7 悪夢
「おいしかったね、亘くん!」
結局、お金は僕が全額払ったけど、何も食べた気になれなかった。
あれからずっと僕の頭には彼女のあの瞳だけが残っていた。
あの澄んだ瞳の中にどれだけのものが詰まっているのか、考えただけでも頭が痛くなってくる。
「亘くん? 亘くーん? おーい」
「あ、ごめん。えっと⋯⋯。」
「やっぱり、楽しくなかったかな?」
「いや、そんなことはないよ! 僕は、すごく楽しいよ!」
「そっか、良かった」
いつものように笑みを浮かべている彼女だけど、これは偽りの笑顔に過ぎない。根拠はないけど、僕にはそう見えた。
「あ、そうだ幸。これから行きたい所とかある?」
「うーん、特にないかなぁ」
「それじゃあ、なんか盛り上がる所とか行かない? カラオケとかゲームセンターとか」
僕自身、早くこの気持ちの切り替えがしたかった。いつまでもこんなこと考えていたら本気でこの時間を楽しめないように思えた。
「そっかぁ、じゃあ、ゲームセンターに行きたいなぁ」
「そっか、じゃあ行こうか」
「うん!」
ゲームセンターについて、特に詳しいことは知らなかった。僕はゲームセンターなんてほとんど行ったことなかったからだ。
店内に入った瞬間に僕は一瞬耳を塞ごうとしてしまった。中は少し暗くて、機械から出る轟音がうるさかった。それに休日ということがあって、人が多いように感じた。
「幸、何がしたい?」
「うーん、そうだねぇ⋯⋯あ! そうだ!」
彼女がニヤッとしながらこっちも見るので、嫌な予感と寒気がした。
そして、その嫌な予感はやっぱり的中してしまった。
「カップルといえばこれでしょ! プリクラ」
「プ、プリクラ⋯⋯?」
(何それ⋯⋯)
「さ、荷物置いて、撮るよ!」
「撮るって何を?」
「あれ? プリクラ初めて? 写真を撮ってそれを加工したりするんだよ」
「あぁ、そうなんだ⋯⋯」
「それじゃあ撮るよ。お金入れておいたから、あとは機械の音声の通りにしてね」
「あ、うん⋯⋯」
目の前にはタブレット端末くらいの大きさの画面があってその近くから音声が流れていた。
初めてのプリクラだったから、画面に映っているポーズを真似しないといけないんだと勘違いした僕は、8枚中2、3枚程を無駄にしたと後悔した。
そんな僕を馬鹿にするように笑っている彼女に偽りは無かったように見えた。
「楽しかったね! 亘くん」
「僕に至っては黒歴史をつくっただけのような気がするけどなぁ⋯⋯」
「そんなことないよって言ったら嘘になるけど⋯⋯それも私と亘くんの思い出の一つになると思えばいいんじゃないかなぁ?」
「そっか⋯⋯そうだな」
ただの開き直りにも見えるかもしれないけど、思い出なんて一つもなかった僕は、この写真8枚に刻まれているたった一つの思い出が暖かく感じた。
「あ、ごめん亘くん。私、5時までには帰らなくちゃならなくて⋯⋯」
携帯の画面を見ながら彼女はそう言うと、パチンッと音をたてて手を合わせた。
「そっか、じゃあそろそろ帰ろうか」
「うん、ごめんね」
「謝らなくてもいいよ、それより早く行こ」
彼女は「うん」と言うと歩き始めた。
電車の中では、今日のことを二人でひたすら話していた。電車のマナーのことを考えながらもつい大きな声を出してしまったり、笑ってしまったりして周りに少し迷惑はかけたと思うけど、その時には僕達には周りなんて見えてなかった。
そんな電車での時間も終わり、再び自分たちの足で移動し始めた。今日一日でかなり長い距離を歩いた気がする。僕はともかく、彼女はかなり足に負担がかかったらしい。
「ねぇ、亘くーん! おんぶ! おんぶー!」
「無理だよ。それに周りに見られたら恥ずかしいし」
「へぇ、亘くんは私より周りを選ぶんだぁ、ふーん」
不機嫌そうに目を細めてそう言うと、ぷいっとそっぽを向いた。
「はぁ⋯⋯仕方ないなぁ」
少し、間をおいて覚悟を決めると僕は、中腰になって腰の後ろに手をまわした。
「やったぁ」というと、彼女は勢いよく僕の後ろから背中に飛びついてきた。
背中になにか柔らかいものが当たり、僕は不覚にも動揺してしまったが、彼女はそんなことを気にせず僕の背中に身を任せた。
そこまで信頼してもらってることが嬉しかった。
数分歩いていると、徐々に彼女の力が弱まっていることに気づいた。
(寝てるのかな?)
最初は寝ているんだと思った。
しかし、ずっと寝られていても彼女の家の場所が分からなかったので、何度も後ろから揺すってみたが、彼女から返事はなかった。
そんなことをしているとベンチがあったので彼女を降ろすと、彼女の口から真っ赤な液体が流れていた。
「幸!!!」
僕は、頭の整理がつかなかったけど、そんな中でも救急車を呼ぶことはできた。
幸に付き添い、人生初の救急車だってのにそんなことなんてどうでもいいくらい幸が心配だった。
そして、段々下がっていく幸の心拍数を見るだけしかできない自分が情けなかった。
守るなんて大口叩いたくせに、僕はなにもできないんだ⋯⋯。
こうなることを知っておいて、幸と接点を持ってしまった自分に腹が立った。
結局、僕は何もできない。それに、僕なんか幸せになんてなってはいけない人間なんだ⋯⋯。
幸の心拍数は依然として減り続けていた。
6月9日午後5時3分 15歳 カウントダウン0
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