13、嫌々ながらも『魔力だんご』をこねる
「おまえの裏切りのせいで、何人死んだかわかっているのか! 絶対に許さない」
「ちょっと、待ってください!」
俺は、剣を振り下ろそうとしていた配下と、レングルートのと間に割って入った。
(ギリギリ間に合ったか)
レングルートは瀕死の状態だった。レングルートが連れていた魔族達も、動けないほどの大怪我だが急所は外してあるようだ。
配下達は、俺の言いつけを守っているようだ。魔族や人間と交戦することになっても、よほどの生かしておけない事情がない限り、殺すなと言ってある。
命を奪うと、復興の妨げになる。恨みをかうだけならいいが、反乱を起こされると、またそれを鎮圧する時間が必要になるからだ。
「人間のガキが邪魔をするな! これは魔族のプライドの問題だ」
そう言って、配下のひとりが、レングルートにトドメをさそうとした。
ガキィン!
「な、なんだと!」
俺は、剣を抜き、配下の振り下ろした剣を受け止めた。すると、血の気の多い配下はカチンときたらしい。
「俺に剣を向けるとはいい度胸だな」
(ふっ、そのままそっくり、おまえに返すぞ、その言葉)
ちょうどいい。俺は、配下達の戦闘力はわかる。コイツを使って、ガキの俺のチカラを測ってみるとするか。
「魔族のケンカなら、誰もいないところですればいいだろ。大人のくせに、そんな知恵もないのかよ!」
「なんだと? このガキ!」
配下は、俺の挑発にのってきた。まぁ、コイツは、バカだと言われることを嫌う。挑発するのは簡単だ。
キン!
俺は、配下が振り下ろす剣を、受け流した。速いな。いや、俺が遅いのか。動きや癖がだいたいわかっているから防げる。だが、知らぬ相手なら、こうはいかないな。
「チョロチョロとすばしっこいな」
俺が、フェイントをかけて打ち込んでも、全く歯が立たない。コイツ、人間から見れば、異常に強いんじゃないか? いや、俺が弱すぎるのか……。
「もう、二人とも終了〜っ! カールちゃんの言う通り、町の中だよっ。裏切り者を拘束して、別の場所でお話すればいいよっ」
マルルの終了の声で、配下は動きを止めた。ほう、マルルの言うことはキチンと聞くのだな。ふっ、それなら、マルルを魔王にしてもいいかもしれん。
「あの、お姉さん、レングルートさんを殺すんですか」
「ん? カールちゃん、知り合いなの?」
「はい、馬鳥車を停めさせてもらってるし、ウチ、農家なんですけど、レングルートさんに買い取ってもらっているから、殺されると困るんです」
「あー、うーん、困ったな〜」
「マルル様、ガキの言うことなんて……」
チラッと、レングルートの方を見ると、必死に目を開けて、こちらの様子を窺っている。瀕死の状態で放っておく方が、殺すよりも罰になりそうだな。
「事情はわかりませんけど、貴方達はこんなに強いんだから、その気になれば、いつでもレングルートさんのことは殺せるんじゃないんですか」
「うん? まぁ、そうだな」
(ふっ、やはり、コイツは褒められると弱いな)
人間のガキにこんなことを言われただけで、気を良くしている配下を見て、俺は吹き出しそうになった。
「それなら、僕達の寿命が尽きてからにしてくださいよ。魔族は長生きするんでしょ」
「おまえ、いくつだ?」
「僕は、12歳ですけど、それが何か?」
「ふぅん、じゃあ、あと50年か。あっという間だな」
どうやら、説得できたらしい。配下達は、レングルートをキッと睨んで蹴り倒した。そして、赤い髪の勇者の方へ近づいていった。
すると、赤い髪の勇者は警戒を強め、剣を抜いた。
「あれー? やっぱ違うよっ。このお兄さん、ビビってるし」
「なんだ、人違いか。まぁ、いいか。裏切り者の尻尾を掴んだんだからな。どこに逃げても、マルル様の目からは、逃れられないぜ」
マルルは、レングルートがさっき勇者に魔法を放ったときに、印を付けたようだ。これで、魔力の痕跡がマルルの目に見えるようになるらしい。
追跡されるから、もう、マルルの近くで魔法は使えない。俺でさえ逃れられないのだ。ほんと、厄介な能力だ。
「もう、どこか他のとこに行っちゃったんだよー。だから、もっと早く来ようって言ったのにぃ〜。次は、ぜーったい捕まえるんだからっ」
マルルは、悔しそうな顔をしていた。だが、またさらに、やる気を出したように見える。
「じゃあ、みんな、帰るよーっ。あ、カールちゃん、バイバイ〜」
俺は、マルルや配下達に軽く会釈をした。これはこれで面白い。ふっ、まさか俺が、配下に頭を下げる日が来るとはな。
「僕も、帰ります」
赤い髪の勇者と、レングルートにそう言って、俺はマシューが待つ屋台の前に戻ろうとした。
「ちょっと、キミ、待ってくれ」
すると、赤い髪の勇者に呼び止められた。なんだ? コイツも俺の髪色の話をする気か? もう、勇者だと言われるのには飽きてきたぞ。
「はい、何でしょう」
「ありがとう、助かった。キミは勇気がある。その悪徳魔族と知り合いなんだな。それに、さっきの少女とも知り合いか。キミは普通の人間に見えるが、魔族の血が混ざっているのか?」
「いえ、ただの人間です。お姉さんは、さっき屋台の前で知り合いになっただけです」
「そうか。そういえば、教会から勇者の家系に、妙な命令が出ているのは知っているか?」
「はい」
「しばらくは様子を見る方がいい。俺もキミも、あの命令に従わなければならないのだろうが、まだ本当に戦乱が終結したかはわからないからな」
(やはり、勇者扱いか)
「えっと……僕もですか?」
「うん? 違ったか? いや、知らないだけかもしれないな。紫の家系は、一ヶ所に留まっていないらしいから、血が薄いと伝達もされていないか」
「紫の家系?」
(髪色が、勇者の家系と関係あるのか?)
「やはり、知らないんだね。俺は赤の家系だ。とは言っても、俺は、勇者と呼ばれているが、勇者ではない。ただ、勇者の家系なだけだ。その違いが知られていないんだよな」
「そうなんですね。僕もあまり違いがわかりません」
「ふふ、キミはきっと強くなるよ。今はまだ子供だから力は弱いけど、さっきの戦い方を見てて思った。剣の才能にあふれている。だから、きっとキミは勇者として魔王討伐の命令を受ける、はずだったのにね」
「戦乱は終結しました」
「だけど、油断してはいけないよ。魔王軍は、勇者の家系を潰そうとするはずだ」
(勇者など、相手にする気はないんだがな)
「はい、わかりました」
俺は、子供らしく素直に返事をした。ふむ、子供は、こういうときは便利だな。赤い髪の勇者、の家系の男は、満足げに頷いていた。あ、コイツ、毒を受けているな……。まぁ、いいか。
確か、コイツらの定義では、勇者は、俺を討伐する命令を受けている者だったな。ということは、戦乱が終結した今、勇者という存在は消えたのか?
(人間の考えは、よくわからん)
そこに、マシューが近寄ってきた。
「カール、怪我をしていないかい? 勇者様も大丈夫ですか」
「僕は大丈夫です。でも、勇者様は……」
「キミはカールというのか。俺はアークだ。それから勇者と呼ばれているが、勇者の家系なだけだよ」
「でも、この宿場町の治安を守ってくださっているのですから、俺達からすれば、勇者様ですよ」
(なるほど、勇ましい者だからな)
「まぁ、赤の家系の勇者は、戦乱で死んだから、俺が赤の勇者でもいいか。しばらくは魔王討伐の命令もないだろうしな。もし命令があれば、次は俺の番だったからな」
じゃあ、と手を上げ、アークは歩き出そうとして、グラリと傾いた。毒がけっこう回ってるようだ。そして、ゲホッと血を吐いた。
「えっ! 勇者様、大丈夫ですか」
事情がわかっていないマシューは焦った顔をしている。
「悪徳商人に、ちょっと毒を使われたようだ。そのうち抜けるから大丈夫だよ」
「毒消し草は?」
「使ったが、あまり効果はなかったな。まぁ、命に関わることではない。大丈夫だ」
(そうだな、数日で抜けるだろう)
だが、マシューは焦った顔で、俺を見た。
「カール、あの団子は作れるかい?」
まさか、魔王である俺に勇者を助けろと言うのか? あ、いや、今の俺は勇者だと思われている。だが、勇者は家同士の対立があるのだろう? いわゆるライバルを、助けろってことか?
「えっと、あの……」
「勇者同士の対立は、俺も理解しているつもりだよ。でも、目の前で苦しんでいる人を助ける力があるのに、見捨てるようなことでいいのかい?」
俺はマシューの顔をチラッと見た。うむ、これは、俺がマシューに叱られているようだ。くっくっ、こんな弱い人間に叱られるとは……面白い!
「わかりました」
「レングルートさん達の分も作れるかい?」
(は? 嘘だろ?)
俺は、瀕死の状態のレングルートを当然、放置するつもりだった。俺を裏切り、そのせいで多くの配下を失ったのだ。それなのに、なぜ、助けてやらねばならんのだ?
俺が嫌そうな顔をしていたのだろう。マシューは再び口を開いた。
「カール、レングルートさんも助けてあげて」
(はぁ……断るのも面倒か)
俺は、人数分の白い『魔力だんご』をこねて、マシューに渡した。
「カール、ありがとう」
マシューは、勇者と、魔族達にも説明しながら、団子を配っていった。当然、勇者の毒は消え、瀕死の状態のレングルート達も、完璧に完治したようだった。
俺としては複雑だった。まぁ、あの瀕死の状態からでも、完治できるほどの高い効果があるとわかったから、よしとするか。
皆様、読んでいただきありがとうございます。
まだ序盤ですが、気軽に感想などいただけたら嬉しいです。ほんの一行や、呟き一言でもOKです。
また、魔王はあちこち旅をしますが、その中で、配下ではない仲間ができます。だいたいの仲間候補は決めていますが、追加変更可能なので、こんな仲間がほしいというリクエストがありましたら、参考にさせていただきたいと思います。よろしくお願いします。