魔王を殺せ!!!!!!!!!!!!!!
「チクショウ、テメエの叫び声は何てデケんだよ!!!」
龍の声が止んでなお、弥助は息も絶え絶えに耳を塞ぎ続けた。
鼓膜が片方破れた。
心臓が張り裂けそうだ。
右の耳の穴から、血が噴き出しているのが分かる。
「……くっそ、耳の聞こえがすっかり悪い…。
腹斬られたから思うように立てねえし……」
弥助は、ノロノロと立ち上がっては、ギロリとキクコを睨んだ。
キクコは「早く誰か助けに来てたもう……」と、酷く怯えた様子だ。
その時、弥助はハッとした。
人間の少女のような見目を誇る、目の前の少女の頭に控えめながら。確かにツノが生えている……。
彼の脳裏、自分に殺人を依頼して来たギャルの声が蘇って響き渡る。
『あまり人目のある場所では言えない名なのだけど、小さな女の子よ』
『当然。
成功した暁には、一生ご馳走を食べても余りあるほどの大金を約束するわ』
国中に響き渡るほどの声を発し、
ツノなんて生やして、
おまけに口から火を噴き出す存在。
(まさかこいつ……)
弥助の口角がーー静かに持ちがったーー。
彼は、刃にそっと手を掛けた。
相次いで襲い掛かる災難が、彼の目を血走らせているようだった。
そうだ、今目の前にいるのは魔王だ。
どういうわけか空から降ってきて、自分の目の前に落ちて来た宝石箱。
弥助の前ーー小さな魔王は震えながら、路地の入り口からやって来るはずの助けの姿だけを待ちわびている。ただ縮こまってはギュッと目をつぶり、セイツェマン、セイツェマンと頼りにしている7つ目の臣下の姿を思い浮かべて強く念じた。
しかし、どれだけ長く待とうとセイツェマンは来なかった。
また、弥助が刀を振るってくる気配もなかった。
不思議に思ったキクコは、そっと目を開けて辺りを見た。
すると、弥助の背中が遠くに見えた。
どういうわけか、弥助はキクコから酷く離れた場所でアグラを搔いては、鼻息荒く肩を震わせていた。
「ーー言っておくが話しかけて来たらぶち殺すぞ。
おれは今、ある事で悩んでるんだ…。
なあに簡単な仕事だろう、大金が手に入る」
弥助は、アグラを掻いた足を激しく揺らしながら、イライラしたような声色で問いかけた。
「…………聞いてた以上に幼いな。
お前幾つだ?
……………
…….
ーー答えろ!!答えねえとブチ殺すぞ!!!!」
「……もうすぐ…ご、58歳じゃ…」
キクコは、肩をびくりと震わせてそう答えた。
「……人間の年齢でいうとそれは何歳になるんだ?」
「た…多分7つくらいじゃ……」
「そうか、お前はやはり龍か……」
弥助は目を細めた。
金目に目が眩む自分を殺すように、強く息を呑んだ。
そして、決意に震える拳を地面に叩きつけて立ち上がった。
身体がふらついた。
「くそう…血が足りねえ……」
弥助はそのまま何も言わず、キクコの真横を通り過ぎて、
細長い路地の入り口へと吸い込まれるように進んでいく。
「ま、待て!!
お主はわたしを狙う刺客の1人ではないのか?」
殺される。
そう思っていたはずのキクコは、思わず叫んだ。
片耳の聴力を失った弥助は、その声が聞こえていないのか
血のにじむわき腹を抑えながら、ズリズリ…ズリズリ……と、下駄を引きずって歩いていく。
「ま、待て!!」
キクコは叫んだ。
弥助は面倒臭そうに言った。
「あ?
悪いがおれはこの街を出る…。
お前が死のうがどうでもいいが、おれは降りる」
「ふぬ。
なんじゃ聞こえておるのだな!
ち、治療をしてやろう!!
じきにわたしの声を聞きつけた強い守り人たちが、ここに駆け付けるはずじゃ!!
わたしは魔王なのじゃ!!
お前を刺客と間違えて耳に傷を負わせてしもうた!!
すまん……。
平和の為、この都を訪れておきながら、魔王たるわたしが人を傷付けていては示しが付かん……、戦争を終わらせることは亡き母さまとわたしの夢じゃ……。
わたしは本当は魔王などやりたくないのじゃが、龍に生まれた力を平和の為に使いたいと思っている……。
だから、城にーー」
「ーー断る」
そう言い捨てるように言って、弥助は刃の切っ先をキクコへ向けた。
「チビに世話なんざされたくねえ」
ーーーーと、その時、路地に一陣の風が吹き抜けた。
それは目にも留まらぬ速さで弥助の横を通り抜けてゆき、
それはーー二本の足で地を蹴りつけながらーー、
魔王キクコの元へ猛進する。
「まさかおれ以外の刺客か!?」
弥助が眉を吊り上げた。
風のような速さで路地を駈ける男は、キクコの眼前で刀を大上段に振り上げると、「ふはは、目撃者が多くては困る、こんな絶好の機会はねえ!!!金だ金だ!!魔王の命貰ったわああああああ!!!!」と、声高に叫んだ。
その刺客の名はアデルバーン。
人間世界至高の剣士にして、魔王を守るという名目で人間諸国が魔王の近くへと送り込んだ、裏世界や諸国の息がかかった暗殺者だった。




