38、赤の勇者が捜していた理由
俺は、白い『魔力だんご』を十数個作って、シルルに渡した。魔力を増やして、魔法袋を持って欲しいと言うと、なぜかシルルが笑ったのだ。それのどこに笑うポイントがあったのか、俺には全く理解できなかった。
(楽しそうだから、まぁ良いが……)
シルルは、俺がグズグズしていると楽しげに笑う。魔法袋を持たせることは、グズグズした行為ではないと思うのだが……。
魔法袋は、装備してしまえば重さは感じないが、俺は、ぶら下げること自体が、邪魔に感じる。
シルルに持たせたいが、魔法袋は、装備するだけでも少し魔力を使う。中のものを出し入れするにも魔力を使う。シルルは異常に魔力が低いから、俺が仕方なくぶら下げているのだ。
そもそもリンゴなんて、シルルが持つべきだろう。俺がリンゴジュースを作ってもらうために、リンゴを取り出すのも、まるで催促をするかのようで、俺のプライドが許さない。
だが、おそらく、俺がリンゴを取り出してリンゴジュースを作れと言うと、シルルはケタケタと、楽しそうに笑うのだろうな。
(まぁ、それでもよいか)
俺は複雑な気分のまま、シルルと店を出た。
「カール、どこへ向かうの?」
「このまままっすぐ北に行けば神都だから、神都でシルルのお母さんを捜そうと思ってるよ」
「えっ? でも、神都は、教会が勇者には洗礼を受けさせるから……でもでも、まだ戦乱が終結したかはわからないから、洗礼は、まだ受けない方がいいってデルタ婆さんも言ってたよん」
「うん、受けないよ」
「じゃあ、なぜ神都に……私のせい?」
「違うよ。神都には早いうちに行っておきたかったんだ。逆に、シルルのお母さんを捜す目的があると、神都をウロウロしやすいよ」
「そっか。よかったぁ。じゃあ、神都でたくさん美味しい肉、食べようねぇ」
「あはは、シルルは食べることばっかり」
「だって、珍しい肉、食べたいもん」
ふっ、シルルは、色気より食い気か。まぁ、それでよい。子供はたくさん食べて強くならねばな。
町の門に近づくと、たくさんの人だかりができていた。なんだか、雰囲気がおかしいな。それに、この臭いは血か。
キャー!
「カール、何かあったのかな」
「うん、ケンカかな? すごい人だけど」
「行ってみよう、カール」
「えー、そんなこと放っておけばいいじゃない」
俺の制止を無視して、シルルは人だかりの方へと駆け寄った。危機感がないな、ほんとに。放っておけばよいのに、首を突っ込みたがるのは、人間の特徴か。いや、シルルは人間ではなかったな。
俺は遠視魔法を使い、付近を確認した。ふむ、配下はいないな。そのまま、人だかりの中を見ると、さっきの男が暴れていた。まだ餓鬼と遊んでいるのか。
数人の男達が、奴を助けようとしているのか、剣を振り回している。まさか、餓鬼を剣で斬ろうとしているのか? 霊剣じゃなきゃ、餓鬼は斬れないはずだが。
この血の臭いは、剣を振り回して、関係ない者を傷つけたのか。いや、あの男の生命エネルギーがさっきの半分にまで下がっている。餓鬼を斬ろうとして、自分を斬っているのか。
(無様だな、それで魔族か?)
「カール!」
シルルが、こちらに戻ってきた。
「シルル、放っておいて、行こう」
「カール、ダメだよ。さっきの人が、錯乱して暴れてるんだって。部下があの人を斬ろうとしたりして、部下もおかしくなってるって。カール、術は解いたんだよね?」
「うん、解いたよ」
「でも、カールが、幻術系の魔法をかけたんだって、噂されてる……。それに、町の勇者が、カールを捜してるって」
「へ? 僕が、何かをしたから勇者が捕まえるってこと?」
「うん、たぶん、そうみたい。どうしよう」
(はぁ、くだらない。どうでもいいことだ)
「気にしなくていいよ。放っておけば」
「でも、カールが悪く言われるのは嫌だよん。たぶん、マシューさんも嫌だと思う」
そんなくだらないことで、心を痛めるのか? シルルは、悔しそうな顔をしている。
(はぁ、仕方ない)
俺は、人だかりに近づいた。俺が近づくと、死神だという声が聞こえた。ふむ、人々の俺を見る目つきが怖れを帯びている。見慣れた目つきだ。この方が、俺としては落ち着くようだ。自由に振る舞うことができるからな。
「カールは、死神じゃないよ!」
シルルが叫ぶと、人々は黙った。だが、コソコソと、囁く声が聞こえてくる。
(全員、殺すか)
俺は、まだ絶対防御魔法も、発動準備した魔法も、解除せずに維持している。一瞬で、全員消せるが……。
「カールは、悪い人じゃないんだからっ!」
また、シルルが叫んだ。うむ……勇者ごっこの途中だったな。同行者がいるとやはりストレスが溜まる。さっきと片付けて、神都に送り届けるか。
(いや、待てよ? ふっふっ)
俺は面白いことを思いついた。神よりも、神らしきことをしてやると、今度は民は俺を神だと言い出すかもしれん。くっくっ、シードルが慌てるような芝居をしてみるか。
俺は、俺の闇を放出した。そして、闇に変身魔法を付与した。性質は変わらぬが、見た目は、光魔法に見えるだろう。俺をまとう闇は、強く白い輝きを放っている。
わぁ〜っ!
大きなどよめきが起こった。
俺が歩くと、人々は道を開けた。土下座して拝む者まで出てきた。いや、それは大げさだろう。
俺が近づくと、革命軍のやつらも動きを止め、ポーっと呆けた顔をしている。あの男にまとわりついていた餓鬼は、一斉にこちらを向き、首を傾げていた。
餓鬼は、俺の闇も、シードルの光も、どちらも苦手だ。
「消えろ」
ピカッ!
俺は、幻影魔法とともに、光に擬態させた闇魔法を放った。餓鬼は、蒸発するように消え去った。
幻影魔法により、人々には、闇は完全なる光に見える。
「餓鬼が、消えた!? お、おまえは、いったい……」
革命軍の大将、テンプといったか? 俺を見る目つきが、先程までとは別の意味で鋭くなった。魔族なら、まぁ、神は敵か。奴は、ダラダラと汗を流し始めた。
「僕は、魔王だからね。これくらいのことはできるよ」
「う、嘘だ。魔王は、すべての魔法を操るが、光魔法だけは使えない。光魔法を使うのは、神、いや、あっち側の……教会の……」
ふん、必要以上に焦っておるな。コイツは、ほんとに小者だな。魔族のプライドはないのか。
「カール、やっと見つけたよ」
俺のすぐ後ろに、赤い髪の勇者がいた。俺を捕まえようと、捜していたのだったな。だが、その声は柔らかい。
「うぐっ、勇者まで……」
革命軍の奴らは、警戒マックスな緊張状態だった。俺の芝居を邪魔しやがって。神だと言わせたかったのだが、まぁいいか。
「アークさん、僕を捜してると聞きましたが。俺が死神だから捕まえようってことでしたっけ」
「捜していたよ。ふふ、なんだい? その死神って。死神には、光魔法は使えないよ」
「そ、そのガキは、魔王だと名乗っていたぞ」
見物人のひとりが、赤い髪の勇者にそう言った。
「魔王には光魔法は使えないし、光魔法は魔王の弱点でもあるんだ。人間にはあまり知られていないが、魔族なら誰でも知っている常識だ。魔王が世界を崩壊へと導くなら、神が光魔法で魔王を倒すことができるようになっているんだよ」
赤い髪の勇者は、見物人に向かって、なにやら演説を始めた。
(また、面倒なことになりそうだな)
俺は、シルルとさっさとこの場を離れよう。だが、シルルの姿を探すと……うん? あの娘、何をしている?
シルルは、あの男に、白い『魔力だんご』を食わせていた。俺は一瞬、怒りを感じたが、シルルはマシュー並みにお人好しだ。シルルに団子を渡していた俺自身の落ち度か。
(だが、説教をしておくか)
「カール、キョロキョロしてどうしたんだい?」
「えっ? あ、いえ、あの……」
「ふふ、キミが魔王じゃないと明かして悪かったね。だが、各地で魔王だと名乗っているのは、おそらく勇者だと思うよ。素性を隠すなら別の何かの方がいいんじゃないか」
(勇者が俺の名を?)
「い、いえ、えーっと……」
(ダメだ、頭が真っ白だな)
言い訳をすることが、これほど難しいものだとは……。何も言葉が出てこない。俺もまだまだだな、ふっ。
「あはは、カール、困らせてしまったね」
「いえ、あの、捕まえるのでなければ、なぜ僕を捜していたんですか」
「カールを護衛するためだ」
「へ? 僕は護衛なんていらないです」
「まぁ、そう言うなよ。いとこのドッグに頼まれた。それに、シルルちゃんと神都に行くんだろう? ちょうど神都の偵察に行きたいと思っていたんだよ」
「シルルがいると、勇者だと気付かれにくいからですか」
「あぁ、それにカールが一緒だと尚更だ。まさか赤の家系と紫の家系が、共に行動するなんて思わないだろうからな」
その話を聞いていた見物人達は、ザワザワし始めた。そして、俺に向けられる目つきが変わった。畏怖と憧れの混ざったような……俺としては慣れない目だ。落ち着かない。
俺は、人々の視線から逃れるように、シルルの方を向いた。すると、シルルが俺の方に戻ってきた。
「カール、みんな元気になったよん」
「シルル、勝手なことしないで」
「だって、血が出てたし……」
「シルルちゃん、カールに心配をかけちゃいけないよ。さっき報告を聞いたが、あの男達に襲われたんだろう? それなのに不用意に近づくなんて、危険すぎるからね」
「あっ……そっち? カールは団子のことを怒ったのかと思った」
「カールが、そんなことで怒るわけないだろう」
(おい! 勇者! シルルを誘導するな)




