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103、激動

 夢か……。


 だが、妙な夢だな。マルルが、いつものふざけた顔ではなく、真面目な顔をしていた。


『あたしに会いたいなら、秘密基地を探して』


 かくれんぼでもしているつもりなのか? ふっ、いや、夢だったな。なんだか俺はおかしい。眠りすぎたか。




 俺は上体を起こした。身体は随分と軽い。


 足首を見ると、変身の呪具は外れていた。それを回収し、俺はペンダント型のアイテムボックスに収納した。


 服装は、城を出た時のものに変わっている。全身、真っ黒だな。だが、少々サイズがきついか。俺は、魔力を流して調整した。


 魔力の流れも随分と変わったようだ。いや、違うか。これまで人間のガキの姿だった。窮屈な器に入れられていた状態からの解放感だろう。


 まだ、タイムチェンジャーが作動している。


 シルルの動きは、スローモーションだ。うん? なぜシルルがいるのだ? 魔道具の作動中は、近寄らせないようにと指示していたはずだが?



 あたりを見回すと、かなりの数の配下達がいるようだ。俺がなかなか起きないからか?


 俺が眠っていた魔道具の周りには、触れないように簡易バリアが張られているようだ。なるほど、ぞろぞろと集まれるように、バリアを張ったのか。


 魔道具を止めようとして、室内の違和感に気づいた。皆の動きは、スローモーションに見えるためはっきりとはわからないが、なんだかピリピリしているようだ。


(何を怖れている? あぁ、俺か……)


 このままの爺さんの姿では、シルルは確実に怖れるだろう。それに、変身の呪具が外れたことで、魔力は隠せていない。俺のまがまがしい魔力が室内に広がるのもマズイか。


 俺は、自分の身体に結界を張り、魔力が漏れ出ないように隠した。そして、変身魔法を使って、カールの姿に化けた。


(うむ、これで大丈夫だな)



 俺は、魔道具を止めた。すると、何人かね配下がそれに気づいたようだ。鋭いな。そして、魔道具の周りのバリアを消して、タイムチェンジャーから室内へと降りた。


「カルバドス様! よかった、お目覚めになった」


「おはよう。どれくらい寝ていたかな」


「以前と同じく、ひと月ほどになります」


 配下達の様子がおかしい。以前なら、俺が目覚めると祭りのように賑やかになっていた。特にうるさいマルルが……なんだ、マルルが居ないから静かなのだな。



 だが、違和感がある。なんだ?



「カール、やっと起きたんだ。遅いよん。それに、姿を変えなくていいよ」


「シルル、うん? 僕の姿、怖いからさ」


「別に怖くない、いつも見てたから」


 やはり、シルルも様子がおかしい。クゥは、ドラゴンの姿でシルルの腕の中で寝ている。だが、いつもとは違う。シルルが、クゥをギュッと抱いているようだ。


「シルル、どうしたの?」


 俺がそう尋ねると、シルルの目から大粒の涙が溢れた。


「しゃべらなくていい。ちょっと覗くよ」


 サーチ魔法を使うまでもない。シルルから思念が漏れ出ている。それは、にわかには信じられないことだった。


(いったい……)



 俺の足元に、配下のひとりがひざまずいた。


「カルバドス様、申し訳ございません……」


 彼の肩は震えている。そして、その顔は、げっそりとやつれ、まるで死人のようだ。コイツはいつも城に待機しているマルルの世話係、直臣だ。


(嘘だろ?)


 だが、彼の様子からも明らかだ。マルルは……。


「俺が眠った直後なのか」


 彼は、頷いた。


 様々な情景が浮かぶ。どれも目を覆いたくなるような惨状だ。まさか、いや、このタイミングをアイツは狙った? だが、それには違和感がある。いったいどういうことだ?



 俺は、息苦しさを感じた。


 頭に血がのぼり、憎悪なのか何かわからない。すべてを破壊したい衝動に襲われた。自己嫌悪、激しい自己嫌悪。吐き気がする。そうだ、俺が眠ったからだ。俺の責任だ。


(ああああああ……俺のせいだ)


 何が起こったのか、今の俺は、すべてを把握することができた。だが、今の俺には、それを受け入れることはできなかった。




 重苦しい沈黙が流れた。




 配下達が話したいこともわかっていた。許されることではないが、謝って少しでも楽になりたいのだ。


 あぁ、そうだな、これは、俺が背負うべきことだ。



「どういうことか、説明してくれるか」


「はい……」


 配下達は、順に口を開き始めた。


「実は、マルル様は予知されていました。神は魔王を殺すまで止まらないと。マルル様の指示で、カルバドス様には口止めされていました。どう未来を変えても、必ず神は魔王を殺す。神は狂ったかのように、そのことに固執しているそうなのです」


「そう、か」


(当然、わかっていた。だから急いでいたのだ)


「マルル様は、カルバドス様が襲われたときも、すぐに救援に行かれました。いくつもの予知をした結果、最善の方法を選ばれたようです」


「あぁ、助けられたな」


(その予知の話は、知らんぞ)


「カルバドス様が消えても、神は止まらなかった。マルル様は、神が欲しいものを得られなかったからだとおっしゃっていました。マルル様が魔王に祭り上げられても、神はマルル様のことなど眼中になかった。神は魔王軍を壊滅させることに、こだわり始めたようです」


「あぁ、アイツは魔王軍に戦後復興をやらせて、用が済んだら滅ぼす気だ」


(アイツが欲しいもの? マルルはわかっていたのか?)


「だから、マルル様は策を練られました。我々が逃げ延びるシェルターを作り、カルバドス様が決断される時を待っておられました」


「シェルター?」


(俺の行動まで、マルルは事前に予知していたのか)


「はい、地下に広がっています。彫刻の呪具が作ったゴーレムを、マルル様が誘導されて、作られました。カルバドス様が以前眠られた時よりも、かなり広がっています」


「そうか」


(俺よりマルルの方が圧倒的に優秀じゃないか)



 再び、重苦しい沈黙が流れた。



 話したいのに話せないか。配下達は、誰が次に話すのかと躊躇っているようだ。



「マルルは、本当に死んだのか?」


 俺がそう尋ねると、マルルの直臣が口を開いた。


「はい、公開処刑のような形でした。魔王城で捕らえられ、そして、神都で殺されました。死体もしばらくは、教会でさらされていて……。マルル様の魔力が溶けるように、最後は消滅してしまいました」


「そうか……」


「申し訳ございません!」


「おまえ達の責任ではない。よく、話してくれたな」


 配下達は、その場に泣き崩れた。



 俺は受け入れられなかった。涙も出ない。泣けば少しは楽になるのだろうが、俺は……。しかし、目を逸らすわけにはいかない。配下達の悔しさと絶望感が伝わってきた。




 魔王城に攻め込んだ光の剣を持つ勇者達によって、城勤めの配下達は、かなりの数が虐殺されたようだ。

 それを止めるために、戦闘力の高い配下達が参戦しようとしたのを、マルルは止めたのだ。


 マルルは、無数の未来予知の結果、最善策を選んだのだろう。その証拠に、城勤めの配下も、多くは生き延びている。宝物庫のシェルターを使い、今も隠れているようだ。


 そして、マルルは、わざと捕まったのだ。殺されることがわかっていて、自分を犠牲にして配下達を守ろうとした。


 しかし、今も魔王城は、光の剣を持つ勇者達に占領されている。宝物庫のシェルター内にいる者達をすべて殺すつもりか。


 マルルは、俺が眠るのを待って、捕まったようだ。俺が魔道具の中で眠れば、シードルは絶対に探し出せない。そのタイミングを、マルルは狙ったのだろう。


 だが、なぜシードルは、マルルを捕まえて公開処刑をした?


 シードルにとって、魔王を名乗るマルルは好都合なはずだ。マルルは弱い。シードルにとって魔王マルルは、俺より圧倒的に扱いやすいはずだ。なぜだ? アイツは喜んだはずなのに。



 シードルはなぜ、マルルを殺した?



 俺をあぶり出すためか? いや、配下達の見聞きしたことを覗いても、俺のことは全く出てこない。シードルは、俺のことなど忘れたかのようだ。


 二人の魔王を神が始末したという、完全な勝利宣言ばかりだ。教会は、この宣言とともに、魔族狩りを始めたようだ。


 各地で、教会の信者でない人間も捕らえられているようだ。神都に巨大な牢屋を作り、洗礼に応じない者を閉じ込めているのか。




 配下達が少し落ち着くのを待って、俺は口を開いた。


「なぜ、この部屋に集まっているんだ? この上の部屋の方が過ごしやすいだろう」


 理由は、わかっている。


「カルバドス様、この街も占領されています。この街に逃げてきた移民は、可能な限り、街の地下シェルターに避難させています」


「南側か」


「はい、この街は、南側の農業エリアの地下に、地下シェルターが延びています。教会に追われて南部の森に逃げ込んだ人達も、猟師町からの移住者が、そこに誘導してくれています」


(猟師町? あの隠れ里から移住してきたのか)


「そうか。黒と白の勇者の家系だな」


「えっ? そうなんですか?」


「長は、シードルが切り捨てた古い人形だ。彼らなら上手くやるだろう」


「このひと月で激変しました。もちろん、カルバドス様が命じられたことは上手くいっています。洗脳解除の魔道具も密かに広がり、この街の移民にもすべて渡してあります」


「そうか」


「団子も、マルル様が運動会の景品にされたので、北部の都会から訪れる人達にも広く行き渡ったと思います。人間も簡単な魔法が使えるようになっています」


「そうか」


「ですから、全面戦争を仕掛ければ、教会を滅ぼすことも可能です。我々の主要な者も生きています。マルル様のカタキを!」



 配下達は、シードルへの恨みが高まっている。


 おそらく、配下達だけではないだろう。一般の住人達の多くも、教会やシードルへの恨みと恐怖を抱えている。



 そうか、マルルが……舞台を整えたのだ。


 ーーーー俺が、アイツを討つ舞台を!!



次回は、5月4日(月)に投稿予定です。

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