20、かなりギリギリだったようだ
「あー、よかった、無事だったんだね」
村に戻るとマシューが駆け寄ってきた。いつ戻るかもわからないのに、門でずっと待っていたということか。
「俺達が着く前に、洞穴からちょうど出てきたんだよ。デンさんが説教したら、ビーツは妙におとなしくなったがな」
(説教なんて聞き流していると思うが)
「皆さんありがとうございます。よかった、何事もなくて」
マシューは、俺達を探しに来た村人達にペコペコと頭を下げていた。マシューは、村では地位が低いのだろうか。それとも、これが人間の習慣なのだろうか。
すると、無言だったビーツが口を開いた。
「何事もないわけねぇだろ。この村にもヌシが暴れた振動が伝わってきたんだろ」
「ちょっと、ビーツ、どうしたんだい」
突然怒りだしたビーツに、マシューも、他の人達も驚いた顔をしている。俺も、なぜ彼が怒っているのか、さっぱりわからない。
「俺は、カールが来なかったら死んでた。飲み込まれる寸前で、カールの声が聞こえたんだ」
(そうか、やはり猶予はなかったんだな)
「えっ? ヌシ……岩蛇に遭遇したのか」
「こんな時間には居ないと思ってたら、脱皮直後だったみたいで眠っていたんだ。しかも、洞穴に入ってすぐの1階に居たんだ」
「ええっ! ヌシは昼間は山の中を巡回しているはずなのに……しかも、脱皮直後は、まだ皮膚が柔らかいから凶暴だぞ」
「見つけた瞬間に、俺は逃げようとしたんだけど、小さい岩蛇にボコボコにされて、気づいたらヌシの邪眼にやられて動けなくなってた」
(あの大蛇は、脱皮直後は弱いんだな)
だから、ガキの脅しでも効いたのか。柔らかい皮膚は雷撃を弾けないだろうからな。俺としては、多少抵抗してくれても、それはそれで楽しそうだけどな。
いや、だが、うっかり殺してしまうと、生態系が崩れるかもしれない。まぁ、あれでよかったのだろう。
「カールは、どうやって助けてくれたんだい?」
「勇者って、ハンパねぇ。魔法で身体強化して、小さい岩蛇を斬ったんだ。ヌシは、カールと対峙して、カールに邪眼が効かなくて……。それで、カールが剣にイナズマをまとわせたら逃げてったんだ」
「邪眼回避の神具か。えっ……岩蛇を剣で斬ったのかい?」
マシューや、他の人達が、ありえないものを見るような目で俺を見ていた。やはりマズかったのか。どうごまかすかな……。
「たぶん、それだけカールは努力してきたんだ。俺……魔法の才能があるからって、努力していなかった」
なぜか、ビーツが反省をしている。
「そうだな、カールは、幼い頃からずっと努力してきたんだよ。勇者の家系に生まれて、いろいろな能力に恵まれているだけでは、岩蛇を剣で斬るような真似はできない。剣の使い方をよく学んでいるんだね」
俺は、どう返事すればいいのか全くわからなかった。とりあえず、うつむいて顔を見られないようにしておくか。どんな表情をするのが正解かもわからない。
「あはは、カールは照れちゃったかな? ビーツも疲れただろう? さぁ、家に帰って晩ごはんにしよう」
マシューは、俺とビーツの背に手を当て、家の方向へと向きを変えさせた。そして、そのまま、マシューに背中を押されながら、俺達は歩いた。
ふと見ると、ビーツは泣きそうな顔をしていた。マシューのあたたかさに安心したのだろう。
「ビーツ、怪我は大丈夫かい?」
「うん、カールが、団子を作ってくれたから」
「そうか、よかった。カール、かなり魔力を使ってお腹が空いただろう? パチンちゃんのお礼がたくさん届いているよ」
(お礼? 貢ぎ物か?)
「お礼ですか?」
「そうだよ。あの後、岩蛇の扱いに慣れた人達に、洞穴に向かってもらったんだけど、パチンちゃんもそのとき集まってくれた人達に渡したからね」
「パチンちゃんのお礼に、何かが届いたんですか? 別にお金を取るつもりもないんですけど」
「ふふ、みんなからの、ありがとうの気持ちだよ」
「そう、ですか」
(やはり、貢ぎ物か? あんなものくらいで?)
俺は、変な顔をしていたのだろう。マシューは、そんな俺を見て、やわらかな笑みを浮かべていた。
「パチンちゃんって、あの飛び道具の名前なのか?」
「そうだよ。たくさん作ったから、ビーツの分もあるから」
「俺は、持ってるけど」
ビーツは俺が作ったパチンちゃんを持っていた。ただの木の枝にゴムバンドが付いているだけだ。あの呪具が作った物と比べると、あまりにも劣る。
「魔道具で作ったんだ。それは、強化していない木の枝で簡単に作ったけど、魔道具で作った物は、もっと丈夫だよ」
「ふぅん、まぁ、でも俺はこれでいいや。カールが最初に作った物だしな」
(うん? 最初に作ったから何なんだ?)
俺は、なぜビーツがそんなことを言うのか理解できなかった。普通なら、性能の高い物を欲しがるのではないのか?
「それは、カールの手作りだから貴重だね。でも、あまり丈夫じゃないなら、魔道具で作った物も、もらっておいたらどうだい?」
「まぁ、うん、そうだな」
ビーツは、俺が作ったパチンちゃんを自分の魔法袋に収納した。
家に帰ると、シルルが、俺達を見て駆け寄ってきた。
「もう、ビーツ、ダメだよん。みんな心配したんだから」
「うるせぇ、別にいいだろ」
「カールが、慌てて助けに行ったんだよ。間に合ってよかったよん。怪我したら大変じゃない」
シルルが珍しく怒っていた。心配したのだろう。俺は、そんなに慌てたつもりはないが、転移を使ったのがバレたな。まぁ、猶予がなかったから仕方ないか。
ビーツは、プイッと無視して席についた。
怪我して大変だったとは言わないのだな。プライドが高い子だから、そんな自分の失敗を知られたくないのか。
「もう! ビーツってば〜」
「シルル、ビーツは疲れてお腹が空いてるんだと思うよ。それに、お説教なら、迎えにきた人達にさんざん言われたから」
「カールは、大丈夫だったの?」
「うん、心配してくれてありがとう」
「えっ……あ、うん、大丈夫ならいいよん」
俺が礼を言って微笑むと、シルルはおとなしくなった。ふむ、マルルと似たタイプなのかもしれないな。なんだか名前も似ているようだし。
テーブルには、たくさんの種類の料理が並んでいた。貢ぎ物はこれだったのか。お礼というのは、料理を届けることなのだな。
この家では、日によって食べ物の量も質も変わる。暮らしが貧しいのだろうか。町に行かないと肉がないし、少ししか皿が並ばないときもある。
魔王城では、こんなことはありえない。いつも食べ物は豊富にあった。食べたい物は、何でも料理人達が用意をしていた。
たまに珍しい物を食べたいと言うと、半日待たされることもあったが。
それに、様々な種類の酒もある。飲みたい者は、朝から飲んでいることもあるようだ。
あと、菓子もあふれていた。菓子は、ほとんどがマルルの物だったがな。
だが、この家には、酒も菓子もない。魔族よりも人間の方が酒や菓子を好むのではないのか?
「カールも、座って」
「はい」
テーブルの料理を眺めながら、ぼんやりしていると、レイシーから声がかかった。俺は、決められた席に座った。
「ふふっ、すごい料理で驚いたみたいだね。あちこちの家から、パチンちゃんのお礼にと、いろいろもらったんだよ」
「すごいたくさんありますね」
「村長からは、お菓子もいただいたよ。あとで、みんなで食べましょうね」
「はい」
どうやら、お礼というのは、個人ではなく家に贈るもののようだな。もらったら、みんなで食べるのが人間の習慣なのか。なるほど、だから、皆で分けられるように、こんなに大量の料理なのだな。
魔王城で貢ぎ物といえば、宝物庫に入れるような品だ。食べ物を持ってくる者はほとんどいない。
たまに、珍しい食べ物を持ってくる者がいても、俺に持ってくるだけだから、こんなにも大量ではない。
(人間との違いが多いな)
俺は、疑われずに人間として振る舞うことができるのか、少し心配になってきた。違いをキチンと記憶していかねばならない。あぁ、記憶の鏡があれば便利なんだがな。
「カール、どうしたの? 食べないの〜?」
「いや、食べるけど、どれから食べればいいかなと思って」
俺がそう返事すると、シルルはなぜか、ケタケタと笑った。なんだ? 俺は正しい返事をしたはずだが?
「じゃあ、やっぱり私がお世話してあげないとねー」
シルルは、俺の皿を取り、アレコレと料理を乗せていった。彼女は、構うのが好きなのか?
俺は、皿を受け取り、ありがとうと礼を言った。すると、シルルは、とても嬉しそうに笑った。ふむ、マルルよりも素直な笑顔だな。
(あれ?)
俺は料理を食べていて、なんだか違和感を感じた。レイシーが作るものとは味付けが違うから、もらった料理なのだろう。
「この肉料理、味がちょっと不思議じゃないですか」
「うん? そうかい? それはニーナ婆さんの料理だから絶品なはずだぞ? 口に合わないかい?」
マシューは、そう言って、俺と同じ肉料理を皿に取った。
バン!
そのとき、扉が乱暴に開いた。
「レイシー、いるかい?」
慌てて、入ってきた女性が、テーブルの上の料理を見て叫んだ。
「みんな、食べちゃいけないよ!」
そして、その女性は近寄ってきて、遅かったかと呟いた。
「東の井戸に、毒針ネズミが落ちて死んでいたんだよ。東の井戸水を使った料理を食べると、毒にあたるよ」
フォークを持つ皆の表情が凍りついた。




