3、最強魔王カルバドス、家出する
俺は銀色の扉を閉じ、広い宝物庫の中を、出入り口である漆黒の扉へと歩き始めた。
さっき、追い払ったはずの宝物庫の番人が、漆黒の扉の近くにいた。俺が宝物庫から出るのを待っていたのか。彼は、手には酒瓶を持っている。祝宴には顔を出したようだな。
「カルバドス様!」
「なんだ、おまえ、まだ居たのか」
「いえ、祝宴の会場に行ったら、カルバドス様が不思議な団子を振舞われたと聞きまして……」
「あー、あれは今日の分は、もうおしまいだ」
「そうでしたか……残念です」
宝物庫の番人は、ガクリと肩を落としていた。アイツの手先であるとはいえ、ずっと真面目にこの宝物庫を守っていた男だ。ちょっと、かわいそうだな。
「まぁ、今日は祝いの日だ。そうだな、俺の探し物の手伝いをするなら特別に作ってやるが、どうだ?」
「はい! 是非お願いします。何を探せばよいのでしょうか」
「おまえが人間の街に行くときは、何を持っていく?」
「偵察ですか? それなら、人間に化けるために、人間が持つ身の回り品を持っていきます。姿は魔法で変えることができますが、持ち物でだいたいバレてしまいますから」
「ふむ。人間は何を持っているのだ?」
「服は街によってバラバラですが、だいたいは、粗末な剣と粗末な魔法袋を腰に下げています。それから皮袋の財布、あと布のカバンを肩からかけている者も多いですね」
「では、それを用意せよ。この宝物庫にあるものだけで構わぬ」
「えっ? あ、はい、かしこまりました」
宝物庫の番人は、中の物の場所を完璧に覚えているようだ。少し考えたあと、テキパキとあちこちを歩き回っていた。
俺はその間に『魔力だんご』を三色作り、串に刺しておいた。この串も、魔力から作ったものだ。団子を食べ終わるとスッと消えるからゴミにならない。
「お待たせいたしました。さすがに粗末な剣はありませんでしたが、それ以外のものをお持ちしました」
「うむ。褒美だ」
「ありがとうございます! ほんとに不思議な団子ですね。わずかに光っていて美しいです」
彼は嬉しそうに、団子にパクついていた。一色食べてはサーチのようなことをしている。効果まで知っていたようだな。
俺は、近くに積み上げてあった金貨を適当につかみ、皮袋の財布に放り込んだ。この皮袋は小さいな。うーむ、そもそも人間が金貨を持っているのか?
「普通の人間は、金貨を持っているのか?」
「えーっと、都会の人間は持っていますが、農村部は貧しいので村長くらいしか持っていないと思います」
「ふむ。やはりな」
俺は皮袋から金貨をいったん取り出し、魔法袋の中で迷子にならぬよう重力魔法をかけてから、直接魔法袋に入れた。これだと、魔法袋から取り出すのが一枚ずつになってしまうが、こうしておかねば、他の物を取り出したときに紛れて出てきてしまう。
皮袋の財布は空っぽのまま、布のカバンと一緒に魔法袋へ入れた。
(どこかで金貨用の財布を買うか)
魔法袋は、アイテムボックスと同じく、中が異空間と繋がっている。そのため、一定の容量までは物を入れても、その重さを感じない。
アイテムボックスは、身につけることで、自分の身体と一体化するため、まず他者に奪われる心配はないが、容量が小さいのが欠点だ。
一方、魔法袋は、いろいろなサイズがあるが、腰ベルトなどに装着するため、盗難の危険が高いのが欠点だ。まぁ、俺から盗むなんてことは、ありえないがな。
(人間の服がないな)
「あの、カルバドス様、もしかしてご自分で視察に行かれるのですか」
「うん? 団子は、どの味が気にいった?」
「はい、どれも美味しかったです。白い団子は、治癒もできるのですね」
「そうなのか?」
「はい! さっき、ちょっと切ってしまった傷口が、跡形もなく消えましたし、疲れも回復した気がします」
「へぇ、まるでポーションのような団子か。ますます面白い! ところで人間の服はあるか?」
「えっ? いえ……人間のものはないです。布地で作るものがほとんどなので、あまりにも粗末なものですから」
「そうか。それなら仕方ないな」
「あの、カルバドス様……」
彼はさっきの質問の答えを聞きたいのだろう。彼は、アイツの手先だ。さっき鏡に話したことと、話を合わせておかねばならないな。
「視察ではない。俺は城を出るんだ」
「ええーっ!? な、なぜ」
「俺の役目は終わったのだ。ここにいてもやることがない。俺は自由になりたいんだよ」
「まさか、死期を察知されたのですか」
そう言うと、彼は一瞬しまったという顔をした。なるほど、アイツは、俺を消すつもりなのかもしれないな。
アイツが自分の手で直接俺を消せば、俺を吸収し、数千年前の元のアイツに戻ることになる。
だが、アイツが自ら俺を殺さなければ……配下にでも殺させれば、俺はアイツの捨てた悪しき心を抱えたまま消滅することになる、か。
「ふっ、年老いてきたが、まだ千年は大丈夫だろう」
「そ、そうですよね。失礼なことを……申し訳ありません」
俺も、随分と年老いて性格が丸くなったものだ。若い頃はこんなことを言われた瞬間、この男の首を落としていたかもしれない。
「まだ、おまえにしか言っていないことだ。俺が姿を消すまで他言無用だ。よいな」
「はっ! ですが、すぐに戻って来られるのですよね? まさか、このまま永遠にというわけではないですよね」
(なんだ? コイツ。心配そうなフリをしているのか?)
俺が城を出るのがそんなに不安なのか? 捨てられた子のような目をしている。
「さぁな、外に出てみないとわからん。すぐに飽きて戻ってくるかもしれないし、外の方が居心地がよいかもしれん」
「そう……ですか。心配です」
彼はこんなタイプだったのだろうか。いつも何事にも動じないツラの皮の厚い奴だと思っていたのだが。
まぁ、一番最初に打ち明けたということで、何か感じるものがあったのかもしれないな。
「ふっ、俺の身を案じる必要はない。無駄に膨大な魔力も体力もあるんだからな」
「確かに、カルバドス様は、我々のような普通の魔族の千倍以上、人間と比べると数十万倍の能力をお持ちなのはわかっていますが……」
「人間は個体差が激しい。魔族並みの者もいる。あまり舐めるなよ」
「はっ! 勇者の街の出身者には、気をつけております」
「それでよい。俺の留守中、銀色の扉を破られないようにせよ。俺が城から離れると、鍵の魔法陣の起動ができないからな」
「かしこまりました」
宝物庫の番人は、俺に頭を下げた。その表情は、忠実な配下のごとく引き締まっている。俺は、ニタリと笑うかと予想していたのだが、外れたか。
宝物庫から出て、俺は祝宴の会場へと戻った。まだ、飲んでいる奴もいるが、だいぶ人数も減った。いや、床に転がっている、か。
(服が欲しいが……まぁ、これでいいか)
さっき、宝物庫の番人は、人間の服は布地でできていると言っていた。この城で、布地といえば、大きなものはこれしかない。
俺は、テーブルクロスを引き抜いた。ふむ、腰巻きにはできそうだな。いや、人間のサイズなら、ローブのように使えるか。
「カルバドスさまーっ! 何をしているんですかぁ?」
(うるさい奴に見つかった)
「マルル、静かにしろ。眠っている者を起こすなよ」
彼女は、俺の意図がわからなかったのか、首を傾けている。
俺は無視して、数枚のテーブルクロスを集め、魔法袋へと入れた。粗末な魔法袋は、これでもう容量がいっぱいになってしまった。
(これっぽっちしか入らないのか)
「テーブルクロスで何をするんですかーっ。ピクニックなら、あたしも連れて行ってくださいなっ」
「ピクニックではない。おまえは、見なかったことにしろ」
「ええ〜っ? ひどいですよぉ。あたしに隠し事ですかーっ。怒りますよーっ」
そう言いつつ、マルルは泣きそうな顔をしている。はぁ……この小娘は、ほんとに小悪魔だな。うそ泣きには騙されないからな。
「カルバドス様、どうなさったのですか」
マルルが騒ぐから、配下が集まってきてしまった。何も言わないより、告げて行くべきか。
俺は集まった者達をぐるりと見回した。眠そうな顔をしていた者も、何か異変を察知したのだろう。一気に酔いが吹き飛んだようだ。
そして、この中にもアイツの手下らしき者がいた。これでは、本当のことは言えないな。
「うむ。俺は城を出る」
「えっ? どういうことですか? 視察に行かれるのですか」
「いや、違う。当初のアイツとの約束では、俺の役割はこの世界の制圧までだ。だから俺の役目は終わった。これからは、俺は自由に生きる。この世界のことは、優秀なおまえ達がいれば大丈夫だ。安心して任せられる」
「えっえっ? でも、シードルさまは来なかったよーっ? まだ、カルバドスさまの仕事は続くんじゃないですかぁ」
「俺が居るから、アイツは来にくいのかもしれん。だから、俺は城を出る。俺は汚れ役だ。戦後処理や復興にはふさわしくない」
「えーーっ!? カルバドスさまが、家出するんですかーっ」
「あぁ、そうだ」
「じゃあ、あたしも家出しますっ」
「それはダメだ。おまえまでが居なくなったら、城のみんなは困るだろう。後は任せたぞ」
「ええ〜〜」
俺はもう一度、配下達の顔をぐるりと見回した。ふっ、どいつもこいつも不安そうな顔をしやがって。
「じゃあな」
俺はやわらかく微笑み、転移魔法を唱えた。そうして、俺は、長年住み慣れた城を出た。