101、街長への話と、用意された作業場
「あれ? あのときの? 白以外にもあるのですね」
俺は、手のひらに、五色の『魔力だんご』を乗せていた。確か、コイツにもシルルが食わせたのだったか。
「白はポーション効果があるからね。あの頃は3色だったけど、今は5色に増えたんだ。食べてみれば違いがわかる」
新しい街の長テンプは、俺の手から団子を受け取り、ひとつずつ食べては驚いた顔をしていた。
彼は、獣系の魔族だ。あまり魔力はないが、それでも団子の効果はよくわかるだろう。
「あ、あの、これが俺の仕事だというのは? まさか、試食だけではないですよね」
「これを大量に作るから、どこから入手したかは秘密にして、移住してきた人達に食わせてやってほしいんだ」
テンプは、俺の意図がわからないのか、首をひねっていた。俺はそんなに説明が下手なのか?
すると、配下がニヤニヤ笑いながら口を開いた。
「街長さん、団子を食べて何が変わりました?」
「あれこれの能力が上がっていますよ。でも……」
「これを食べれば操られると危惧されましたか? 何か、変わりましたか?」
テンプは、ハッとして頭をポリポリとかいた。自分で自分の確認をしているのか、何かの魔法を使っている。
「いや、何もないですね。遅効性の何かでもなさそうだ」
「魔王様の狙いがわからず、怖れているんですよね」
図星らしい。彼はすぐ顔に考えていることが出る。ふむ、魔王が、何の目的で得体の知れないものをばら撒くのか、疑問しかないらしいな。
配下は、俺の弱体化からの成長を知っているはずだ。どう説明する気だ?
「正直、戸惑っていますが……」
「じゃあ、魔王様の狙いを知れば、協力するのですね」
「俺には断わる権利はないのだろう?」
「ふふ、良い心がけです。扱いやすい魔族は好きですよ」
配下は、さらに脅しをかけている。戦闘力は弱い緑魔導士だが、マルルが重用しているのは、こういうところか。
そして、この駆け引きにクゥがじっと耳を傾けている。コイツ、とんでもない悪知恵を得るんじゃないだろうな。
「魔王カルバドス様は、この街を神都より大きな街にしたいと考えておられます。戦後復興の総仕上げです」
「えっ……神都より?」
テンプは俺の方をパッと見たので、頷いておいた。事実そうなるのだからな。
「長い戦乱で住む場所や仕事に困る者の移民の街ですが、新しい出発の街でもある、私はそう理解しています」
今度は、配下が俺をチラッと見た。まどろっこしい奴だな。仕方なく、俺は頷いてやった。
「街長さん、そのために必要なことは、何だと思いますか?」
「えっ……街づくりには多額の金がかかる。資金力ですよね」
「それは、街の形を造るだけのことです。より活気のある街にするために必要なのは、そこに住む人のチカラですよ。簡単に、誰かに潰されたり乗っ取られるような、勇者の街の二の舞にはしたくないのです」
配下は、また俺の方をチラッと見た。何だ? 話し手を代われと言っているのか? しかし、ニヤニヤ笑い、彼は話を続けた。
(俺の顔色を窺っているだけか)
「確かに、勇者の街のようにはしたくない。せっかく新しい街ができても、占領されたら意味がない」
テンプのその言葉を待っていたのだろう。配下は、すかさず口を開いた。
「そのために必要なものを、魔王様は与えられるつもりなのです。だが、直接配ると、街長さんのように、疑いを持つ人も出てくるでしょう。だから、貴方がその役目を担うのですよ」
「いや、俺は別に疑いなど」
「微塵も、疑問はなかったですか? それなら逆に心配ですね。疑うことを知らない人に街長なんて……」
「あ、いえ、多少は、なぜかとは考えましたが」
テンプは、冷や汗をかいている。だが、納得したようだ。住人にチカラを与えて強くすることで街の力を手っ取り早く増強する。俺が考えていたことだが、俺がストレートに説明するよりも、深く理解したようだ。
獣系の魔族は、俺の近くには少ない。特にテンプのような完全に戦闘タイプの者には、言葉で説明するより感情を揺さぶる必要があるのか。
俺は、個々の説得なんて、ほとんどしてきたことがない。誰も俺の命令には逆らわないからな。文句を言う奴は数名いるが。
ふっ、クゥではないが、俺も、配下の話し方には学ぶ部分がありそうだな。
「街長さん、それに団子には、貴方が喜びそうな、ある効果が備わっているのですよ」
「えっ? 何ですか」
「同じ色を三日連続で食べると何かが得られます」
「何かとは?」
「それは個人差がありますから、ランダムなようです。ちなみに私は、黒い『魔力だんご』を6日連続で食べて、簡単な火魔法と水魔法を使えるようになったんです」
それを聞いて、テンプは目を見開いた。
「ほんとですか!! それなら俺でも」
配下は、やわらかな笑みを浮かべ、頷いている。
「ですが、個人差があります。何も新たに得られなかった人もいますが、魔力は確実に増えるので、強くなります」
「それなら、すべての住人が今より少しずつ強くなれる。なるほど、素晴らしい!! そんな奇跡のような団子なんですね」
「配布方法は、給金と一緒に渡すのが良いでしょう。基本的には赤色が良いかと思いますが、そのあたりはこれから相談しましょう。同じ色を同じ日に二つ食べても効果はありません。渡し方を工夫しなければなりませんね」
「俺の方でも、考えておきます」
俺達は、役場から出て、宿屋に向かった。
「プリンちゃんの話術は、なんだかすごいな」
「相手に合わせて話しているだけですよ。それを言うなら、マルル様の方が圧倒的です。絶対に断れませんからね」
「あぁ、確かにマルルは、わがまま放題だな。爺にもこないだ叱られたよ。俺が甘やかすから、マルルがあんなことになったんだってな」
「あはは。ですが、マルル様は、カルルンがわがまますぎると怒っておられましたよ」
「言わしておけ」
「あははは、お二人は、ほんと面白い」
宿屋は、街の中心部にいくつか建っていた。その中では一番シンプルな宿屋に、配下は俺達を連れて行った。
ふむ、なるほどな。マルルは既にわかっていたらしい。この街の中の散歩をしていたのも、先に街の長に会わせたのも、この準備時間を稼ぐためか。
「この宿は、俺達のためだけに今、作ったんだな」
「おや、時間稼ぎもバレてしまいましたか。あはは、マルル様はバレないとおっしゃってたんですけどね」
「あちこちに、まだ魔力の痕跡が残っている」
配下は、ニヤニヤと笑っていた。マルルの予想が外れたからか。ふっ、彼が報告したら、きっとマルルは騒ぐのだろうな。
入り口にいた従業員の一人が、近寄ってきた。配下ではないが、その縁者か? 戦闘力を隠しているようだが、かなり強い。
「出来立てホヤホヤですよ。ですが、一般の客室も作っています。カール様、どうぞ、こちらへ」
「そうなんですね。ありがとう」
俺が子供らしく返答すると、彼は戸惑っていた。その様子に、配下は、やはりニヤニヤしていた。
マルルへ報告できそうなことが起こると、コイツはニヤニヤするようだな。まぁ、関係が良好でよいが……。
俺達が案内されたのは、1階の階段奥の部屋だった。1階は、客室は、ひとつしかないようだ。受付とロビー、食堂、あとは、従業員の休憩室らしき場所がある。
「2階は、役場の施設になります。3階は一般の客室にする予定です。では、何かありましたら、お声がけください」
俺達は、部屋に入った。かなり広い。扉を閉めると、何かが作動したのがわかった。
「うわぁ、すんごい広いよん。マシューさんの家より広いかもしれない」
「ここは、この街でのカール様のお部屋になります。この入り口の扉を閉めると、基本的なバリアはすべて作動しますので、開け放しには気をつけてください」
部屋は、確かにマシューの家より広いかもしれんな。シルルがあちこちの部屋をパタパタと開けて確認している。何室あるんだ?
「あー、ここ、私の部屋?」
シルルがそう言った部屋には、赤い花が飾ってあった。その強烈な香りが漂っている。そうか、この花は、シルルの母親からマルルがもらった花だな。
「はい、シルルさんの部屋です。こちらが寝室です」
シルルの寝室には、大きなベッドが置いてある。干し草のような香りがする部屋だ。
「わぁ、いい匂い」
「ここは、クゥちゃんも兼用になっています。その窓を開けてもらうと、クゥちゃんの部屋があります」
窓の外は、庭になっていた。白い低い柵があるが、行き交う人が見える。だが、外からは見えないようだ。
「クゥちゃん、草原だよん!」
「うん、外なのに、あれ?」
クゥは、白い柵の上の方をペタペタと触っていた。
「透明な壁があります。上をみると、二階がせり出しているように見えますが、外から見ると、すべてが同じ壁に見える仕様です」
「じゃあ、クゥちゃんの秘密基地だよん」
「うんっ」
二人は気に入ったらしい。マルルはよくわかっているな。
「あれ? カールの部屋は、どれだったの?」
「はい、どの部屋でも自由に使っていただければいいのですが、作業場は地下にあります」
シルル達の寝室から出て、キッチンへと案内された。その食品庫らしき扉を開けると、下へ繋がる階段があった。
「カールの部屋も秘密基地?」
「さぁね」
階段を降りていくと、そこには、マルルのおもちゃが置いてあった。
「わっ、見たことないロボだよん」
「なるほど、確かに作業場だな。タイムチェンジャーか」
「時間に関わる魔道具だとしか私にはわかりません。かなりの魔力がないと使えないことから、マルル様は、時間ドロボーロボを略して、時ドロボと呼ばれています」
「時ドロボ? 意味がわからないな。だが、これは助かる。圧倒的に効率が上がる」