27 僕が産まれて
酷く荒らされた部屋の中に男女と紅く染った果物ナイフが転がっていた。男は腹部から、女は胸元から流れる紅色の血液が混ざるように広がっていた。本棚から雪崩のように崩れ落ちた本が散乱するだけでなく、間違いなく部屋の隅々まで荒らされた痕跡と土足の跡が残っていた。
傍から見れば殺害事件だろう。警察も当時、殺害事件として捜査を進めた。
しかし、いざ蓋を開けると荒らされた所などからの指紋や犯人を特定する証拠となる物さえなかった。
警察はこれを自殺ではないかと疑い、捜査が始まってしばらくする頃には正式に自殺と認定された。
隣人の話によると、『夫婦ともに仲が良く、喧嘩をする所さえ見たことなんてない。お金に困っているという訳でもないと思っていたけど』とのことだった。
21年前
「お父さん、早く早く!」
「あぁ、少し待ってくれ。亘はそっちにいるかい?」
「えぇ、私が抱いてるわ」
「そっか、じゃあボタン押すよ」
「亘、そしてお母さん。退院おめでとう!」
カメラのシャッター音が響いた。僕はこの子のお父さん。ずっと待ってやっと生まれてきてくれた僕と母さんの宝物。
これからは僕が2人を養っていかないといけない。その覚悟とやりがいを掛け合わせたような自信が僕の心の中で燃えていた。
 
「母さん、もしも亘と君になにかあっても僕は絶対に君達を守り抜くから」
「えぇ、私も亘とあなたになにかあったら全力で守るわ」
幸せだ。
ただ、この一言に尽きる。
今日は亘と公園に来た。まだ歩けない亘はベビーカーに乗せてこの風景を見て欲しかった。
亘は興味を示すかのように手を砂場に向けて偶に笑っている。
この子が大きくなったらどんなにいい子になるのだろう。親バカと思われても構わない。ただ、自分の子が可愛くて仕方がなかった。
定期検診の時だった。
 
亘の脳になにか腫瘍があることが分かった。仕事場で電話越しに泣きながらそれを語る母さんとそれを慰めるお袋の声からそれが真実だということが分かった。
しばらくは生きた心地がしなかった。
「亘······」
自分のことのように胸が痛くて、震えが止まらなかった。
「亘! 母さん、亘は!」
「亘は入院してるよ、あの子も今は亘についているよ。まさかこんなことになるなんてね······」
「お袋、亘は一体」
「はっきり言うとね、ちゃんと治療することができれば命は助かるし、後遺症も残らないみたい」
「なんだ、それならすぐに治療してもらおう」
「それがね、無理なんだよ」
「は? どういうことだよ」
「あの子はね、日本の医学では到底解決できないほどの難病なの。だから海外に行かないと治療はできないし、ただ、そんなお金なんてどこにもないわ」
「は、はは······は。そ、そんなの僕がどうとにでもするよ」
「あんたね、寝ぼけたこと言ってるんじゃないわよ、桁が違うのよ! 私だって助けたいわよ! でもね、仕方ないのよ」
僕に言い聞かせてから泣き崩れていくお袋を見ても、僕は諦めなかった。
何かあるはず、あの子を助ける手がなにかあるはず。
そうは思ったものの、僕は病院で亘を見た時、自分でもおかしいと思う程に諦めてしまった。
「これは、もう······」
まだ、生まれて間もないはずなのに、なんでこんなことを······。
この子にはなんの罪もない。ただ、僕達の間に生まれてきてくれた僕の、いや僕達の唯一の宝物。
 
「この子が······助かるなら」
1つの大きな勇気を掲げて僕は1歩前に出る。
 
「最期に······もう一度だけでいいから······」
別れる前に見てしまえば、それを惜しむことになる。
僕は1歩前に出て覚悟を決めた。
投稿遅くなりました。
まぁ、理由は色々とありますが、それでも応援してくださる皆様には本当に頭が上がりません!!
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