26、戦乱の廃材を呪具に食わせる
俺は、困っていた。光の柱を探る旅だ。同行者がいると、危険にさらすことになる。何よりも俺の行動範囲が狭まる。
「でも、シルル、僕と一緒だと危険だから」
「カールと一緒だから、安心だもん。それにカールは世間知らずだから、私が教えてあげるよん」
「シルルも世間知らずじゃねぇか。なんだか、不安だぜ」
婆さんが、シルルに小さな小瓶を渡した。あれは、もしや?
「ビーツがシルルの心配をするなんて驚いたさね。シルル、これも持っていきなさい」
「これは、聖水?」
「そうさね。聖なる滝の水から作った聖水だよ」
(やはり、シードルの光魔法、いや聖魔法を含む水か……)
あの滝の水そのままではなさそうだな。
「滝の水を瓶に詰めたのですか?」
「カール、滝の水そのままじゃないよ。蒸留して余計な物を取り除いたものさね。闇の属性を持つ魔族を浄化できるのさ」
「へぇ、蒸留ですか」
「カールも持っていくかい?」
(まさか、やめてくれ)
「いえ、僕は要らないです」
「遠慮しなくていいよ」
「あまり、魔法袋の容量がないので、余計な荷物は……」
「そうさね、じゃあ、大きな魔法袋を手に入れたら、また取りに来ればいいさね。リンゴジュースも用意してあげるからね」
「はい」
いや、ちょっと待て。なぜ、シルルがついてくることになっているのだ? 俺は許可してないが。
「でも、やっぱりシルルを連れて行くのは……」
「ついていくもん」
「そうさね、カールは逆に、ひとりの方が危険かもしれないさね。シルルと一緒だと、勇者だとは気付かれにくいだろうからね」
「どういうことですか?」
「シルルは、人間じゃないからね。勇者のパーティーは、ほとんどが人間のみだから、カールが勇者だとはバレにくいさね」
「いや、でも」
まぁ確かに、俺はずっと城にいたから同行者が居る方が、便利なこともあるかもしれんが。
(いや、しかし)
「じゃあ、ふたりを宿場町まで送っていくよ。そこでいろいろと、シルルの支度を整えればいいからね。今日は、収穫したリンゴを届ける日だから、ちょうどよかったよ」
マシューも、シルルが心配なのだろう。まぁ、宿場町まではそれなりの距離があるから、馬鳥車で送り届けてもらえるのは、ありがたいか。
(俺だけなら、飛べるんだがな)
言い出したら聞かない者達だ。仕方ない。シルルが母親を捜しに行くということは、神都に入りやすくなると考えれば、まぁ悪くないか。
でも、女の子とふたり旅というのも……まぁ、シルルは全く意識していないだろうから、気にしなくてもよいか。俺も12歳のガキの姿だからな。
俺は、マシューの馬鳥車に乗って、アプル村から出た。皆、なんだかとても悲しそうな顔をしていた。シルルは、皆に大切にされていたのだな。
マシューは、トンネルを使った。以前、宿場町に行ったときは、かなり時間がかかったが、トンネルを使うと早い。
俺が、トンネルの入り口付近の死体の山を片付けたから、このトンネルが普通に使えるようになったと言っていた。
トンネルを抜けると、宿場町が見えてきた。
だが、道は相変わらず、ゴミの山だ。長年の戦乱で使われ、壊れた兵器の山だ。毒を使うタイプの兵器からは、妙な毒が漏れ出ている物もあった。
「ちょっと、ふたりともこの先は息を止めるんだよ。ゴミから変な臭いがするからね。吸うと喉が痛くなるんだ」
「マシューさん、ちょっと、止まってください」
「ん? カール、ここは空気が悪いから……」
「こないだも気になりましたが、これを放置していると、宿場町が汚染されます」
「うん、教会には連絡してあるそうだよ。魔王軍が、そのうち戦後処理で来るから、それまで待つようにと言われたそうだけどね」
まさか、魔王軍を引きつけて、この毒を使って何かするつもりじゃないだろうな。人間が、対魔族用にと作り出した兵器だ。魔族にダメージを与えるために作られた毒だろう。
「でも、いつになるかわからないから、少し改善しておきます」
「そうかい? カール、助かるよ」
「パチンちゃんを作った道具を使うので、ここに居てください。シルルもね」
「魔力を吸い取られるんだったよな。わかった、邪魔にならないようにしているよ」
「えー、私、見てみたいなー」
「シルルは、魔族の血を引く割に、魔力値が低いから近づくと危ないよ」
「そうだよ、シルル。魔力が切れて倒れると、買い物どころか、カールについていけなくなるぞ」
「うー、わかった」
俺は、御者台から降り、そして念のため、馬鳥車ごとバリアと弱い幻影魔法をかけた。
「念のために、バリアを張りました。すぐに終わりますから、じっとしていてくださいね」
「はいはーい」
俺は、ゴミの山に近づいていった。毒消しをしてもよいが、このまま吸収させれば、なんとかするだろう。
ペンダント型のアイテムボックスから、兵器製造の呪具を取り出した。
『あらぁ? またパチンちゃんが欲しいのかしら〜?』
「おまえ、その話し方は止めろ。気持ち悪い」
『やだぁ〜、そんなに褒めないで〜』
(褒めてないが)
「ここのゴミをどれくらい吸収できる?」
『まぁ、たくさんあるわねぇ。全部食べちゃってもいいのかしらぁ』
「聞き方を変える。どれくらいまでなら、おまえのサイズは変わらないんだ?」
『太っちゃうとペンダントに入らなくなるものねぇ。うーんとぉ〜、わかんないわぁ』
(いちいち、ムカつく)
「毒消しが必要か」
『いや〜ん、せっかくの毒を消さないで〜。分離して、より濃い毒を作るわぁ。毒のストックがなかったから、超うれし〜』
「じゃあ、この付近の、毒を垂れ流してるやつを吸収しろ」
『これで、どんな兵器を作るのぉ〜?』
「さぁ、まだ何も考えていない。とりあえず、素材はあるときに集めておかないとな」
『うふっ、わかったわぁ』
呪具は黒い妖しい光を放ちながら、ふわりと空中に浮かび上がった。そして、食うと言った言葉通り、巨大な口だけのバケモノに姿を変え、バリバリと兵器ゴミを食べ始めた。
(幻影魔法をかけておいて正解だったな)
こんなバケモノの姿を見ると、マシューは気絶しかねない。呪具は、どこまでも食べ続けそうな勢いだ。アイテムボックスに収まらないのは困る。
「おい、もうよい。戻れ!」
『ええ〜? まだこれだけだと強力な毒は作れないわぁ』
「それ以上食って、アイテムボックスに入らなくなったら、おまえを壊すぞ」
『いや〜ん、壊さないで〜』
呪具は、口だけのバケモノから元の姿に戻り、すり寄ってきた。はぁ、コイツ、いつからこんな性格になったのだ?
俺は、深いため息をつき、呪具に封印を施した。サイズが倍になってるじゃねぇか。
アイテムボックスには収納できた。だが、空きスペースは、もうそんなにはない。もう少し早目にやめさせるべきだったか。
確か、この兵器製造の呪具の中に集められる素材の容量は無限だ。しかし、呪具のサイズが変わらない容量は……気にしたことがなかったな。
辺りを見回してみると、毒を使ったものばかりを選んで食ったらしく、その量はよくわからない。ゴミの山は、わずかに減ったかもしれないという程度だ。
まぁ、おそらく何百年分のゴミだろうから、そう簡単には減らないか。ここまで放置し続けて、魔王軍にゴミ処理をさせようなどと、シードルはどこまでも俺達をバカにしている。
木材なら、燃やせばすぐに減らせるが、このゴミの山は、ほとんどが金属だ。何に再利用するかを考えねば、呪具に作り替えさせることもできない。
戦乱は終結したのだ。まさか、兵器を作るわけにもいかないからな。そんなことをすると、シードルが何を言い出すかわからん。
俺は、辺りの空気中の毒を消した。そして、幻影魔法とバリアを解除した。
「毒消しはだいたい終わりました」
「カール、ありがとう。何かカールの話し声が聞こえた気がしたけど、誰かいたのかい?」
「いえ、道具に指示をしていただけです」
「へぇ、言葉のわかる魔道具なんて、すごいね」
俺は、あいまいな笑みを浮かべた。
そして、マシューの馬鳥車は、宿場町に到着し、前回と同じく、レングルートの店に停めた。だが、レングルートは居ないようだった。
「リンゴの交換をお願いします。ちょっと買い物があるから、停めさせてもらいますね」
店にいた店員は、マシューに片手を上げて、了承したようだ。若い店員が駆け寄ってきて、積荷を確認し、何かを書いたメモを渡していた。そして、リンゴを店へと運び出している。交換する物の受け取りは、まだしていない。
「その紙はなぁに?」
「これは、積荷の量だよ。後でこのメモと引き換えに、肉や魚を受け取るんだよ。シルルやカールがこれを食べないのは、寂しいなぁ」
「旅から帰ったら、食べるよ。それに、カールがリンゴジュースって言い出したら、旅の途中でも戻ってくるよん」
(俺を、里帰りの理由にする気か)
マシューは、彼の実家の宿へと俺達を連れて行った。シルルの買い物は、宿の誰かに付き添わせるつもりのようだ。
確かに俺が居ても、女の子の服はわからない。マシューの判断は正しいな。
「私が買い物している間、カールはどうするの?」
俺が居なくなると考えたのか、シルルは不安そうな顔をしている。
「さっきのゴミの話を、町長にしなきゃならないから、役所の人にでも来てもらって、話をしているよ。急がないから、ゆっくり買い物しておいで」
そう言われて、シルルはホッとしたようだ。
「じゃあ、いってくるねー」
宿の女性と共に、元気に出かけていった。




