17、遊びを知らない子供達に、パチンちゃんを教える
「ビーツ、なぜカールのやり方はダメなんだい?」
マシューが、不思議そうな顔をしていた。俺もマシューに同意だ。だが他の子供達は、ビーツに同意しているようだ。
「だって、早く終わったら、他にやる仕事ないじゃないか」
「あー、そうだね。空いた時間は、ゆっくり勉強できるね」
「そんなの嫌だ。勉強なんかしても、意味がないじゃないか。仕事をしていないとダメ人間になるんだぜ」
子供達も頷いている。勉強が嫌いなのか? 人間の勉強とは何だ? 魔法の訓練や、剣術の訓練とは違うものなのだろうか。
「この村では、子供達はどんな勉強をしているんだ?」
俺が不思議に思ってたずねると、ビーツは不機嫌な顔をして、肩にかけていた布カバンから、本を出して俺に投げつけてきた。
表紙には、シードルのマークが書いてある。中をめくると、なんだか、辛気くさい文章が並んでいた。
パラパラとめくると、神の言葉から始まり、人間がやるべきこと、魔族の罪、魔王の闇、様々な教訓が書かれているようだ。
(魔王の闇じゃなくて神の闇だろうが)
いわゆる教会の教典なのだろう。かなり分厚い本だ。子供には意味がわからないのではないだろうか。
「ビーツは、これで勉強してるのか?」
「勉強といえば、教会のそれ以外に何があるんだよ。そんなものを覚えても意味ないじゃないか」
確かに、教会で牧師になるならまだしも、普通の子供がこんなものを読んでも、何も得るものはないだろうな。
「カールは、どんな勉強をしてるんだよ」
「僕は、魔法や剣術の訓練が勉強だと思ってるけど」
「はぁ? 勇者の家系だけじゃねぇの。だから、そんな魔法を同時発動するとか知ってるのか。ずるいぞ、おまえ」
(ずるいのか?)
俺は、また、返す言葉がわからなかった。人間との会話は、だいぶ慣れたと思っていたが、まだまだなのだな。
「こら、ビーツ。カールが困っているじゃないか。ケンカはしちゃいけないよ」
マシューに叱られて、ビーツは、ブスッと拗ねた顔をしている。
しかし、なぜ仕事が早く終われば、遊びに行こうとしないのだ? まだこの付近は、子供が遊べないほど危険だということなのだろうか。ならば、室内で遊べばよいのだ。
魔王城では、マルルがいつも、配下の子供達を集めて遊んでいた。遊びの中で、他人との関わりを学んだり、知恵がついていくものだ。
それに、マルルは遊びを生み出す天才だ。目につくものすべてを、遊びやイタズラの対象にしてしまうと言っても過言ではない。
今は、俺があの小娘の遊び道具になっているようだがな。俺を捕まえるゲームに夢中だ。そのせいで、魔王城のサーチができなくなってしまった。昨夜も、覗くとすぐにバレてしまったのだ。
「ビーツ、子供同士で遊ぶことはないのか?」
「遊ぶ? だらだらしていると、ダメな人間になるじゃないか」
「もしかして、遊んだことがないのか?」
「当たり前だ。だらけていると勉強させられるじゃないか」
(ふむ、やはりそうか)
「ビーツ、じゃあ、僕と勝負をしてみないか?」
「何をするんだよ」
「石飛ばしゲームという遊びだ」
「遊び? だらだらしていると……」
「僕の知り合いの子は、石飛ばしゲームをして魔法の精度を上げているんだぞ」
「えっ……勇者の家系の遊びなのか」
「ん〜、まぁ、いつも一緒にいた子供達との遊びだ。ちょっと難しいゲームだから、無理にとは言わないけど」
そう言うと負けず嫌いなビーツは、カチンときたようだ。ふっふっ、扱いやすいな。
「私、それやってみたい〜」
シルルが、いち早く食いついた。この娘は、好奇心が旺盛だ。そしてシルルがやると言ったからか、他の子供達もやると言い出した。だが、ビーツは、やるとは言わない。あまのじゃくな面があるようだ。
俺は、土魔法を使って、的となる土人形をたくさん作り出した。大小さまざまなサイズを用意し、少し離れた場所に置いた。
そして、落ちていた枯れ木を使って、飛び道具を作った。Y字状の枝の先2ヶ所を糸で結び、その糸を物質変化魔法でゴム状に作り替えただけの、マルルが、パチンちゃんと呼んでいたおもちゃだ。
「よし、できた。僕がやってみるから見ていてね」
俺は石ころを拾い、それをおもちゃを使って飛ばしてみせた。ゴムの力を利用して、パチンと音を立てて小石が飛んでいき、的の土人形を倒した。
「今のは、ゴムの伸び縮みを利用して、飛ばしただけだ。次はこれに魔力を付加するよ」
俺は、また足元の小石を拾った。そして、ゴムにセットしてゴムをひいた。そして魔力を込めてから手を離した。
すると、小石は、先程とは違い、まっすぐに的に向かって弾丸のように飛んでいった。
ガシャン!
命中した土人形は、その小石の衝撃で、割れて飛び散ったのだ。ちょっと強すぎたか。
「うわぉ〜、すごいすごい!」
「私も、やってみたい!」
子供達は、目を輝かせた。
「小さな土人形に当てるのは難しいぞ。魔力が高ければ、土人形との距離をもっとあけるんだ。土人形の大きさや、どの距離から弾くかによって、点数を決めておく。点数の高い人が勝ちだ。チーム戦にしても面白いぞ」
「それが勉強なの?」
「点数を数えることで算術の勉強にもなるし、チーム戦にすれば、戦略の勉強にもなるぞ。交互に狙うことにすれば、取りやすい点数の低いものを残し、取りにくい点数の高いものを選んで狙うとか、いろいろな知恵がつくぞ」
「へぇ、楽しそう」
「僕の知り合いは、難しい土人形を倒したら、お菓子がもらえることにして遊んでいたな」
子供達は、初めての遊びに目をキラキラと輝かせていた。子供だけではない。マシューまでが、興味を持ったらしい。
「カール、これって、たくさん作ることができるかい?」
「Y字状の飛び道具ですか?」
「あぁ、これを使えば、リンゴを荒らしに来る鳥を追い払えるんじゃないかと思うんだ」
「なるほど、じゃあ、たくさん作っておきましょうか。ちょうどいい木の枝があればいいけど……不要な木材はありますか?」
「壊れた荷車ならあるけど、Y字状の枝は使っていないよ」
「木材があれば、いいです。あとは不要な糸か布か……あ、荷車のホロを使っても大丈夫ですか?」
「あぁ、もうこれは、土に埋めて処分しようと思っていたんだ。好きに使って構わないよ」
あとは、石ころだな。これは、子供達に集めさせるとするか。
「あとは、飛ばす小石が必要なので、みんなで集めてきてくれないかな。その間に、飛び道具を作っておくよ」
すると、子供達は弾かれたように散っていった。そんなに急がなくてもいいんだけどな。
「マシューさん、この村では遊びを知らないんですね」
「カール、たぶん田舎の村は、みな同じだと思うよ。子供達は、勉強か手伝いをしている。なまけるのはダメだと教えているから、勉強嫌いな子は、仕事をしようとするんだよ」
「じゃあ、遊びを教えてマズかったですか」
「いや、カールの遊びは、狩りにも使えそうだよ。攻撃魔法や剣の苦手な子にとっては、素晴らしい武器にもなる。それを、楽しみながら習得できるなんてすごいよ。さすが、勇者の家系は違うね」
俺は、あいまいな笑顔を浮かべた。勇者ではなく、魔王城の中の遊びなんだがな。
(さて、アレを使うか)
俺は、マシューが見ていないときに、ペンダント型のアイテムボックスから、呪具を取り出した。
ペンダントは、シードルの印の形をしている。おそらく、人間は、これを教会の洗礼を受けた証だと思っているだろう。だから、ニセモノだとバレぬように、一応、配慮したのだ。
「あれ? カール、それは何だい? いつの間に、魔法袋から出したんだい」
「あ、今、出しました。これを使って、おもちゃを作ろうかと思いまして」
「それは、おもちゃを作る魔道具なのかい? 古い物のようだが、初めて見たよ」
そりゃそうだろう。俺が昔に作った呪具だ。同じものなど、あるわけがない。
「そんな感じです。起動すると、ちょっと魔力を吸い取られるので、少し離れてもらえますか」
「わ、わかった」
マシューは、もともとの魔力が非常に少ない。慌てて、かなり離れて行った。そこまで怖がらなくても良いのだが……。
俺は、呪具に魔力を注いで起動させた。コイツも、話せるはずだ。
『はいはーい! お久しぶりねー、元気してたぁ?』
(なんだ、コイツ。こんなキャラだったか?)
「おまえ、いつからオネエキャラになったんだ? 野太い声で、その話し方は気持ち悪いぞ」
『いやーん、全然遊んでくれなかったからじゃないの〜。で、今日は、何を作るのかしらぁ? すべての人間を消し炭にするくらいの派手な物にしましょうかぁ?』
「作るのは、パチンちゃんだ」
『パチンちゃん? なぁに? それ〜』
「小さな道具だ。一切の呪いは使うなよ。誰が作ったかの痕跡が残らないようにしろ」
俺は、イメージを呪具に送った。この呪具は、人間が作る兵器を原材料にして、より一層強力な兵器を生み出すために作った、兵器製造の呪具だ。廃材を利用して、強力な兵器を量産する。使い方を間違うと、この世界を一瞬で滅ぼしかねない危険な呪具だ。
『いやーん、おもちゃじゃなーい』
「おまえには無理か。じゃあ、他の呪具を使うか」
『ちょ、ちょっと、待って〜。できるわよぉ。あまりにも小さな殺傷力しかない物だから、驚いたのよ〜』
「俺が使えば、このおもちゃでも、おまえに穴が開くがな」
『いやーん、やめてぇ。いい子にするから壊さないでぇ』
兵器製造の呪具は、黒く光り、試作品を作り始めた。




