108、まだ、負けたわけではない
俺は、もう、大切な者達を殺すことはできない。いつの間にか、弱くなってしまったな。
シードル、おまえの勝ちだ。
俺を殺させることで、おまえは、強大な魔力を回収できるだろう。おまえが俺に与えた魔力よりも、かなり増やしてあるはずだ。感謝しろよ。
次の世界こそ、しくじるんじゃないぞ。
一番最初にこの場所にたどり着くのは、やはり俺の配下だろうな。誰が俺を狩るのだろう。城にいる奴らは、戦闘系ではない。反撃はしないようにしてやる。だが、俺を殺すには、アイツらでは時間がかかるだろうな。
俺は、多くの命を奪ってきた……その償いになるのだろうか。
空を見上げた。シードルの神殿を隠す不自然な雲は、西へと流れていった。神殿からは、まだ強い光が放たれている。瞬間移動で戻るんじゃないのか?
俺は、魔王城があった場所に目を移した。ふっ、宝物庫だけが残っている。あぁ、配下達が出たがっているようだな。闇の結界を張ったままだったか。
どうりで、誰もここに来ないわけだ。
俺は、宝物庫に張った闇の結界を解除した。すると、中から一気に配下達が外に出た。ここまでは、それなりの距離がある。誰が一番最初に俺を見つけるのだろうな。
神殿が離れていくにつれて、異常な重力は緩和されていった。だが、まだまだこれでは、飛翔魔法は使えそうにない。
ここで浮遊できても、神殿には近づけないだろう。この異常な重力は、神殿と石碑で作り出しているようだからな。
莫大な魔力を、こんな無駄な使い方しやがって。俺を殺して魔力を回収しても、おまえが望む世界のリセットはできないんじゃないのか。
アイツはとうとう、完全におかしくなったか。
無駄に魔力を浪費し尽くす前に、俺は誰かに討たれてやらねばならないようだ。感謝しろよ、シードル。おまえの愚かさに気づいてやったんだからな。
「カルバドス様!」
なんだ、城にいる奴よりも、コイツらの方が早かったか。俺が座るまわりに、俺の重臣達が姿を現した。
コイツらなら、さっさと俺を狩ることができそうだ。ふっ、それに、コイツらに送られるなら悪くない。だが、すぐに彼らも、世界のリセットにより、消え去ることになるだろうがな。
「おまえらが、一番乗りだ。誰が俺の首を狩れるかな」
「何をおっしゃっているのですか。あぁ、このうるさい声ですか?」
(洗脳されていないのか?)
すると、ゲインが口を開いた。彼は、配下の中で一番の魔導士だ。
「この声は、神による強烈な洗脳ですね。私は地下のシェルターに居ましたが、聞こえ始めは動けなかった。ですが、我々のように、効かない者がいますよ」
「俺の配下だからか?」
「いえ、配下でも洗脳された者はいます。一方で、カルバドス様と関わりのない者でも、洗脳されていない者もいます」
「いったい……もしや、団子か?」
ゲインは、ニヤっと笑った。
「私も同じことを考えていました。カルバドス様はこの洗脳の対象外です。自殺されたら神は困るでしょうから」
「自殺はできぬ。そう定められているからな」
「そのカルバドス様が作られた『魔力だんご』を食べた者は、カルバドス様の悪口を言わなくなるという報告を、聞いています」
「は? 悪口? マルルか」
そう聞き返すと、彼の表情は少し暗くなった。コイツは、マルルと親しかったからな。俺が砂漠で倒れたときにも、マルルと一緒にコイツが側にいたのだったな。
「はい、マルル様が団子の研究をされていまして、様々な実験もされていました。団子をロボに大量生産させたいとおっしゃって。実験は一度も成功しませんでしたが」
マルルは、そんなくだらないことを配下にやらせていたのか。
「そう、か」
「この声は、カルバドス様の魔力を体内に吸収した者には、ただのやかましい声でしかないようです。先程、洗脳された者に、シルルさんが、白い『魔力だんご』を与えたところ、洗脳が解除されました」
「あぁ、そうか……」
(シルルも無事なんだな)
俺は、空を見上げた。同じ色なのに、さっきとはまるで別の色に見えた。光の壁も美しく見える。
(まだ、俺は負けたわけではない)
俺は、大きく息を吐き出した。そして新たに吸った空気は、俺を落ち着かせた。
「ゲイン、自由に移動はできるか?」
「いえ、飛翔魔法は使えません。転移やワープも、横には移動できても、高い位置へは行けません」
「おまえでも無理か」
「はい、半端ない重力魔法です。ですが、地下シェルターにはこの重力魔法はかかっていません。地上に出て驚きました。夕方なのに、この光の柱が明るすぎて目がくらみます」
「ということは、重力魔法は光の届く範囲だけだな。洗脳の声は、空気のある場所すべてといったところか」
「おそらく。カルバドス様、この状況はどう考えても、この世界の終わりへ向かっているのですよね」
「なぜそれを知っている? マルルの予知か?」
「いえ、教典教の神父が語っておられました。神は、世界に絶望すると、すべてを破壊し新たにやり直すのだと」
神殿教会にいた神父は、そのことを知っていたのか。もしや、それに反対して追放されたのか……。
「カルバドス様、ご指示を! 我々に打開策はないのでしょうか。このまま破滅を待つだなんて、マルル様にも……」
そうだ。マルルは皆を生かそうとした。諦めるわけにはいかない。それが、マルルの遺志だ。
俺は、空を見上げた。神殿は、神都の上空に戻ったか。
相変わらず、魔王を殺せという声が聞こえる。洗脳されている者は多い。シードルに再び近づくには、洗脳されている者が邪魔になる。アイツは、おそらく盾に使うだろうからな。
もうリセットすることを決めているなら、この世界のすべての住人は、アイツにとってはただのゴミだ。
そして、この重力魔法は、神殿に近寄らせないためのものだろう。光が届く範囲にかかっているなら、光を減らせばいい。
「皆、よく聞け。石碑を壊せ。光も声も、シードルは、神殿と石碑を使っている。石碑をできる限り減らすことで、重力魔法はマシになるはずだ。このままでは、普通の人間は、重力に負けて潰れてしまうからな」
「人間、ですか」
「あぁ、人間にも洗脳されていない者はいるだろう。動ける者が増えれば、人間しか知らない場所の石碑も壊せる。すべての石碑が光っているとか限らないからな」
「かしこまりました。洗脳解除の魔道具もあります。カルバドス様の団子もあります。それらを配りながら、石碑を壊す人手を増やします」
「あぁ、だが、シードルを信仰している者は、石碑を神だと考える者もいるから……」
「それは、過去のことです。この1ヵ月の教会の行動に、熱心な信者であった者達も多くは、無宗教になったり、教典教へ改宗しています」
「では、任せる。ここからは、より一層のスピードが必要だ」
「ハッ!」
配下達は、一斉に消えた。ふっ、優秀な奴らだ。城に居た者達にも知らされたようだ。彼らは、城の付近の石碑を壊し始めた。
時々、俺にシードルの目が向くのがわかった。まだ殺されていないのかと、ソワソワしているといったところか。
だが、石碑が壊され始めたことにも気づいたようだ。石碑に近寄る者に電撃をくらわせたりして、排除しようとしている。
バカだな。その行為が、ますます人間の不信感を煽っていることに気づかぬか。アイツは、人の心には何の関心もないようだ。それが、すべての失敗の原因なのではないか。
ほう、教典教の神父までもが、先導を始めたようだ。砂漠の新しい街を占領していた者の中に、俺の団子を食べた奴がいたようだな。
神父からこの異常事態の話を聞かされて、目が覚めたようだ。団子を仲間に食べさせている。神父のおかげで、洗脳解除のペースも上がってきたようだ。
俺は、この場から一歩も動かず、成り行きを見守っていた。シードルは、俺の様子を気にしている。俺がここで動かないことが、何よりのオトリになっているようだ。
配下達は、それがわかっているのか、俺の所には姿を見せない。シードルは、石碑を壊しているのが、俺の配下だけでないことに混乱しているだろう。
シードルは、あちこちに雷撃を落としているが、人間の方が圧倒的に被害に遭っている。その行為がますます、人間達を煽っている。教会の信者であるはずの者にまで、石碑を壊す者がでてきたようだ。
魔王を殺せという声は、相変わらず聞こえる。だが、頭の中への響き方が変わってきた。それに、身体が随分と楽になった。人間も、のそのそと歩いている。
夜が深くなってきた。空の神殿が放つ光で地上は明るい。だが、夕方からの数時間で、かなりの石碑が壊された。
(よし、そろそろか)
俺は立ち上がった。浮遊も可能だ。だが、飛翔魔法を使っても、神殿にはやはり近寄れないだろう。神殿は、強烈な光を放っているのだ。
やはり、神殿に近づくには、これしかないか。
俺は、シードルの目が向いていないときを見計らって、神都へ転移した。俺の今の姿は、神都では知られていない。それに、魔力を隠さなくても、なぜかシードルさえ気づかなかった。
ふむ、シードルが気づかない理由はわからんが、住人が気づかないのは、圧倒的な力の差があるからだ。逆に、下手に隠す方がバレるかもしれんな。
俺は、教会へと向かった。神都は混乱していた。人々は、魔王を殺せと叫びながらも、俺が魔王だとは気づかないらしい。
礼拝堂の横には、神殿に繋がる高い塔がある。
見張りの者も、魔王を殺せと叫んでいるが、俺の姿を見ても何も言わない。まるで、見えていないようだな。
俺は、塔の入り口に侵入した。そして、砂漠のオアシスの長からもらった鍵を取り出した。
ガチャリ、ス〜
シードルの神殿へ繋がる塔の扉は、静かに開いた。
次回は、4月11日(月)に、投稿予定です。