41、ドラゴンじゃない、巨大なトカゲだ
俺の目の前には、二体の巨大なトカゲがいた。ドラゴンの一種だろうが、コイツらは魔物だ。ドラゴン族は知能が高い魔族だが、コイツらは知能が低い。
「カール、火を吐くファイヤードラゴンだ。気をつけろ」
「いえ、コイツらはドラゴン族じゃない。トカゲです」
「でも、カール、コイツら、剣なんか通らないよん」
「だろうね。知能が低いからトカゲだけど、それ以外はドラゴン族と変わらない。なぜ、追い詰められてんの?」
「洞穴でテントを張ろうとしたら、出てきたんだ」
(やはり、勇者はカスだな)
「だいたい洞穴には住人がいますよ」
話していると、トカゲが近寄ってきた。このまま、二人を崖から落とすつもりらしいな。俺のことは眼中にないようだ。シルルとアークだけを狙っている。
俺は、重力魔法を使って、奴らを吹き飛ばした。
「シルル、アークさんを連れてこっちにきて。そこは、危ない。風圧で崖から落とされる」
「わ、わかった」
シルルは、勇者の手を引き、こちらへと近寄ってきた。これだけ崖から離れれば大丈夫だろう。
「そこで、ジッとしてて」
俺は二人を軽い幻影魔法で包んだ。これで二人は、外の様子が見えにくくなるし、トカゲからも二人がどこにいるかわからなくなる。
「カール、何をしたんだい?」
「幻影魔法です。トカゲが二人を狙っているから、見えにくくしました。アークさんも動かないでください。勝手に動いてシルルを危険な目にあわせたら、殺しますよ」
「わ、わかったよ、カール」
「もう、カールってば〜」
シルルは笑っていない。怒っているのか? 同じ言葉を言って、笑っているときもあれば怒ることもあるのだな。子供の言動は、さっぱりわからない。
俺は、二人から離れ、二体のトカゲと対峙した。トカゲは二人を探しているようだ。この様子だと、二人を殺すまで追いかけそうだな。
『おまえら、すみかに帰れ!』
俺は念話を使った。理解できる程度の知能はあるはずだ。
キシャーッ!!
『嫌だと言うのか? ならば、殺すぞ』
キシャー! キシャーッ!!
(うるさいな)
威嚇しているつもりだろうが、耳が痛いだけだ。そうだ、トカゲの肉は旨いかもしれんな。
俺は、剣を構えた。
キシャーッ!
奴らは、逃げる気はないらしい。ふむ、それなら、おまえらは、食料だ。
ダッ! と、地を蹴り、うるさい方の頭をめがけて剣を振った。
ガキッ
鈍い音がして剣が弾かれた。ただの鉄の剣なら折れていただろう。派手な女の店で買った剣だが、なかなか丈夫だな。
俺が、地面に降りるとすぐに、奴らの長い尾が襲いかかってきた。
ダーン! ダダーン!
地響きがするほど、奴らは長い尾を強く打ちつけてきた。当然、俺は飛び上がって回避した。だが、まるで、それをわかっていたかのように、飛び上がったところに炎を吐きやがった。
ゴゥオ〜!
絶対防御がないとマズかったかもしれない。俺はまともにその炎に包まれた。
あと2回気絶すると、変身が解ける。こんなトカゲごときに、残回数を減らされるわけにはいかない。
(ふっ、楽しくなってきた)
俺は剣に付与する魔法の詠唱を始めた。すぐに発動できないことにも慣れてきたな。
奴らは俺が立っていることに驚いたらしく、動きを止めた。どう攻撃するかを考えているのだろうが、脳からの伝達が遅いのだ。呆けたように見える。
そして、やっと一撃、長い尾を振り回してきたが、俺はしゃがんで避けた。詠唱中にまた炎の中に突っ込む気はない。
俺がしゃがんだことに気づかなかったのか、奴らは俺を見失ったらしい。脳みそが小さいくせに身体が大きいから、自分の予想通りに敵が動かないと見失うらしいな。
これが、魔族と魔物の違いだ。
キシャー!
一体が俺を見つけたようだ。ふん、もう準備は整った。
俺は剣を握る手に力を込めた。そして準備した剣の強化魔法を発動した。剣は緑色に輝く光に包まれた。よくあるドラゴンキラーの属性を付与したのだ。
キシャー!!
コイツら、無駄に声がでかい。聴覚を潰す声なのかもしれんが、俺には効かない。
俺は、再び高く飛び上がった。そしてーー
ズザザザザ〜
緑色に輝く剣は、一体のトカゲを切り裂いた。
ドドーン!
倒れた巨体は、大きな地響きを立てた。
キシャー!
もう一体は、逃げるかと思っていたが、違った。俺に向かって炎を吐いた。ふむ、コイツも倒してやる方がいいな。
つがいなのかもしれない。それならば、一方を残すと、厄災を引き起こしかねない。
ダンッ! ズザザザザ〜
俺は、もう一体も切り裂いた。
ドドーン!!
(狩りは完了だな)
俺は、剣に付与した魔法を解除し、鞘におさめた。トカゲの様子を見ると、もう完全に動かなくなっていた。死んだあとに反撃してくる個体もいるが、コイツらは、ただのトカゲのようだ。
「終わったよ」
俺は、シルルと勇者の元へ行き、幻影魔法を解除した。
「えっ? カール、まさか倒したのか?」
「倒さないと、ずっと二人が狙われるでしょ」
「す、すごいな。そんな力はどうやって……」
「ドラゴンキラーの属性魔法を剣に付与しただけです。魔物は脳みそが小さいので、奴らの予想に反した動きに弱いので」
「そ、そうか。青の家系だけじゃなく紫の家系も、付与魔法が得意なんだな。俺達は力は強いが、物理攻撃が効きにくい相手は相性が悪いんだ」
(力もたいしたことないじゃないか)
「それより、目は大丈夫ですか」
「あぁ、シルルちゃんに団子をもらったからな」
俺はシルルを睨んだが、シルルは、舌を短くペロッと出しただけだ。ほんとにこの娘は……。
だが、どうせ、勇者の目の治療は俺がやることになったのだろう。それならば、シルルに必要な団子を使わせればいいか。
(使いすぎるような気はするがな)
「カール、そのトカゲは?」
「あぁ、あっちで転がってるよ。いま、血抜きの最中だけど」
「血抜き?」
「カール、ドラゴンの血を捨てるのか?」
「いや、トカゲですから」
勇者は、慌てて、巨大なトカゲの方へと走っていった。もしかして、血が土壌を汚染するのか?
「カール、ドラゴンの血って、高く売れるんだよ」
「トカゲだよ?」
「一緒だよ。肉も美味しいし、捨てる所なんてないんだって」
「ふぅん。旨い肉なんだ、よかった。じゃあ、僕が狩ってきた魔物はいらないよね。捨てようか」
「何を狩ってきたの? 見せて〜」
シルルがそう言うので、俺は魔法袋から、さっきの魔物をすべて出した。血抜きせずに頭を凍らせてあるだけだったが、あのとき血抜きしてなくてよかった。
トカゲの襲撃に間に合わなくなるところだったし、何より捨てるものに血抜きなんて手間はかけたくない。
「カール、なんでこんなたくさん?」
「取り囲まれて襲われたから……。何体かは逃げたけどね」
「こんなにたくさんあったら、マシューさんに届けたくなるね。食べきれないよん」
「捨てればいいよ。トカゲを食べればいいじゃない」
「ダメだよ、もったいない。それに、知らない魔物もいるし」
(食べてみたいのか)
「カール! こりゃまたすごい数だな。こんなに狩ってきたのか」
勇者が戻ってきた。トカゲ二体を魔道具を使って、こちらに運んできたのか。
「囲まれて襲われたらしいの。見たことない魔物もいるよん」
「凍らせたのか」
「血抜きは後にしようと思って。このままだと、魔法袋が汚れるから傷口は凍らせたんだけど……。シルル、どれを食べる?」
「知らない魔物がいいな、ん〜、これにする」
シルルが指差したのは、司令塔の役目を果たしていた魔物だった。
「カール、そいつには毒があるよ。俺が処理するよ」
そう言うと、勇者は、近くの木の枝に、魔物を逆さ吊りにして、さばき始めた。手と牙からは、毒が滴っている。地面をジュッと溶かしていることから、酸の混ざった毒のようだ。
俺は、他の魔物はとりあえず、魔法袋に収納した。
「トカゲの処理は終わったんですか」
「あぁ、血はかなり流れ出てしまっていたけど、持っていた瓶すべて満タンにできたよ。解体は出来ないから、食べる部分を切り取っていくしかないね」
「解体できるでしょ。腹を裂けば、そんなに硬くないし、余計な邪魔な部分は捨てればいいから」
「カール、ドラゴンに捨てる所なんてないよ」
「いや、ドラゴンじゃなくて、トカゲですから」
しばらく作業を続け、魔物をさばき終えたようだ。トカゲからも、一部の肉を切り取り、それ以外は、勇者は自分の魔法袋に入れていた。
「アークさん、持ち逃げしそう〜」
「そんなことしないよ。俺は二人の護衛なんだからな。大きすぎるから、俺の魔法袋に入れただけだ。カールの方は、魔物が30体以上入ってるから、ドラゴンを入れる隙間はないだろう」
「たぶん、入るよん。役所の人が最大級って言ってたもん」
「そうか、じゃあ、俺の魔法袋と同じサイズだな。それなら、カール、大きな魔法袋に他の二つの魔法袋を入れておいたらどうだ?」
「うーん、いや、やめときます。うっかり入れているのを忘れても困るんで」
(役所がいつ返せと言うかわからんからな)
「まぁ、確かにな。じゃあ場所を変えて、晩飯にしようか」
「えー、ここでいいよん」
「シルル、血の臭いが魔物を呼び寄せるから、場所は移動する方がいいんだ」
「ふっ、やはり、カールはよくわかってるな。旅慣れているし、ずっと野宿だったのか?」
「さぁ、どうでしょう」
俺は、あいまいな笑みを浮かべた。野宿なんてしたことないとは言えないか。そもそも、俺は眠らないからな。




