004.冒険者ギルドへ
数日の間、エルサ村の宿屋で過ごしてきた僕とシオンさん。とりあえずスリープの効果時間は実証されたので、シオンさんには申し訳ないけど、毎晩こっそりと睡眠魔法をかけることで僕は安眠を得ていた。しかし、いつまでもこんな生活を続けるわけにはいかない。
いい加減夢から覚めても良いころだと思うのだが、現実世界の方で僕はなかなか目覚めてくれない。僕は、寝坊助な自分自身にフラストレーションを溜めつつ、この世界についての情報を集めることにした。エルサ村で手に入れられるソレには限りがあったけれど、それでもこの世界の状況について大まかに知ることが出来た。
まず、この世界にはラスボス=魔王がまだ存在している。人類側の三大国家相手にイケイケの攻勢に出ており、戦線から遠いこの村からも男たちが何人か徴兵されていったとのことだ。まぁ、送られたのは嫌われ者ばかりだったらしく、誰も気にしてはいなかったけれど。
次に、僕が頼りにしているこのマップウィンドウ。この世界の住人には見えていない。それどころか、自分のステータスウィンドウを開くこと自体、彼らには出来ない。魔術の類として知られてもおらず、魔術師であるシオンさんは僕の質問の意味すら解っていなかった。
ここで一つの事に気付く。僕には、シオンさんのステータスウィンドウを開くことが出来たのだ。方法は簡単。シオンさんのことを思い浮かべながら、ステータスウィンドウを呼び出すだけ。しかも、これまで呼び出す際に声に出していたけれど、これも必要ないことが解った。これは他のNPCにも適用でき、そのステータス群は、やはりゲーム内の平均値と同等だったのだが……しかし、同時に問題も発覚した。
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名前:シオン・ゼ・リーゼ
職業:奴隷(所有者:倉石 陽太)
HP(体力)
98/98
SP(持久力)
11/11
MP(魔力)
52/52
STR(筋力):8
VIT(耐久):7
AGI(加速):14
DEX(器用):28
INT(魔攻):53
MND(魔防):51
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いやぁ、典型的な魔術師だなぁ。エルフということもあって、器用さの数値も高めだ。それに魔力もすっかり回復したようで良かった良かった……じゃなくて、なにこの職業欄!? 本当に奴隷になっちゃってるじゃん!! しかも所有者まで表示されているとかさ……本当に、他の人に見えなくて良かったよ。確かに、ゲーム中でも奴隷の所有者を殺して、彼らを解放するイベントとかあったけれど……。
あれ? 僕、他のエルフたちに狙われることになったりしないよね?
「なんだ、ヨータ……そんなに見つめられると照れるぞ?」
「いや……なんでもないです」
奴隷なんて職業(というか身分)なのに楽しそうなシオンさん。新たな問題と恐怖を抱えつつ、僕はもう一度自分のステータスウィンドウを開く。そこにあるのは「職業:無職」の文字。現実世界では学生という身分を謳歌していたけれど、こっちの世界ではそうもいかない。いや、オーディールにも剣術学校や魔術学校はあったはずだけれど、夢の中でまで勉強する気にはなれない。そもそも頭が悪いのだ、僕は。
となると、なにかしらの職業に就かないと、この無職の文字からは逃れられないというワケだ。別に夢の中であくせく働く必要は無いけれど、逆にこういった夢の中だからこそ、出来ることは試してみたいとも思う。……それに無職の奴隷持ちなんて、どこかヒモっぽくて嫌だ。
まだしばらくは大丈夫だけれど、山賊たちから頂戴したお金も有限だし、シオンさんと同じ部屋に泊まり続けるのにも限界がある。ここは一つ、何かしらの方法でお金を稼いで、職業と住処(最低二部屋以上)を手に入れたい。
そこで重要になってくるのが、ギルドの存在だ。現実世界で言うところの職業組合である。手に入れた情報によると、農産ギルドや畜産ギルドなどがこの村の主だったものだったけれど、その他に冒険者ギルドも存在していた。まぁ、冒険するゲームのスタート地点に冒険者のギルドが無かったらおかしな話だけれど。
とりあえず僕は、シオンさんと連れ立って冒険者ギルドの門を叩いた。
◇
門を叩いた、なんて立派そうな表現を使ったけれど、実際のところエルサ村の冒険者ギルドはなかなか貧相な造りだった。近くにある農業ギルドや畜産ギルドの茅葺の大きな建物とは違い、質素な石造りで……ぱっと見は他のギルドの倉庫くらいにしか見えない。一応、門番というか見張り当番らしい人間が、入口の脇にある椅子に座っているけれど……農作業用の麦わら帽子を目深に被って居眠りしているようだった。
「ふむ。なんというか、ボロいな」
「……言わないでください」
ゲーム内では建物の大きさなんて気にしたことが無かったが、こんなボロボロの建物しか維持出来ないギルドに入って、大丈夫なんだろうか。多分、その集落ごと産業の大きさに比例して建物も立派になっているんだろうけど……だとすれば、初期村の冒険者ギルドなんて、こんなもんだろうか。
居眠り中の見張りに咎められることもなく、僕は冒険者ギルドのドアノブに手をかける。ギイイイ、と油の足りない蝶番が音を立てて僕らを歓迎してくれた。建物の中は外見から感じるより広かったが、埃っぽくて暗いため本当に倉庫のようだった。これなら山賊のアジトの方がよほど立派だったな、なんてことを考える。
入って正面にあるカウンターに座る老人が、僕らの方をぎろりと睨む。お酒の匂いがするのは、ここでそれらを提供しているということか。近くにあるテーブルの一つには、冒険者らしい男が一人。酔い潰れているのか、突っ伏して眠っていた。
「エルフのお嬢さん、こんなところに何の用だね?」
老人が、そう言ってシオンさんへ視線を合わせる。いや、用があるのは僕なんだけど、どうやら彼の目には僕たちが「魔術師エルフとその従者」のように映っているらしかった。いやまぁ、確かに「就職希望の少年とその奴隷」だなんて思わないだろうから、そう考えるのが普通なんだけど。
「用があるのは私ではなく、ヨータだ」
「……何?」
シオンさんの言葉を受けて訝しげな表情になる老人。鋭い視線をこちらに向ける。僕は、それに対してにへらと笑って応える。
「あの、冒険者になりたいんですけど……」
免許を貰うにはどうすれば良いですか、と尋ねる前に、爆笑された。笑ったのは目の前の老人ではなく、テーブルに伏せていた酔っ払い冒険者。どうやら眠ったフリをして、こちらの話を盗み聞きしていたらしい。
「……貴様、何故笑う?」
当然だが、僕はこんなこと言わない。恩人であり主人である僕が笑われたのが余程頭に来たのか、シオンさんが敵意剥き出しで冒険者の男に詰め寄ったのだ。心の中でやめてやめてと叫ぶ僕。
「そんな貧相なガキが冒険者になろうだなんてよぉ、これが笑わずにいられるかっての」
そう言って立ち上がる男。纏っていたマントに隠れていて分からなかったが、その身は筋骨隆々。背丈も僕より背の高いシオンさんが見上げるほどで、重量だけなら僕の二倍以上は確実にありそうだった。彼が腰に提げている剣も、僕が持つには大きすぎるくらいだ。
「何だとっ? もう一度言ってみろ!!」
そんな大男相手だというのに、シオンさんは構わずに噛みついていく。更に、腰に提げた細剣の柄に手を掛ける。更に、余計なことを口走る。
「貴様が何者であろうと、我が主への無礼は許せん…んぐっ!!」
「へ? あるじぃ?」
見た目的な主従が逆転して混乱する男。カウンターの老人も、目を見開いていた。うわぁ、とシオンさんの口を慌てて塞ぐ僕。シオンさんに後ろから抱き着く形になって色々と柔らかいものが腕に当たるけど、そんなことに構ってはいられなかった。
「なんだエルフ女、お前、そのガキの従者なのかよ?」
「んぐぐ…っ…ぶは、私は、従者では無くっ、奴隷だ…んぶぅっ!!」
「やめてやめてやめて、シオンさんやめてぇ!!」
奴隷とか口にするの恥ずかしくないのかこの人は!! そういうこと言っちゃダメだって、わざわざ言い聞かせておかないと分からない子なの!?
「奴隷、奴隷ねぇ……?」
シオンさんの言葉の意味を理解したのか、ニヤニヤと笑いだす男。なんだか面倒なことになりそうだな、という僕の想像通り、男は続けて「じゃあ」と切り出した。
「その奴隷を賭けて、俺様と勝負しようぜ? まさか、負けるのが解っているから嫌だとは言わないよなぁ?」
「当たり前だ、馬鹿者め…んぐっ…!!」
「ちょっとシオンさん!! 馬鹿者は貴女だよっ、脳筋そうな男の見え透いたワナに引っかかるとか…っ!! 馬鹿そうなこの男より馬鹿なんじゃないの!? ……って、あれ?」
馬鹿は僕もだった。思わず口走ったその言葉を聞いて、こめかみに青筋を浮かせる大男。カウンターの向こうから三人の馬鹿を見て、老人はやれやれと溜息をついた。
「とりあえず、殺し合いは建物の外でやっとくれ」
◇
大男の持ちだした賭けは成立してしまった。賭けの対象は、僕側がシオンさん、大男側が全ての財産。しかも、この大男……名前はバールというらしい……が、ギルド側に僕の冒険者免許の発行まで確約させてしまった。どうやら、このバールさんに勝てるくらい強いなら、冒険者になっても文句は無いということらしい。脳筋そうなこの大男、冒険者としてはなかなか優秀なようだ。僕としても、本来いくつかのクエストを得て手に入れるはずの免許が簡単に手に入るのなら、嬉しい。
「でも身ぐるみはがされて、お金まで無くなったら、貴方困りませんか?」
「ククク、心配はいらねぇよ」
負けるわけが無いからな、と暗に匂わせるバール。はてさて、その実力はというと……。
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名前:バール・ロイヤー
職業:Aランク冒険者
HP(体力)
258/258
SP(持久力)
49/49
MP(魔力)
2/2
STR(筋力):59
VIT(耐久):38
AGI(加速):11
DEX(器用):8
INT(魔攻):1
MND(魔防):5
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……弱い。わかりやすく脳筋で、ステータスの平均値が10程度しかない普通の人間と比べたら強いのかもしれないけれど、どうしたって僕のステータス値とは雲泥の差がある。彼がなにをどう頑張っても、僕には傷ひとつ付けられないだろうな。それよりも……。
「ヨータ、そんなヤツは山賊どものように肉塊にしてやれ!!」
「……シオンさん、あとでちょっと話があります」
ギャラリーの中で騒ぐ彼女の口を塞がないと、今後も色々と面倒なことに巻き込まれてしまいそうだ。……あと、本当にバールさんを肉塊にしないように、気を付けよう。