23、魔王、正体を明かすが……
「僕は、数日前に、怪我して倒れていたところをこの村で拾ってもらっただけです。この村の人間ではありません」
「私は、おまえは何者だと聞いている」
(うっとおしいな、殺すか)
俺は、そろそろ勇者ごっこにも飽きていた。それに、この村に長居すると、逆に迷惑をかけるだろう。騙していたような感じになってしまうが、まぁ仕方ない。毒消しもしてやったし、恩は返しただろう。
「僕は……いや、俺は、魔王だ。この世界を制圧した魔王カルバドスだ。おまえは、神シードルの手先か? 俺を追ってここに来たのならば、殺す!」
「なっ!?」
まわりはシーンとしていた。みな、怖れて青ざめているだろう。これで逆に去りやすくなる。
偉そうにしていた魔導ローブの男は、その場にへたり込んでいた。俺はさらに睨みつけた。
「ふっ、臆したか! 愚か者めが」
「な、なぜ……いや、私は教会に出入りしてはいますが、神様とお会いできる立場ではありません。そ、そんな、魔王様を追いかけるだなんて……それにそんな子供の姿だとは」
「ふん、俺が老人だと知っているということか。やはり神の手先だな。姿を変えることくらい造作もないわ!」
「ひっ! お、お許しを……ど、どうか」
この目だ。みな、俺を見ると絶望に染まった苦しげな顔をして、必死に命乞いをするのだ。
さすがにこの家で斬ると、床が汚れてしまうな。
「外へ出ろ。叩き斬ってやる!」
「ひっ、ひぃ、お、お助けください」
なぜかシルルが、何を勘違いしたのか、その男に団子を食わせようと近寄ってきた。
「だから、村長さんがみんな毒にやられたって言ってたでしょ。導師様も毒を吸ったのよ。はい、これ食べて。ポーション効果があるよん」
そう言うと、シルルは、その男の口に、白い『魔力だんご』を放り込んだ。
「なぜ、こんな奴に与えるんだ?」
「だって、立ってられないほどの脂汗じゃない」
「それは、俺への恐怖で腰を抜かしただけだ」
すると、シルルは、パンパンと手を叩いた。
「カール、はい、終了〜」
(団子がなくなったのか?)
シルルは、俺を怖れていない。真っ直ぐに俺の顔を見ている。魔王だとわかったのに、怖くないのか?
「導師様、元気になったなら、早く帰る方がいいんじゃないですかぁ? もう、かなり遅い時間ですよん」
「そ、そうだな。失礼する」
そう言うと、まだ団子を咀嚼していた魔導ローブの男は、ものすごい勢いで出て行った。
(チッ、逃がしたか。まぁ、仕方ない)
じゃあ、俺も去るとしようか。気に入っていた村だけに、少々後味が悪いが仕方ない。俺は、別れの挨拶をしようと、婆さんの方を振り返った。だが、彼女の顔がおかしい。俺が予想していた表情ではなかった。
(うん? なぜ笑っているのだ?)
婆さんだけではなかった。あちこち見回しても、どの人間も笑っている。なぜだ? 魔王が怖ろしくないのか?
「あはは、カールに、そんな特技があるなんて、知らなかったさよ。あははは、こんなに笑うとお腹が空いてしまうさね」
「特技?」
俺は、婆さんが何を言っているのかわからなかった。まだ毒が抜けていないのか?
「私は、さっきの方が、カッコいいと思ったよん。でも、ちょっとくさかったかな〜」
「くさい?」
「いやいや、シルル。なかなかのものだったじゃないか。導師様の慌てようったら……あはは、デルタ婆さんじゃないが、俺も腹が減ったな」
「キミが噂のカールだね。この村の長をしているニッケルだ。俺もその団子を食べてみたいな。母の件でバタバタで、かなり疲れてしまっていてね」
村長がそう言うと、シルルが団子を渡していた。まだ持っていたのか。さっき、終了だと言っていなかったか?
他の人達も、ニコニコしている。導師と呼ばれた魔導ローブの男を追い払ったから、喜んでいるのか。
「あの、魔王が目の前にいて、怖くないんですか」
俺は、思わず妙な質問をしてしまった。だが、人間の魔王に対する感覚を知るいい機会だ。
「もう、カール、何言ってるのー? あっ、カールも毒にあたったんじゃない? 団子食べておく方がいいよん」
「魔王には毒なんか効かな……おい!」
俺が話しているのに、シルルは俺の口に、団子を放り込んだ。かなり甘く感じるが悪くない味だ。いや、そんなことはどうでもよい。いったい、どういうことだ? 魔王の口に団子を放り込むなんて……死にたいのか。
「さぁ、カール、世話をかけたね。家に戻ろうさね。そろそろ子供は寝る時間だよ」
婆さんも、全く俺を怖がらない。俺の頭をぽんぽんと叩きながら、みんなに挨拶をしていた。
俺は、訳がわからないまま、来たときと同じようにシルルに手を引かれて、マシューの家に戻った。
(まさか、俺の話を信じていないのか?)
その夜は、そのまま、俺が寝室として使っている居間に追いやられ、俺は、複雑な気分のまま、寝たフリをすることになった。
俺は、皆が寝静まったことを確認し、夜明け前に、そっと家から抜け出した。なぜ、信じないのかはわからなかったが、魔王だと明かした以上、ここに居続けるわけにもいかない。
(もう一度、リンゴジュースを飲みたかったがな)
俺は、村の中を出口へと向かって歩いていた。家を出て、すぐに飛翔魔法を唱えなかったのは、離れがたいと感じているせいだ。
歩きながら、俺は夕方のことを考えていた。毒針ネズミが井戸に落ちて死ぬなんてことはあるのだろうか。奴らは、井戸に落ちたとしても、自ら這い出すくらいはできるはずだ。
それに、あの湯気の原因も不明だ。
料理好きなニーナ婆さんには、食材を届ける者が多いのだろう。だから、外に置かれた珍しい肉も、気にせず調理に使ったのだ。
その肉に、幻覚作用を引き起こす毒が含まれていたのだろう。だから、料理をしていた二人は操られたかのように、湯気として毒を撒き散らすことになったのだ。
(そんなものを、誰が何のために置いたのだ?)
井戸水の汚染と、妙な肉による空気の汚染。どちらも、農家しかいないアプル村にとっては、致命的だ。アプル村の優れたリンゴが、影響を受ける。作り手が毒に倒れ、水と空気が汚染されると、リンゴは……。
(まさか、アプル村のリンゴが狙いか?)
そのとき、俺は、村の中で動くものを見つけた。夜明け前の薄暗い中で、黒いローブを着た数人の人らしきものが動いていた。
俺は、精度の低いサーチ魔法を使った。すると、そいつらは俺に気づいたようだ。そして、剣を抜く音が聞こえた。
村の人間なら、村の中にいるときに、剣を腰にさげているわけがない。そもそも、剣を持たない者の方が多い。
(侵入者……魔族か?)
俺は、絶対防御の長い呪文の詠唱を始めた。いや、たいして長くはないか。そして、防御魔法が発動したとき、奴らが俺の姿を見つけたようだ。
「なんだ、子供じゃないか」
「見たところ、ただの人間のガキだ。さっきサーチ魔法を受けたが、こんな子供が使うのか」
俺の目の前に現れた数人の男達は、妙な臭いがする。ふむ、死人が発する臭いだな。アンデッドか。
(だが、妙だな)
アンデッドなのに、アイツのマークをつけている。見た目は人間だが、その臭いは隠せていない。なぜ、教会が、アンデッドを使っているのだ?
「貴方達、いったい何をしているのですか」
「うん? なぜ、おまえは普通に動けるのだ? この村の者ではないな」
「どういうことですか。毒針ネズミは、貴方達の仕業ですか」
すると、男達は、まるで俺をからかっているかのように、肩をすくめた。図星のようだな。
「知らないなぁ、ガキがこんな時間に起きていていいのかぁ? 叱られるんじゃないのか」
「子供じゃないので。もう一度聞く。いったい何をしている?」
俺が口調を変えると、奴らの表情が変わった。
「人間のガキが、なめた真似をしていると……ってもう遅いな。見逃してやろうかとも思ったが、気が変わった」
男達は、剣を俺に突きつけてきた。
「こんな時間にうろついたおまえの不運を呪うんだな」
そして、一人が剣を振り下ろしてきた。俺は剣を抜き、受け流した。
(弱いな、コイツ)
「なんだと? 剣を持って……見回りのつもりか」
「見回りされて困るのか? 誰に指示されて来た?」
俺は、男達に幻惑魔法をかけた。
「えっ、ガキはどこに行った?」
自分達が霧の中に閉じ込められたことにも気づかぬらしい。かなりの小者だな。
俺は、男達の頭の中を覗いた。なんだ、依頼主は商人か。なぜ、シードルの印をつけているんだ? いや、違う。これは、ダミーだ。俺がさらに奥の情報を覗こうとすると、急に悪寒がした。
俺は、サーチを止め、幻惑魔法も解き、即座にコイツらから離れた。
その次の瞬間、空をイナズマが走った。天候が崩れたわけではない。光の柱からだ!
一瞬、俺の目には、高い木のそばに光の柱が見えた。
バリバリ!
ピカッと光った瞬間、コイツらに雷が落ちた。ただの落雷なら、高い木に落ちる。なのに、コイツらを狙ったかのように、雷が落ちたのだ。
雷に打たれ、男達は燃え上がった。まるで乾いた木のようにボッと火がついたのだ。
俺は、水魔法を使って、火を消した。
「いったい、どうしたんだい」
雷に目を覚ました人が、外に出てきた。マズイ……。
だが、ここで姿を消すと、下手をすると、毒の件が俺が仕組んだかと誤解される。
すぐさま消火したから、他への被害はなさそうだ。だが、この燃えかすとなったアンデッドは、どうするかな……。




