2、魔王城の宝物庫
夜も更けてきた。
俺は『魔力だんご』の作り置きがなくなったタイミングで、まだまだ続いている祝宴を抜け出した。
城内を歩いていると、何人かの配下が声をかけてきた。俺に遠慮なく楽しめばいいと言うと、みな嬉しそうに元気な返事をしていた。
(みんな、だいぶ酔っ払っているな)
ギィー
漆黒の扉を開けて、俺は城の宝物庫へと入った。
ギィー、バタン
扉を閉めると、ここは自動的にあらゆる防御バリアが発動する。いわゆる、シェルターの役割があり、完璧な盗難対策ができているとも言える。
この宝物庫の扉を開き、何かを持ち出すことができるのは、ほんの一部の限られた者だけだ。
もし万が一、人間の勇者と呼ばれる者に踏み込まれることがあったとしても、人間の能力では、この漆黒の扉を開けることはできない。
昔、一度、勇者に攻め込まれたことがある。幸い、城の一部を破壊されただけで撃退できた。俺はそのときに、この宝物庫を作ることを決めたのだ。
この城には、外に出してはいけない、危険なものが多い。特に、俺自身が作ったものが危険だ。
俺は、生まれてすぐの頃は、今思えば、頭がおかしかった。自分の自我を保つために、呪具を作ることで、闇のエネルギーのバランスを取っていたのだ。
(あの頃は、必死だったな)
コツコツコツ
広い宝物庫の中をまっすぐに奥へと進んだ。
「カルバドス様、いかがなされましたか?」
奥の銀色の扉の前には、宝物庫の番人が居た。こんな日にも仕事をしていたのか。いや、逆になぜ仕事をしているのだ?
「うむ。アイツらが来なかったからな。記憶の鏡に用があるのだが……今夜は全員、祝宴に出席するように指示していたはずだが?」
「えっ? あ、はい、まぁ、そうなんですが……。長年の癖といいますか……」
宝物庫の番人は、しどろもどろだった。やはり、この男は、アイツらの手先か。
「今宵は、仕事などせずともよい。まだ祝宴は続いているから、おまえも酒でも飲んでこい」
「はっ! ありがとうございます」
俺にそう言われてはこの場には居られないのだろう。彼は軽く会釈をして、漆黒の扉の方へと歩いていった。
彼が漆黒の扉から出ていくのを確認してから、俺は銀色の扉を開いた。この宝物庫は二重構造にしてある。漆黒の扉の中は、非常時のシェルターを兼ねた広い部屋だが、本当に危険な物は、奥の銀色の扉の中にある。
扉を開くと、闇をまとった冷気が漏れ出した。俺は、中に入り扉を閉めた。そして内扉の鍵となる魔法陣を起動した。
これで、何者も、この小部屋には入れなくなる。
たとえ、アイツであったとしても、入ることはもちろん、小部屋の中の様子を外からサーチすることさえ、困難だろう。
ここは、俺だけの私室なのだ。
『なんだ? 今宵は祝宴ではないのか』
俺がある物を探して私室の中を見渡していると、頭の中に直接響く声が聞こえた。
「あぁ、おまえに用があってな。だが、その前に、趣味の悪い呪具を封じようか」
『趣味の悪い呪具とは、私のことを言っているのか。私は、おまえ自身だぞ』
銀色の扉の近くには、大きな鏡を置いてある。これは、俺がこの地に降り立ったときに、アイツが一緒に送り込んだものだ。アイツは、記憶の鏡と呼んでいる。二枚で一対になっている道具だ。一枚はアイツの所にある。
俺は生まれたばかりの頃の記憶はあやふやだったが、この鏡が正確に覚えていた。鏡は見聞きしたものを記憶する。そして、二枚の鏡はその情報を共有できる。
この鏡には意思がある。だから、知ることをすべて伝えるとは限らない。偽ることはない。だが、隠すことは多い。なんとも癖の悪い道具だ。
おそらく、初めは従順な道具だったのだろう。だが、俺の闇が満ちた私室の中に閉じ込めていることで、悪しき影響を受けたらしい。アイツが嘆いていると鏡が笑っていた。
「ふっ。残念ながらおまえを封じることはできない。アイツは、あっちの鏡からは離れているのか」
『そうだな、神殿には居ないようだ。こちらに来ているわけではないのか? 祝宴への招待は知らせてあるが』
「アイツが来なかったから、ここに来たんだ。まさか忘れているわけでもあるまいな」
『それはありえない話だ。祝宴の話をしたのは半日前だからな。やっと終わったかとニヤニヤしていたが』
俺は鏡と話をしながら、小部屋の中を歩き回っていた。これまでに作った呪具をひとつひとつ確認していたのだ。その中で、外に出すとマズイものには封印を施していった。
俺が城を出ると、この宝物庫に立ち入ろうとする者が現れるかもしれない。危険な物はすべて封じておく必要がある。
内扉の魔法陣は、以前、戦乱で城を離れた時に、アイツの配下が立ち入ったことがキッカケで、作ったものだ。
この魔法陣は、俺が城にいるときにしか起動できないように作ってある。留守中に、他の誰かに立てこもられることを防ぐためだ。
だから、俺の不在時には起動できないため、危険なものには封印を施しているのだ。
「ふぅん、まぁよい。アイツが今夜からこの城を、いや、この世界を引き渡せと言うだろうと思っていたのだが……俺の予想は外れたようだ」
『この城を引き渡せとは言わないだろう。この地はそもそもゴミ捨て場だ。この世界を引き渡した後は、この城に引きこもっていろ、とは言うかもしれないな』
「その際に、俺から全てのチカラを奪うのだろうな」
『奪うのではない。貸していたものを取り返すだけだろう。完全におまえを吸収すると、せっかく切り捨てた悪しき心までを吸収することになるからな』
(ふぅん、やはり元の自分に戻る気はないのか)
鏡は、アイツの呟きも記憶している。口止めされているのだろうが、ふとした話からアイツの本音が見えることがある。
部屋の中で、俺は目当ての物を見つけた。だが、これだけを持ち出すと、鏡がアイツに知らせるだろう。
(カモフラージュに、他の物も持ち出そう)
ひと通り、封印を施したが、やはり危険すぎる物は封印が不安定だ。これらは俺が持っている方がいいだろう。
(何か、良い入れ物はなかったかな)
これからの城の外での生活を考えると、やはり荷物はない方がいい。それに人間に化けるのだから、人間が持っていても不自然ではない物……おぉ、これが良さそうだ。
見つけたのはペンダント型の呪具だ。人間がよく持つ、アイツの印に似せて作ったものだ。小さなアイテムボックスになっている。これに入れて身につけておけば、誰にも気づかれず、奪われることもないだろう。
俺は、封印の不安定な呪具をペンダントに放り込んでいった。もちろん目当ての物も、無造作に見えるように気を遣いながら、放り込んだ。
「だが、俺は生まれた時とは随分と変わった。アイツも変わったのではないか? 悪しき心が微塵もないなら、今宵、祝宴に来たはずだがな」
『さぁ、そのあたりはわからん。私は、二人の言葉を記憶するだけの道具にすぎないからな。心の中までは見えない。ただ、受ける印象は変わった。彼はいつも忙しいようだが、おまえは落ち着いて語るようになった』
「それは、俺ばかりが年を取ったということか。まぁ見た目は、すっかり老人だからな。アイツは若いのか?」
『そうだな、おまえの見た目は大きく変わったな。もう一人のおまえには、見た目の変化はない』
「なるほどな。俺には寿命があるらしい。この様子だと、あと千年も経てば、老衰でこの身体は死ぬか。アイツは、その前にチカラを取り返し、俺を生きる屍としてゴミ捨て場に封じる気だろうな」
『なんだ? 今日は妙に絡むが……おまえ、目標を失っておかしくなったか。もしくは、自分の仕事が終わったことで、処分を怖れているのか』
「ふっ、つまらなくなっただけだ。俺はこの城を出る」
俺は手に持っていたペンダント型の呪具を身につけた。グンと魔力を吸われ、そしてピタリと俺の身体に貼りついた。装着完了だな。
その様子を見ていて、鏡は焦ったようだ。
『は? 何を言っている? おまえの役割は……いや役割は果たしたか。だが、この世界の覇者は、まだ、おまえだぞ。城を出て何をする気だ? まさか、もう一人のおまえを……』
(なるほど、だからアイツは今宵、来なかったのだな)
鏡は知っていたのだろう。アイツは、俺に殺されることを怖れているようだ。
アイツに悪しき心がなければ、当初の約束通り、魔王城にやって来たはずだ。そして俺に代わって、制圧が終わったこの世界を立て直す指揮をとるはずだ。
俺は汚れ役だ。素直に退散し、姿を変え、気楽な人生を楽しむつもりだった。そのための呪具も作っていたというのに……。
「俺は自由に暮らしたいんだ。もともと、そういう約束だったはずだ。城の外は、戦乱の地しか知らぬ。俺の役目は終わったんだ。自由にして何が悪い」
『ちょっと待て! おまえのような、まがまがしい姿の老人が外に出ると、民は絶望する』
「姿は魔力で変えることができる。魔力も様々な能力も、隠せば問題はない。俺はこの城に居てもやることはないからな。すべて、有能な配下達が上手くやるだろう」
『そんな勝手なことを、シードルが許すわけがない。カルバドス、考えを改めろ』
「もう俺の役目は終わったんだ。じゃあな」
俺は、小部屋から出た。鏡が妖しく光っていた。緊急事態だと、アイツを呼んでいるのだろう。
(さて、次は城の者達だな)