27、兵器製造の呪具で、カシャンコを作る
「カール、役所の人を呼んだから、来てくれるまで、お茶でも飲んでゆっくりしていて」
「はい」
俺は、マシューの宿のガランとしたロビーをウロウロしていた。暇だ。実に暇だ。こんな所で働く人も暇だろうな。
今日も、宿には客はいないようだ。宿場町は、街道沿いから客がうまっていくらしい。街道沿いの宿に空きがなくなると、町の中の宿に人がやってくるそうだ。
この町は、まるで廃墟のようになっているから、見知らぬ者は、町の中に入るのが怖いのかもしれない。
もっと明るい雰囲気なら、街道沿いばかりに客は集中しないのだろうが。
(おっ! そうだ!)
俺は、妙案を思いついた。あのゴミを再利用して、ここの従業員の暇つぶしの遊び道具を作ろうか。
「マシューさん、ここの壁沿いって、使うことありますか?」
「うん? あー、昔は絵を飾っていたこともあるけど、今は使ってないね。カール、どうしたんだい?」
「さっきの廃材を使って、暇つぶしの遊び道具を作って置いてみてもいいですか。けっこう大きな物ですけど、ここ広いですし」
「ふふ、何が出てくるのかな? うん、このロビーは、昔、石像を置くのが流行ったから、大きく作ってあるんだ。でも、もう石像は置かないから、広すぎるんだよね。自由に使って大丈夫だよ」
「はい。じゃあ、またあの道具を出すので……」
「わかった、離れているよ」
俺は、ロビーの端の方へと移動した。薄暗いから、マシューからは何をしているのかは見えないな。今回は、幻影魔法はなしでいこうか。
ペンダント型のアイテムボックスから、兵器製造の呪具を取り出した。さっき収納したばかりだったから、呪具は少し驚いたらしい。
『わっわっ、何? 何も悪いことしてないわぁ〜』
「何を言っている。ここの壁沿いに、マルルが気に入っていたカシャンコを作れ。ただし、出玉ストックの銀玉をいちいち、上部の皿に入れるのも面倒だ。銀玉の循環機も作って、台と一体化させる」
『カシャンコ? 壁沿い? あれは卓上のボードゲームじゃないのぉ?』
「魔力のない人間が使えるように、重力を利用する。台を立てて、壁沿いに並べるのだ。そうすれば、弾いた銀玉は重力で勝手に、釘に当たりながらカタカタと台の中を、下へと落ちていくだろう」
『じゃあ、銀玉を打ち出すハンドルは、何を動力にして動かせばいいのかしらぁ?』
「そこは、わずかな魔力で起動させる。魔力の全くない者はいないからな。起動以外の動力は、魔力の高い者から、ガツンと吸収して溜めておけば、まかなえるはずだ。」
『じゃあ、起動は魔力量に応じて、吸い取る感じねぇ』
「人間からは吸い取りすぎるなよ。魔力の高い魔族からは遠慮なく吸い取ればいい」
そして、俺は詳細なイメージを伝えるために、呪具にあの男の記憶を見せた。確か、ナゴヤといったか? 異次元の星から転生してきたという火龍、ファイヤードラゴンだ。
マルルが、男の話を聞いて、俺におもちゃを作らせたのだ。遊びやすいように卓上のボードゲーム型にアレンジしたけどな。
だが、マルルが熱中しすぎて、たまに銀玉をガシャンとひっくり返し、部屋中を銀玉だらけにしていたことから、禁じたのだったか。
あの男は前世の記憶を持っていた。前世では、魔力のない人間で、パチンコ店という不思議な店で働いていたのだったな。
何が楽しいのかわからんが、店は大量の人間が熱狂していた。あのパチンコ台というものは、木材とガラスと金属からできている。そして、遊技に大量に必要な銀玉も金属だ。
(うむ、これは良い! 廃材でカシャンコを作ろう)
カシャンコという名は、マルルが名付けた。右下のハンドルからガラス板で覆った盤面の中に銀玉を打ち出すときの音が、カシャンカシャンと聞こえるからだそうだ。
あの男の記憶によると、本来の名前はパチンコなのだろう。だが、マルルは、それでは名前が可愛くないと言って却下していた。カシャンコのどこが可愛いのか、俺にはわからない。
『うふっ、どの機種がいいのかしらぁ? たくさんあって迷っちゃうわぁ』
「シンプルなものでよい。それに飽きたら別の機種を作ってやってもいいしな。そもそも、カシャンコをこの町の人間が面白がるかわからない」
『じゃあ、さっきの記憶の中の、古い物にしてみようかしらぁ。新しい記憶の物は、リーチ演出とかがいろいろあって、複雑すぎて、どう作ればいいか……ちょっと時間をもらわないと無理だわぁ』
「それでよい」
『でもぉ、このカシャンコでどうやって攻撃するのぉ? 銀玉は、台の中を転がるし……。大当たりした出玉で押しつぶすのぉ?』
「妙な玉を作るなよ。ただの金属の銀玉だ」
『ぜ〜んぜん、武器にならないわぁ〜』
そうか、コイツは兵器製造の呪具だ。兵器じゃないものを大量に作らせることは難しいか。パチンちゃんは、飛び道具だから、何の文句も言わなかったが……。面倒だが、納得させないと、変な毒でも仕込みかねないな。
「おまえ、頭悪いだろ」
『いや〜ん、そんなに褒めないで〜』
(はぁ、疲れるな)
「夢中になる遊具があると、人々はどうなると思う?」
『楽しくなるわぁ〜』
「そうすると、どうなる?」
『ん? 楽しいわぁ〜』
(野太い声だからイラつくのか……)
「カシャンコが楽しくなってのめり込むと、人々は仕事に行くか?」
『楽しい方が楽しいわぁ〜』
(俺の我慢も、そろそろ限界が近づいてきたな)
「それでわかっただろ。戦場に必要な兵が、カシャンコに夢中で戦場に行けなくなるぞ」
『まぁ! じゃあ、カシャンコをいっぱい作ったら、魔王軍の勝ちねぇ。カシャンコは、兵が戦えなくなる兵器なのねぇ〜。すごぉい新しい兵器ねぇ〜。わかったわぁ』
なんとか、言いくるめることができたようだ。コイツがバカでよかった。
しばらくすると、呪具は、巨大な口に姿を変え、オェーっと、吐き出した。コイツ、前はこんなことをしなかったぞ。普通にスーッと作った物を出していた。
(このバカ、わざとやっているな)
俺はあえて、素知らぬ顔をした。ツッコミ待ちでうずうずし始めた呪具を無視し、作り出したカシャンコ台を確認した。
壁沿いに、カシャンコ台が金属製のテーブルの上に10個並び、カシャンコ台の上には太いパイプが見えた。パイプを目で追うと左端の台の横に繋がっているようだ。そちらに移動すると、不思議な機械があった。
「これは何だ?」
『計数機よぉ。出玉を数える兵器よぉ。出玉をザザ〜ッと流し入れたら、何個あるか数えるのぉ。計数機は循環パイプと繋げているから、ここに銀玉を入れれば、カシャンコ台から出せるわぁ』
(計数機? 出玉の数を知る道具か)
「大当たり時の出玉用だな。なるほど、これなら、ひっくり返して部屋中が銀玉だらけになることもあるまい」
『でもぉ、出玉を入れる箱をひっくり返すと銀玉だらけになるわぁ』
「そうだな、あの男の記憶にあったように、箱は座る席の後ろの床に積むようにすれば良いな。変な場所に置くからひっくり返るんだ」
台のひとつのハンドルを握って、魔力を流した。すると、10台すべてが起動できたらしい。台がチカチカと光っていた。
10台のカシャンコ台の上部には、何やら数字版のような機械がついていた。回転数、大当たり回数、総回転数。横のボタンを押すと前日、もう一度押すと前々日、さらに押すと本日に戻った。
「なんだ? これは」
『よくわかんないけど、そのまま作ったのぉ。この兵器はかなり記憶知能が高いのぉ。話せないけど、それは、この兵器の記憶なのぉ』
「やってみればわかるか。おい、銀玉は? それに、椅子がいるな。台の置いてある手前には、出玉を入れる箱を置くんじゃないのか?」
『わっわっ、そんな一気に言わないでぇ〜』
呪具は、計数機に、ジャラジャラと銀玉を吐き出していった。今度は、オェーとは言ってない。ふっ、スルーして正解だったな。さっき、文句を言っていたら、また嬉しがって、オェーっと気持ち悪い声を発しながら吐き出しただろう。
そして、計数機の横に、黄色い箱を積み上げた。
俺はその一つを手に取った。台の置いてあるテーブルの下部も循環機だろう。上のパイプと一体となっているようだ。
台の手前のテーブル部分に、箱を置いた。台の受け皿の下に収まって、なかなかよい感じだ。大当たりしたら受け皿に出玉が出てくるから、それをこの箱に移すのだな。
あの男の記憶では、人間は、その出玉を箱に移す行為が楽しそうだった。大当たりを引き当てたという優越感なのだろうか。
『はぁ、もう、椅子まで作るなんてぇ〜』
文句を言いながら、呪具が丸椅子を吐き出していた。ふむ、これもあの男の記憶通りだが、体格の大きな者が座るには小さすぎないか?
椅子を作り終えた呪具は、俺の足元にすり寄ってきた。
「打つ銀玉がないぞ。玉貸機はどうした?」
『はひ〜』
奇妙な声を上げ、呪具は計数機の横に玉貸機を出した。
あの男の記憶では、各パチンコ台の横に、直接紙の金を入れる仕組みだったようだが、呪具が作ったカシャンコ台には、そんな仕組みは備わっていない。この世界に紙の金はないのだ。
玉貸機は、設定が必要だとチカチカ警告ランプが点灯していた。
「何の設定だ?」
『銀貨と、計数札しか入らないわぁ。銀貨1枚で何個貸すのか設定が必要よぉ。計数札を入れると、前回計数した出玉が出てくるわぁ』
「ふむ、遊ぶ金を取るのか……まぁ、その方が熱中するか」
(銀貨1枚で何個と言われてもな……)




