25、神シードルが魔王を探し始めたらしい
朝食を食べ終わる頃に、婆さんが起きてきた。毒に長い時間やられていたせいか、疲れた顔をしている。いつもの元気がないようだ。
「母さん、おはよう。どうしたんだい? また、声が聞こえたのかい?」
人懐っこい男がそう言うと、婆さんは頷いた。そして、俺をチラッと見て、ため息をついている。
声というのは、指令か……。シードルが俺に気づいたのか。まぁ、魔王だと名乗ったし、それを聞いた導師と呼ばれる教会関係者は、逃がしてしまった。
「カール、魔王様のことをどう思うさね?」
「へ? 魔王カルバドスは、僕ですけど」
「冗談はもういいさよ。これは真剣な話なんだ」
俺は、訳がわからなかった。すると、人懐っこい男が、俺の代わりに返事をした。
「母さん、カールが、困っているよ? たぶん、カールは魔王様に憧れがあるのかもしれないよ。さっき、聖なる滝で一緒に水浴びをしたんだけどねー」
そう言って、彼は、先ほどの話を婆さんに暴露していた。すると、だんだんと婆さんの表情が明るく元気になってきた。
「カールは、やはり、勇者の家系の子だね。聖なる滝で水浴びをしても普通でいられるなら、カールじゃないさね。よかったよ」
「母さん、カールじゃないって、どういうことだい?」
婆さんは、再び俺の顔を見た。何かを警戒しているのか? だが、頭を振って、ニコッと笑った。
「なんでもないさね」
「気になるじゃないか。また、母さん、どこかに行方知れずになるのは勘弁してくれよ」
「魔王様が、消えたそうだよ。それに、あちこちで魔王だと名乗っている魔族がいるって声が聞こえたんだよ。魔王様が、何をする気なのかを調べろってさ」
(やはり……まだ支配が続いているのか)
この夢の声の話で、婆さんはシードルの人形だと確定した。ただ、ずいぶん昔のことだから、主従関係は薄らいでいるように見える。だが、まだ声が聞こえるのだな。
シードルは、何かを探すときには、これまでに生み出した使者をすべて使うのか。俺を探して目的を調べさせる? それに魔王を名乗る者がいるというのは、いったいどういうことだ?
俺は詳細を問いたかったが、黙っていた。下手なことを言わない方がいいという気がしたのだ。
「母さん、魔王様は、本当に消えたのかい? それなら、なぜ、戦後処理が着々と進んでいるんだい? 指揮する者がいないと、魔王軍とはいえ、魔族は統制を保つのが苦手なはずだよ」
「確かに、そうさね。やはり、夢の中の声が間違えているような気がするよ。あちこちで魔王を名乗っている人がいるから、混乱しているのかもしれないさね」
(やはり、マルルが魔王でよいのではないか)
あの小娘は、俺よりも人を使うのが上手い。うむ、やはり、城に残しておいて正解だったな。
あちこちで魔王を名乗っている魔族か……。偽物は、本物を呼ぶエサになる。これは、シードルの罠か? あるいは、マルルのいたずらか?
だが、どちらにしても、この村に居続けるわけにもいかない。こっそり消えることには失敗した。だが、普通に考えれば、俺は気絶していたところを助けられただけだ。村を去ることは、別におかしなことではない。
そして、助けられたということは、再び立ち寄ることも不自然なことではないだろう。人間は、パチンちゃんをもらったら、お礼に料理を届けるという不思議な行動をする。
ならば、助けられた礼だと言って、何かを持って立ち寄り、リンゴジュースを飲んで帰ることも、人間の習慣から外れた行為ではないだろう。
(ふむ、ちょくちょく来ても良いかもしれん)
追い払った導師と呼ばれる男が、何か報復をしてくるかもしれん。そのときには、偶然を装って助けてやるか。
このアプル村が害されることは、美味いリンゴ酒が飲めなくなるということだ。そんなことは、絶対にさせない。
それに、少々、情がわいた。こいつらが殺されでもしたら、俺は怒りを感じるだろう。
「カール、どうしたんだい? 難しい顔をして」
「えっ? あ、はい」
「悩み事かい?」
「いえ……。あの、言いにくいのですが、僕は、そろそろ旅に戻ろうと思います」
「あぁ、そうさね。マシューが拾ってきてからだいぶ経つが、カールには目的があるんだね」
婆さんがそう言うと、人懐っこい男が外に出ていった。マシューに伝えに言ったのか。
「僕は、探している物があるのです。それが何かは言えませんが」
「そうかい。まさか魔王を討つと言うんじゃないだろうね」
(いや、俺が魔王だと言っているだろ)
「いえ、探しているのは人ではないですから」
「勇者は、みな、二つの使命を持つと言われているさね。教会から神命が出たから魔王討伐はできない。もうひとつの使命を果たすわけさね」
(二つの使命? へぇ、そうなのか)
俺は、曖昧な笑顔を浮かべた。
「えー、カールが居なくなると寂しくなるね。また、気軽に立ち寄っておくれよ」
レイシーが、寂しそうな顔をしていた。
少しして、マシューが戻ってきた。リンゴ園で作業をしていたのだろう。作業着姿だった。ビーツやシルルも戻ってきた。
「カール、いくのかい?」
「はい、マシューさん、お世話になりました」
「いやいや、こちらこそだよ。カールを拾ったことで、逆に村が救われたよ。ありがとうね。でも近くに来たら、また気軽に立ち寄ってくれよ?」
「はい、また、来ます」
「カールは、転移魔法が使えるもんな。どこに居ても来れるだろ」
(人間は、そんなに転移能力は高いのか?)
「ビーツ、そんな無茶なことを言っちゃいけないさね。転移魔法は、目的地が見えていないと発動できないよ」
「えっ、お婆さんも使えるのですか」
「カール、できるよ。と言っても、日によって距離は変わるさね。調子が良ければ、村の端まで行けるさよ」
「へぇ、すごい」
「私は人間じゃないからね。勇者の家系の子も、転移魔法を使うが、過信してはいけないよ。上位の魔族は、転移魔法の軌跡を追うことができる。転移では逃げられないと思っておかないと、死ぬことになるさね」
(ふむ、よくわかっているじゃないか)
「はい、気をつけます」
なるほど、転移魔法は確かに、目的地が見えていないと正確な移動はできない。見えない場所へ移動しようとすると、大きく転移先がズレてしまうことがある。
だが、その気になれば、俺はほとんどの場所を見ることができる。そして移動距離は、魔力の差だな。
ということは、このガキの身体での転移はまずいか。転移で遠くへ逃げるなら、長い詠唱時間が必要になるな。
「じゃあ、私もカールについて行ってあげるねー」
何やらバタバタしていると思ったら、シルルがとんでもないことを言い出した。
「えっ? シルルは、この村の子でしょ」
「私は、ママを探したいの。神都へ行く旅の人が来るのを待ってたのよん」
「僕は、神都に行くとは言ってないよ」
「でも、勇者の家系の子は、神命があるから、そのうち神都に行くでしょ。カールのもう一つの使命の後でいいから〜」
「ええ〜っ? で、でも、まだ戦乱直後だから、危ないよ」
「でも、カールのお団子を配ったり、リンゴ絞ったりしてあげないといけないからー」
(いやいや、そんなことは不要だ)
「シルルは、ここでリンゴジュースを作る仕事があるじゃないか」
「大丈夫、みんな私より腕力強いから」
シルルは、チラッと婆さんを見た。まぁ、確かにそうだな。だが、だからと言って、なぜついてくる? 俺は魔王だぞ。
「そうさね、シルルは長い間ずっと待っていたさね。カールについて行って、母親を探しておいで。でも、シルル。このアプル村が、シルルの故郷だよ。必ず、戻ってくるんだよ」
「うん、もちろん戻ってくるよん。私の家は、ここだもん」
すると、ビーツが、何本かのパチンちゃんを持ってきた。小さな麻袋も、重そうに何個も持ってきた。
「シルル、パチンちゃんは、1個しか持ってないだろ? それから、これは、岩蛇の抜け殻を砕いた小石を詰めてある。持っていけ」
「ビーツ、いいの?」
「あぁ、身を守る武器は必要だろ。岩蛇の石は硬いからな。パチンちゃんを使えば、シルルの怪力なら、強力な武器になるぜ。おまえ、剣の才能ないからな。武器はこれなら使えるだろう」
(ほう、ビーツはなかなか賢いな)
パチンちゃんは、いつでも作れるが、ここはビーツの気持ちを優先してやる方が良さそうだな。
「ビーツ、ありがとう。嬉しいよん」
「お、おう。だが、魔法袋がないな」
「これを持っていきなさい」
マシューが、シルルに小さな麻袋を渡していた。中を見たシルルが驚いていた。
「こんなにたくさんの銀貨?」
「これはシルルが働いてくれていた分を貯めていたんだよ。シルルの給料だ。それにしては少なくて申し訳ないけどね。これで、旅に必要なものを買い揃えればいいよ」
「うん!」
「シルル、服もそれではどうかと思う。神都は、そんな格好だと入れないかもしれないぜ」
「そうさね、北部は女の子はオシャレだからね。服が田舎くさいと道中も狙われやすくなるよ。服も買う方がいいさね」
「わかった!」
シルルは、ウキウキと楽しそうにしている。ちょっと待て。誰も連れて行くだなんて言っていない。
だが、この家の人間が、思い込んだら頑固なことはわかっている。しかし、連れて行けるわけがない。
(どうするかな……)




