107、神シードルの狙い
俺は、すぐさま、シェルター内に闇の結界を張った。
シューー、ドガン!
(ふぅ、ギリギリだったな)
直したばかりの宝物庫の扉は、光の熱線で焼き破られた。宝物庫の扉が消えると、その先は、もはや城の中ではなかった。炎の海が広がっている。
「ほう、中にもバリアか」
奴は、右手を突き出し、再び熱線を放った。
シューー
だが、闇の結界に阻まれ、こちらにまで届かない。
「なんだ? 勇者達が手こずっていたのは、このバリアか。ならば、一気に片付けるか」
奴は、光の熱玉を作り上げた。そしてニヤリと笑った。神の視線はどこに向いている? あー、爺達か。西の翁も爺のそばにいる。
アイツのうすら笑いは、自分が作った人形から魔力を回収できるから……ということか。
ゴゴゴゴゴゴーー
ふん、俺の城には俺に有利だ。チカラが互角なら、俺が破れるわけはない。
俺は、闇の結界を強化し、反射能力を加えた。
奴の光の熱玉は、闇の結界にはじき返され、連れていた奴の配下の方へと飛んでいった。
ドドド……ドッガン!!
うわぁ!
闇の結界が、魔法をはじき返したのを見て、アイツはキョロキョロし始めた。俺が近くにいると、やっと気づいたらしいな。だが、俺がどこにいるかは、わからないらしい。
俺は、宝物庫の中を奴の方へとゆっくり歩いていった。配下達は、俺の姿を見て、そして、バリアが神の攻撃を防いだことで、少し落ち着きを取り戻してきたようだ。
爺と、西の翁のそばを通ったとき、彼らが俺を見て頷いた。ふむ、今がそのときだというのだな。
俺は彼らに、やわらかな笑顔を向けた。
彼らは複雑な表情をしている。今から何が起こるかわかっているからか。もしくは、マルルを失ったことで俺に何か言いたいのか……。爺は、泣き出しそうじゃないか。ふっ、おまえ達のせいではない。俺の責任だ。
俺が結界のすぐそばまで近寄ると、キョロキョロとしていたシードルが、やっと俺の姿をとらえた。
「おまえ、やはり生きていたのか。だが、ふっ、その様子では、もう何の力もなさそうだな」
シードルには、俺の力が見えていないのか? こんな結界があるだけで? ならば、出てやろう。
俺はスッと結界をすり抜けた。
「シードル、俺の城に遊びに来たのか?」
「あははは、おまえ、見かけどおりの子供になったか。うん? いや、それは変身魔法か?」
そう言うと、シードルは、俺に光属性の妙な魔法を浴びせた。チッ! やはり焼けるように痛いか。だが、なんのバリアもない状態でも耐えられるようだな。
しかし、俺の姿は、変わった。視点が高くなった。変身魔法が解けたようだな。
「なっ!? なんだ、その姿は……年寄りではないのか」
「おまえが俺の変身魔法を解いたんじゃないか。何を言っている? それに、おまえは何をしているんだ? 後ろを見てみろ。おまえが通ったあとは炎の海だ」
「この世界は、もう終わらせると決めた。だが、おまえに魔力を渡しすぎた。それなのに、おまえは……ん? おまえには、もう魔力はないのか?」
シードルは、眉をひそめた。まさか、俺の魔力が見えないのか? 何の結界もないぞ?
ふっ、それなら見せてやろう。
俺は、軽く左手を上げた。シードルは、ビクッとしてガードの姿勢をとった。ふん、攻撃ではないわ。
そして、空に向けて魔力を放った。もう城は跡形もなく燃えている。宝物庫を出てすぐに空が見えるのも、奇妙なものだな。
ザザッと強い雨が降り始めた。シードルの神殿の怪しい雲の真下に、真っ暗な雨雲を出してやったのだ。
ふっ、慌てて移動させようとしても無駄だ。おまえの神殿を隠す雲にくっつけたのだからな。
雨雲は、炎が消えると移動し始めた。おまえが焼き払った地は、おまえが神殿に溜め込んだ魔力を使って消させてやる。
「カルバドス! おまえ、神殿の魔力を勝手に……許さんぞ」
「それは俺のセリフだ。シードル、なぜ俺を襲わせた? なぜマルルを殺した? 神の所業ではない。もはや、おまえには神の資格などないぞ」
「鏡と同じことを言うのだな。おまえの魔力を回収するために決まっているだろう。マルルとは堕天使のことか? あの小娘は、教会を邪教だと罵り、妙な噂を流したから罰を与えただけだ」
なんだ? マルルはシードルを煽っていたのか? だから、マルルを殺したというのか。マルルは……そうなるように、神をも操ったということか……。すべては、俺が神を討つ舞台を整えるために。
それに、鏡と同じことだと? そうか、シードルは自分自身の記憶も封じたのだったか。爺に託した言葉、いや、言葉を託したこと自体を忘れている。そうでなければ、真っ先に西の翁を殺すはずだからな。
「だから、鏡を壊したのか? おまえは、歩んできた歴史を大切にしていたのではないのか」
シードルは、黙り込んだ。鏡の位置を探しているのか。
「すべては、終わりだ。この世界を潰さなければ、新しい世界が始まらない」
「おまえは、もうやり直しはしないと誓ったのではないのか。上手くいっていたじゃないか。おまえがあのとき、城に来れば、すべてはおまえが望んだ世界になったはずだ」
すると、シードルの顔が歪んだ。
「カルバドス、おまえ、何を知った? 鏡から、何を聞いた?」
「鏡には確認をしただけだ。俺は思い出したのだ。おまえが封じた記憶を……それに、おまえが歩んできた数えきれない挫折をな」
「なっ……なぜ……そんなことはありえない」
「俺は、半分はおまえなんだろう?」
俺がそう言うと、シードルは何か思い当たることがあったようだ。記憶を探しているらしい。だが、記憶を引き出すには、何かの言葉が必要なのだろう。
やがて、諦めたのか、俺の方をキッと睨んだ。
「カルバドス! まさか、おまえ……」
「あぁ、シードル、俺がおまえを救ってやるよ」
奴は、カッと目を見開いた。憎悪に満ちた目だ。その姿は、もはや神ではない。
「許さんぞ! カルバドス!」
シードルは、ふわりと空中に舞い上がった。シードルの配下達は慌てて浮遊魔法を唱えている。
大気中のマナが、空中のシードルに集まっている。そして、どんどん光魔法へと変換されている。すでに膨大なエネルギーだ。それでも、まだ集めている。
(アイツ、まさか……)
俺は、マルルが用意した剣を抜いた。そして、魔王の闇を剣に集め始めた。
ガタガタガタガタ
地面から、炎の消えた城の瓦礫が、浮かび上がってきた。
そして、吸い寄せられるように、俺の剣にのみこまれていく。魔王の闇は瓦礫を吸い寄せ、パチパチと破裂音を響かせていた。
空には、強い光の巨大なエネルギーを集めたアイツがいる。おそらく、俺が闇を放てば、アイツは俺の闇エネルギーを利用して、この世界を吹き飛ばす気だ。
それは、神の記憶にあった究極魔法。
シードルは、それを今まさに、準備したのだ。
昔の神の記憶……神の光が、魔王の闇を包み、爆発するその強大すぎるエネルギーを使って、過去に一度、世界のリセットが行われている。
(そうは、させん)
俺は高く跳躍した。シードルはそれを予想していなかったらしい。ほんのわずかな遅れがあった。
ガギッ! シューーーー
俺は、シードルを取り巻く光のエネルギーを切り裂いた。
「なんだと?」
光のエネルギーは、魔王の闇にかき消されるように、大気の中に消えていった。
チッ、闇が相殺されたか……。だがよい。シードルも、もはや裸同然だ。
「さらばだ、シードル」
俺は、シードルに剣を振り下ろした。
キン!
(チッ!)
俺の剣は、地上から伸びてきた光の壁に阻まれた。石碑はこんなことまで、できるのか。
シードルの周りには、完全な光の壁ができている。闇をまとわぬ剣では斬れんな。
俺は、再び、剣に魔王の闇を集め始めた。
「カルバドス、なんてことを! せっかく集めた魔力を……おのれ、許さんぞ! 絶対に許さんぞ!!」
そう言うと、シードルはフッと消えた。行き先はわかっている。アイツの神殿だ。
(逃がさんぞ)
だが、その次の瞬間、神殿から、強い光が放たれた。
そして、神殿から、奴の声が響いた。
『魔王カルバドスが、世界を壊そうとしている。皆、我に従え! 魔王カルバドスを討て!』
頭が痛い。くっ、なんだ?
俺は浮遊していられず、落下した。ただ落ちただけではない。重力を操作されているのか? 俺は地面に叩きつけられた。
ゲホゲホゲホ
俺は地面に強打して砕けた骨を治癒した。
(くそっ、うん?)
ヨロヨロと立ち上がると、なんだか地上の様子がおかしい。石碑か!
数えきれない無数の光の柱が、地上から空に向かって伸びている。そして、光の柱から強い思念波が放たれている。
この付近だけではない。おそらく、この世界すべてだ。俺は遠視魔法を使った。
(な、なんだ?)
どこを見ても、すべての人間も魔族も倒れている。そればかりか、知能の高い魔物もだ。
神殿は、光り続けている。俺は立ち上がったが、浮遊できない。この異常な重力も、石碑か。くそっ。
光の柱は、さらに伸びた。そして、上空で壁を作り始めた。神殿を守るように、光の壁は、地上と天空を分断した。
『魔王カルバドスを討て! 魔王カルバドスを殺せ!』
強い思念波が、地上に満ちていった。
シードルは、自分の手で俺を殺すと魔力の回収ができないから、他の者にやらせる気だ。
この強い思念波は、強烈な洗脳だ。しかも、地上を光の壁が覆った。思念波はますます濃くなる。
シードルは、この世界の住人全員に、俺を殺させる気なのか……。
あちこちから、人々の声が聞こえてくる。
「魔王カルバドスが生きていた。殺さなければ!」
「魔王を討て! 神に逆らう魔王を殺せ!」
俺は…………完敗だ。
俺は、その場に崩れるように座り込んだ。