006.突然の死と責任
村長が死んだ。死因は老衰。そして、遺体の第一発見者は僕だった。
流行り病で奥さんと息子を失って以来、猫のミーちゃん以外に家族のいなかった村長。最近、少しばかり体の調子が悪いだなんてことを言っていたから、滋養強壮の作用がある薬を調合して持って行ったところ、ベッドに横たわったまま動かなくなっている彼を発見した。傍らにはミーちゃんがいて、ニャーニャーと悲しげに鳴いていた。
慌てた僕は、すぐに蘇生魔法を使用したのだけれど、老衰による死には蘇生魔法も通じないらしく、ただただ派手なエフェクトが周囲を照らしただけだった。どうやら何をしても無駄だと悟った僕は、それでも謎の焦燥感に駆られたまま、隣の家に駆けこんだ。
後日、村長の葬儀には当然のように全村民が参列した。弔い方も日本のような火葬ではなく、遺体を棺に入れての土葬だった。葬儀では、村の青年団と、冒険者ギルドから派遣された聖職者とが色々と取り計らってくれた。
また、こちらでの喪服代わりなのか、皆どこかしらに黒い布を巻いていた。そんな習慣を知らない僕は、日本と同じように全身を黒い服で統一し、シオンさんはエルフ式なのか僕に合わせてなのか、膝下まである黒のワンピースだった。
後で聞いたところ、元々はこちらでも全身に黒い服を纏う方が正式な作法で、しかしそれらを持っている者の方が少ないため、代わりにこういう形になっている、とのことだった。また、衣服を準備できない戦場などでも同様の方式が取られるそうだ。
棺には村長が生前使用していたパイプや杖、彼自身が描いた家族の肖像画などが入れられていたので、僕が届けようとした薬も一緒に入れてもらった。残された唯一の家族である愛猫のミーちゃんは、シオンさんの腕の中で撫でられるまま、じっと村長の顔を見ていた。まるで飼い主の死が理解できているようで、それがまた、参列する弔問客の涙を誘った。
葬儀に参加しながらも、僕はどこか実感が無かった。いくらか付き合いがあったから、やはり多少は悲しいのだけれど、こんなことはゲーム内で起きなかった出来事だったので、驚きの方が大きかったのだと思う。また、現実世界でも人の死にこんなに密接に関わったことが無かったので、人が死ぬときというのはこういうものか……という感覚が、心のどこかに存在していた。
「ミーちゃんは、我が家で預かりましょう」
「……ああ。私も丁度、そう言おうと思っていたところだ」
僕とシオンさんは、葬儀の最中にそんなやり取りをしていた。おそらく村長唯一の心残りはミーちゃんのことだろう。好奇心旺盛な彼女(ミーちゃんは牝だった)はすぐに迷子になってしまうが、僕が預かれば何の心配も要らない。恐らく、ほとんど家族同然なシオンさんと同様に、一緒に住むようになれば常時青い点でマップ上に表示されるようになるはずだ。
「……ニャア」
僕たちのやり取りを聞いていたのか、ミーちゃんがこちらを見上げて鳴いた。これからよろしく頼む、とでも言いたかったのかもしれない。
◇
葬儀が終わると、意外な展開が待っていた。
なんと、その場で次の村長を選ぶことになったのだ。多少性急に過ぎるような気もしたけれど……確かに、それぞれの生活がある中で村民全員が集まる機会がそうそうあるはずは無い。それが一番効率が良く、一番確実に民意が反映される方法なのだろう。
しかし、展開は更に思いもよらぬ方向へ進み始めた。村長候補の筆頭として、僕が名指しされたのだ。先の村長がかなりの老齢だったこともあって、村の最長老が務める名誉職なのかと思っていたのだけれど、どうやらそういうワケでは無いらしい。
冒険者としての日々の活躍、近隣町村や各種ギルドとの交流、災害時の救助活動や堤防の造成といった村への多大な貢献……村の青年団の代表らしい若者が、いかにヨータ・クライスという人物が村長に相応しいかを力説し、周囲からは肯定的な声が上がる。……いや僕、クライシなんですけど。
「そうだそうだーっ!! っむぶ…っ!?」
主である僕が褒められているようで嬉しかったのか、一番大きな声で賛同していたのが隣に立つシオンさんだったので、以前のように慌てて口を塞いだ。村長になるなんて、どう考えても貧乏くじな気がしたのだ。村の長だなんて偉そうだけれど、周囲からの過大な期待に応え続けなきゃならないなんて、それこそ奴隷に等しいんじゃなかろうか。
僕は慌てて主張した。若者の言うことは間違ってはいないが、あくまで自分はよそ者であり、また若年に過ぎると。しかし、この主張はまるで通じなかった。村で一番大きな家(というか、城)に住んでいる人間がよそ者であるはずがない。また、若年であることは問題では無く、むしろ人格者でさえあれば老齢であるよりも好ましく、今回のように村の代表者が突然亡くなってしまうということも避けられる、と言い返されてしまった。
最早、ぐぅの音も出ない。僕一人がどうあがいたところで、その流れは変えられなかった。
◇
村民たちによる先の集会で、名前を「クライス城」と改められてしまったマイハウス。クライシだって言ってんだろ……と呟きながらリビングの椅子に座り、僕は頭を抱えた。ふと気づいて、ステータスウィンドウを開く。
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名前:倉石 陽太
職業:エルサ村の長
HP(体力)
99999/99999
SP(持久力)
9999/9999
MP(魔力)
9999/9999
STR(筋力):9999
VIT(耐久):9999
AGI(加速):9999
DEX(器用):9999
INT(魔攻):9999
MND(魔防):9999
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うっわ、本当に村長になってるよ……って、あれ? 僕は今、村長であり冒険者であり薬屋(そしてもしかすると建築家)でもあるはずなんだけれど、これって何が優先で表示されるんだ? たくさん椅子があるのにわざわざ僕の隣に座るシオンさん……彼女の職業欄は、未だに奴隷のままなのに。基準は一体何なんだ……?
「村長就任、おめでとう! まさかヨータに先を越されるとは、流石だ!!」
「あ、ありがとうございます……」
村長というのがどういうものなのかイマイチ分からず、先のことを考えて気が重い僕と違い、シオンさんは大分ご機嫌だった。どうやらエルフの集落では「村長」が一番偉い存在らしく、僕がその役職に就いたのが嬉しくて仕方ないらしい。でも、村長と村長って読み方が違うだけで、同じものなのかな……いや、ちょっと待てよ?
「先を越されたって、どういう意味ですか?」
「む? ああ、言ってなかったか。我がリーゼ家は集落の中で最も旧い一族だからな、代々、村の長を我が一族の家長が務めているのだ」
ちなみに今の村長は私の父だ、と自慢げに大きな胸を張るシオンさん。着ているワンピースごと、何かがぷるんと揺れる。ブラジャーくらい着けなさい。
「……って、それだー!!」
「え?」
ガタン、と音を立てて勢いよく立ち上がる僕に、シオンさんとミーちゃんとがビクッと反応してこちらを見上げる。うん、驚かせてしまって申し訳ない。しかし、将来のことを考えれば、コレが一番良い選択だろう。
「シオンさん、僕にお父さんを紹介してください!!」
「ななななな、なぬぅ…っ…!?!?」
そうだ、村長なんてゲームでも経験したこと無いし……こういう時は先達の知恵を借りれば良いんだ。シオンさんのお父さんに、村長とはどういうものかを聞きに行こう。それに、数千年の歴史があるエルフの掟を上手く取り入れられれば、この小さなエルサ村もますます発展するに違いない。
暗闇の中で光明を見出した気がして、僕のテンションは一気に上がった。
◇
こうして僕は、気付かぬうちに自身の退路を絶っていったのであった……。