4、平面世界の違和感、謎の光の柱
「大変だぁ〜〜! カルバドスさまが、家出したよーっ」
片付け始めていた祝宴会場は、マルルの叫び声で大騒ぎになった。酔い潰れていた者達も、一気に酔いがさめたようだ。
「なぜ、魔王様は城を出て行かれたのだ?」
「何か、あの方とトラブルか? そういえば、祝宴に招待したはずが、いらっしゃらなかったよな」
「あの方に追放されたのか? まさか、そんな……カルバドス様がおられたからこそ、この世界は制圧できたのに」
魔王カルバドスの配下達から、口々に不安そうな声が上がった。さっきまでの気楽な雰囲気は一変し、動揺や緊張感でピリピリし始めていた。
「粗末な魔法袋しか持っておられなかったぞ。もしかすると、魔王様は、あの方に処分されるのではないか」
「確かに、魔王様がいない方が、あの方にとっては、この世界を治めやすくなる。チカラでこの世界を制圧した魔王様を滅ぼし、名実共に神になるおつもりなのでは?」
「そんなことになると、魔族も処分されるのではないか」
「いや待てよ。カルバドス様を簡単に処分できるわけがないだろう」
「もしかしたら、あの方の兵に、この魔王城が攻め込まれるのを防ぐために、出て行かれたのではないか」
「そうだな、何か特殊な事情があるのだろう。お一人にしておくのは危険ではないか。もし、あの方が自ら手を下すつもりなら、魔王様は逃げ切れないのではないか」
主要な配下達は、魔王カルバドスから、時期が来れば魔王は退き、代わりに神シードルがこの世界を治めることになると聞かされていた。
そして、魔王カルバドスが、もともとは神シードルと同一人物であったことも知らされていた。
時期が来れば、神が魔王を吸収して元の姿に戻るか、もしくは、このまま静かに退くことになると、カルバドスは語っていた。
また、マルルも、もともとは神の元にいた天使だった。神は、天使も分離したのだ。悪しき心、イタズラ心を別の個体として分離し、魔王とともにこの世界へと落としたのだ。
この事情も、神と魔王の関係を知る者には、教えられていた。マルルは、魔王カルバドスのただの配下という位置付けだが、事情を知る者達の中では、最も地位の高い、魔王に準ずる者として扱われていた。
「もう行ってしまわれたのか。何かお言葉を残されたか?」
宝物庫の番人が、この場に戻ってきた。
「なぜ、魔王様が城を出られたと知っているのだ?」
「先程、宝物庫でお会いした。城を出るまでは、他言無用だと言われていたが、もう構わないだろう」
「カルバドス様は、宝物庫で何をなされていたのだ?」
「わからない。だが、宝物庫の奥の小部屋から出てこられてから、魔王様の様子がおかしい。俺に人間が持つものを用意するように命じられた。粗末な魔法袋に、ほんのひと握りの金貨と小さな皮袋の財布、そして布のカバンだ」
「ここのテーブルクロスも数枚持っていかれたぞ。腰に巻きつけて、頷いておられたような気がするが」
「宝物庫の奥の小部屋には、確か、あの方との連絡用の鏡があるのではなかったか」
「何かを話されたのだろうか。まさか、あの方を討ちに行かれたのではないか?」
「いや、魔王様は、剣も鎧も、持ち出されていない。俺が団子の話をすると、わざわざ俺のために作ってくださった。それに、話をしている途中から、いつものまがまがしさを感じなくなった。まるで、これが最後かのような……死期を予感されているように感じた」
宝物庫の番人の言葉で、シーンと静まり返った。
「ちょっとちょっと、みんなーっ。暗いよーっ! カルバドスさまに言われたことを忘れたの〜? 明日から、戦後処理でしょーっ」
「そうだ、我々に任せてくださったんだ。期待に応えなければ……うっうっ……」
「ちょっとぉ〜、カルバドスさまが簡単に死ぬわけないでしょーっ。みんなに仕事させて、自分だけ家出して、遊ぶ気だよーっ」
マルルが、重苦しい雰囲気をなんとかしようとしても、どうにもならなかった。
これが魔王の主要な配下達なのか? 何か洗脳でもされたのではないかと疑いたくなるくらい、彼らは、メソメソしていた。
「なんでそんなに、暗いのよーっ。みんな、捨てられた子のような顔してるぞっ。魔族のくせにメソメソするんじゃありませんーっ」
「マルル様のおっしゃる通りだ。みんな、魔王様の命令を忘れたか。明日からは、戦後処理だ。荒れた地を整え、豊かな世界になるよう、力を尽くさなければ」
「今夜はもう解散っ! しっかり寝て、明日からしっかり仕事だよーっ」
マルルの解散の声で、みな暗い表情をしながらも、祝宴会場となっていた大広間から出ていった。
「カルバドスさまだけ家出するなんて、ズルイっ」
何かを決意したような表情を浮かべたマルルも、自分の部屋へと戻っていった。
その頃、城を出た魔王カルバドスは、飛竜に姿を変え、この世界の状況を把握するため、高速で飛行していた。
この世界は平面世界だ。北部、中央部、南部と呼び、各地域に共通の特徴がある。そして、東西にも特徴がある。
魔王が住む魔王城は中央部の東端にある。北部の西端には、神が住む天空神殿へと繋がる高い塔があり、その塔のある街は神都と呼ばれている。
その影響で、東には魔族が多く、西には人間、すなわち人族が多い。
この世界の戦乱は北部から始まり、だんだん南下していった。北部はすでに千年以上前に魔王軍が制圧し、その地の住人を統治していたため、文化レベルが高く都会的な街もある。
南部は魔物だらけの未開地だったが、魔王が開拓し、今では、山あいに多くの農村が広がっている。
長く戦乱が続いていたが、この世界のほとんどの食料を生み出す南部は、戦乱には巻き込まれなかったため、この世界は食料難に苦しむことはなかった。
都会的な北部と農村の多い南部との間の、平野が広がる中央部が、長年の戦乱の地となっていた。中央部の少し西には勇者の街がある。そのため中央部は抵抗が強く、魔王軍はなかなか制圧できなかったのだ。
(何だ? 何かおかしい)
俺は、空高く、かなりの高度を飛行していた。神殿のある天空とほぼ同じ高さだ。この高さまで上昇できるのは、俺が化けている飛竜くらいしかいない。
(国境か? なぜ、空に?)
俺は、北部を東から西へと、様々なサーチ魔法をくぐり抜けるために、音速を超えるスピードで飛んでいた。
地表付近から空へ、光の柱が何本ものびているように見えた。さすがにこの高さまでは届いていないが、光の柱の上を通ると、嫌な何かを感じた。
(あまり西に行き過ぎると、アイツに気づかれるな)
俺は、進路を南に変えた。そして、今度は中央部を西から東へと飛行した。
中央部は、戦乱が激化して砂漠化している場所もあった。激しい抵抗のあった大平原では、まだ生々しい戦乱の跡が残っていた。
そして中央部も、西の方には光の柱が立てられているように見えた。東へ行くほど、その数は減っていった。
(戦乱の地にも……一体なんだ?)
中央部の東の端、魔王城が見えてきた。その近くには光の柱はないようだ。俺はさらに進路を南に変え、今度は、南部を、東から西へと飛行した。
南部は、山岳地帯だ。小さな湖も多い。東の端はまだほとんど未開地だが、東の端以外の南部は、山あいには無数の小さな農村や集落がある。
(南部には光の柱はないか。いや、あるな)
北部や中央部に比べると圧倒的に少ないが、魔王城のある東から西へ行くほど光の柱は増えていった。南部では、光の柱は、高い大木の近くにだけあるようだ。
俺は、高度を下げた。通常の翼を持つものが飛ぶ高さまで下り、飛行を続けた。
(この高さだと見えぬか)
高度を下げると、光の柱は見えなくなった。だが飛んでいると、時折、何かの結界の中に入ったような違和感を感じた。光の柱付近を通過したということだな。
(降りて地上を調べるか)
俺は適当な場所に降り立った。老人の姿に戻ると、付近の魔物が逃げていく気配を感じた。
(やはりこの姿ではマズイな)
俺は、ペンダント型のアイテムボックスから、例の物を取り出した。そして、周りに誰もいないことを確認し、それを左足首にはめた。
すると、その呪具は、俺の魔力を吸収し準備を始めた。
『設定どおりでいいのか?』
準備が終わると、呪具が話しだした。
「設定なんて忘れた。どういう設定にしてあるんだ?」
『忘れるからオレを話せるようにしたのか。人間、男、12歳、能力は人間の限界値の半分からスタートし、人間の限界値を少し上回るところまで成長。発動魔法は人間が使えるものだけに対応する』
「12歳だと? なぜそんな子供に設定したんだ」
『知るかよ。あ、大人だと警戒され、子供だと非力だとかぶつくさ言っていたじゃねぇか』
「そうだったか? まぁ確かにそうだな」
『体力値や魔力値は使うと減る。休むと回復する。人間が使えない魔法を使うと対応できない……見せかけの魔力値は減らないから気をつけろ。正体がバレるぜ。それから、あれはどうするんだ? まだ準備はしていないが』
「あれってなんだ?」
『やっぱり覚えてないか。完全変化とか言ってなかったか? どんなものにサーチされても破られない呪いだ。付与するのか?』
「あー、ある方がいいな。代償は何だ?」
『何かの欲を封じる。睡眠欲を封じることにしてあるぜ。だが、三回眠るとオレは外れ、変身が解けるぞ』
「俺は、そもそも眠らないから問題はない」
『気絶しても、眠ったことになるぜ?』
「誰が俺を気絶させるんだ?」
『それなら、その条件で発動するぞ』
「あぁ」
そう返事をすると、足首の呪具が黒く光った。そして呪具から吹き出した黒い霧が、俺を完全に覆った。