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1 出会いと別れのカウントダウン

「ピッピッピ⋯⋯」


狭い病院の個室の中、静かな空間に鳴り響く微かな心電図の音が、耳障りだった。

僕は、この音と見慣れた真っ白な天井をどれだけ邪魔に思ったことだろう。

窓の外からは外の綺麗な景色がベランダで遮られていて、今、あまり動けない僕にはとんでもなくでかい壁だった。


「いるわけなんてないよな⋯⋯」


既に、記憶から抹消していたはずだった彼女の姿が突然脳裏をよぎった。また幻覚かと恐怖が心の底から湧き上がってきたけど、どうやら違うらしい。

急に流れ始めた涙を痩せた腕で拭った。涙を見せないように目を隠し、なるべく声も消した。


「⋯⋯忘れろ! (さち)のことは⋯⋯」


自分を言い聞かせるように(ささや)くと、僕はゆっくりと目を閉じた。


9月3日 午前8時12分 15歳

────────────────────────


松陰(しょういん)は言いました。「自分の命は今日で終わり そう思ったとたん、視界から余計なものがきれいさっぱりと消えて、自分がこれからどこに向かうべきか、目の前に太くて真っ平らな道が、一本伸びているんです」と。つまり、君達には常にこの気持ちを持ち続けて欲しいと思います。人はいつ亡くなるかは分かりません。だからこそ、君達には今できる全力を尽くして欲しいのです。特に、今年は皆さんにとって高校受験を受ける年ですからね」


うんざりするくらい吉田松陰のことが好きで、いつも国語の時間になると一人で吉田松陰を語っている国語担当教師の渡辺(わたなべ)。多分、クラスの大半は渡辺の話に耳を貸さず、私語と、クスクスといった嘲笑(ちょうしょう)が教室いっぱいに広がっていた。

しかし、僕は休み時間みたいでこの時間が嫌いではなかった。

授業終わりのチャイムが鳴り終わっても話し続けるという、たった一つの部分を除けば⋯⋯。

結局渡部は、いつものように学級委員の海斗(かいと)が直接止めにいくまで止まることを知らなかった。

その後は、普通に授業を受けて弁当を食べて掃除をするとさっさと帰宅した。


特になんの変わりもない僕の生活だった。


夜、たった1通のメッセージが、僕のスマホに届くまでは⋯⋯。


(わたる)くんに伝えたいことがあります。公園に来てください!』


という文字と送り主の名前がスマホの画面に映ると、僕の体が一気に熱くなる感覚が分かった。

それは、僕の想い人である「鈴木 幸」からであった。

何回も届いたメッセージを心の中でリピートすると、心が踊るような気分になって、僕は勢いよくベッドに飛び込んだ。

そして、枕をぎゅっと抱きしめて想像した。彼女と僕が隣で並んで歩いている所を⋯⋯。


また体が熱くなった。


公園というのは、おそらくここで間違いないだろう。

少し古いブランコに、錆びた鉄棒、耳がかけていて色がおち始めたパンダの乗り物。

大してデカくないし、はっきり言うと汚い公園だと思った。

幼稚園児の頃はもっと綺麗だったこの公園と遊具は時代に逆らえず、年々古くなってきている。

今の僕がブランコに乗れば、吊るしてある鎖がちぎれてしまいそうで怖く思える程だ。

その矢先に僕の視界に入った彼女はそれに腰を掛けて、一人静かに俯いていた。

白くて綺麗な肌に肩よりも少しだけ長めの綺麗な黒髪。少しだけ風が吹いていたから、その風になびく髪と仕草がより一層彼女の魅力を引き立てた。

待たせてしまっている身分なのに、その姿にまた見惚れてしまっていた。


「遅くなってごめん。僕に用があるのかな」


「⋯⋯あ⋯⋯あ、えっと⋯⋯その⋯⋯うん」


僕が来たことに気づいていなかった彼女は、僕の存在に気付くと慌ててブランコから離れて僕の目の前まで歩いてきた。

そして、自慢の髪をいじりながら、こちらに視線を向けた。


「急なんだけど、好きです! 付き合ってください!」


散々大きな声で叫ぶと手で赤く染った顔を隠し、また俯いた。

僕は、その様子がおかしくて、少し笑ってしまうと彼女は不思議そうにこちらを覗いた。

ただ、僕も冷静だった訳では無い。

体温がより一層上がって、背中に汗が通っていく感覚が分かった。足も少し震えていた。多分、僕も緊張しているんだろう。


「僕でよければ、よろしくお願いします」


断る理由なんて、どこにも見つからなかった。

彼女は成績優秀でもなければ、スポーツもあまりできない。少し顔は整っているから男子からの人気は高いが、彼女には他の人にはない人間性があった。

きっと僕は、彼女のその人間性に惚れたんだと思う。


「はぁ⋯⋯緊張したぁ。でも亘くん! これで私達カップルなんだよね? ね!?」


彼女は手を後ろに組んで、胴体と顔をほんの少しだけ前に押し出して言った。


「そうだね」


今日はいつもより冷える夜だと思っていた。しかし、いつの間にか寒さなんて感じなくなった。むしろ暑いくらいだ。

だから彼女も、こんな感じなのかと気になった僕は、彼女の頬を軽く触れてみることにした。触れた瞬間、彼女は軽く声を上げて顔も触れる前より赤くなっていた。


熱い――


目を合わせようとすると何故か、彼女は何かを待つように目を閉じていた。

手を離して欲しいのかと思い、ゆっくりと離して、もう開けていいよ、と声をかけた。

不思議そうに目を開けた彼女は、少し戸惑っているようにも見えた。それから彼女はキョロキョロと周りを見渡した。


「どうしたの?」


「えっと⋯⋯いや、さっきのなんだったの?」


「手?」


「うん、それ」


「あぁ、それは気にしないで。特に意味は無いことだから」


「え? キス⋯⋯してくれるんじゃなかったの?」


「キス? まさか、そんなんじゃないよ」


彼女は、え? っと言うと、今にも火を吹きそうなくらい赤面した。

耳まで真っ赤になった顔で僕を睨むと、もう、知らない! と一言だけ残して、公園から走って出ていってしまった。


「待っ⋯⋯僕、何かしたの⋯⋯?」


明日学校で彼女にちゃんと謝るか⋯⋯。

原因は分からないけども、僕が、彼女を怒らせてしまったことには変わりはないはず。今日もう一度家に帰ってから考え直そう。


今日は本当に色んな体験をした。

好きな人と話したり、告白されたり、よく分からないけど彼女を怒らせてしまったりしたけど、楽しかった。恥ずかしかった。


そして、こんな日がずっと続くように、と願った。

しかし、現実はそう上手くいくわけでもなく、ここからが僕と彼女にとっての悪夢の始まりだったのかもしれない。


6月1日 午後8時42分 15歳

読んでいただきありがとうございます。いつも、決まった時間に投稿するわけでないですが、これからもよろしくお願いします


「覚悟の磨き方」 超訳 吉田松陰 編訳 池田貴将 引用しました

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