106、魔王城と記憶の鏡
「洗脳解除の道具を、転がっている勇者につけておけ。念のためだ」
「かしこまりました」
俺は、マルルの直臣にそう命じた。彼らも、その道具には思い出があるのだろう。ギュッと握りしめる者もいた。
(あぁ、出たいのか)
俺は、宝物庫のシェルターに張った結界を消した。すると、中にいた者達が一斉に出てきた。
「カルバドス様!」
「お待ちしておりました。カルルンが、必ず助けにきてくれるからと、マルル様がおっしゃっていて」
「そうか、遅くなって悪かった」
「そんな……カルバドス様……」
配下達は、みな、ホッとした顔をしている。だが、まだ何も変わってはいない。勇者達を排除しただけだ。
シードルは、すでに俺の生存を知っただろう。急がねばならない。だが、このまま放っておくわけにもいかないな。
俺は、あちこちをフラフラしている兵器製造の呪具に命じた。
『光属性の剣に対抗する剣を、ここの人数分作れ』
『剣の刃の部分に光の毒を塗ればいいかしらぁ?』
『そうだな。だが、魔族が持てる剣にしろよ』
『はぁい、楽チンだわぁ。カルルンの闇をコーティングすれば良いのよねぇ』
(は? カルルンだと?)
俺が睨むと、呪具はビクッとしている。そして、しばらくすると、ペッペと剣を吐き出し始めた。
その剣を手に取ってみると、全体的に俺の闇で覆ってあるようだ。刃の部分には、光属性が付与されている。ふむ、これは、闇と光、両方の属性を持つ剣になっているではないか。素晴らしい!
俺は、この様子を見守っていた配下達に向かって、指示を与えた。
「呪具に新たな剣を作らせた。シードルの手先に再び襲われたら、この剣を使え。さっきの光の兵器から回収したシードルの光属性が、剣の刃に使われている。剣全体を俺の闇で覆っているから、光耐性の低い者が持っても大丈夫だ」
すると、近くにいた配下が、剣を手に取り、次々と他の者へと渡していった。
「これは凄い!」
「カルバドス様、これがあれば、私達でも勇者くらい撃退できます」
剣の持ち手から、ブワッと闇の盾を出す者もいた。手首をガードする部分を変形させたらしい。変形してもその形に合わせて、闇が覆っている。なるほど、呪具が言ったコーティングとは、こういうことか。
光の剣への対策ができた。もう、放っておいても大丈夫だな。
「取り扱いには注意しろ。剣術に自信のない者は、盾として使え。魔力を流せば、小さな盾が出てくるようだ」
「ハッ!」
俺は、マルルの直臣5人を集めた。
「おまえ達、この城に残った者達の保護を頼む。長い間、何も食っていないだろう。ただし、城の食料庫の食べ物はすべて燃やせ。何か仕掛けられている可能性が高い」
「かしこまりました。あの……カルバドス様は……」
ふっ、マルルの諜報部隊は優秀だな。俺の考えに気づいたらしい。
「俺は、俺の仕事をする。まずは、この扉を直すか」
「行くのですか」
俺は誤魔化すようにあいまいに笑った。そして、宝物庫の扉を修復した。
そして城の状況を確認した。この城は俺の魔力から造り上げたものだ。いわば、俺の手足であるともいえる。どこを汚されたか、何もせずとも把握できる。
奴らが侵入した部分はごく一部だ。浮遊タイプの兵器が一番機動範囲が広いようだな。罠や何かの仕掛けがないかを細かく調べていった。
城の中は、あちこち壊されているが、特別な仕掛けはなさそうだな。だが、すべてが終われば潰して造り直すか。
ふと、窓の外を見た。
(チッ、外に仕掛けか)
城の外には、シードルの光の柱のもととなる石碑が、等間隔にズラリと並んでいた。
マルルは、城の周りの石碑は排除したと言っていた。この1ヵ月で、再び設置したのか。しかも、こんな近くに……。
あの石碑は何だ? 監視にしては多すぎる。これだけの数で魔王城を取り囲むということは、兵器か?
このままにしてはおけない。俺は排除しようと、窓に手をかけた。その瞬間、悪寒がした。
(なんだ?)
俺は即座に、配下がいるこの付近にバリアを張った。
「カルバドス様、いったい……あっ! あれは……」
その次の瞬間、空から、魔王城に光の雨が降り注いだ。城には当然、自動結界がある。俺が城にいるのだから、その結界の能力は上がっている。
だが、光の雨は、その結界を破った。
「みな、シェルターの中へ!」
俺が叫ぶと、城勤めの者達は慌てて、宝物庫へ入った。俺は、足元にいた兵器製造の呪具を、アイテムボックスに収納した。どさくさに紛れて、コイツがシードルの手に渡るとマズイ。
城のあちこちから、炎が上がっていた。またしても、先を越されたか。だが、ちょうどいい。ここは俺の城だ。アイツが降りてくるなら、その方が俺には有利だ。
城の城下町の上空には、不自然な雲が浮かんでいた。城下町は、すでに奴らによって占領されている。
「カルバドス様!」
「ふっ、捜しに行く手間が省けたというものだ。シェルター内に入っていろ。おそらく、アイツは、ここをすべて燃やす気だ」
「えっ……かしこまりました」
さらに、光の雨が降り注いだ。城下町のあちこちも炎にのまれている。アイツは何がしたいのだ? ただ、この場所を燃やしたいだけのようにみえる。俺がここにいることがわかっていないのか?
宝物庫の奥の小部屋から強い反応があった。記憶の鏡か。俺を呼んでいるのか?
この反応は、緊急事態を知らせるものだ。シードルではない。鏡が俺を呼んでいる。
俺は、宝物庫の中へ入った。配下達はみな不安そうな顔をしている。宝物庫にも窓はある。そこから外の様子が見えるからな。
「心配はいらん。俺が城にいるのだ」
やわらかな表情で、そう言ってやると、配下達からは安堵の息がもれた。ふっ、このガキの姿が逆に役に立っているようだな。
俺は、私室の扉を開いた。
「なんだ? うるさいぞ」
『カルバドスか? その姿……やはり、本当に力を失ったのか』
記憶の鏡は、シードルから何か聞いていたようだな。俺を殺した。いや殺し損ねたが、無力化した、ということか。
「何の用だ?」
『カルバドス、神はまた、リセットする気だ』
「そんな魔力があるのか」
『ない。だから、魔族を殺している。そして、魔族から魔力を吸い取っている』
「は? リセットするために魔族を狩っているということか。そんなバカなことは、やめさせろよ。おまえの役割だろう? 記憶の鏡」
『カルバドス、伝言を受け取ったのか』
「あぁ。それより、さっさとやめさせろ。そのために、シードルは、おまえを作ったんだろ」
『それはできない』
「逆らう根性がないのか? おまえは、神が判断を誤ることがないように、記憶を繋ぐのが一番の仕事だろうが」
『もう、できないのだ』
「は? シードルが無視しているのか」
『いや、違う……』
「なんだ?」
『その答えが、カルバドスを呼んだ用事だ』
「何?」
『神は、対の鏡を壊した』
「は? シードルの神殿の鏡か?」
『あぁ、そうだ。止めようと進言したら壊された。もうやり直すことがないようにと誓ったのに……』
「ふむ。さっき、シードルの兵器が、おまえを探していたようだが?」
『こちらの鏡も壊したいのだろう。そうすれば、私の魔力を回収できる。神は、リセットするための魔力を集めることしか考えていない』
「あの石碑は……光の柱の石碑は、その道具か。この城の周りにかなりの数が設置されたようだが」
『あぁ、あれは地上の監視用のものだった。だが、だんだん用途が変わってしまった』
「シードルがマルルを殺したのは、なぜだ? マルルは、魔族ではないぞ」
『神は、魔王を殺せば魔王軍が動き、効率よく魔力を集められると予想したのだろう。カルバドスを殺してもほとんど回収できなかったと嘆いていた。おまえの老衰ぶりは伝えてあったから、期待はしていなかったようだが』
「そうか。おまえは、対の鏡を失っても維持できるのか?」
『あぁ、それは問題ない。いつも魔王側の鏡が壊されていたからな。両方を壊されると、過去の記憶ごと消滅するがな』
「シードルは、過去を消したいのか」
『いや、神は歩んできた歴史は大切にしていた。だから、今回の神の行動は理解できない』
「アイツから俺への伝言は知っているか?」
『あぁ、神になれというやつか』
「どういうことだ? 何の比喩だ?」
『そのままだろう。神は、同じことを繰り返すことに疲れていた』
「自殺願望か?」
『いや…………生まれ変わりたい、ということではないか? おまえの半分は、神だからな』
「シードルを殺せば、俺はシードルに乗っ取られるのか?」
『さぁ、わからん。殺し方によるだろうな。直接手を下すと、魔力の継承は行われないぞ』
「俺は、シードルを殺すが、構わないか?」
『ふっ、カルバドス、それは無理だ。神との力の差が大きすぎる』
「だが、アイツはそれを望んでいるのではないのか? 俺に何もかも託したいのだろう」
『カルバドス、神はおまえに討たれないための対策を幾重にもしている』
「じゃあ、おまえはシードルに叩き壊され、すべてをリセットされることを望むのか」
『…………いや、神が歩んだ歴史を刻むのが私の役目。何があっても、それを無には……。だが、カルバドス、無謀なことはやめろ。おまえが完全に消されると……』
「ふん、自分の保身のことしか考えないのだな。鏡のくせに」
ガタガタガタン!
地面が大きく揺れたようだ。城に何かを撃ち込みやがったか。
(あっ……)
強い悪寒を感じた。鏡にもそれはわかったらしい。
『カルバドス、ここを封じろ!』
「言われなくてもそうする。せいぜい、震えていろ」
俺は、私室から出て、宝物庫に戻った。
「カルバドス様!」
「わかっている。慌てなくていい」
配下達は、巨大な魔力に震えていた。宝物庫の扉のすぐ外に、ヤツがいる!