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26 真実の先

しばらくの沈黙が続いた。まるでこの空間に1人取り残されたように心電図の音すら無に等しかった。


そんな空間を引き裂くように僕は幸の母親に問いかけた。


「先程も申しあげたように、今更僕にこんなことを言う権利すらないことも重々承知のつもりで一言言わさせて頂きます」


幸の母親は無言で僕の言葉を待った。


「ふざけてるんですか? たしかに僕と幸さんを遠ざけたいという気持ちなら分かりますし、そうならばそうとはっきりと言って欲しいです! それを友達に、しかもこんな状態の人に······」


「だから、この子が幸なの······」


その瞬間、僕の堪忍袋の緒が切れた。大切な友達をバカにされているような気がして僕は僕を制御できなくなった。


「何度も言ってるだろ! ふざけんじゃねぇよこのくそばばあ! 無理矢理にも程がある。第一どこに幸の苗字と名前があるって言うんだよ! まるっきり違うじゃねぇなよ! 証拠くらい出してから言ってみろよ! 」


その場の勢いで口走ってしまったが、後悔はしていない。僕は自分の思うことを言ったまでだ。

しかし、冷静を取り戻そうしていた僕に幸の母親は4枚折にされた1枚の紙を取り出し、僕の前で広げた。


「これで証拠になるかしら?」


離婚届。明らかに確実となる証拠を幸の母親は持っていた。

そこには幸の父親と母親、そして幸の名前が書かれていて幸の親権を母親が持つことになるように記されていた。

そして、確かにそこに幸の母親の旧姓。「桂木」が記されていた。


「嘘だろ。じゃ、じゃあ、名前は。名前はどう証明するんだよ! ここに居るのは桂木 琴音だ。幸じゃないじゃないか!」


僕の言葉には若干の焦りがあることに自分自身ですら感じていた。

無理もない。多分この流れならば本当にこの眠ったままの彼女が幸なんだろう。それでも、最後まで悪足掻きをしていたい。そして、認めたくなかった。


「確かに、亘くんの言う通り旧名は幸よ」


「旧名······?」


分かっていたが、僕の背中を伝う汗と共に嫌な予感がした。


「この子は幸という名前から琴音という名前になったの」


「なんで、そんなこと······」


「これ以上は話す必要は無いわ。とにかく、この子は幸なのが分かったはずだわ」


「ま······」


待ってください。そう言おうとしたけど、 唇と手が震えて自分が思うように動けない。僕はただ、幸の母親が病室から出ていくことを見送ることしかできなかった。


幸の母親が病室を出て5分程経とうとしていた。相変わらず静かに眠る彼女に変化はない。ただただイタズラに過ぎていく時間とともに彼女の命も削れていくだけ。

2度も。2度もだ。僕は大切な人をそれも同一人物を2度も傷つけた。それも今回助けられなかったら彼女に未来はない。


僕は医者でなければ、彼女にしてあげられることもない。


「ただの最低な人間だ······」


それからはあまり覚えていない。走馬灯のように流れる記憶の中に呑まれて場の空気すら感じれず、気がついたら時刻は20時をまわっていた。


「助けるって言ったのに······」


帰ろうとした時、後ろから紛れもなく彼女の声が聞こえた気がして振り返った。

しかし、気のせいのようだ。空耳まで聞こえる程に僕は追い込まれているのか。


何も考えられない。病院から外に出ても周りの音も聞こえない。聞きたくもない。


「うぉーー!!」


僕は目を瞑り、耳を塞いでがむしゃらに走った。途中で誰かの足も踏んだ。誰かの肩にもぶつかった。迷惑がられていることも分かっていた。それでも周りのことなんてどうでも良かった。

前にもこんなことあったな、と思った。僕は幸のことになるとなんでこうまでにもなるのか。自分でもこんな狂っている自分が嫌になる。

しかし、こんなことでじゃないと自分を抑えられない。十分抑えられていないと思うが、これでも最低ラインであることは自分が1番分かっている。


僕は走った。前も見えなくて音もあまり聞こえない。そんな中全力でどこを走っているのかさえ分からずに。


しかし、世界は意地悪だ。そんな僕を無理やりとでも止めようとする。


急に、耳を塞いでいても聞こえるほどの聞き慣れた騒音が耳に響いて、反射的に目を開けてしまった。

目の前には車。その距離は手を伸ばしたら届くか届かないかくらい。相手側も夜だから直ぐには気が付かなかったのだろう。


そのまま呆気なく、僕は街灯も少ない路上で車に跳ねられた。


7月 14日 午後20時35分 21歳

読んで頂きありがとうございます。

修正点等がありましたら教えて頂けると幸いです。

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