37、ふっ、まさかな
シュッ!
俺の青白い炎が、奴が放った炎を包んで消し去った。
「な、なんだ? 爆発音もしない。まさか、生命を喰らう炎か!?」
ふむ、まぁ、そうとも言うか。すべてを焼き尽くす冥界魔法だ。基本的には死者を冥界に送るときに使うから、配下達は死体処理魔法と呼んでいるがな。
生きている者に使えば、確かに、生きたままジワジワと生命を削る炎となるだろう。コイツは、冥界魔法を生きている者に使うということか。
(革命軍は、つまらぬことをするのだな)
ならば、冥界の炎に突かれる体験をさせてやろうか。餓鬼が取り憑くかもしれんがな。
俺は、青白い炎を操った。青白い炎は、パッと無数の小さな火の玉に変わり、男を取り囲んだ。そして、次々と男を貫き始めた。一気にはやらない。恐怖を植え付けるように、一つずつ奴の身体を貫いた。その度に生命エネルギーを奪い、痛みと絶望感を与える。
「うわぁ〜、やめてくれー! 頼む、やめてくれ」
ほどなくして、男は恐怖に耐えきれなくなったのか、叫び始めた。愚か者めが。泣き叫ぶと餓鬼を呼ぶぞ。
その声に吸い寄せられるように、死を待つ餓鬼がわんさかと集まってきた。人間には見えない。普通の魔族にも見えない。見えるのは餓鬼に取り憑かれた者と術者および呪術系の魔族だけだ。いや、高位の呪術士なら人間でも見えるのだったか。
「頼む! あああぁー」
男の生命エネルギーはまだ半分以上残っている。だが、その前に、頭が壊れそうだな。頭が壊れると恐怖を感じなくなる。そろそろか。
俺は、男を貫き続けていた青白い炎を消した。だが、わんさかと集まっている餓鬼は消えなかった。あれは、俺が呼んだのではないからな。
男に近寄っていくと、その様子は無様だった。泣きわめいたせいで、顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになり、半分錯乱している。俺の足音を死神と勘違いしたか。俺が近づくと腰を抜かして無様に倒れた。俺を見上げて、助けてくれと懇願している。
無視していると、俺の足にしがみついてきた。俺は、それを蹴り払った。そして、男の頭を踏み付けた。
「無様だな、おっさん」
「た、助けてくれ、悪かった、もう絶対に逆らわない、だから、だから、餓鬼を……このままでは俺は……」
「知らん。餓鬼は勝手に自分で呼び寄せたんだろ」
「あああぁあぁー、た、助けてくれ」
情けない。これが魔族か? 俺のようなガキに踏み付けられてまで命乞いか。こんな無様な姿を人間にさらすのか。ありえない。
「カール! もう許してあげよう」
取り巻きの中にいたシルルが、そう言った。なぜだ? コイツには、あんなに辱めを受けたじゃないか。
「どうして? コイツは僕を殺して、シルルを娼婦のように扱おうとしたんだよ?」
「そうだけど、でも、謝ってる」
「謝って済む問題じゃないよ」
「でも、マシューさんは、反省して謝ってる子は、許してあげなさいって言ってたもん」
シルルがなぜか必死だ。俺がこの男を殺すと思ったのか。いや、また、血の海は見たくないということか。別に殺す気はないのだが……。
(ふむ、シルルが嫌がっているか)
俺は、男を踏み付けていた足を退けた。すると、男は俺の足にしがみつこうとする。俺は、男を蹴り飛ばした。
男も必死だった。俺が蹴り飛ばした後は、餓鬼を振り解こうと地面を転がり、のたうちまわっている。
人間には餓鬼の姿は見えない。だから、男に俺が何かをしていると考えたようだ。人々の視線が俺と男を交互に見ていた。まぁ、よい。放っておこう。せいぜい餓鬼と遊んでいればよい。
「カール!」
「もう、僕の術は解いたよ。コイツは自分で呼び寄せたモノと遊んでるだけだよ。放っておけばいい。シルル、もう行こう」
「えっ? でも……買い物してないし……」
「あ、そっか。じゃあ、買い物……と言っても、店はその男があちこち壊したけど、パン売り場は大丈夫かな」
「う、うん」
俺は、男を放置して、さっきの店にシルルと一緒に戻った。まだ、念のために、絶対防御は解除していない。それに、さっき準備した魔法もまだ準備状態のまま維持していた。
あの男はしつこい。餓鬼を振り払うと何かをしてくるかもしれない。奴の戦闘力はそれなりに高い。町を出るまでは警戒をしておかねばならない。
「ねぇ、カール、あの人……」
シルルは、まだ気にしているようだ。さっきとは違って、シルルは俺から不用意に離れようとはしない。一応、学習したのだろうか。たまたまかもしれないが。
「あの男は、勝手に餓鬼を呼び寄せたんだよ」
「うん?」
「死を恐れて泣きわめくと寄ってくる、死神の使いみたいなもんだから、気にしなくていいよ」
「ええっ……死神?」
「死神じゃなくて、その使いみたいなザコだよ。生きた者には何もできないから、大丈夫だよ。力も弱いし」
「そう、カールがやったんじゃないのね」
「うん、餓鬼は、死神かそれに近い種族しか操れないと思うよ。僕、死神じゃないから」
「そっか、よかった。さっき、町の人が、カールは死神じゃないかって言ってたんだぁ。不思議な炎を自由に操っていたから……」
「僕は、魔王だからね。それくらいできるよ」
「あはは、カールってば〜」
そう言うと、シルルはまたケタケタと笑った。ふむ、なぜかわからぬが、俺が魔王だと言うと面白いようだな。
だが、本当に魔王だと知ると、この笑顔は恐怖に歪むのだろうか。そう考えると俺は少し胸が痛んだ。なぜだ? もしかして、俺はこの娘に怖れられることがコワイのか?
(ふっ、まさかな)
俺は、入り口付近で見ていた財布と、パンの袋をいくつか手に取った。
「さっき言ってた買いたい物って、その財布?」
「そう、便利なんだって」
「うーん、銀貨と銅貨を入れる財布って、たぶんみんなそれだよ? 私も持ってる」
「えっ? そうなのか」
マシューが買い物をするのは、おそらくこの宿場町だ。だから、シルルがそれを買い与えられているのも、不思議なことではないな。
「カール、パンばかりじゃなくて、肉は?」
「肉はいらないよ。適当に狩りをすればいいんだし」
「えー、子供が狩りできるような肉って不味いよん。それに大きな魔物なら食べきれないし……」
「食べきれない分は、その辺に放っておけば、魔物が食べるんじゃない?」
「えー、もったいないよん」
「必要なときには、また狩ればいいんじゃないの?」
「えー、そんな簡単に狩れるものは不味いよん」
「僕が狩るから大丈夫だよ。でも、調理は自信ないけど」
そう言うと、シルルは目を輝かせた。
「私が焼いてあげるから大丈夫! 火を起こす魔道具を買わなきゃ」
「いや、火は魔法でいいよ」
「じゃあ、肉を煮る鍋と、肉を焼く網だね」
「いや、土魔法で鍋は作れるし、焼くのは石を熱したらいいし……」
「カール、いつもそんなサバイバルしてたの?」
「いや……。あ、塩くらいは買う方がいいかもね」
「塩ね。水もいるよね」
「あー、そうだね、飲み水はある方が安心かもね」
買う物が決まると、シルルは、タタっと俺から離れて品物を探しに行った。俺から離れないようにしているわけではないようだ。さっきの恐怖をもう忘れたか。
(仕方ないな)
俺が、シルルから離れすぎないように気をつけてやらねばならないか。また面倒ごとに巻き込まれるのも、煩わしいからな。ほんとに世話の焼ける娘だ。
「カール、あったよー。たくさん買っておく?」
「うーん、シルルに任せるよ」
役所の人から、素材用にと渡された魔法袋は、かなりの容量がある。なんでも入れにすればよいか。
俺の腰には、魔法袋が3つぶら下がっている。もともと持っていた粗末な魔法袋、マシューがリンゴを詰めてくれた魔法袋、そしてシルルが役所の人から預かった魔法袋だ。さすがに、これ以上増やす気にはなれない。
シルルに魔力がもっとあれば、持たせるんだがな。団子を毎日食わせるか。黒でも白でも、魔力値は増えるだろうが、黒は味が嫌いだと言っていたか。
会計をしようとレジに近づくと、店員が、なぜだか金はいらないと言った。
「大丈夫だよん。私達、お金、持ってるよ?」
「いえ、そういう意味じゃないです。カールさんが、あの革命軍を店から追い出してくれたから、店としてはとても助かったんです。あの人達は、毎日ウチの店に女の子を捕まえに来るから、女性客が減ってしまっていて……」
「でも、また来るかもしれませんし」
「きっと、彼らはこの町から出ていきますよ。魔族はプライドが高いですから。それに、財布とパンと塩と水、合わせてもたいした金額にはなりませんから、お礼には少ないですが、店からの気持ちとしてお納めください」
「そうですか。じゃあ、もらいます。ありがとう」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
シルルが、それならもっと買えばよかったと呟いているような気もするが、俺は聞かなかったことにしておこう。
そして、俺達は、レジ横の棚で荷物の整理をした。
「シルル、大きめのセロファン袋、持ってる?」
「ん? あー! セロファン袋、団子用のも持ってきちゃったよん。マシューさんに渡せばよかった」
「リンゴに使う大きめのを一枚ちょうだい」
「ん? パンはこのままで大丈夫だよん」
不思議そうなシルルから、セロファン袋を受け取り、俺は、手早く白い『魔力だんご』をこねた。
「はい、シルル、毎日一個ずつ食べて。魔力増やして、魔法袋を持ってもらいたいんだ」
「へ? あははっ、カールってば〜。仕方ないなー」
シルルは楽しそうに笑っている。
(なぜ、笑われたんだ?)




