1、『魔力だんご』を生む弱体化魔法
初めまして。
明日からは、少し区切りのいい所まで毎日2回投稿予定です。その後は、毎日1回投稿になると思います。
どうぞよろしくお願いします。
それは偶然の産物だった。
「すべての制圧が完了しました。人間どもはもちろん、魔族も魔物も、もはや魔王カルバドス様に逆らう者はおりません!」
「そうか。ついに終わったか」
俺は、ゆっくりと玉座から立ち上がった。そして、謁見の間に集まった者達の顔を眺めた。俺の言葉を待っているのだろう。水を打ったように静まり返った。
俺は、有能な配下に囲まれていた。皆、俺に忠誠を誓っている。反逆心のある者はすべて殺してきた。そして長年の目標であった、この世界のすべての制圧が完了した。
(終わったな、俺の役割はもう……)
「世界は、この瞬間からすべて、我らのものだ!!」
ワッと歓声が上がった。配下は皆、歓喜に満ち溢れている。感極まって涙を流す者もいた。
「カルバドス様、おめでとうございます!」
「うむ。皆のおかげだ」
皆、晴れやかな顔をしている。だが、これで目標を失ってしまったのだ。しばらくは良いだろう。だが、半年もすれば、皆、退屈になるに違いない。戦いの中で生きてきた者達だ。再び、どこからか争いが起こるだろう。
「さぁ、今宵は盛り上がりましょうぞ」
「魔王様のお好きなリンゴ酒を忘れるなよ」
配下達は楽しそうに、今夜の祝宴の相談を始めている。確かに、ねぎらってやることも必要だ。だが……。
(うーむ、どうしたものか)
俺は、窓際から外を眺めていた。最後の戦いを終え、魔王城へと帰還してくる配下達の長い列が見えた。
外の様子を見ながら、俺は、手のひらの上で魔力の玉を作り、いろいろな属性の魔法を重ねていた。人間の子供がやる泥遊びのように、こねこねと魔力の団子を作っていたのだ。
これは、俺のいつもの癖だ。考え事をするときや暇なときの手遊びだ。
いつもは適当なところで握りつぶす。だが、世界を制圧するという目標を達成してしまった今日の俺は、考えがまとまらない。
無意識のうちに、ずっと魔力の玉をこねていた。
(あとは、まず、戦後処理か……)
こねこねと手遊びを続けていると、突然ふわっと魔力の玉が浮かび上がった。床に落としては大変だと、俺はとっさに、それを握った。
すると、俺の頭の中に魔法詠唱文字が流れた。どうやら、新しい魔法を生み出してしまったらしい。しかも、その魔法は、魔力の玉を握ったときに、自分に対して発動されてしまったようだ。
(ふむ。弱体化か。なんだ? この光の粒は?)
握った手をひらくと、手のひらには、三種類の小さな光の粒がいくつも乗っていた。強い魔力が凝縮された、団子のような粒だ。
(美味そうだな。食わせてみるか)
俺は、近くにいた配下達をすぐそばへと呼び、光の粒が乗った手のひらを見せた。
「誰か、食ってみろ」
「はっ! はい? 何ですか、それは一体?」
「さぁ、わからん。手遊びをしていたら、偶然生まれたのだ。魔力玉のようだが、色とりどりで、菓子のようではないか」
「は、はぁ……」
「特に害になるものではなさそうだが、もし何か起これば治療してやる。毒味をする勇気のある者だけで良い」
俺がそう言うと、忠誠心を試されていると感じたのか、皆、自分が食うと名乗り出た。俺はただ効果を試したいだけなのだが……皆、必死の形相だ。
一番近くに居た者から、順に一つずつ取らせた。黒、白、赤……三色の団子か。
皆、恐る恐る口に放り込み、咀嚼していた。だが、なぜか皆、首を傾げている。
「どうした? 不味いのか?」
「い、いえ。あの、私は魔力が増えたような気がするのですが……。味は黒ゴマ風味の菓子のようで、美味でした」
「ワシも魔力が増えたような気がする。甘い餅のような美味い菓子じゃ」
「私はなんだか攻撃力が上がったような気がします。果実のような団子のような……甘酸っぱい香りの菓子でした」
(魔力や攻撃力が上がっただと?)
皆、能力が上がったと言うから、俺はサーチ魔法を使って確認してみた。ふむ、確かにわずかに上がっているようだ。
俺の弱体化と、団子を食った奴の能力の上昇か。
なるほど。俺は自分の能力を、団子にして分け与える魔法を生み出してしまったらしい。
しかも、ただの弱体化ではない。俺の身体がわずかに若返っている。逆行したのか? 体内の生命エネルギーが増え、再び成長しようと活動を始めたようだ。
(これは面白い!)
俺は、こねこねと『魔力だんご』を量産し始めた。
夕刻になり、魔王城では、この世界を制圧した祝宴が開かれていた。主要な配下の顔は、みな誇らしげに輝いている。
乾杯は、俺の好きなリンゴ酒で行なわれた。
「皆の者、この世界は我らが治めることとなった。もはや、逆らう者もいない。これからは、戦火で焼けたこの地が豊かになるよう、内政に力を入れよ」
ワーワーと歓声が上がった。
「今宵は無礼講だ。飲んで食って、これまでの疲れを癒してくれ。皆には感謝している。よく頑張ってくれた。乾杯!」
先程よりもさらに大きな歓声が上がった。
俺がリンゴ酒を飲み干すと、あちこちで配下達も飲み干していた。酒の飲めない奴まで飲んでいる。大丈夫だろうか。
乾杯が終わると配下達は、次々と俺に挨拶に来た。俺は、たくさん作っておいた『魔力だんご』を、来た奴らに順に食わせていった。
どうやら、同じ色を二つ食べても、能力の上昇は一度きりらしいことがわかった。そこで途中からは、三色の団子を串刺しにして渡してやった。
祝宴に出席していた配下が次々とやってくる。俺は、だんだん団子を作ることにも慣れてきた。
配下達と話をしながらでも、簡単に『魔力だんご』を作ることができるようになった。
「カルバドスさまーっ! その不思議なおだんご、くださいなっ」
「おまえは、さっき食っただろ」
「だって、美味しいし、魔力が増えるし、もらうっきゃないでしょ〜」
「残念だったな。能力が上がるのは、一度きりのようだぞ」
「あたし、『天使の眼』を使って分析したよ〜。日が変わればまた増えるよっ。だから、くださいなっ」
「それを言うなら『堕天使の眼』だろ? 未来予知をしたなら俺が断ることも見えただろう。明日の分は、明日に言え」
「えーっ、魔法袋に入れておけば、時間が止まってるのにぃ。未来は、行動ひとつで変わるんですよぉ。だから、お願い、くださいなっ」
「魔法袋なんかに入れると、きっと魔法袋が団子の魔力を吸収しちまうぞ」
「あ! そうかも。むぅ〜、いい考えだと思ったのになぁ」
マルルは、ぷくぅ〜と、ふくれっ面をした。
彼女の名前は、このふくれっ面から、俺が名付けた。だが、名前がかわいいと本人が気に入ってしまったことから、名前の由来は伝えていない。
俺が生まれ、この地に降り立ったとき、この世界は混沌としていた。そのすぐあとに、彼女も生まれた。俺達は、似た者同士だ。俺達は、アイツらが切り捨てたゴミなのだからな……。
俺はあえて、アイツらのゴミ捨て場に城を築いた。ここは、アイツらが出入りする場所から最も離れた、この平面世界の東の端にある。
案の定、アイツらは、ゴミだめにゴミの居城が出来たと、あざ笑っていた。この地を汚らわしいと嫌っていた。
あれから、どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。数千年、いや、もっとか。俺はじわじわと年老いてきた。
だが、マルルは、生まれた頃とほとんど姿は変わらない。まぁ、種族の違いか。
だんだん、あちこちで酔い潰れて眠る者が増えてきた。みな、安心したような、やわらかな表情をしている。
だが、この安心が、すぐに退屈に変わるだろう。
それに今夜の祝宴に、招待したはずのアイツらが来ないことにも、俺は違和感を感じていた。この日を一番待ち望んでいたはずだ。ということは、今はまだ、アイツらの望む状況ではないということか。
まさかこの戦乱で荒れた地の復興再建まで、俺にやらせようということなのか。しかし、それはアイツらが指揮をとる方がいいはずだ。
(何か、嫌な予感がする)
「魔王様、この世界の戦後処理も内政も、我らがしっかりと務めます。お任せくだされ」
「うむ。若いおまえ達が戦い以外のことも、やる気になってくれているのは頼もしいな」
「カルバドス様、これで、もう何の心配もありませんな」
俺は、うむ、と静かに頷いた。強面の者も、頑固な年寄り達も、その表情は安心からか、緩みきっていた。
(心配がない? そうか、それだ!)
俺は、妙案を思いついた。配下達を安心させておいてはいけない。血の気の多い奴らは、すぐに争いを始めるだろう。
(少し心配させておけば、退屈はしないだろう)
それに、アイツらが何かを企んでいるのかもしれない。
妙な胸騒ぎがする。やはり、外の様子を、密かに調べに行く必要があるな。
俺の意図をアイツらに悟らせないためには、カモフラージュが必要だ。ふっふっ、ならば……。
(俺は、城を出る!)