19、魔王、岩蛇と戦う
俺が転移した先は、洞穴の入り口だった。
「ビーツ、いるかー?」
俺はわざと大きな声で叫んだ。ビーツに助けに来たと知らせてやるためでもあるが、彼を取り囲む魔物達の注意をそらすことが一番の狙いだ。
返事はなかった。麻痺して口が動かせないらしいな。
変身の呪具を使って、俺がこの人間のガキの身体になってから、まともに敵と戦うのは初めてだな。弱い鳥と遊んだことはあったが……。
配下と剣を交えて、この身体があまりにも非力なのはわかっている。ふっふっ、なんだか楽しくなってきたぞ。
俺は、心の底から湧き立つような高揚感で、思わずクゥ〜っと唸りたくなった。いかんな、まるで子供だ。
ふぅと息を整え、俺は剣を抜いた。そして、まず絶対防御の長い呪文を詠唱した。気絶しないようにすることが何より重要だ。変身はあと2回の気絶で解けてしまう。
さらに、洞穴内を歩きながら、俺は次々と身体強化魔法を重ねていった。
(ふっ、来たな)
俺が叫んだことで、敵が来たと思ったのだろう。ビーツを取り囲んでいた小さな何かが、ビーツから離れ、こちらに向かってきた。
そして俺の姿を見つけると、一斉に飛びかかってきた。岩のように見えるが、これが岩蛇というやつか。
ダン!
俺は地を蹴った。そして、次々と飛びかかってくる小さな魔物を正確に斬っていった。かなり硬いな。真っ二つに斬れるが、手にかかる負担は小さくはない。
(これだけ強化しても、イマイチだな)
だが、変身の呪具で能力を制限されていることで、思いっきり戦うことができそうだ。これまでに、俺は思いっきり戦ったことなど、あっただろうか。
十を越える魔物を斬り倒して、俺は、ビーツの近くへと到達した。なんだ? 俺は、さらに、こみ上げてくる高揚感に戸惑った。
そうか! 魔王城に攻め込んできた勇者一行が、俺の前に現れたとき、なんだか妙な顔をしていたが、あれはこういうことか。
弱い身体で、目的の場所にたどり着く達成感だ。うむ、これはクセになる。やはり、クゥ〜っと唸りたくなってきた。
「ビーツ、麻痺か?」
「……カ……ル……」
「わかった、無理にしゃべらなくていいから」
見たところ、ビーツは蛇に睨まれる前に、さっきの小さな魔物にやられたようだ。あちこちから血が出ている。だが、命に関わる怪我ではない。
こんな場所に一人で来た罰だ。もう少し痛い思いをさせておくとするか。
「蛇を片付けるから、待ってて」
「……め……気を……けろ」
「わかってる、邪眼持ちなんだろ」
ふっ、こんな状況でも、俺に上から目線か。負けず嫌いは、悪いことではないが……ふふっ。
目の前にいる魔物は見たことのない種類だった。変異種なのだろう。岩蛇というから、岩が張り付いているのかと思っていたが、つるんとした感じのしなやかな大蛇だ。
さっきの岩のような魔物とは、別の種類なのだろうか。この大蛇は、魔物のくせに知能も魔力も高そうだ。俺のことを、ジーッと観察している。
突然、大蛇の目が光った。俺の頭の中をイナズマが駆け抜けたような感覚に、俺はまた気分が高揚するのを感じた。
(面白い!)
蛇の邪眼は、頭の中を直接攻撃することができるのだな。何かの魔物と目が合うとどうのと、以前、配下が騒いでいたことを思い出した。
あれは、こんな感じなのだな。確かに耐性がなければ、頭はショック状態になり、身体の自由が奪われてしまいそうだ。
変身の呪具は、能力を制限するが、俺の本来持つ耐性は変えられないようだ。人間が死ぬような攻撃をくらうと、完全変化の呪いが発動し、擬似体験で気絶させられるがな……。
そういえば、気絶も、初めての経験だったかもしれない。
そもそも、俺にはほとんどの物理攻撃も魔法攻撃も効かないのだ。俺に効くとすれば、神シードルの光魔法だけだろうな。同じく、シードルにとっては、俺の闇魔法が脅威なのだろうが。
ザッ、ザッ
俺は、大蛇に近寄っていった。明らかに奴が動揺していることがわかった。さっき、ジーッと観察していたのは、知能の高い魔物が使うサーチだ。ただの人間のガキだという結果だったのだろう。
(俺の、変身の呪具の勝ちだな)
『おまえは、この洞窟のヌシなのか? 一度だけ言う。こんな子供を襲撃するな。ただちに立ち去れ。さもなくば殺す』
俺は、大蛇に念話で話しかけた。おそらく理解できる知能があるはずだ。だが、ガキの脅しでは弱いか。
ブォン!
俺は、剣にイナズマをまとわせた。蛇はだいたい水属性だ。だから、たいてい雷は苦手なはずだ。
『おまえ、雷撃は好きか?』
剣にまとわせたイナズマが、バチバチと音を立てている。
奴はしばらく俺を睨んでいたが、キシャーと妙な声をあげた後、ズルズルと巨体を引きずって洞窟の奥へと消えていった。
何も言わずに斬り裂いてもよかったが、奴がこの場所のヌシならば、殺すと生態系が崩れることがある。そうすると、逆に面倒なことになるのだ。
大蛇が視界から消えると、ビーツの麻痺が解けたようだ。パタリと、後ろで倒れる音がした。
俺は、剣にまとわせたイナズマを消し、剣を鞘におさめながら、後ろを振り返った。付近にいた小さな魔物も姿を消していた。
「ビーツ、大丈夫か? かなりやられたのか」
声をかけるとビーツは手を少しあげた。まだ声が出せないのだろうか。俺はサーチ魔法を使って、ビーツの怪我の状態を調べた。外傷は多いが、やはり致命傷はない。
俺は、弱い回復魔法を唱えた。人間のガキがどの程度の回復魔法が使えるのか、まだよくわからないな。
すると、やっとビーツは、話せるようになったようだ。
「カール、なぜここに……」
「さっき、村で地響きみたいな揺れがあったんだよ。他の子達が、ビーツが洞穴のヌシを怒らせたんだって言ってたから」
「勇者だから、助けにきたってことかよ」
ビーツは、俺に助けられたことを認めたくないようだ。ここまでくるとプライドというより、ただのガキだな。意地になっているだけのように見える。
「間に合わないといけないと思ってさ。立てる? 帰るよ」
だが、ビーツはまだ麻痺が残っているのか、立ち上がれないようだった。
うーむ、これ以上の回復魔法を使うと、ガキのレベルを越えてしまうかもしれないな。俺には、勇者は回復魔法があまり得意じゃないイメージがあった。まぁ勇者ごっこに、こだわる必要もないが。
(子供達に食わしたし、ビーツにも食わせておくか)
俺は、白い『魔力だんご』をこねた。
このまま、転移魔法で村に連れ帰ることも考えた。だが、後から自分だけ食べていないと拗ねられても面倒だ。
「これで治ると思うから、食べて」
「おっちゃんを治した団子?」
「うん、そうだよ。さっき、怪我していた他の子にも作ってあげたんだ」
俺がそう言うと、ふーんと言いながら、ビーツは団子を食べた。そして、妙な顔をした。口に合わなかったのか?
「カール、これ、ポーションっていうより、白魔法の源みたいな感じがするけど」
(へぇ、ビーツにも魔力がわかるのか)
ビーツは確か、ただの人間のはずだ。魔族の血が入っている者にしかわからないかと思っていたが、違ったか。
「味が不味いとかじゃなくて?」
「ん〜、味は甘くて美味しいと思うけど……勇者の家系の秘伝なんだろ? 不思議な団子だよな」
「不味くなくて、よかったよ。立てる?」
「あぁ、完璧に完治したみたい。ありがとう」
(えっ!?)
俺は一瞬、言葉が出てこなかった。プライドの高い負けず嫌いなビーツが、自分より年下に見えるガキに礼を言うなんて……驚いたな。
ビーツも、他の子と同じく、団子を食べてみたかったのだろう。ここは、素知らぬふりをしてやる方がいいか。
きっとビーツは、俺に礼を言ったことを、しまったと思っているだろうからな。
「じゃあ、戻ろうか」
「あ、カール、ちょっと待て。岩蛇の抜け殻を取りに来たんだよ」
そう言うと、ビーツは、さっき大蛇が乗っていた岩石に近寄って行った。そして剣を使って、地面をブスプスと刺している。
「その岩がいるの?」
「岩じゃねぇよ。これが、さっきのヌシが脱皮した抜け殻だ」
「岩にしか見えないけど」
「硬い岩なんだよ、あの岩蛇の皮膚は。だから剣では切れないんだ。打撃系の武器で砕くしかない。でも、この抜け殻なら柔らかいから、ギリギリ切れる」
「ふぅん」
ビーツは、岩の塊を自分の魔法袋に入れた。
「こんなもんでいいや。帰るか」
俺達は、洞穴の入り口へと向かった。
「えっ? ちょ、カール、どういうこと?」
「何が?」
「岩蛇を、斬ったわけ?」
ビーツの視線の先には、俺に飛びかかってきた小さな魔物の死体……というより、ただの割れた岩石が散らばっていた。
「飛びかかって来たから、斬ったよ。ダメだった?」
「い、いや。こんなすばしっこい奴、よく見えたな。ってか、どんな剣を使ったんだよ」
「出来る限りの、身体強化魔法を使ったから」
「……勇者って、ハンパねぇな」
ビーツは、それからは無言になった。子供は、身体強化の魔法は使えないのか……失敗したな。
だが、さっきの魔物が、剣では簡単に斬れないとわかり、俺はホッとしていた。硬いと感じたり、手に負担がかかったが、ガキの俺が弱すぎるわけではないようだ。
俺達が、村に向かって歩いていると、村の大人達が数人やってきた。
「よかった、無事だったんだな」
ビーツが無言なので、仕方なく俺が返事をした。そして、大人達の説教を聞き流しながら、俺達は村に戻った。