35、危機感のないシルル
マシューの実家の宿の食堂で朝食を食べていると、マシューがやってきた。
「よかったよ、間に合ったね」
その手には、小さな魔法袋を持っていた。
「マシューさん、おはようございます。もしかして見送りですか?」
「カール、それもあるけど、魔法袋が手に入ったから持って行って」
「えっ? 魔法袋は高価ですし……。それに昨日、シルルが役所の人から魔法袋をもらったから」
「それは、素材集め用だろ? これは、小さいけど、中にはウチのリンゴをぎっしり詰めてある。リンゴジュースにするためのすりおろし板と絞り袋も入れてあるからね」
「リンゴ? いいんですか」
「あぁ、シルルに絞ってもらったら、いつものリンゴジュースが飲めるからね。シルル、頼んだよ」
「うん、私にお任せだよん、ふふっ」
マシューは、おそらく魔法袋を買ってきたのだろう。そんな無理をしなくていいのに……。だが、その気持ちは嬉しかった。やはり、マシューの家族は、あたたかいな。
いや、人間は皆、あたたかいのだろうか。
俺は今まで気にしてこなかった人間の感情や生態に興味を持つようになってきた。人間の中に混ざり込んでいる魔族はカスだと思っていたが、もしかすると、人間のあたたかさを好んで混ざり込んでいるのかもしれない。
(俺は、あまりにも無知だな)
シルルがいつも言うように、確かに俺は世間知らずだな。うむ、妙な先入観は捨てて、この旅では人間観察を楽しもうか。
そんなに長い旅でもない。シルルを神都に連れて行って母親に会わせ、アプル村に送り届けるだけだ。飛翔魔法やサーチを使えば、一日もかからない。
だが、まぁ、シルルがいるから、空を飛ぶのはマズイな。光の柱の見えない壁が、空中のいたるところに張りめぐらされている。あの電撃は、おそらくバリアも貫通する。バリアで軽減できるかもしれないが、下手をすると、シルルは死んでしまうかもしれない。
「じゃあね、二人とも道中、気をつけるんだよ」
マシューは笑顔だが、とても心配そうに笑っていた。シルルは、マシューのそんな気持ちに気づかないのか、元気すぎるくらいテンションが上がっているようだ。
「うん、大丈夫だよん。私がついてるからねー」
「あはは、シルルは力持ちだけど、剣は苦手だろう? カール、頼んだよ」
「はい、お任せください」
「えー、カールの方が大人みたいな言い方だよ」
「シルルは10歳なんだろ? カールは12歳だよ。シルルは背が高くて大人っぽいけど、カールの方がお兄さんなんだからね」
マシューは、シルルに優しい笑顔を向けていた。シルルは、年齢のことを言われると黙るようだな。シルルは、大人のフリをしたい年齢なのだろうか。
「じゃあ、マシューさん、お元気で。リンゴありがとうございます」
「あぁ、カールもね。シルル、カールにリンゴ絞ってあげてね」
「うん、カールは絞れないから、私がやってあげないとね」
マシューは、シルルの扱いがよくわかっているようだ。シルルのテンションは、また一気に上がっている。
俺達は、マシューに別れを告げた。宿の前で、いつまでも見送る彼の姿が、俺にはとても印象的だった。見送りをされると、離れがたくなる。これも、人間のあたたかさの一部なのだろうか。
「カール、ごはんを買っていこう」
宿場町の門が見えたときに、シルルが突然、妙なことを言い出した。
「ごはんは、いま、食べたじゃない?」
「違うよー。町を出たら、次の集落まで店がないじゃない。ごはんを買っておかないと、お腹が空いて動けなくなるよん」
「そうか、考えたことなかったな」
「あー、カールは飛翔魔法使えるからだね。私はそんな魔法使えないからね。歩いていくと、時間すごくかかるんだから」
「わかった」
飯なら適当に魔物を狩ればいいと思ったが、そうすると、パンは手に入らない。人間は毎食、パンを食べる習慣があるようだ。パンは買っておくべきか。
食品をいろいろ置いている店に、シルルの後をついて入っていった。食品だけではなく、いろいろな物を置いてあるようだ。
(ふむ、これも買っておくか)
俺は、入り口付近に飾ってあった皮袋の財布を手に取った。巾着型の財布だが、中を見ると、ポケットがついている。このポケット部分には銀貨を入れ、それ以外の部分に銅貨を入れると便利だと、商品棚に宣伝文句が書かれていたのだ。
シルルは、パンではなく、肉の前にいた。いや、肉はいらんだろう。どこでも手に入る。だが、シルルは真剣に品物を選んでいるようだ。
ひとりにさせるのも物騒か。シルルがひとりだと思ってか、何人かの男の視線がシルルに向けられていた。ほんとに、シルルは危機感がない。
俺がシルルの元にたどり着く前に、視線を向けていた男がシルルに声をかけていた。
「お姉さん、ひとりで買い物? 俺が買ってあげようか?」
「ん? なんで買ってくれるの?」
「それは、お姉さんがかわいいからだよ。ねぇ、俺と……」
シルルは、何もわかっていない。男に腕を掴まれても、きょとんとしている。
「シルル! 何してんの」
俺が叫ぶと、男はチッと舌打ちをした。だが、俺の姿を見て余裕の笑みを浮かべた。
「なんだ、ガキか。この女の名はシルルというのか。かわいい名前じゃないか」
「そう、シルルだよん。ふふ、ありがとう」
「なぁ、シルル、俺と仲良くしないか? 肉なら欲しいものを買ってやるぜ?」
「ん? 仲良くなりたいから買ってくれるの?」
「あぁ、仲良くしたいなぁ」
「いいよ、別に買ってくれなくても、仲良くしてあげる」
(バカ! 意味わかってんのか)
男はニヤッと笑った。そして、シルルの肩を抱き寄せた。シルルは、特に抵抗もしない。全くわかっていない。
「ちょっと、おっさん! シルルはまだ10歳だぞ。子供に手ぇ出す気か」
「えっ? 10歳? いいねー、最年少記録更新だぜ」
「カール、何を怒ってるの?」
「シルルは、危機感がなさすぎるんだよ! その男は、シルルをもてあそぶ気だぞ」
「うん?」
「ガキはひっこんでろよ。シルルちゃん、でも身体はすっかり大人だよね。白い尻尾なんていいじゃないか。俺が大人の体験をさせてあげるよ」
「大人の体験?」
「もっと大人になりたいだろう?」
「うん! なりたい」
(ダメだな……)
「シルル! この男がシルルに何をする気かわかってないの? コイツの子供をはらまされるかもしれないよ」
「えっ!?」
シルルは、俺の言葉で、やっと理解ができたらしい。驚いて固まっている。
「ガキは放っておいて、さぁ、どの肉にしようか。俺が泊まっている宿で調理してもらおう」
「い、嫌っ。離して」
シルルは、男の腕を振り解こうとしたが、力持ちのシルルにも振り解けないようだ。子供の中では力持ちでも、獣系魔族には敵うわけがない。
「今さら何を言ってるんだ? さっき、俺と仲良くしたいって、おまえが誘ったじゃないか」
「誘った? そんなこと……」
(また、丸め込まれそうになっている……仕方ない)
「シルル、あっちに買いたい物があったんだ。見てくれる?」
「う、うん……カール……」
シルルは今にも泣き出しそうな顔をしている。俺は、腹が立ってきた。この怒りの感情はなんだ?
「おい、ガキはひっこんでろって言っただろ」
男は、シルルを離し、俺に殴りかかってきた。コイツ、殺すか。いや、だが、シルルの目の前だ……。
俺は、すぐに発動できる身体強化魔法とバリアを一気に発動した。ないよりはマシだろう。
そして、男の拳を避けた。奴は勢いあまって、店の棚をひっくり返した。店の中で暴れるのはマズイな。俺がマシューと親しいことを知る者も居るだろう。暴れると、マシューに迷惑をかけるかもしれない。
「このガキ!」
男は、ひっくり返った陳列棚を頭上に持ち上げた。まさか、投げる気じゃないだろうな。
(……投げやがった)
ドカン! バキバキ!
俺が先制で黙らせようと移動した瞬間、俺が居た場所で陳列棚がバラバラに壊れている。
キャー!
壊れた陳列棚の破片が突き刺さった買い物客が、その場に倒れた。ドクドクと血が流れている。アイツは死ぬな。
俺は、右手にイナズマをまとわせ、男の腹に拳を打ち込んだ。
(ダメだな、弱すぎる)
男は、腹を押さえてよろめいたが、たいしてダメージはなさそうだ。
「く、クソガキ!」
男は、剣を抜いた。店の中で剣はないだろう。店内にいた買い物客は、巻き込まれないようにと、慌てて店から出て行った。
シルルは、肉のケースの前に張り付いている。肉売り場の店員が、内側へとシルルを避難させた。
(ふむ、シルルは大丈夫だな)
「おっさん、店の中で暴れちゃいけないって知らないの?」
「そんな決まりなどないわ」
「店が壊れるし、巻き添えで死人が出るじゃないか。剣を抜くなんて、頭がおかしいんじゃないの?」
俺は、話しながら、アレコレと魔法の準備をした。気絶するわけにいかないから絶対防御、そして店の中で使っても店を破壊しない程度の、弱い重力魔法と雷魔法を融合させる。
男が、俺に挑発されて、剣を振り上げた。
「死ね! クソガキ!」
俺は、準備した魔法を一気に発動した。
俺の身体を淡い光が包み、両手には二つの属性の魔法、それを男の剣をめがけて放った。
バリバリッ!
イナズマがうねり、重力魔法と絡み合った。重力魔法を絡めると、その雷撃はまず避けられない。
男の剣から男の身体へとイナズマが流れた。
男は、手から剣を落とした。そして、バタンとその場に倒れた。
(ふん、ちょろいな)




