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16、魔王、いろいろ悩む

 翌朝、焼きたてのパンと、野菜炒めの朝食を食べたあと、俺は、マシューに連れられてリンゴ園へ行った。


 シルルや、ビーツ、そして他の子供達も一緒だった。子供達は、いつもリンゴの収穫をしているらしい。


「今日は、お隣さんの分も収穫してあげよう。町に買い出しに行ってくれているからな」


 マシューの声に子供達は、若干うんざりしたような顔をしながらも、頷いていた。


(互いに助け合うようだな)



 アプル村には、三十ほどの家がある。村長の家以外は、すべて農家をしているようだ。ほとんどがリンゴ農家だが、自給自足のため、他の野菜や穀物を育てている家もあるらしい。


 住人は基本的に、物々交換で食料を手に入れるようだ。リンゴ農家は、近くにリンゴを売りに行って村で採れないものと交換し、そしてその肉や魚などをさらに、村で育てた野菜や穀物を交換しているようだ。


 こんな感じだから、田舎には金貨がないということか。


(ふむ、欲がないのか?)



 俺は昨夜、皆が寝静まった深夜から、この村のことを頭の中で整理しようと、いろいろ考え始めた。

 だが、どう考えても、しっくりこない。俺にはこの田舎の人間の暮らしが不思議だった。毎日、物々交換のために働いて、飯を食って、寝るだけのようにみえる。



 この村では、酒を飲む者はいないのだろうか? 遊ぶ場所も何もない。子供は仕事を手伝っている時間以外は、何をしているのだ?


(人間は、何のために生きているんだ?)


 いや、食うことだけで必死なのか。意識を失った俺を拾ってきて介抱したように、弱い者へは優しい。そして、強い者には何の抵抗もなく従う。そうすることで、必死に生きているのか。


 戦乱が終結した今、おそらく人間の暮らしも変わっていくはずだ。これまでは、命がいつ奪われるかわからない状態が続いてきたから、生き延びることに必死になっていた。


 だが、これからは違う。しばらくは小競り合いがあるかもしれないが、大きな戦乱はもう起こらないはずだ。


(戦乱がなければ、もっと豊かな暮らしができるはずだ)



 やっと制圧が完了したのだ。これからは、この世界の住人が楽しく暮らせるようにしていかねばならない。


 これは、シードルがやるべきことのはずだ。だが、教会は、魔王軍が戦後処理をすると言っているらしい。アイツは自ら先導し、この世界を復興させる気はないのだ。


 もしかすると、まだ、戦乱の火種になりそうな者がウヨウヨしているからかもしれない。

 教会が復興の主導権を握って、再び戦乱が起これば、教会の権威が地に堕ちる。シードルはそれを危惧しているのだろうか。


(そう考えると、復興は俺の仕事なのか)



 俺の配下達は、まぁどうにでもなる。今は、俺が姿を消していることで、俺の捜索にも必死のようだ。この状態に慣れて心配しなくなったら、また次の手を考えればよい。


 配下ではない魔族、コイツらが一番厄介だろう。魔族は、基本的には強い者に従う。だが、決まりごとに従うことを嫌う種族が多い。だからすぐに裏切る。いや、自分の欲望に忠実なだけか。

 そして自分達の利益を追求しようとする者も多い。今は、金を集めることに熱心な者が多いようだ。



 争いの火種になるとすれば、この配下ではない魔族と、人間との衝突だろうと思っていた。だが、宿場町の様子から考えると、人間は魔族には逆らわないようだ。とすれば、魔族に対抗できるのは人間の中では勇者の家系の者だ。


 そして、教会が、勇者の家系の者に洗礼を受けるように神命を出した。教会は……シードルは、戦乱の火種になるからということで勇者を集めているわけではない。


 人間にとって、絶対的な権力を持つ教会は、勇者の家系よりも上の地位にある。教会は、勇者に命じることができる立場にあるのだ。だから、教会が争いを禁じれば、勇者はその一言だけで従うはずだ。洗礼など不要だ。


 シードルは、洗礼という名の洗脳をして、いったい勇者に何をさせようというのだ?



 この世界では、最も数が多いのが人間だ。都会的な北部は、豊かな暮らしをすることを望む者が多い。


 北部では、戦乱が落ち着いてから長い時間が経った。戦乱とは無縁かのように、その暮らしも豊かだ。

 なぜか教会に寄付をすることで与えられる、名誉というものに価値を見出だす者が多いと、以前、配下から報告を受けていた。


 俺は、中央部や南部の人間も似たようなものだろうと考えていた。豊かな暮らしや金を集めること、そして妙な名誉を欲しがるのだろうと思っていた。だが、この田舎の村では、全く様子が違う。


 北部はもうよい。復興どころか発展を遂げている。


 だが、中央部や南部は、これからどうやって復興させればよいのだ? シードルが俺に、本当に復興までやらせる気なら、俺はいろいろ知る必要がある。そもそも、人間が何を求めているのかがわからない。他の場所も、やはり俺は実際に、自分の目で見る必要があるな。



 それに、教会がやっていることが、全くわからない。神シードルは人々の信仰の対象であり、この世界の住人の心の安定をもたらす存在ではないのか?


 なぜ、妙な石碑を置く? なぜ妙な光の柱、いや結界を張り巡らせているんだ? 


(あぁ、さっぱりわからない)




「おーい、カール、わかった?」


「えっと、なんでしたっけ?」


「もう、何をボーっとしてんだよ。リンゴの収穫の方法だよ」


「すみません、ぼんやりしていました」


「あはは、カールは驚いたんだね。リンゴ園は広いだろう? この世界のリンゴの約半分は、アプル村で作っているんだよ」


 マシューが得意げにそう話した。半分だと? なかなかアプル産のリンゴ酒はないと聞いていたが……。味が良いから、酒の原料にしないのだろうか。


「へぇ、だからこんなに広いんですね」



 俺に再び説明する気がなかったのか、ビーツ達は収穫作業を始めた。風魔法を使ってリンゴを落としている。地面には、シルルが保護魔法を使ったようだ。地面に落ちたリンゴは割れることもない。


 そして、別の子が、地面に転がるリンゴを拾い集めている。リンゴ狩りというより、リンゴ拾いという光景だ。



「カールは、拾う方と落とす方、どっちをやる?」


 ビーツは、俺になぜか挑戦的な笑みを向けた。ビーツは魔族に憧れているのだったな。人間の子供にしては、魔力が高いようだ。


「重力魔法は、使える?」


「当たり前だろ。運ぶときには重力魔法を使って軽くするんだ」


(ふむ、じゃあ、教えてやるか)


「では、風魔法と同時に重力魔法を放って、自分の方に引き寄せるようにすれば、拾い集めるのが楽だよ」


「は? カール、何を言ってるんだ? やってみろよ」


 まぁ、そうだな。実演しないとわからないだろう。俺は、弱い風魔法と重力魔法を同時に発動した。枝から落ちたリンゴが地面の少し上でふわふわと浮かんでいる。そして、こちらに引き寄せると、リンゴが俺の足元に集まってきた。


 かごか何かに直接入れてもいいが、それでは拾うことしかできない子供の仕事を奪うことになる。それに、収納先の指定は、余計に魔力を使う。人間の魔力では、たくさんの収穫ができないだろう。


「こんな感じで、どうかな。風魔法と重力魔法を同時発動して、重力魔法のかかったリンゴをこちらにグイッと引き寄せるんだ」


「同時発動……」


(やったことないか)


「右手側で風魔法、左手側で重力魔法を唱えて、こうやって合わせて放てば、同時発動できる。ターゲットはリンゴに意識すれば、風魔法の方が到達スピードが速いから、風魔法で落ちたリンゴに重力魔法がかかるよ」


 すると、ビーツは驚いた顔をしたが、負けず嫌いなのだろう。


 必死に、風魔法と重力魔法を同時発動しようとしている。だが、風魔法の準備ができて、重力魔法を用意している間に風魔法が消えるようだ。


「一方の準備ができたら、体内に魔力を循環させれば維持できるよ」


 俺がそうアドバイスしてやると、ビーツは風魔法と重力魔法を両方同時に操ることができるようになった。


(ふむ、なかなか頭の良い子だな)



 そして、俺がさっきやってみせたように同時に発動した。リンゴは落ち、地面すれすれで浮かんでいた。ビーツは、それをグイッとこちらに引き寄せた。


 ビーツのまわりにリンゴが集まってきたが、重力魔法は解けてしまったらしく、ビーツの足元で、割れるリンゴもあった。


「シルル、この辺の地面にクッション魔法だ!」


「うん? カールは、クッション魔法は使わなかったよん」


「急に、同時発動なんてうまくできるわけないじゃねぇか。リンゴが割れてもいいのかよ」


 すると、リンゴを拾う担当の子が提案をした。


「じゃあ、この辺に、麻布を広げて敷いておけばいいんじゃないかな。そしたら、麻布の端をこう持てば、一気にたくさん拾うことができるよ」


「おぉ〜、確かにそれいいな」


「ええー、それだと私の仕事が無くなるよん。保護魔法いらないじゃん」


「シルルは、リンゴジュースを絞る仕事があるじゃないか」


(ふむ、シルルは仕事を奪われたと感じたのか)


「カール、すごい方法を教えてくれてありがとう。ビーツも、すぐに出来るようになるなんて、さすがだね」


 マシューにそう言われて、ビーツは一瞬、嬉しそうな顔をした。だが、すぐに顔を引き締めた。素直じゃないんだな。


「ビーツ、この方法だと収穫があっという間にできるね」


「それだと、暇な時間どうするんだよ。やっぱり、カールのやり方はダメだな」


(は? 何がダメなんだ?)



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