10、街道沿いの宿場町
俺は、テーブルに残っていたパンを平らげ、リンゴジュースを飲み干した。うん、美味い。
「カール、宿場町はちょっと荒れているんだ。マシューのこと、頼むね。いつもなら母さんが同行するんだけど、他の人に頼まれて、ちょっと出かけてるんだよ」
(俺を拾った男は、マシューという名か)
「はい、わかりました」
レイシーは、心配そうにしている。そういえば、今朝は老婆を見ていないな。彼女は、村のボディガードのような役割なのだろうか。
(謎の多い婆さんだな)
俺は、マシューに呼ばれて、馬鳥車の方へと駆け寄った。ぶかぶかの木靴は、歩きにくい。
「カール、無理して走らなくていいよ。まだ身体は調子悪いだろう?」
「いえ、もう大丈夫です。靴がぶかぶかなだけなので」
「そうか、よかった。さすがに回復は早いな。じゃあ、出発しようか」
俺は、頷き、御者台のマシューの隣に乗り込んだ。
(はぁ、馬鳥か、うざいな)
馬鳥は、名前に鳥とついているが、空を飛ぶことはできないずんぐりとした動物だ。知能が低く、おとなしいため、人間が台車をひかせるために使っているようだ。
繁殖力が高くどこにでもいるが、俺達のような魔族にとっては邪魔なだけの害獣だ。
肉はまずくて食えないし、鈍感だから、おどしても逃げない。雑食だから、死肉でも何でも食べる。死肉を食うためか、馬鳥は死ぬとありえないほどの悪臭を放つ。だから、駆除するのも面倒だ。
おまけに俺は、育てていた貴重な薬草を食い荒らされた苦い経験まである。ある意味、天敵と言ってもいいかもしれない。
「ん? カール、馬鳥車は初めてかい?」
「はい。僕、この馬鳥が苦手で……」
「おとなしいから大丈夫だよ?」
「はぁ。でも、死ぬと臭いですよね」
「あー、レイシーに宿場町は危険だと言われたんだね。確かに荒れた町だけど、大丈夫だよ。誰も馬鳥を殺さないよ。町全体に悪臭が広がるからね」
「それならいいんですけど」
馬鳥車に揺られて、目的の宿場町へと無事にたどり着いた。アプル村から街道に出るまでは随分と揺れたが、街道は快適だった。馬鳥車が通りやすいようにと、整備されているようだ。
マシューは、慣れた様子で、町の中に馬鳥車で入っていった。街道沿いには、ズラリと宿が並んでいるが、町の中は、さびれた廃墟のようだった。
そして、たくさんの馬鳥車が停めてある場所に、マシューは馬鳥車を停めた。すると、すぐに一人の男が近づいてきた。
「今日は、婆さんは居ないのか?」
「はい、今日は他の町に行ってますよ。でも、ちゃんと護衛をつけてますから、無茶なことはしないでくださいね」
(俺が、人間の護衛だと?)
俺は一瞬、カチンときたが、今の俺は12歳の人間のガキだ。つい、それを忘れそうになってしまう。
「へぇ、子供に護衛させるとは、面白い発想だな。だが、そのガキは……何者だ? なんて戦闘力だ。まさか、勇者の家系じゃないだろうな」
(コイツは……)
俺は初めて、この呪具を使っていてよかったと思った。もし使っていなかったら、この男には素性がバレてしまうところだ。
この男は魔族だ。しかも、俺を裏切って城を出ていった奴だ。たいして強くはないが、そのサーチ能力は俺に匹敵するほど高い。だから、アイツが……シードルが俺の元から奪ったのだ。名前は、確か……うーむ、忘れたな。
「勇者の家系? さぁ、そうかもしれませんね〜」
男は、マシューの返事には興味がないようだ。マシューは、嘘をつかないように上手くかわしている。嘘をつくと、一発でバレるからな。よく心得ている。
ジッと俺をサーチしていたが、フッと警戒を解いた。変身の呪具は、俺が使える魔法も、ありふれたものしか見せていないのだろう。
「で? 今日は、何と交換するんだ? 野菜はほとんど売り切れだが」
「今日は、肉が欲しいんですよ。アホウ鳥以外で頼みます」
マシューは、御者台から降りて、荷台の方へと移動した。俺も、それについて降りていった。荷台には大量のリンゴが積んであった。
男は、持っていた魔法袋から、さばいた肉の塊を出した。そして、銀貨をパラパラとマシューに渡した。
「アホウ鳥以外なら、これしかないな。デンデン獣だ。あとは銀貨8枚ってことで」
(この臭いはデン獣か。一匹分もないな)
これは雷獣の一種だ。デンデンと鳴くから、俺達はデン獣と呼ぶが、人間はデンデン獣と呼ぶのか。生息地は中央部の草原だったか。デカイが動きが鈍いため、人間に乱獲されていると聞いたことがある。食えなくはないが、臭みが強くて不味い肉だ。
どう考えても、マシューは損をしている。だが、彼は持っていた魔法袋に肉を収納し、笑顔でそれに応じた。
「ちょっと他に買い物があるから、停めさせておいてもらいますよ」
「どうぞ、ごゆっくり〜」
歩き出したマシューの後を追いかけた。俺はどうしても聞きたいことを口にした。
「あの、とても損していませんか。デンデン獣って安いんじゃ?」
「あぁ、そうだね」
「じゃあ、なぜ? いいんですか?」
「カール、いいんだよ。損して得とれ、という言葉を知っているかい?」
(損をしたら損じゃないのか?)
「いえ、知らないです」
「これは、俺のような弱い人間の処世術なんだよ。なめられた者勝ちという方が適切かもしれない」
「ん?」
「さっきの人は、この町ではとても有名な有力者なんだ。魔族だし、俺達が敵う相手じゃない。俺は、あの人にカモにされているんだ」
「そんなの……」
「それでいいんだよ。あの人、レングルートさんっていうんだけど、神都の教会の認定商人なんだよ」
(あー、そうだ、レングルートだったな)
「だからって」
「彼にカモにされているということは、逆に言えば、俺はこの町では狙われないってことなんだ。治安の悪い場所でもね」
「あっ、だから」
「そう、よほどの無茶なことは断るけどね。安全を買っていると考えれば、安いものだろう。それに、この町には俺の実家があるしね」
弱い人間は、チカラのある者なら魔族にでも従い、そのことで自分の身の安全を守ろうということなのか。
おそらく、プライドがどうのとは言っていられないのだろう。だが、そんなことを許していると、ますますアイツは、調子に乗るじゃないか。それに、アイツの気分次第で、簡単に失うような安全は……安全とは言えない。
「実家ですか?」
「うん、ちょっと両替に立ち寄るよ。ここだから」
マシューが指差したのは、古い宿だった。街道沿いの宿は綺麗に見えたが、この宿は、廃屋に近いような印象を受けた。
扉を開けて中に入ると、ガランとしていて全くひと気がない。営業しているのか?
ロビーのカウンター内に、マシューは入っていった。そのさらに奥の部屋に、やっと人の姿を見つけた。
「坊ちゃん、おかえりなさい」
「ただいま。ちょっと両替を頼めるかな」
「はい、大丈夫ですよ」
マシューは、俺の方を振り返った。もしかして、俺の金貨を両替するために来たのか?
「カール、この町では、金貨を買い物で使うと危ないんだ」
「そうなんですか」
俺は、皮袋の財布から金貨を取り出し、中年の女性に渡した。彼女は、一瞬驚いたようだが、銀貨100枚と交換してくれた。ガキが金貨を持っていると、こんな反応なんだな。
だが、俺の皮袋の財布は銀貨100枚を入れると、パンパンになってしまった。パンパンの財布こそ危険じゃないかと思ったが、マシューは特に何も言わなかった。
まぁ、こんなガキが、銀貨で財布をパンパンにしているとは考えないか。銅貨が詰まっているように見えるのかもしれないな。
「入りました、ありがとうございます」
「いえいえ」
「じゃあ、カール、買い物に行こうか。財布の中身を見られないように気をつけるんだよ」
「はい」
宿から外に出ると、マシューについて、すぐ向かいの店に入った。そこは、靴と雑貨の店だった。
「銀貨1枚で、この子に合う靴二つと、銅貨用の財布が欲しいんだ」
俺は、財布から銀貨を1枚出した。マシューに言われたように、中身は見えないように気をつけた。
店主らしき男は、チラッと俺の皮袋の財布を見たが、特に気にしていないようだ。
「靴二つとは厳しいことを言う。坊や、何でもかんでもその財布に入れてると、バーンと破れちまうぜ」
「だから、銅貨用の財布って言っただろう」
マシューは、この店主とは対等に話している。実家の真ん前だから、昔なじみなのか。
店主は、ブツクサと文句を言いながらも、靴を選んでいた。俺の左足の呪具を見て、ハッとした顔をした。そして、マシューと目配せしている。
「なぁ、マシュー、坊やの靴はブーツにする方がいいんじゃないか? ブーツだと隠れるぜ」
「そうだな、カール、ブーツでもいいかい?」
「はい」
「ブーツだと銀貨1枚なら一つでも厳しいぞ」
そう言いながらも、俺のサイズに合うショートブーツを出してきた。ちょうど呪具が隠れる。
「これでいいかい?」
「はい」
俺は、店主に銀貨1枚を渡した。店主は頭をポリポリかきながら、俺に麻袋の財布を渡した。
「これは、オマケだよ。はぁ、儲けなしだぜ」
「ふっ、お互い様じゃないか」
「坊やが履いていた木靴は、もらっておくぞ」
「あぁ、いいよ。それは俺の手作りだからな、大事にしろよ」
「特売品にするぜ」
「おまえなー」
(とても親しげだな。マシューはこんな顔もするのか)
「じゃあ、カール、行こうか。次は武器屋だな、軽装も置いている店があるんだ」
「はい」
俺は、マシューについて、店を出た。
※この世界のお金の価値※
金貨1枚=銀貨100枚
銀貨1枚=銅貨100枚
銅貨1枚は、日本円で100円。
銀貨1枚は1万円、金貨1枚は100万円だとお考えください。