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111/113

111、神都から新しい街へ

 俺が、演説を終えると、一人の男が駆け寄っていた。コイツは、礼拝堂で、アイツが俺やシルル達を襲わせたときに居た奴だな。


「あ、あの! 魔王カルバドス様なのですか? 既に神によって消されたのでは……」


「おまえは、そんなこともわからぬのか」


 ふむ、コイツはこの地上の教会の神父か。俺は、カールの姿に化けてやった。すると、あっと叫んだ者がいた。こっちの姿の方がこの神都では知られていたか。


「紫の勇者……なぜ、聖剣を持っていたはず……それがなぜ魔王……」


「多少の光属性への耐性はある。ひとつ尋ねる。なぜ、魔王マルルをここで、さらし者にして殺した?」


「ヒッ……そ、それは……私達は……」


「なぜ教会は、魔族を虐殺した?」


「…………それは……」


 ふん、この期に及んでも、神の命令だったとは言わないのだな。シードル、案外、信者は残っているかもしれないぞ。



「俺は、おまえ達の悪行を許さない。だが、命を断つことも許さない。残された時間は、犠牲になった者達への償いに生きろ」


「…………神は、いまはどちらに?」


「神殿の私室だ。シードルがおまえ達に、命令を下すことはない。これからどう生きるべきかは、自分の頭で考えろ」


「私は、神の声に従います」


「いま、この世界の神は俺だ。嘘だと思うなら、神殿に行って確認してくることだ」


 俺がそう言うと、その男は目を見開いた。そして、静かに頭を下げ、礼拝堂から出て行った。神殿に向かったようだ。




 俺は、礼拝堂から出て行った。神都にはひとつ問題がある。スラム街だ。あれは、ぶっ壊す必要がある。


 街を歩いていると、紫の勇者だと囁かれている。ふむ、この姿の方が都合がよいか。




 スラム街は、以前よりも酷い状態だった。死体安置所を兼ねているのか。中央部の広場は、マルルが作ったカシャンコ屋は取り壊されていた。そこには、教会の奴らが惨殺した魔族のしかばねの山ができている。


 近くには、悪霊と化した奴らがうろついている。スラム街の住人は、それに怯えて暮らしていたのか。


「あっ、あのときの兄ちゃんか」


 声のした方を見ると、見知った顔がいた。


「お爺さん、お久しぶりですね」


「よかったよ、勇者が次々と消えていったから、心配していたんだ。聞いたかい? 今朝、まだ眠っていたときに魔王様の声が聞こえたんだ。邪神が消えたとか、今からは自由だとか……」


「ありがとうございます。眠っていても、きちんと聞こえたんですね。よかった」


「うん?」


「あれは、僕なんですよ。騙すような形になってすみません」


 俺がそう言うと、冗談だと思ったのだろう。老人は、ふぉっふぉっと笑っている。


「このスラム街にあった呪いの石畳も消えたようですね。奇病だと言われて監禁されていた人達は、もう外に出ても大丈夫です」


「えっ? そうなのか?」


 俺は、やわらなか笑顔で頷いた。


 あの奇病の呪いの術者は、やはりシードルだったようだ。すべての術は消えたらしい。


 近くにいた人達が、確認に行ったようだ。シルルの母親シルビアも生きている。白狐には寿命はないからな。



「カシャンコ屋は潰されたのですね」


「あぁ、教会がな。あの女の子は、何かの罪で教会でさらされていたよ……」


 老人は辛そうな顔をしていた。そうか、マルルの死を悲しんでくれる者が、神都にもいたのか。俺は少しだけ救われた気になった。すべてはマルルの功績だ。スラム街の人にも、受け入れられていたのだな。マルル……。



「さて、この死体の山を天に送りますね。悪霊と化した奴らは、死体が無くなれば、ここから離れますから」


「えっ?」


 俺は、冥界魔法を使った。大量のしかばねは、青い炎に焼かれて一気に燃え上がった。そして、スーッと風に溶けるように消えていった。


『おまえ達、ここは人間の街だ。ふさわしい場所へ移れ』


 悪霊にそう命じると、奴らはブルっと震えて消えていった。


(この壁も不用だな)


 俺は、物質変化魔法を使って、スラム街を囲っていた壁をすべて砂に変えた。



「あの、兄ちゃんはいったい……」


 老人は、やっと俺が勇者ではないと気づいたようだな。ふっ、一応、見せておくか。俺は、カールの姿から、本来の姿に戻った。


「えっ……シードル様?」


「魔王カルバドスだ。神シードルの分身だからな、似ているかもしれんが」


 すると老人は、驚きのあまり、腰を抜かしていた。俺は、ふっと微笑み、転移魔法を唱えた。





「えっ、あ……カール?」


 俺は、シルルとクゥがいる新しい街の宿屋へ移動した。地下から、1階の部屋に戻っていた。


「あぁ、あ、この姿は見慣れないか」


「ん? うん、でも覚えてるけど……あの……」


「声は、聞こえた?」


 俺の問いかけに、シルルは戸惑いながらも頷いた。


 そうか、やはりこの姿は、慣れないようだな。俺は、カールの姿に化けた。シルルはホッとしたのか、やっと笑顔を見せた。


「カール、おかえりなさい」


「うん、ただいま」


「終わったの?」


「あぁ、終わったよ。それに、シルルのお母さんも大丈夫みたいだ。直接会ったわけではないけど、長く患っていた病気は治ったみたいだよ」


「えっ? 神都に行ったの? あ、そっか。朝の声は、神都からなんだよね。魔王軍の人達が言ってたよ」


「神都の教会からだよ。嫌な思い出しかない場所だけど、すべての人に声を届ける魔道具は、神都の教会にしかないからな」



 シルルと話をしていると、ワラワラと配下達がやってきた。みな、安堵の表情を浮かべている。だが、この1ヵ月で失ったものが大きすぎる。戦乱が終わったときのような、晴れやかな表情をする者はいない。


「カルバドス様、よくご無事で」


「あぁ、なんだか、スッキリしない幕切れだ。シードルは、自分が生み出した悪意の分身に、リセットの魔力を集めていたカプセルを壊されたのだ。自分の分身に殺されたんだよ」


「カルバドス様も、神の分身です」


「俺は、シードルとは別の人格を持つから他人だ。魔王城を焼き払った奴が、暴走しすぎたのだ」


「城に来た神が、自分の本体を害したのですか?」


「あぁ、自爆だな。奴は、シードルの私室で、魔力カプセルの強度も考えずに、強烈な光魔法を使いやがった。バカなんだよ。俺の闇が、余計に光魔法の効果を引き上げたのかもしれんが……」


「カルバドス様の闇を封じようとして、予定以上の破壊力となったのかもしれませんね」


 俺は、軽く頷いた。



 あのときの、奴の行動は確かに予想外のことが起こって焦っていたようだ。俺の闇の炎が背中に広がっても、まるでそれに気づかないかのように、必死にカプセルを修復しようとしていた。


 いや、もしかすると、カプセルの中にいたシードルがわざとカプセルの強度を……。


 だとすれば、やはり、これはアイツの狙い通りの結果か。


(きっと、そうだ。邪神め)


 こんなことをしなくても、素直に俺に託せば良いものを……。アイツのせいで、どれだけの犠牲が出たことか。シードルは、自分の配下の命でさえ、何とも思っていない。


 あぁ、だから、休憩すると言い出したのか……。アイツは、おそらく何度やっても、アイツの理想とする世界にはならないだろう。邪神のくせに、理想が高いのだ。いや、何度も失敗するうちに、邪気にまみれるようになったのか。



 アイツが、いま、ワクワクしている感情が伝わってくる。俺がどう行動するかを楽しみにしているのか。


(あー、イライラする)


 今のアイツは、これまでの繰り返しとは違う展開を、まるで演劇か何かを観るような感覚でいるようだ。演劇ではない。これは、現実なのだ。この世界に住むすべての者は、一度きりの命を必死に生きている。


(いや、俺も同じか)


 俺も、城を出るまでは、シードルと同じ感覚だったな。城を出て、人間に化け、そして人間の生き方を学んだ。力を制限したことで、チカラなき者の想いを学んだ。


 しかし、アイツは、俺が城を出たことで世界のリセットを決めたのだったな。


 俺の、城を出るという安易な発想が、この世界の運命を大きく変えてしまったのだ。様々なことに気づき、学ぶことができた反面、失った犠牲も計り知れない。



「カルバドス様、カルバドス様……」


「うん? なんだ?」


「大丈夫ですか……」


 配下の数はどんどん増えていた。なぜ、この宿屋に集まってくるのだ? あぁ、そうか。城は焼けたのだったな。


「おまえ達、ここは、シルルやクゥの部屋だぞ。どれだけ集まってきているのだ」


「申し訳ありません。ですが、我々にとって、カルバドス様がいらっしゃる場所が城ですから」


(ふっ、バカなことを)


「宿屋に迷惑だ」


「は、はぁ」


「カール、お城が無くなったからだよん。みんな、行く場所なくて困ってるもん」


「そうだな、いつまでも地下シェルターに閉じこもっていては、なかなかマナの吸収もできない。身体が弱るからな」


 配下達を見ると、後から来た奴らに、先程の俺の言葉を伝え合っている。


 しかも、マルルの諜報部隊の奴らは、俺の頭の中の記憶まで覗いて、伝えていやがる。やはり、人間のガキの姿では、ガードが甘くなるようだな。


(まぁ、見せてやっているのだが)



「仕方ない。城を再建するか。以前のものとは変わってしまうぞ。昔の俺と、今の俺では、随分と違うからな」


「はい!」


 ふっ、そんなに喜ぶほどのことか? 配下達は、抱き合って喜んでいる奴らもいる。


「私も、見に行きたい!」


 置き去りにされると思ったのか、シルルがそんなことを言い出した。そうだな、不安定なシルルは、やはりここに置いておくわけにもいかないか。


 城を再建したら、アプル村に……マシューの所に送り届けよう。


「わかったよ、シルル。見せてあげるよ」


「うん!」


 シルルは、安堵の笑顔を浮かべた。母親にも会わせてやらねばならんな。アプル村は、その後だな。



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