39、魔王、革命軍にスカウトされる
「その団子は、シルルが食べる分として渡してあるんだからね」
「やっぱり、カールは団子のことで怒ってるー」
「ふふ、シルルちゃん、カールの照れ隠しだよ。この年頃は、素直になれない子が多いんだよ」
(この勇者、邪魔だな)
「アークさん、そんなんじゃないです。シルルには団子を食べて魔力を増やしてもらわないと困るので」
「ん? やはり、団子には魔力増加効果があるんだな。俺も、カールの団子を食べた後、わずかに魔力量が増えたような気がしたんだ。いつもなら、3回程度しか出来ない全回復が4回できるようになったからな。量も力も上がるのか?」
(やはり勇者は……回復魔法は、しょぼいな)
「たぶん、そうだと思います。上がらないときもあるから、詳細はわかりません」
「そうか、シルルちゃんの魔力値が低いから、カールは心配してるんだな」
「いえ、そんなんじゃないです。魔法袋を俺が持たなきゃならないのは嫌なんで」
「あはは、かわいい理由だな。いや、失礼。確かにいま3つか。カールは背が低いから、動くときに邪魔になりそうだな」
背は高くても邪魔な物は邪魔だろう。俺がなぜ荷物を持たねばならんのだ? いや、人間のガキは荷物を持たされるものかもしれんが……。
「ふふっ、カールが拗ねた〜」
シルルは、たまに妙なことを言う。俺が拗ねるわけないだろう。チラッとシルルの方を見ると、小さく舌を出した後、ケタケタと笑った。
(まぁ、楽しそうだからよいか)
シルルが団子を与えた奴らが、こちらに近づいてきた。まだ懲りないのか。だが、なんだか様子が違う。俺のことを警戒しつつも、媚びるような笑みを張り付けている。
そして、俺が睨むと、なぜか俺の前にひざまずいた。
「か、カール様、数々の無礼、申し訳ない」
(は? 謝ったのか?)
「俺は、革命軍第18大将のテンプだ。俺の第18部隊は、今、新たな人材のスカウトを担当している。ぜひ、革命軍の総長に会っていただきたい」
「どういう意味? まだ懲りてないわけ?」
「い、いや、もうわかった。十分だ。彼女への非礼も詫びる。この付近の仕事がうまくいかなくて、町の滞在が長くなったから、その気晴らしをしていた」
「カスだね。そんなんだから、餓鬼を呼び寄せるんだよ。まだ半分以上体力が残っていたよね? 餓鬼は死ぬ寸前の者に取り憑くんだ」
「カール様の炎は、経験したことのない恐怖を感じたんだ。確かに、俺の恐怖心が餓鬼を呼び寄せてしまった。餓鬼は死神を呼ぶから、死が近いんじゃないかと焦ったんだ」
「無様だったね、魔族のくせに」
「だろうな。だが、あんなに大量の餓鬼を一瞬で消し去る強烈な光魔法は、初めて見た。カール様なら、魔王を討てるのではないか?」
(嫌味が通じないのか? この男はバカか?)
「は? 僕が魔王だと言っているだろう」
「ふっ、それは通用しないぜ。あんなチカラを見せられたんだからな。勇者だろうが勇者の家系だろうが、そんなことは総長は気にしない」
「革命軍って何?」
「知らないだと? あ、そうだったな……。革命軍は、魔族を中心とした一大勢力だ。魔族はすべて魔王軍だと考えているなら、それは誤解だ。人間にはあまり知られていないが、魔王軍に属する魔族は、魔族全体の数パーセントしかいない」
「そんなことは、知っている。だから何?」
(俺の配下は、優秀な者を厳選しているんだからな)
「革命軍は、魔王軍の三倍以上いるんだぜ。それも、魔族だけじゃない。総長の理念に賛同する人間もたくさんいるんだ。勇者も、勇者の家系の者もいる。あ、勇者は、家ごとに仲が悪いのはわかっている。同じ部隊に所属させることはないから、安心していい」
「何のための軍? もう戦乱は終わっただろ」
「終わっていない。始まったばかりだ」
(コイツは、頭がおかしいのか)
どうやら、俺は革命軍にスカウトされているらしい。魔王だと言っているのに、スカウトするとはどういうつもりだ? それに、始まっただと? やはり、何かを企んでいるのか。
「革命軍が、魔王を討つのか?」
「それは、総長に聞いてくれ。この世界に必要なことを成し遂げる軍だ。カール様も、チカラで制圧した魔王軍に、このまま従う気には、なれないだろう?」
「総長というのは、魔族なのか?」
「カール様は……勇者は人間だから、魔族には従えないと言うんだろう? 安心していい。総長は、おそらく人間に近い存在だ。魔族ではない。だが、弱い人間でもない」
「総長は、勇者なのか?」
「いや、わからん。俺は下っ端だからな」
「部隊の大将なのに?」
「だからだよ。俺は部隊の大将にすぎない。上には幹部がいる。総長の側近なら知っているかもしれんが、総長の種族など重要ではないからな」
「ふぅん、まぁ、せいぜい頑張ればいいんじゃない。僕は、そういうことには興味はない」
俺がそう言うと、彼は信じられないという顔をした。
「俺の話し方が悪かったのだな。申し訳ない。カール様には、革命軍に参加していただきたい」
「嫌だね」
「えっ!? 勇者の家系の者は、皆、快く賛同してくれたのだが。赤の勇者は、どうだ?」
俺が断ったことで、赤い髪の勇者アークにも、スカウトの声がかかった。
まわりでは、町の人々が、勇者の返事を聞こうと、シーンと静まり返って耳を傾けている。
「俺は、何度も断ったはずだ。俺はこの町の治安を守ると決めている。それに、しばらく、俺は町を離れる用事ができた。その間は魔王軍が、この町の巡回をしてくれることになったのだ。だから、魔王軍と敵対するつもりはない」
(は? なんだと?)
「なぜ、魔王軍なんかに巡回を……町の警備を任せるのだ? おまえ、勇者だろう?」
「役所の決定だからな。それに、魔王軍の指揮官らしき女性は、とても親しみやすい。この町のカシャンコを気に入ったと言ってくれたそうだ。人間を理解しようとしてくれているようだ。この町には、また立ち寄るつもりだったらしく、巡回を快く引き受けてくれたそうだ」
(マルルが頻繁に来るのか?)
「なんだ? カシャンコとは?」
「町の中の宿、7軒に設置してある遊技台だ。この町の復興をかけた事業だ。破壊するような真似は許さないからな」
アレを、こんな男が、破壊できるわけがない。兵器製造の呪具で、俺が作ったんだからな。
しかし、妙にマルルの評価が高いな。やはり、あの小娘は、人の扱いが上手い。俺よりも魔王の才能があるのではないか?
いや、そんなことよりも、『魔力だんご』のガチャガチャをマルルに見られたら、俺がカシャンコに関わっていると……カールが魔王カルバドスだとバレてしまうじゃないか。
(早く町を出る方が、良さそうだ)
「シルル、いつまでも話していても無駄だから、もう行くよ」
俺は、シルルの手を握り、町の門へと歩き出した。
「えっ? カール、突然、何?」
「シルルは空を飛べないでしょ。遅くなる前に安全な所まで行かなきゃ」
「えっ、あっ、そうだね」
シルルは、ペコリと後ろの人達に会釈していた。
「ちょ、ちょっと、カール、待てよ。俺も行くから」
「僕、護衛はいらないです」
「いやいや、つれないことを言わないでくれよ。これだけ準備をしたのに、俺がここに留まるわけにもいかないからさ」
俺は、勇者と共に旅をする気はない。
「カール、勇者さんが困ってるよん」
「そんなこと、放っておけばいいよ」
「おいおい、そんな風に言うなよ」
町の門を出た所で、革命軍の魔族達も追いついてきた。
「カール様、考え直していただけませんか」
「は? だいたい、おまえら、シルルに酷いことして、俺を殺そうとしただろ。もう忘れたのか?」
「い、いえ。数々の無礼は謝りますから」
「何、突然、スカウトする気になってるの? 意味不明なんだけど!」
「お怒りはごもっとも……俺も急に気が変わったというか」
「シルルに回復してもらって惚れた?」
「いや、別にシルルさんがどうというわけでも……。体力が戻ってきたら、カール様が光魔法で助けてくれたのだと気づいて、そうしたら、無性にスカウトしなければと……」
「僕の気まぐれだよ。これ以上しつこいなら、殺すよ?」
「おいおい、カール。シルルちゃんのことが絡むと、冷静さを欠くようだな。革命軍のテンプさんだったっけ? 諦めな。本当に殺されても知らないからな」
俺が無視して歩いていると、ようやく諦めたのか、奴らは足を止めたようだ。
「カール様! 俺は諦めないからな」
革命軍の大将は、そんな叫び声をあげ、町に引き返して行った。もう二度と会うこともないだろうが、おかしな奴だったな。
「諦めの悪い奴だな」
(その言葉、そっくりおまえに返すぞ)
赤い髪の勇者は、やれやれという表情で、俺達に笑いかけた。是が非でもついて来るつもりらしい。
「勇者さん、本当に私達の護衛してくれるの?」
「シルルちゃん、俺の名はアークだ。名前で呼んでくれるかい? そう長い旅でもないが、よろしくな」
「はい! カール、よかったねー」
「僕は、護衛はいらない」
「またカール、何か拗ねてるんでしょ」
「拗ねるわけないでしょ、子供じゃないんだから」
「ふふっ、私がついててあげないとダメなんだからぁ」
「へ?」
「あはは、二人は仲良しなんだな。おじさんは邪魔者かなー?」
「アークさん、そんなことないよん。ね? カール」
「はぁ……」
「やっぱりカールってば、何か拗ねてる〜」
「拗ねてないよ」
「うふふっ」
(勇者と共に旅だなんて、ありえないのだが……)




