102、魔王の試練
「時ドロボって何のロボ?」
シルルは、マルルのネーミングをすんなり受け入れるのだな。俺は年寄りだからか? なぜドロボーなのか、全く理解できないが。
「これは、この中の時間の流れを変えることができる魔道具なんだ。たくさん魔力が必要だが、最大で100倍程度だったかな」
「時間の流れ?」
「うん、1日がこの魔道具の中では100日になったり、逆に100日がこの中では1日になったりするんだ」
シルルは首を傾げて、難しい顔をしている。
「それで何するの?」
「ここで、団子を作るんだ」
「カール、お部屋で作ってたじゃない」
「うん、でもこの魔道具を使えば、短時間でたくさんの団子が作れるよ」
「うーん。よくわかんない」
俺の説明がまた下手なのか?
チラッと配下を見ると、やはりニヤニヤしている。だが、特に説明する気はなさそうだ。
シルルは……そうか。時間を操作することの意味や効率の話がわからないか。ずっと、時間に追われることなどない生活をしてきたからだな。
「すぐに、作られますか?」
「そうするよ。この魔道具を稼働させている間は、危険だから近寄らないように」
「マルル様からも、その点は注意されています。団子は、そちらの作業台へ置いていただければ、耐性のある者が回収します」
「あぁ、頼む」
「シルルさんとクゥちゃんは、私と探偵ごっこの続きをしましょうか。ただ、私はカールさんと違って弱いんですけど」
「うん、カールは、ここで作業するなら私達はヒマだもんね。クゥちゃんはどうする?」
「ぼくも、ママと一緒にいるー」
「ママじゃなくて、お姉ちゃんでしょ」
「はーい、お姉ちゃん」
「私は、カールさんのフリをしましょうかねー」
そう言うと、配下は、ガキの俺の姿に化けた。髪色は黒か。紫にする根性はないらしいな。
「わっ、カールがふたりになったよん。でも、プリンちゃんは、どっちなのかわかるね」
「ええ〜、変身魔法には自信があるんですけどね〜」
「見た目は同じだけど、なんか違うもん」
「ニオイが違う」
「えっ、そうなの? 私には全然わかんないよ。クゥちゃんすごいね」
シルルに褒められて、クゥはヘラヘラしている。配下は、俺が何かすることを悟らせないように、影武者になるということか。
「プリンちゃん、僕の真似なんて、できるの?」
そう尋ねると、彼はニヤリと笑った。わかった、わかった。自信があるのだな。くどい奴だから、話を変えよう。
「これまでずっと見てきましたからね。かなりの……」
「わかったよ。あっ、シルル達のごはんもよろしくね」
「え、あ、はい。かしこまりました」
配下は、なんだか妙な顔をしている。ふん、俺はマルルとは違うのだ。くどい話なんて不快でしかない。きっと、マルルは、何度聞いても反論したり、ギャーギャー騒ぐのだろうがな。
配下は、シルル達を連れて地下室から階段を上がっていった。そして、食品庫のような扉を閉めた。その瞬間、この地下室には、結界が作動したようだ。
(バリアの部屋の地下室に、さらに結界か)
そこまでする必要もないだろうと思ったが、そうか、この街の上空を、シードルが通るのだったな。わずかな疑いでも抱かれると面倒だ。俺の感覚よりも、シードルの計画の進行が速いのかもしれんな。
俺は、作業台の位置を変え、魔道具の中に入った。俺が与えたときとほとんど変わっていない。おそらく、マルルは、これを使いこなせていないのだろう。
俺は、魔道具を作動させた。そして『魔力だんご』をこね始めた。
うーむ、まぁ仕方ないことだが、団子を作業台へ移すときには、いちいち魔道具を止めねばならんようだ。
魔道具の中と外では、時間の流れが違うことで、異次元の壁ができている。超えられない壁ではないが、ガキのこの姿では無理だな。
作業台が山積みになったときに、スローモーションで配下が入ってきた。コマ送りのように見える。
俺は魔道具を止めた。すると、テキパキと麻袋に放り込んでいた。団子は、そのまま魔法袋に入れると魔力に分解されてしまう。セロファン袋があれば大丈夫なのだがな。
「団子作りと休憩を繰り返す。そんなに焦らなくともよい」
「えっ、あ、はい」
「これはどこで配る?」
「はい、役場と、役場の支所で配ります」
「そうか、わかった。俺が休憩をしている間は、取りに来ても気づかないかもしれん。用があれば、しばらく立っていろ」
「かしこまりました」
俺は魔道具を動かし、団子作りに戻った。
なるほどな。この宿の2階は役場の施設だと言っていたが、そこで団子を分けるのだな。地下室で作ったものをそのまま2階で分けるとは、うまく考えたな。
しかし、退屈な作業だ。
俺は作業台がいっぱいになると、作るのをやめた。そして弱体化魔法で弱った身体に成長を促すため、瞑想をした。こうすることで、体内の再生スピードが圧倒的に上がる。
これを何度も繰り返した。ある意味、試練のようだな。
瞑想をすることで、シードルから繋がれた記憶の断片が頭にチラついた。
『魔王カルバドス、おまえが神になりなさい』
その言葉の意味を、俺は何度も考えた。
おまえは、俺に託すというのか。無責任な奴だ。いや、違うか。限界を迎えたということだな。
常に神であろうとするシードルは、完璧主義者だ。だがそれが、あだとなっている。そのことに気づきながらも、何度も繰り返してきたのだな。
高みにいる者は、それを保ち続けることができなければ、堕ちるしかない。だから、俺なのか。
俺は、闇の底から生まれたバケモノだ。この世界で、最も神からかけ離れた存在だった。だから、上がるしかないということか。
逆転の発想だな。だが、こんな俺が、神として世界を導くような、信仰の対象になれるわけがない。しかし、あの言葉には強い意志が宿っている。
もしや、この、今の時間は……瞑想することで何かを得よ、ということか? まさか、こんなことまで未来予測など……。
いや、マルルの能力……。神殿には、マルルを切り捨てた天使が居る。神殿にいる天使はかなりの数だ。俺の行動を予知したか?
そうか。
だからマルルは、地下室にこんな部屋を作らせて、しかもこの魔道具を置いたか。タイムチェンジャーを使っている間は、俺の居場所は何をしても探せない。
マルルは、効率重視のために置いていたわけではない。完全に、俺を隠すためだ。影武者を用意したのも……未来予知からか。
どれくらいの時間が流れたのだろう?
俺は疲れを感じた。弱体化と成長を繰り返しすぎたのか、身体が拒否反応を起こしたらしい。
人間の姿に化けているせいではない。呪具は、制約をかけているだけだ。俺自身の身体が、この繰り返しについていけなくなったらしい。
(まぁ、年寄りだからな。少々、無理をしすぎたか)
おっ、ちょうど回収に来たな。
俺は、魔道具を止めた。
「団子の量は、足りているか?」
「はい、配りきれていないストックが大量にあります」
「そうか、じゃあ、俺は少し眠ることにするよ。あと1回眠ると、変身の呪具が外れる。眠っている途中で外れるだろう。元の年寄りの姿に戻るから、シルル達は、近寄らせないでくれ。俺を怖れるだろうからな」
「えっ、あ、はい、かしこまりました。あのどれくらいの時間でしょうか」
「さぁ、わからん。ちなみに、いま、団子を作り始めて何日経った?」
「おそらく、5日ほどかと」
「外の様子に変わりはないか?」
「街は、どんどん変わっていますが、神の動きは相変わらずです。教会の規律に従えない者の処分は加速しているようです」
「そうか、わかった。何かあればマルルに言え。マルルなら、この魔道具を止めて、俺を起こすことができる」
「かしこまりました」
配下は、何かを隠しているようだな。だが、それを探るには、今の俺は弱体化しすぎているようだ。身体が拒否して成長が止まっても、それに気づかずに団子を作っていたのかもしれんな。
「では、頼んだぞ」
そう言うと、俺は魔道具を作動させた。ガツンと魔力を持っていかれる。なんだ、この魔道具は!? 俺に残る魔力をすべて奪いつくす気か?
(あぁ、奪いつくす、か。なるほどな)
だから、マルルは、魔力泥棒と名付けたのだな。ふっ。
俺は、マルルのマヌケ顔を思い浮かべながら、眠りに落ちた。
「マルル様、カルルン様が眠られるとのことです」
魔王カルバドスからの伝言を、彼はすぐに彼女に伝えに行った。
「そっか。ここから先が見えないんだよねー。あたしの能力を超える何かが邪魔をするのーっ」
「神殿の天使達の仕業では?」
すると彼女は、シラーっとしらけたような表情をした。
「天使達なんて、あたしより予知能力は低いよーっ。ひとりでは役に立たないから、いっぱいいるんだもん」
「あー、はい」
「カルルンは、他に何か言ってた?」
「特には。マルル様が予想されていたことしか、おっしゃっていませんでした。かなり、魔力も低下しておられるようでした」
「当たり前だよ。時ドロボの中に、ずっといるからだよ。ということは、サーチもされなかったんだね」
「はい。何も気づかれた様子はありません」
「ふぅん」
彼女は、反論をしようとしたが、言葉を飲み込んだ。
(バレてるに決まってるよ)
そして、ゆっくりと玉座から立ち上がった。
謁見の間には、魔王の配下達がズラリと揃っている。彼女は、ぐるっと見回した。
そして、魔王軍の指揮官として、命令を下した。
「この魔王城を取り囲んでいる勇者達を排除するよ。光の剣を持っているから、一人一人の攻撃力は100倍以上なんだからねっ」