだよーっ」
「でも、誰も、目撃情報はないですよ」
「カシャンコの景品に不思議なお団子が増えてたじゃない。アレは、カルルンしか作れないよっ」
「旅の人が作ったと言ってましたね。従業員の頭の中を覗いたけど、団子の効果は知らないみたいでした」
「カールちゃんがカルルンかと思ったんだけどなー」
(うぐっ、マルル、意外に鋭いな)
「光魔法を使ったという噂の少年ですか?」
「うーん、カルルンは、光魔法だけは使えないもんねー。カールちゃんは、ただの勇者かぁ。勇者の街に、何人か、カルルンらしい人がいるんだっけ」
「はい、そういう情報もあります」
「じゃあ、明日はそっちに行ってみるよーっ」
「はい」
スッと、テントの外の気配が消えた。ふむ、かなり必死に捜しているようだな。
だが、おそらくこれは、マルルの作戦だろう。俺がどこにいるかわからないということを知らせることで、シードルへの抑止力にもなる。また、配下達に、戦後復興をサボらせない効果もあるだろう。
しかし、心配させすぎるのも良くないか。適度に手がかりを残してやるには、団子か。あちこちで団子を使えば、俺の生存確認になりそうだな。
(ふっ、捕まえてみろ、マルル)
次回は、2月10日(月)夕方頃に投稿予定です。




