29、宿場町の廃墟のような町中の宿に
「おお〜っ!」
いつの間にか近寄ってきていた役所の魔族が、声をもらした。彼らは、カシャンコの画面に釘付けになっている。マシューも、宿の従業員も数名集まっていた。
俺は、野太い声の『激アツ』の意味が少しわかった気がした。見ている人達が、なんだか興奮しているようだ。暑苦しいな。とても暑苦しいから、激アツ? いや、そんなわけはないか。
あの男の記憶では、確か店の客が、『激アツ』を外したからもうこの台はダメだと言って暴れていたこともあったな。
あのとき俺は、気にもしていなかったが、いま、目の前で『激アツ』と言われると、気になる。
カシャンコ台の画面では、右端の図柄の動きがゆっくりになった。そして、7で止まった。おぉ、777で数字が揃ったぞ。
すると画面いっぱいに、『大当たり!』の文字が表示された。
「大当たり〜! おめでとう! 15ラウンドよ〜っ」
野太い声の後、なんだかやかましい音が流れてきた。小気味よいが、ちょっとうるさすぎる派手な音だ。
画面では、ラウンド1と表示されている。ふむ、銀玉を弾けばよいのか? さっきの入賞口の下側に大きな入り口がパカっと開いた。
大きな入り口に銀玉が入ると、ドバッと銀玉が出てきた。出玉を受ける下皿は、すぐに溢れんばかりになってきた。
俺の右手は、カシャンカシャンと銀玉を弾くためにハンドルを握っている。左手で下皿から黄色い箱へと銀玉を移していった。
(げっ、まだ続くのか)
画面は、いま、ラウンド6の表示だが、貸玉機の銀玉が入っていた黄色い箱は満タンになった。下皿はどんどん銀玉が増える。そして、画面に注意書きが表示された。
(ちょっと待て、箱が……)
すると、台から声が聞こえた。
「玉を抜いてください。下皿から玉を抜いてください」
(わかってる、急かすな)
「カール、箱、これ」
マシューが、黄色い空箱を持ってきてくれた。助かる。
「ありがとうございます」
俺は、満タンになった箱を重力魔法で、床に下ろし、そして空箱に、下皿に溢れんばかりに詰まっている銀玉を移した。
途中で俺は、下皿の仕掛けに気づいた。下皿の横に小さなレバーがあり、これを引くと下皿に穴が現れ、ザァ〜っと下皿から箱に銀玉が落ちていく。レバーから手をを離すと、穴は塞がれる。
(これは、気分がいいな)
ラウンド15になり、大当たりは終了したようだ。画面には『終了』の文字が浮かんだ。そして、野太い声が聞こえた。
「まったねぇ〜」
この演出は悪くはないが、声はダメだな。可愛らしい女の子の声の方がよいのではないか? これでは、イライラしてくる。
実際にやってみて、俺は、魔王城での銀玉だらけ事件の状況がわかった。大当たりで、出玉があふれると焦る。だから、マルルは、部屋に銀玉をぶちまけてしまうのだ。
(こういうことか……)
大当たりしたとき、すぐに箱を交換できるように、空箱を近くに置いておく方が良いな。やってみなければわからないものだ。
(よし、試し打ちはこれで良いだろう)
俺は、計数札に残っていた銀玉を出し、出玉と合わせて計数機に戻した。さっきは気づかなかったが、計数機は、計数ボタンの下に小さな補充ボタンがある。さっき呪具がここに銀玉を補充したときは、補充ボタンを押したのだろうか。
計数札は残数がゼロになると貸玉機からは出てこないようだ。ふむ、ゴミにならなくてよいな。
計数機には、透過魔法を防ぐバリアを張っておいた。一応、念のためだ。俺のように銀玉を勝手に抜き出す奴がいるかもしれないからな。
「マシューさん、カシャンコ完成です。説明しますね」
俺は、貸玉機、計数機、カシャンコ台、そして循環機の説明をした。
「カール、遊ぶには銀貨1枚が必要なんだね」
「はい、ただ、当たりを引く運が良ければ、銀玉は増えますから、銀貨1枚で、ずっと遊べます。その銀貨は、宿の収入にすればいいですよ」
「銀貨1枚か、遊ぶには高いかな。ウチの宿泊費は、二人で銀貨1枚なんだよね」
ふむ、では、あの男の記憶のように、景品と交換できる仕組みにするか。そうすれば、いったん交換して、また遊びたくなったときに、宿の収入になるな。
「じゃあ、出玉を景品と交換しますか? 換金するなら、手数料を取って、銀貨2枚分の銀玉5,000個を、半分の銀貨1枚と交換する感じでいかがでしょう」
「それって、暴れる人が出てこないかい? ぼったくりだよ」
「カシャンコ台の大当たり確率は、わりと高めです。銀貨1枚分の銀玉を使えば、2回くらいは当たると思います。貸玉よりも出玉の方が多いんですよ」
「そうか。等価交換にすると、大損することになるね」
「はい。だから、換金するなら半分の価値くらいが良いと思います。あと、他の景品に交換する場合は、等価交換でいいかな」
「他の景品かい? 例えば?」
「うーん、なんでもいいんです。銀貨1枚で銀玉2,500個だから、銀玉25個で銅貨1枚分の景品。食べ物でもお土産でも、あっ、高額な物ならお姉さんの所の剣でもいいかもしれません」
「おぉ〜、じゃあ、宿の食堂の食事券でもいいね。でもエリーさんの所の剣は、かなり高いけど……」
「大当たりが続く台もあるかもしれませんよ。とは言っても、この台は、ここで働く人達の暇つぶしになればと思って作ったので、そういう景品は合わないかな」
俺がそう言うと、役所の魔族が口を挟んできた。
「いやいや、これは町で流行りますよ。大儲けできそうな予感がしますよ」
「でも、そんなに儲からないですよ」
マシューが反論したが、彼らは首を横に振った。
「商人から安く仕入れた物を景品にすれば、儲けがでます。等価交換ということは、通常価格でということですよね。これは新たな商売になりますよ。町に活気が出てきます」
なぜか役所の人達は、興奮気味だった。俺の思惑とは違う方向に進みそうだな。だが、この町の中は廃墟のようになっている。役所としては、なんとかしたいのだろう。
「カールさん、この町に滞在されるのですか? もしくはアプル村に戻られますか」
「僕は、旅の途中なので……」
「じゃあ、とりあえず、今日はこの町に泊まってください。役所から宿泊費は出しますから。町長に許可をもらえたら、あのカシャンコ台を、町の中で客の来ない宿いくつかに、作ってもらえませんか。経費が必要なら、役所でお支払いしますから」
(必死だな……)
魔族のくせに、こんな人間のガキに必死に頼んでいる。情けない。だが、それほど、この町は困っているということか。
だが、俺がそんなことをしてやる義理はない。呪具のサイズも少し小さくなったから、もうこれで俺のやりたいことは完了だ。だが……。
「カール、これでお客さんが居ない宿の人達は、商人の仕事の手伝いをしなくて良くなるかもしれないんだ。だから……」
はぁ、お人好しのマシューならそう言うと思った。まぁ、この宿だけにカシャンコがあると、他から恨まれることがあるかもしれないか。
(おもちゃが、金を稼ぐ道具になるとはな)
「でも、これを置いてもそんなに儲からないですよ?」
「それは、やり方次第です。カールさんは、失礼ながら子供だからわからないと思いますが、これは商売になります」
あの男の前世では、専門の店ができていたからな。ただ、この遊びを忘れた者達も、カシャンコに熱中するかはわからないがな。
俺はまだ、作るとは言っていないのに、役所の魔族は、町長に話してくると言って、急いで出ていった。
ちょうどそれと入れ替わるように、シルルが買い物から戻ってきた。たくさんの袋を抱えている。買い物をしたなら、魔法袋を使えば良いのに、なぜ手で抱えているのだ?
「カール、ただいま〜」
「おかえりなさい。すごい荷物だね、魔法袋は?」
「あー、うん、魔法袋に入れるの面倒だもん」
「手に持ってる方が大変じゃないのか」
「こっちの方がいいのよん。着替えてくるねー」
なんだか様子がおかしい。シルルは、妙にそわそわしていた。カシャンコにも気づいていないようだ。
「マシューさん、シルルは魔法袋が嫌いなんですか」
「あー、シルルはね、魔力値が少ないからだよ。少しでも節約しようとするんだ。本来なら魔力値は高いはずなのにおかしいよね」
「父親が巨人族で、母親が白狐でしたよね。いつもシルルの服装は、全身を隠すようなものばかりだけど、何か呪いでも受けているのかな」
「うん? そんな話は聞いたことないよ。どうして呪いなんだい?」
「母親は神に仕える魔物なのに、父親は悪魔族ですから魔王側ですよ。神と魔王は、真逆の存在ですから何か……」
俺には何も感知できないが、サーチはできる。シルルの魔力は異常値だ。人間より低い。何か、原因があるはずだ。
「うーん、俺にはわからないけど、少し大きな街の教会を訪ねてみるといいかもしれないね。神都ほどじゃなくても、優秀な牧師はいるよ」
「じゃあ、教会を見つけたら寄ってみます」
「でも、カール、気をつけるんだよ。神命のことがあるからね」
「はい」
(勇者ごっこは……まぁ、もう慣れたな)
パタパタとこちらに走ってくる足音が聞こえた。音のした方を振り返ると、見たことのない綺麗な女がいた。結構若いか。
白く輝くふわふわした髪から白い耳がピョコっと出ていた。白い尻尾もあることから獣人か? それにしては妙に魔力が低いようだが……。
「カール、どお?」
「へ? 誰?」
そう聞き返すと、女はケタケタと笑った。
(ガキの俺に、こんな知り合い、居たか?)




