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003.無自覚な脅迫


 夕刻。エルサ村に辿り着いた僕は、とりあえずその日の宿を探すことにした。……と言っても、エルサ村に宿屋は一軒だけなので、文字通り村人に場所を聞くだけなのだけれど。本当は、マップ上にしっかり表示されてはいるんだけれど、初めての村で迷いもせず宿屋へ辿り着くなんて、周りから見て不自然だろうしね……。


「お一人様一泊30ブロン、食事付きなら50ブロンとなります。とはいえ本日の夕食は、もう簡単なものしか準備できませんが……」


 如何なさいますか、と朗らかな笑顔でいう宿屋の女将さん。1ブロン=1米ドルくらいの設定だったはずだから、食事付きでも大体5000円くらいか、と計算する。現実世界なら安いんだろうけど、初期村としては安いのか高いのか分からないな。


「いや、二人だから100ブロン、1万円か……」


 僕はそう呟いて、背後に立つ人物を見る。どことなく楽しそうなその女性の名前はシオン・ゼ・リーゼ。エルフの中でも代々続く氏族の跡継ぎの女性だ。エルフらしく絶世の美女である彼女は、ここに至る道中も男女問わず数多の視線を奪いまくっていた。そもそもこの世界では、人間と友好的な種族とはいえ、エルフ自体がレアな存在なのだ。


 本来であれば自らの幻術で目立たない風貌に「変身」するらしいのだが、魔力が尽きかけている現状ではそれもままならないらしい。まるで、若すぎる風貌の母親が授業参観に来ちゃった心境というか、そういう恥ずかしさが僕を襲いまくっている。引き籠りゲーマーな僕は、目立つのがあまり好きじゃないのだ。


「ええと、じゃあ二人、というか二部屋で……」

「あら、申し訳ございません、お客様。今空いているのは二人部屋ひとつだけなんです」


 まさか別の部屋を申し込まれるとは思っていなかった、と言いたげに女将は困った表情をする。それ以上に困ったのは僕だったけれど、一人だけ困ってない人がいた。


「それで構わぬから、是非同じ部屋にしてくれ。むしろベッドだって一つで構わん」


 ちょっと黙っててくれませんかね、シオンさん。



 ◇



 エルサ村へ向かう道中、僕は先刻シオンさんが言っていた台詞の意味を聞いていた。つまり「これからも」やら「末永く」やらの言葉のことだ。


「簡単な話だよ、ヨータ」


 シオンさん曰く、エルフは元来から義理堅い性格で、受けた恩は必ず同等のもので報いなければならないらしい。もしソレが出来ない場合は一族から追放され、最悪、自ら死を選ぶことすらあるのだとか。いや、全然簡単な話じゃないんですけど、つまりソレって。


「私は、もう少しで山賊どもの慰み者にされそうだった。そしてヤツらが飽きれば奴隷として売り払われていただろう。そこを君に助けられたのだから、私は君の奴隷となって当然なのだ。いや、そうならねばならぬ」


 自信満々にそういう彼女に、僕は頭を抱えた。いや、コレが夢だということは分かっているから、奴隷どうこうは大した問題じゃない。一番問題なのは、コレが僕の願望なのかどうかということだ。


 ゲームの主人公になり、見たことも無いくらいの美女を、腕っぷし一つで悪漢たちから助け出して、しかも自身の奴隷とするだなんて設定、ちょっと、いやかなりショックを受けてしまう。そんなこと考えるような人間じゃないと自負していたのに……。


 僕は、恐る恐るシオンさんへと尋ねる。


「あの、それをもし僕が拒否したらどうなるんですかね……?」

「我が一族はエルフの中でも有数の氏族だからな……その跡継ぎが受けた恩の一つも返せないとなると、それはまさに恥辱でしかない。ならば、私は誇り高い死を選ぼう」


 頭痛が痛い。死が誇り高いとか、意味が不明すぎる。


「えーと、それって、自分を人質にした脅迫じゃないですかね?」

「何を言う。私は、私と一族の誇りを守るために死ぬと言っているのだ。誰にも迷惑はかけんぞ」


 いやそれ、大分迷惑なんですけど。そんな僕の想いはシオンさんへ届く気配が無い。もしかしてシオンさんって、空気読めない子?


「じゃ、じゃあ、末永くって……」

「普通、人間が奴隷として売られた場合、それは死ぬまで奴隷なのだろう? であれば、私は死ぬまで君の奴隷だ」


 当然だろう、と言うシオンさんの言葉に、僕はもう何も言えなかった。美人エルフの奴隷持ち男なんて、悪人そのものじゃん。でも拒否したら死んじゃうんでしょ、この人……うわぁ、どうしよう。



 ◇



 そんなワケで、僕とシオンさんが同じ部屋に寝泊まりするのはちょっとマズい。


 何がマズいのかと言うと、目覚めがマズいのだ。ここは夢の中。夢の中でエロいことをしてしまう。そしてその結果、何が起きるか。勘の良い方ならお気づきだろうから続きは言わないけれど、とにかく目覚めた時に最悪の気分になるのが解り切っている。


 だから僕はそういう雰囲気を極力避けたかったのだけれど、悪いことに結局僕たちは同じ部屋で寝ることに。しかも彼女、どうやらお酒に弱い体質だったらしく、夕食に出てきた少量の葡萄酒で完全に酔っぱらっている。数口飲んだ辺りでもう様子がおかしかったから、嫌な予感はしていたけれど……。


「さて、ヨータ。腹も満たされたし、寝よう。今すぐ寝よう」

「ちょ、ちょちょちょちょちょ、シオンさん待ってってば……っ!?」


 あー眠いなーなんて、棒読みで言いながら、その表情はヤル気満々に見えるシオンさん。顔どころか指の先まで真っ赤にした彼女は、僕の腕をその手で掴むと、宿屋の食堂から自室へと引き摺っていく。現実世界で学生である僕の見た目は西洋人から見たら子供にしか見えないだろうから、見る人が見たら犯罪めいた光景だろうなと思う。そこ、あらあらなんて笑いごとじゃないんだよ女将さん!!


「ちなみに私は初めてだからな、優しくしてくれ」

「僕だってシタことありませんよ!? じゃなくって、僕っては処女願望まで!?」


 部屋へ引き摺り込まれベッドへ放り投げられた僕と、そこに覆いかぶさるシオンさん。力を込めて突き飛ばしたいけど、こんな状況でちゃんと手加減できるか自信が無い。もし突き飛ばそうとした腕が彼女を貫通しちゃったら、ファンタジーじゃなくてミステリー、いやホラー作品になっちゃうよ。


「私は君の奴隷だ。何をされても文句は言わん。力任せにしてくれて構わんぞ」


 僕の顔に口付けしようとするシオンさんの攻撃(?)をギリギリのところで躱しながら応える。


「だから、そんなことしたら、死んじゃいますよっ……って」


 あ、そうだ。


「こら、逃げるんじゃ――」

「スリープっ!!」


 え、とシオンさんが目を丸くした次の瞬間、僕の呪文が彼女を睡眠状態へ落とす。バサ、と長い銀髪が僕の顔を覆う。耳元では、シオンさんの寝息。くそー、寝息まで可愛い。しかも、こうして抱き着かれた状態で感じる彼女の胸も、結構ふくよかなようだった。エルフなのに巨乳とか、僕の欲深さは底が知れないな。


「はぁ、これからどうしようか……」


 僕は顔にかかる銀髪の合間から天井を見上げながら、呟いた。とりあえず、もう二度とシオンさんにお酒は飲ませまい……。



 ◇



「ああ、良い目覚めだ。よく眠れたな、ヨータ」

「ソーデスネ、シオンサン」


 僕の呪文で朝食の時間まで熟睡していたシオンさんと、初めての呪文の効果時間が分からず、いつシオンさんが起きて襲われるかとビクビクしながら一睡も出来なかった僕。どうやら、昨日のことは記憶に無いらしい。


「お酒って、怖い……」

「?」


 若くして、お酒と女の怖さを知った僕なのだった。



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