15、長い詠唱が必要な魔法を使う
石碑は、俺のサーチには引っかからない。だが、一部、見えない場所がある。ふむ、あそこだな。
俺は、浮遊魔法を唱え、その場所へと近づいて行った。大木の近くに、白い石碑があった。墓石のようにも見えるが、子供の俺の腰くらいまでの小さなものだ。触れると、バチッと強い電撃を食らった。光の柱は見えない。
(これは、あのときの電撃と同じだな)
石碑の上の方に手をかざしても、特に何もないようだ。触れるとやはり強い電撃が走る。
空中にまでこの石碑から電撃を飛ばしたのだろうか。だが、あのとき、俺は、空中に見えない結界が張ってあるように感じた。その結界に触れると、強い電撃が流れるのではないか。
(ふむ、さっぱりわからん)
だが、とりあえず、この白い石碑は、あの光の柱と、なんらかの関係があるはずだ。近づくと石碑は見えるが、サーチには引っかからない。他の場所でも、大木を探し、その付近に石碑があるか調べてみようか。
しかし、何のために、シードルは、こんなものを置いているのだ? 死者の腐敗を防ぐためなのか? 魔導士の数が足りないなら、教会の奴らを各地に派遣すればいいだけではないか。
(あまり、マシューを待たせるわけにもいかないか)
俺は、冥界魔法の長い詠唱を唱え始めた。普段なら長い詠唱など不要だ。イメージもしくは魔法名を唱えた瞬間発動できる。だが、このガキの身体では、人間にできない魔法を撃つには準備が必要だと言っていた。すなわち、詠唱時間だ。面倒だが、仕方ない。
俺が広げた両手には、青白い炎が集まってきた。俺は死体の山の上へ、浮遊魔法で移動した。
そして、死体の山に、冥界魔法を放った。魂の抜け殻となったしかばねは、青く静かに燃え上がった。
すると、あちこちに漂っていた死霊も、青白い炎となって消えていった。
やはり、しかばねがここで腐敗せずに、この地に縛られていたせいで、死霊となって彷徨っていたのだな。
そして、空高く上っていく青白い炎は、不思議な動きをした。大木の高さまでは、ゆらゆらと炎は立ち昇っていったが、そこから先は、真っ二つに裂かれるかのように分かれていった。バチバチと、静電気のような音や小さなスパークが起こった。
(うむ……光の柱、いや、板状の結界か?)
俺は地上に降り、転がっていた小石を投げた。
バチン!
投げた小石は、上空で雷に打たれたかのように砕け散った。あの木の高さよりも高い位置には、やはり目に見えぬ結界があるのか。
「カール、終わったのかい?」
マシューが俺を呼ぶ声が聞こえた。青い炎は、既に消えていた。やはり灰も残らなかったか。新しい死体は水分が多いからどうしても灰や燃えかすが残る。これはほとんどが、ずいぶん古い死体だったようだ。
俺は、マシューにかけた弱い幻影魔法を解除した。
「あー、よかった。カールの姿が、青白い炎に巻き込まれているように見えたんだ。怪我はないかい?」
遠近感がおかしくなっていたのだな。
「はい、大丈夫です。古い死体が多かったようで、ほとんど灰も残っていません」
「そうか。やはり、カールはすごいな」
「いえ、別に」
(死体処理なんて、魔族では下僕の仕事なんだが)
「とても幻想的な美しい炎だったよ。死んだ人も、こんな風に送り出してもらえて、きっと満足しているだろう」
俺は、あいまいな笑みを浮かべた。どう答えるべきか、正しい返事がわからなかった。
(人間は難しいな)
そして、馬鳥車に乗り、俺達はアプル村へ戻った。
「おかえりなさい。遅かったから心配したよ」
家に戻ると、レイシーがすっ飛んできた。
「僕の服を買ったりしていたので……」
「まぁ、カール、ずいぶん雰囲気が変わったわね。もしかして、姉さんに捕まってたの?」
「服をいくつか選んでもらいました。剣も2本買ったので」
「おや、そのせいかねぇ、カールが少し大人っぽく見えるよ」
(そうなのか?)
やはり、俺は返す言葉がわからず、愛想笑いで済ませた。うむ、なんだか、愛想笑いも上手くなってきたような気がするな。
「レイシー、それに、カールがトンネル近くの死体の山を葬ってくれたんだよ。青く美しい炎に焼かれて、空に昇っていったよ」
「まぁ! カールって、やはりすごいのね」
「いえ、あの、そういうことは……」
「そうだったな。カールが特殊な家系の子だと知られるわけにはいかない。このことは、内緒にしておこう」
「それくらいのこと、勇者ならできて当然さね」
「母さん、普通の子供にはできないから、母さんも内緒にしておいてよ」
元気な老婆は、少し不満げな顔をしていた。だが、俺を見て何やら、ニヤニヤしている。何も楽しい話はしていないはずだが……不気味な婆さんだな。
「カール、私の素性がわかったようさね。どっちだと思う?」
(あ? 何のことだ?)
「えーっと?」
「宿場町のエリーの所で、話は聞いたはずだが、違ったかい?」
(あの派手な女は、エリーという名か)
「お婆さんの種族のことですか」
「あぁ、そうさね。カールから見て、私はどう見えるんだい? 種族のサーチか何かできないさね?」
「そんなサーチはできないです。魔族の変異種かと思ったんですが」
「ん〜、みんなそう言うさね。だけど、私にはそれがしっくりこないんだ」
「どうしてですか?」
「ん〜、上手く説明できないが、たまに眠っているときに、命令や予言をされるんだよ。いつも、相手の顔が見えなくて頭の中に直接流れてくるような声なんだ。その相手が私を作ったと言うのさ。私は何者かに、洗脳されているのかい?」
(やはり、神の人形か……だが自覚がないのか?)
「その夢を見た後は、気持ち悪いとか何か変化はあるのですか?」
「いや、特にないね。起きて朝食を食べてる間に忘れちまうよ。ただ、何かの拍子に思い出すんだけどね」
「じゃあ、夢じゃないですか? 眠っているときには、記憶の整理がされると聞いたことありますし」
俺がそう言うと、老婆は、目を見開いた。なんだ? 何かおかしなことを言ったのか?
「そうか! やはり、カールは賢い子さね。なるほど、長い時間を生きておるから、古い記憶が出てくるのかもしれんな。おかげでなんだか、すっかりしたよ」
「よかったです」
婆さんと話していると、晩ごはんだと呼ばれた。
もう、テーブルは、俺が寝室として使う客間から、居間へと戻されていた。
「カールの席は、ここだよん」
シルルが自分のとなりを指差した。人間は、席を決めていたのではないのか?
俺が少し戸惑っていると、レイシーが口を開いた。
「シルルがね、カールはこの村の食べ物がわかっていないから、お世話をするんだってきかないんだよ」
「いや、僕はだいたいわかりますけど」
「まぁ、隣に座ってやってよ。シルルは背が高いだろう? だから、同世代の友達がなかなかできないんだ。それに、言葉も、最近やっと普通に会話ができるようになったばかりだしね」
「はぁ」
この家の女性は、言い出すと折れないことを、俺はこの短い期間で学んでいた。どこに座るかなどとくだらないことで、逆らうのも面倒だ。
俺は、シルルの席の隣に座った。
テーブルには、さっそくレッドベアが出ていた。だが、生肉だ。人間は生肉を食うのか?
すると、テーブルに、真っ赤に焼いた石が置かれた。テーブルが燃えてしまわないように、婆さんが保護魔法をかけていた。
(何をする気だ?)
俺が不思議に思って、真っ赤に焼いた石を見つめていると、隣でシルルが、くすくすと笑っていた。
「やっぱり、私がお世話しなきゃわからないでしょ」
なんだか彼女は、とてもイキイキとしている。まぁ、やりたいようにやらせておくか。
「うん、何が始まるのかわからない」
すると、シルルは嬉しそうな顔をした。俺には、彼女がなにが嬉しいのか、さっぱりわからなかったが。
「この肉をこうして乗せて、焼くのよん。でも、焼きすぎたら美味しくないから、難しいのよん」
「へぇ」
シルルは張り切っていた。真っ赤に焼けた石に肉を乗せ、そしてひっくり返し、いまだっ! などと呟いている。
そして焼き上がった肉を、俺の皿にぽいぽいと投げ入れた。
「カール、早く食べて! 冷めると味が落ちる!」
なぜかシルルは必死だ。俺はおとなしくフォークで肉をつつき、パクリと食べた。うむ、悪くない。
「どう? どう? 美味しい?」
「あぁ、美味いよ」
「でしょー? 私は、焼き肉の心がわかるのよん」
(何の心だ? 訳がわからない)
「へぇ、シルルも食べないと」
「食べるよん、食べる食べる」
シルルも、肉を焼きながら食べ始めた。だが、俺の分も焼いているため、なかなか進まないようだ。でも、俺が自分で焼こうとすると、私がやると言って、トングを奪われる。仕方ない、好きにさせておくか。
「そうだ、カール。明日は、リンゴの収穫を手伝ってくれないかい? まだ、体調は万全じゃないだろうから、無理にとは言わないが」
(は? 俺に手伝いをさせる気か?)
俺は、不快な顔をしたのかもしれない。
「カール、リンゴの収穫は、いい鍛錬になるんじゃないかい? 風魔法の精度が必要さね」
「魔法で収穫するのですか」
「あぁ、じゃないと収穫前に腐っちまうよ」
(まぁ、それなら手伝ってやってもいいか)
「わかりました」
「カール、たくさん収穫したら、たくさんリンゴジュースしぼってあげるよん。とれたてのリンゴジュースは美味しいよん」
「へぇ、そうか」
俺は、少し明日が楽しみになってきた。やはり呪具のせいで、俺の感覚までガキになっているようだ。