005.おうちを建てよう
数日後。エルサ村内の道を歩きながら、僕は一人ニヤニヤしつつステータス画面を眺めていた。
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名前:倉石 陽太
職業:Bランク冒険者
HP(体力)
99999/99999
SP(持久力)
9999/9999
MP(魔力)
9999/9999
STR(筋力):9999
VIT(耐久):9999
AGI(加速):9999
DEX(器用):9999
INT(魔攻):9999
MND(魔防):9999
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職業欄には「Bランク冒険者」の文字。更に上位のAランク冒険者であったバールさんをデコピン一発で倒したとはいえ、流石に何の実績も無い僕が高ランク冒険者の仲間入り出来るわけもなかった……のだが、本当は駆け出しのCランクで落ち着くはずだったのを、シオンさんのうっかり発言でBランクまで格上げされてしまったのだ。
彼女の失言で発覚した、僕の行為……つまり近隣の山賊討伐は、エルサ村で唯一のAランク冒険者であるバールさんでも手を焼く仕事だったらしく、それを確認したギルド側から、急遽Bランクの認定を受けることになった。あまり目立ちたくなかったから最低ランクで十分だったのだけれど、これはこれで良しとしよう。
一方、僕の従者(ということで落ち着いた)であるシオンさんも、Bランク冒険者として認定されることになった。どうやら山賊たちを僕一人で全滅させたというシオンさんの言葉を、彼らは謙遜と受け取ったようだ。当然と言えば当然か。
そのことで、僕はシオンさんのステータスが変更されることを期待したのだけれど、そこにあるのは相変わらず「職業:奴隷」の文字。がっくりうなだれて考える。夢の中だというのに全然僕の思い通りにならないのは一体何故なんだろうか。
兎に角、とりあえず職に就くことは出来たので、あとは冒険者として依頼を請け負うだけだったのだけれど……正直、エルサ村で受けられる依頼には大したものが無かった。ステータスウィンドウから別のタブ……「登録済み依頼一覧」を開く。
<未達成:フォレストウルフ10匹の討伐>
<未達成:薬草の入手と解熱剤の調合>
<未達成:隣町への手紙の配達>
<達成済:迷い猫を探せ>
これらは本日の分として先ほど受けてきた依頼だ。もう半分くらい冒険というより何でも屋という感じがするけれど。迷子の猫探しに関しては、受けた瞬間にマップ画面に対象が緑色の点で表示されたので、依頼を受けてから5分で終了してしまった。
あまりのスピード解決に、猫を受け取った依頼主も目を丸くしていた。これで、後はギルドの担当者であるあの老人……通称ギル爺さんに報告すれば依頼クリアというわけだ。うーん、ちょろい。
残りはとりあえず、手紙の配達から始めよう。
◇
マップを確認しながら一直線に山中を駆け抜けて、初めて訪れる隣町に対する感動もなく、さっさと手紙の配達を無事済ませた僕は、その帰り道に森へ寄って薬草を採取し、襲い掛かってきたフォレストウルフも無事に討伐した。今日は所用があるということでシオンさんと別行動だったから、周囲への遠慮も必要無い。本気を出すと環境破壊が著しいから、手加減は必要だけど。
また、クエスト対象を緑色の点として表示してくれるマップが非常に便利で、植物の知識なんて欠片も無い僕でも、簡単に薬草を集めることが出来た。
あとは解熱剤の調合だけだ。これはシオンさんが詳しそうだから聞いてみるかなー……ということで、本日別行動のシオンさんと宿屋で合流して、自分たちが借りている部屋で解熱剤の調合にとりかかる。僕の調合スキルは例によって完ストしてるから、調合された解熱剤もより高位のものが出来上がった。
調合の最中、今日の出来事を細かく報告してくれるシオンさん。今日はどうやら故郷へ無事を報せる手紙を出していた、とのことらしい。その他は、正直どうでもよい話ばっかりだった。どうも、昨日巻き起こした舌禍に関して僕から受けた説教が後を引いているらしい。
「もう怒ってませんから、普通にしてください」
「……うぅ…っ、すまない…っ」
僕が溜息をつきながら言うと、シオンさんは涙目になっていた。どうやら説教されたのが余程堪えていたようだ。山賊たちに捕らえられていた時のメンタルの強さはどこに行ってしまったんだろうか。
◇
「……ああ、随分と早いな」
迷い猫探しの達成証明書に、郵便物の受取証、フォレストウルフを討伐した証拠となる尻尾10本と、調合した解熱剤を持って現れた僕を見て、ギル爺さんは大して驚いた風でもなく呟いた。元々感情の起伏があまり無いような人物だったけど、もう少し驚いてくれても良いんじゃないかな。ちなみにシオンさんを無用に連れまわすとまた何を口走るか分かったものじゃないので、宿屋に置いてきた。
「ふむ、どれも本物のようだな。ホレ、合わせて2シルバ300ブロンだ」
1シルバ=1000ブロン……1ブロン=1米ドル=100円換算で、大体23万円の稼ぎか。ここ数日で、合わせて9シルバ(約90万円)くらい稼いでいるから、このままのペースでいけば念願の一軒家だって夢じゃ無い。
「そういえばギル爺さん、ここら辺で家を買おうとしたらいくらくらいですか?」
「……何を言っとるんだ。こんな村に家を売ってる業者がおるわけなかろう。ここでは大体が皆、自分たちで家を建てているんだ」
「え……?」
つまり、農業ギルドや畜産ギルドの組合員同士で助け合って、家を建てたり橋を架けたり、魔物除けの柵を造ったりしているらしい。他と比べて規模の小さい冒険者ギルドの建物がやたらとみすぼらしいのも、それが原因のようだ。
「え、じゃあ他の冒険者の皆さんはどうしてるんです?」
「お前さんみたいに宿屋で暮らすのは金がかかるから、空き家を借りたり、ギルドが所有する家屋の部屋を借りたりしているのがほとんどだ。……まぁ、今のところどちらも一杯のようだが」
残念だったな、というギル爺さんの言葉に、僕はうーんと唸ってしまった。
◇
「家を建てます!!」
翌日の朝一番で、僕はシオンさんに堂々宣言した。こうして言葉にしておかないと、途中で心が折れそうだから、なんて口が裂けても言えないけれど。とりあえず、当面の目標は決定した。僕の言葉に一瞬ぽかんとしたシオンさんだったけれど、やがてみるみると顔を紅潮させて口を開く。
「それはつまり、私たちの愛のs―――」
「違います」
言わせはせんよ。ということで、まずは土地の確保だ。一先ず、村長さんのところへ行ってみようということになった。
「おぬしには恩もある。家なんぞ、空いているところに建てれば良ぇ。なぁ、ミーちゃんよ」
村長さんは、迷い猫の飼い主でした。そんなわけで話が超スムーズに進み、言質をとることに成功した。村長さんが皺だらけの手を伸ばすと、迷惑そうな顔をしたミーちゃんが前足でそれを払う。もう完全に見下されている様子だったのがちょっと可哀想だったけれど、本人は幸せそうだし何も言うまい。
次は家の候補地を探しだ。水害や土砂崩れといった自然災害に合わずに済みそうな場所というと結構限られてくる……のだが、やはりというかなんというか、そういった場所には既に家が建っていたり畑があったりして、マイハウスの候補地が見つからない。
結局、村の中に家を建てるのは諦めて、森の中に土地を造成することにした。
◇
冒険者ギルドの依頼をこなしながら、マイハウスの建築に勤しんでいく。
場所は、村からほど近い所にある小高い丘の上。近くには川も流れていて、水場にも困らないだろう。村から見て川上だから、生活排水が流れてくることもないだろうし。
そこに生える巨木を引っこ抜いては放り投げる。周囲は森なので、村民から見られることも無い。土地をある程度掘り返したら、山賊のアジトから切り出してきた石を使って埋め潰す。そうやって数日掛けて出来た土台の上には石を綺麗に素手で削り整えながら並べていく。
また、よく行く隣町の建築ギルドでセメント(石灰石とかで作るアレ)のレシピを教わることが出来たので、有り金を使って材料を大量に仕入れ、試しにコンクリートを作って石と石との隙間を埋めてみた。完全に固まった基礎部分は頑丈で、これなら上に家を建てても沈み込むこともないだろう……と思う。
そうしてまた数日の間を過ごしているうちに、近くを流れる川が氾濫した。マイハウス予定地までは至らなかったものの、村とを繋ぐ獣道は完全に水没してしまった。森の中もかなり酷いが、村もかなりの被害を受けた。
その日の僕は、寝る間も無かった。土砂に埋まった人や川で流されてしまった人を、マップウィンドウで位置確認しながら助け出したり、呼吸が止まっていたり怪我をしていたら蘇生魔法や治癒魔法で治してあげたり、災害の混乱で迷子になってしまったミーちゃんをまた見つけ出したり。この活躍で、僕はAランク冒険者に格上げされることになる。
僕の縦横無尽の活躍で辛うじて死者数ゼロで乗り切ったのだけれど、これはどうにかしなくてはならない。そう思い立った僕は村長の許可を得ると、川幅を広げて周囲に堤防を造り、その氾濫に備えた。
シオンさんはシオンさんで、宿屋の女将さんから料理を習って僕に弁当を届けてくれたりした。まだ上手じゃないけれど、手作りのそれは温かみのある味で、なぜかホロリとさせられた。
堤防が完成すると、村ではかなり喜ばれた。農業・畜産の村内二大ギルドによって大きな催し物が開かれ、村長からは、その日を村の祭日とする旨発表された。村娘たちからはなんだか熱い視線を感じたけれど、それら全てシオンさんによって遮られていたようだった。
家造りへ戻り、石とコンクリートを使って壁や階段を組み上げていく。所謂組積造の建物を造ろうとしているのだけれど、これはこの地に地震が無いというのを確認してのことだった。そもそも、そうでなければボロボロの冒険者ギルドはとうの昔に崩れ去っていただろうけど。この壁造りの作業に、一番多くの時間を使うことになった。
この辺りで、一つの問題にぶつかった。資金が底をついたのである。堤防の作成に、山賊たちから奪った金品含めて私財を投じてしまったのだから当然だったが、僕の建築スピードが異常に早いため、冒険者としての収入が追いつかなかったのだ。仕方なく、副業として薬を販売することにした。僕の調合スキルで作成する薬はどれも一級品で、毎日飛ぶように売れていった。こうして、資金の問題は解決した。
屋根を造る際、乾燥させた木材を使う必要があったが、それらは冒険者ギルドの依頼を通して知り合った材木商から安く譲り受けることが出来た。冒険者としての仕事を通して、結構あちらこちらに良いコネクションが形成されていて、助かることが多い。
冒険者としての僕の仕事ぶりが常人離れしているからというせいもあるのだろうけれど……今では、このエルサ村に遠方から依頼が届くことも多くなってきた。僕が忙しいときはバールさんたちが請け負っているようだけれど、結構ひいひい言っているらしい。ギルドも儲かっているのか、建物の建て替えを検討しているそうだ。堤防を完成させた僕に依頼したいなんて冗談を真顔で言っていたけれど、丁重にお断りした。
屋根が完成すると、内装に取り掛かる。主に、床板を張っていくのがメインの仕事で、テーブルや椅子などの家具は、面倒なので隣町で買い揃えることにした。家の中の設備で一番力を入れたのはお風呂だ。広く大きい石造りの風呂は僕の渾身の作。広すぎて、湯を沸かすのに僕が炎魔法を使わないといけないのが玉に瑕だが。温泉が掘れれば楽なんだろうけど、近くに火山もないから難しいだろうな……。
最後に、マイハウスと村とを繋ぐ道を石畳で舗装する。これまでは村人に来てほしく無かったから足場の悪い中で材料を運搬していたけれど、もう完成間近だし作業風景を誰かに見られても問題無いだろうとの判断だった。
◇
そして季節は廻り、作業開始から一年近くが経ったころ、ようやくソレは完成した。村長や材木商、各ギルドの人たちなんかを含め、色々とお世話になった方々を呼んでお披露目会をしたのだけれど、皆が目を丸くして、異口同音にこう言った。
家っていうか、城じゃん、と。
「お疲れ様、ヨータ」
「ありがとうございます、シオンさん」
僕たちの家を見た皆の反応を無視して、二人で微笑み合う。……これで、どうにかシオンさんと別室で寝ることが出来そうだ。良かった良かった。