113、最弱魔王、家出する
今回は、少し長めです。
「わぁっ! えっ、何?」
突然、シルルが叫んだ。俺は光に視界が奪われているのに、シルルは平気なのか?
(どういうことだ?)
光がおさまってきた。すると、そこには、翼のある天使が浮かんでいた。いや、違う。羽の一部が黒い。まさか!?
「マルルか……」
翼のある天使は、ふわふわと無言で漂っている。そうか、見えていないのか。天使は、わずかに透き通っている。ここには居ないのか。
「シルル、その手鏡をちょっと貸して」
「あ、うん」
俺は、その鏡に触れた。やはりそうか。マルルも鏡を持っていたのか。俺は、その手鏡に魔力を注いだ。
『キャー、なぜ、魔王が持ってるのー』
「うるさい、鏡は黙っていろ」
俺は、鏡に手を突っ込んでマルルを捜した。どこだ? どこの次元に隠れている? 妙な汗が出てきた。心臓がバクバクする。
レーフィンが、別の扉からこの場所へ入ってきた。そして、ふわふわと漂っている翼のある天使を見て、固まっていた。
「天使……これは、いったい?」
「レーフィン、これはマルルだ。どこかの次元に隠れている。今、捜しているから、静かにしてくれ」
彼が頷くのがわかった。シルルも、腕の中のクゥも、ふわふわと漂っている天使をぼんやりと眺めている。
(マルル、どこだ?)
俺は幾重にも連なる次元を注意深く、捜していった。これか!! ある次元を開いたとき、天使がいる気配を感じた。
『マルル! マルル! マルル!!』
そう呼びかけると、天使はこちらを向いた。
『待たせたな。迎えに来たぞ』
すると、俺の手に天使が手を重ねた感覚があった。その次の瞬間、鏡が強く輝いた。そして……。
パリン!
鏡が砕け散る音がした。俺は、サーッと血の気がひいた。嘘だろ? マルル! マルル!!
光がおさまると、目の前には、マヌケな顔があった。
「ま、マルル……」
「もうっ、遅いよーっ。って、お兄さん誰? カルルンじゃないの? あれ? 間違えた? でも、ここは、あたしの秘密基地だよ?」
「おい、おまえなー」
「マルルさん!?」
「あっ、シルルちゃんだ。クゥちゃんもいる。やっほ〜。このお兄さん、誰?」
シルルは、呆気に取られた顔をしていたが、どっと涙が出てきたようだ。
「よかった、マルルさん、マルルさん!」
そう言うとシルルは、クゥを放り出して、マルルに抱きついた。マルルは、そんなシルルの頭をあやすように撫でている。
マルルは、キョロキョロし始めた。状況把握をしているのか。あちこちの頭の中を覗いているようだ。
レーフィンは、マルルを見つめて涙を浮かべていたが、しばらくして、ようやく口を開いた。
「マルル様、よくご無事で」
「レーフィン、ご無事じゃないよーっ。いろいろ失敗した〜。自力で復活できなくなったんだもん。あれ? あたし、生まれ変わった?」
マルルは、何かを確認しながら、渋い顔をしていた。これは、想定外のことだったのか。だが、よかった。マルルの魂が、鏡の狭間に逃げ込んだのだな。いや、思念体だったというべきか。
「ん〜? ということは、お兄さんがカルルン? めちゃくちゃ若いんだけど、変身魔法は使ってないよね?」
相変わらずのマヌケ顔で、ジッと見つめられて、俺は、やっと本物のマルルだと実感できた。
「おまえのロボから出たら、こうなっていたのだ」
「ふぅん。シルルちゃん、本当?」
「うん、カールだよん。うぐっ、本当だよん」
俺は、カールの姿に化けた。
「あっ、カールちゃんになったー。全部、終わったのかな」
俺は頷いた。マルルは、俺の頭の中も覗いている。これなら、ガードもできそうだな。マルルのチカラが低下したのか、いや、俺のチカラが上がったのか……。
「レーフィン、城のみんなに知らせろ。マルルが復活したとな。それから、祝宴の用意だ」
「はい、直ちに! マルル様のお好きな物を揃えます」
「俺のリンゴ酒も忘れるなよ。言っておくが、シードルを倒した祝宴でもあるんだからな」
そう言うと、レーフィンは笑った。カールの姿で言うと、なんだか、子供が拗ねたみたいに聞こえるか。
「シルルとクゥも出席するか?」
そう尋ねるとシルルは戸惑いの表情を浮かべた。
「当たり前だよーっ、あたしの友達だもん。ねーっ?」
「うん!」
「ぼくも?」
「クゥちゃんも友達だよーっ」
「うん!」
その様子を見て、頷き、レーフィンは部屋から出ていった。少しすると、あちこちから歓声があがっていた。マルルの復活を知らせたのだな。
「マルル、話したいことはたくさんあるが、俺は感謝しているよ」
「ん? カルルンがそんなことを言うなんて、ちょっと……すっごく変だよ〜! シルルちゃん、城の秘密基地、見せてあげる〜」
そう言うと、マルルは、まるで俺から逃げるように、シルルを連れて離れていった。
ふっ、マルルも俺と同じ感覚か。話さなくても何を考えているかはわかる。だが、言葉にすることも悪くない。
そして何より、俺に何の気兼ねもなく全力で文句を言ってくる存在を、俺は嬉しいと感じた。大切な相棒だな。
俺はこれまで、自分が地上で最も優れていると考えていた。他者を見下していたという方が正解か。
だが、そうではない。それは俺のエゴであり傲慢だ。
マルルも配下達も、また、何のチカラもないシルルのような者達にも、俺は劣る部分がある。そのことを認めることで、俺は、皆を信じて、本当に任せることができるような気がする。
これまでは、すべての指示や判断は、自分がやらねばならないと思い込んでいた。自分が知らない場所で何かが進んでいくことを許せなかった。
しかし、もう、これだけ皆のチカラを見せつけられたのだ。これからは、俺は本当の意味で、配下達を信頼し、任せることができるだろう。
俺の配下達は、優秀なのだ。与えた指示を実行させるだけではなく、もっと権限を与えていこうか。俺は神の代行も、やらねばならないのだからな。
「すご〜い、たくさんお菓子があるーっ!」
マルルは、部屋に入ってきた瞬間、菓子に手をのばしている。その、いつもながらの様子に、配下達は嬉しそうに笑っていた。
謁見の間は、あっという間に、祝宴会場にかわっていた。あちこちに散っていた配下達も呼び集められている。こんなに短時間で準備を終えるとは、やはり俺の配下達は優秀だ。
「カルバドス様、お言葉を」
「うむ」
謁見の間は、以前とは随分と雰囲気が違う。採光を取り入れるために様々な色のガラスを使ったことで、重厚さは失われたが、その反面、開放的な美しい部屋になった。
マルルも騒ぎまくり、シルルを連れて城のすみずみまで探検したらしい。配下達に自分の復活を知らせる目的もあっだのだろう。
俺は、新しい玉座から立ち上がった。
「いろいろなことが、この短い期間に起こった。多くの犠牲者も出た。だが、この城を襲撃したシードルの分身は、闇の炎に焼かれて消え去った。俺達は、シードルを倒したのだ!」
ワーワーと歓声があがった。
俺は、その声がおさまるのを待ち、そして話を続けた。
「今、シードルは、実体を持たない思念体として存在している。魔力もほとんど失っている。アイツが再び実体を得るには、長い時間がかかるだろう。その間、俺は、神の代行をすることになった」
シーンと静まり返った。不安そうな顔をする者もいた。ふっ、俺に捨てられるとでも思ったか。
「シードルは俺に、神になれと言った。自分は休みたいのだとも言っている。だが、俺は魔王カルバドスだ。アイツの自由にはさせない。思念体にできない部分は代行してやる。だが、神の多くの仕事は思念体でもできるはずだ。休息など与えてやるものか」
あちこちで、笑い声が起こった。
「せっかく復興した世界は、シードルによって破壊された。石碑の後片付けもしなければならない。また復興のやり直しだ。しかし、俺には、アイツの代行もある。だから、おまえ達に、権限を与えることにした」
ザワザワと騒がしくなった。
「だが、復興は一斉に進める必要がある。復興が完了したらエリアごとに担当者を決める。担当者には様々な権限を与える。俺は口出しはしない。よりよい街づくりや運営管理をする担当者は、定期的に表彰し、望む褒美を与える予定だ」
理解できていない奴もいるな。ふっ、腹が減って、話どころではないか。
「話が長くなったな。今夜は無礼講だ。マルルも復活した。あとで、マルルにも演説をさせようか。とりあえず、乾杯!」
俺は、配下達の間を、リンゴ酒のグラスを持って歩き回った。俺のこの姿を今日初めて見る者に、お披露目する意味もある。
だが、俺の新たな決意を、態度で示すのが真の目的だ。俺は、彼らをチカラで束ねるのではなく、同じ目線でいたいと考えたのだ。
「カルバドス様、随分と、変わられましたな」
「爺、おまえのおかげでもあるよ」
「ふぉっほっ、あちこちで同じことをおっしゃっているではありませぬか。爺は、その手には乗りませんぞ」
「おい、他のやつは、俺がそう言えば、リンゴ酒を注いでくれるのだがな」
俺がそう言うと、爺は目を丸くしている。ふっ、からかうと面白い。
「カルバドス様は、姿だけではなく、感覚も若くなられたようですね。人間の姿で旅をされたからでしょうか」
マルルの直臣のひとりが話に入ってきた。
「うむ。そうかもしれんな。学ぶことが多かったからな」
「カルバドス様は、この数百年、ほとんど城の外に出られたことがなかったのですよね。ご存知ないことがあるのは、仕方のないことです」
「いや、数千年だな。外は戦場しか知らなかった」
戦場という言葉を出すと、彼はわずかに顔をこわばらせた。犠牲になった者達を思い出させてしまったか。
「そうでしたな。カルバドス様は、戦況の厳しくなった戦場に出向いて行かれるだけでしたな。あの頃は、爺は恐ろしくて、カルバドス様には近寄れませんでしたな」
「いつの間に、こんなに、うるさい爺さんになったのだ?」
「ふぉっほっほっ、この数百年ですかな。マルル様が、いたずら放題になられましたからな」
マルルの話題になると、まわりの者も話題に入ってきた。ふっ、マルルは配下達に愛されている。やはり、マルルが魔王でよいのではないか。俺は休憩しようか。
夜が更けてきたな。うん? マルルは服を着替えてきたのか。何かジュースでもぶちまけたのか?
「そろそろ遅くなってきたから、マルルの挨拶で、解散にしようか」
俺がそう言うと、マルルは、テーブルの上に上りやがった。また、爺に叱られるぞ?
「みなさ〜ん、マルル復活ですよーっ」
そして自分で、パチパチと手を叩いた。皆もパチパチと拍手をしている。拍手を強要するなよ。
「カルルンが家出したから、いろいろ大変だったよねー。でも、シードルさまは、もう何も悪さはできないの。だから、前を向いて頑張ろ」
パチパチ
「あたしが復活したこと、やっぱりいろんな人に知らせる方がいいと思うの。シルルちゃんのお母さんは、あたしの友達だから、ちゃんと知らせようと思うの。シルルちゃんも、お母さんに会いたいよねー?」
突然、話をふられて、シルルは慌てていた。だが、コクリと頷いた。すると、クゥを腕に抱いたまま、シルルの身体がふわっと浮かび、マルルの立つテーブルに移動した。
(うん? シルルを見せたいのか?)
「終戦の後の復興のとき、あたしが魔王代行をさせられたでしょ。カルルンは旅をして遊んでたのに、ズルいと思うのーっ」
(まぁ、確かに……)
「だから今度は、あたしが家出するからねーっ。みんなが捜しにきても捕まらないよっ。もし、捕まえられたら、カルルンの団子セットをあげるー。でも、誰も捕まえられないと思うよーっ。じゃあね、バイバイ」
そう言うと、マルルは、シルルの手をつかみ、テーブルの上からスッと消えた。
一瞬、シーンとした後、皆は騒ぎ始めた。
「カルバドス様、ど、どうしましょう?」
マルルの直臣は、笑いをこらえながら、俺に指示をあおいだ。はぁ、これは……捕まえにきて欲しいということか? 行き先まで告げていたが。
「このまま、放っておいたらどうなる?」
「はい、おそらく、なぜ捜しに来ないのかと激怒されるかと……」
「やはり、そうなるか。はぁ……」
「いかがいたしましょう?」
配下達は、ニヤニヤと笑っている。仕方ない。
「皆の者、魔王マルルが家出したぞ! あちこちに触れを出せ。魔王マルルが復活し家出したとな」
「触れを出すだけでは、納得されないかと……」
「はぁ……仕方ない。復興のついでに、マルルを捜せ。見つけてマルルを捕獲した者には、望みの褒美を与える」
「かしこまりました!!」
配下達は、ニヤニヤと笑いながら、再び酒を飲み始めた。おいおい、マルルが拗ねないように、誰か捜しに行ってやれよ。
俺は、グラスに残ったリンゴ酒を飲み干した。
ふぅ、仕方のないヤツだな。
「酔い覚ましに、ちょっと夜風にあたってくる。面倒だから、すぐに戻るがな」
「いってらっしゃいませ。まだ、捕まえてはいけませんよ? 拗ねますから」
「あぁ、わかっている。捜すフリだけだ」
配下達は、ドッと笑った。ふむ、皆、よい笑顔だ。
俺は、転移魔法を唱えた。
ーーーーーーーー【完】ーーーーーーーー
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