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002.奪う人たち

「弱ったな……」


 僕は、エルサ村の様子を森の中からこっそりと覗き見ていた。モンスターや山賊避けのための柵に囲まれた村の中には、農作業や畜産業に従事する村民の姿が見える。その見た目は当然、日本人じゃなく西洋風のソレだった。


 とりあえず、普通の人間が暮らしていることにホッとしつつ、しかし裸同然の姿で彼らの前に出ていくのはどうしても憚られた。いくら夢の中とはいえ、羞恥心が消えてなくなってくれるワケでは無いらしい。ゲームの中では裸装備でも一部NPC(ノンプレイヤーキャラクター、つまりゲーム内の住人)から皮肉を言われるだけだったけれど、ここでもそうだとは限らない。いや、現実みたいなこの世界では、ちょっと皮肉を言われただけでも恥ずかしくて死ねるぞ僕は。


 そんなワケで、僕は村民の皆さんの質素な生活ぶりを横目にしながら延々と踏ん切りがつかずに辺りを右往左往していたのだ。ていうか、それこそが不審者の行動そのものだった。……と、そこで僕は閃いた。



 ◇



 エルサ村からいくらか離れた山中。元々は何かの採掘場という設定だったはずのソレは、マップに表示されているとおり、そこにキチンと存在していた。低レベル帯で最初に訪れるダンジョン、その名もズバリ「山賊のアジト」である。


 ゲームの中で一度クリアして以降は山賊の姿が消えてしまっていたのだけれど、ここはやはり二周目世界なのか、見張りの山賊がしっかりと立っていた。


 ゲーム内では、エルサ村を含め周囲の村落に繋がる道中で住民を襲って金品を巻き上げるだけでなく、女性や子供を誘拐して奴隷として売り払ったり、自身たちの性奴隷として扱ったり、またそこに金持ちの子息が含まれていれば身代金を要求してみたり、となかなか好き放題やっていた。……つまり、慈悲をかける必要性が皆無だということだ


「服くらい奪っても、誰も文句言わないよね……」


 僕は、自分に言い訳するように呟いて、拳を握った。



 ◇



「や、やめ…っ…助けンびゅ…ッ!?」


 僕に殴られて顎から上が吹き飛んだ山賊の頭。頭の頭が吹き飛んだ、なんて読みづらいしダジャレにもならないなぁ、なんて考えながら、その体が倒れるのを見届ける。元坑道である山賊のアジト内はあちこち血塗れ、文字通り血生臭いことになっている。


 僕の体にも、あちこち返り血がついていて気持ち悪い。ただこれは、素手で殴っているんだから当然とも言えた。勢い余って、相手の胴体を腕で貫いたりしちゃってたし……最後の方はようやく手加減出来たけれど……今後、同じくダンジョン攻略をするにしても、何かしら武器が必要だな、と考える。でないと、服が何枚あっても足りやしない……って、いや、今は一枚もないんだけど。


 さて、それよりも。


「この表示はなんなのかなー……」


 そう言って僕が見たのはマップ画面、そこに表示されている白い点だ。このゲームではマップ上で味方NPCを青い点で、敵性NPCを黄色い点(こちらに気付くと赤い点になる)で、無害なNPCを白い点で表示する。


 最後に山賊の頭を討伐したことで黄色や赤の点はすっかり消えてしまったワケだけれど……戦闘が始まってからこっち、そのNPC反応は全く動く気配が無かったのだ。……もしかして。


「……誘拐された人かな」


 そんなイベント、ゲーム内には無かった。精々、牢屋の中に白骨化した死体が転がっているくらいだったはずだ。まぁ、最初のダンジョンからそんなにイベント目白押しじゃストーリーが進まないからね……。なんにせよ、もし捕まっている人がいるなら助けてあげないと、と思う。


 そしてやはり、マップが示すその場所にあった牢の中には誘拐されてきたらしい人物が独り。


「あのー、助けに来ましたよー。山賊は全員倒しましたよー」


 安全ですよ、敵じゃないですよアピールをしながら、暗がりに佇むその人物へと近づいていく僕。


「な、何者だ……?」


 それでもやっぱり怪しかったのか、男らしい口調でそう言われたけれど……それはどう考えても女性のものだった。僕は、山賊たちの使っていたカンテラ(携帯用のランプ)でその人物を照らした。そして、思わず口から洩れる言葉。


「うっわ、美人……っ」


 そこにいたのは、途轍もない美女。フードを被っているから解り辛いけれど、それでもその美しさは見て取れる。日本人女性、バリバリの外国人女性ともまた違う、ハーフっぽいというか。一番解り易い例えは、JRPGに出てくるヒロイン、かな。いつだって、彼女たちはどれもあり得ないくらい美人で、どこか少女っぽさを残していて……外国人プレイヤーからは不興を買うこともあるけれど……ある意味、日本人ゲーマーの理想像みたいな女性が、そこに存在していた。


「……君には、私が女に見えているのか?」

「え? 女にというか物凄い美女にしか見えませんけれど……」


 どういう意味だろうと考える。日本語喋っているようで、実は違う言葉を話しているとか? なんか、女性の顔が赤いけれど気のせいだろうか。もしかして、怒ってるのかな。なんて、僕の悪い頭で考えたところでなにも思い浮かばないので、直接聞いてみることにした。


「えっと、どういう意味です?」

「……あ、ああ、山賊どもの慰み者にはなりたくないのでな、男に見えるよう幻を纏っていたのだ。まだ、幻術は切れていないはずだが」

「あー、なるほど!!」


 この人、魔術師か。そういえば僕、パッシブ(常時発動)スキルで状態異常も無効化されてるなー。でもコレって、かなりやり込んだプレイヤーだけの特殊技能というか、この世界じゃまず在り得ないスキルだよなー。その美女の不審そうなジト目に、僕は耐えられなかった。


「えっと、僕って幻術効きにくい体質なんですよぉ~」


 とりあえず嘘でやり過ごそうとする僕。どうせ一期一会、ここで助けてあげたら二度と出会うことなんて無いだろうし。


「た、体質だと……? いやしかし…そんなこと、あるのか……?」

「ありますあります、よくあります!!」


 ゲームの中では……と心の中で付け加えつつ、牢とは反対側の壁に掛かっていた鍵を使って牢屋を開け放つ。永く監禁されていたのか、足元がおぼつかない女性。咄嗟に支えると、女性の身体からとても良い香りがする。うーん、山賊たちよく気付かなかったなぁ……。


 僕の疑問を感じ取ったらしい女性は、わざわざ答えてくれた。


「山賊どもは、私が女だと気付いていたさ……。しかし、幻とはいえ男にしか見えない女を抱く気にはならなかったのだろう。私が弱って幻術が絶えるまで待つつもりだったらしい。それに、いつまで持つか賭けの対象にもなっていたようだ……」


 いつ幻が消えるのかと、ヤツらはニヤニヤしていたよ……と呟く女性。彼女がこうしてフラフラしているのはそれでか、と思う。幻術による継続消費によって魔力の限界が近かったのだ。つまり、僕が現れるのがあと少し遅かったら、彼女は悲惨な目にあっていたということだ。


「いやはや、間に合って良かったですねぇ……」


 僕がしみじみとそう言うと、女性は一瞬きょとんとした顔をして、小さく笑った。


「自分が助けたというのに……まるで他人事のように語るのだな、君は」

「え、そうですか? でも僕、服が無くて困ってて、山賊たちから奪いにきただけなんです」


 そんな僕の台詞に、今度は大笑いする女性。それに驚いて、今度は僕がきょとんとする。


「え? どうしたんです?」

「いや、クク…っ…私は、服のついでかと思ってな…あははっ!」

「あ! いや、別にそういう意味で言ったんじゃないんですけど……」


 慌てて弁解する僕に、堪え切れないといったように笑う女性。……まぁ、楽しそうだから良いか。とりあえず、着れそうな服を探そう。



 ◇



 その後、山賊たちの持ち物を漁った僕は、無事に目的の衣服を手に入れた。……僕にはサイズがちょっと大きくてブカブカだったけれど、仕方ない。文句を言おうにも、相手はもういないし。代わりに彼らが蓄えていた金品も貰っていこう。これでしばらく生活には困らないハズだ。


「ああ、自己紹介が遅れたな……私の名前はシオン。シオン・ゼ・リーゼだ」


 山賊のアジトを出たところで、女性……シオンさんはそう言ってフードを下ろす。そこに現れたのは、美しい銀髪と長い耳。なるほど、エルフか。道理で美人なワケだ。


「僕はヨータ。えーと、ヨータ・クライシです、シオンさん」

「やはり、私がエルフだと知って驚かないのだな」

「普通の人間にしては美人すぎますし」


 僕の言葉に、再び顔を赤くするシオンさん。病気かな?


「ふむ、ヨータ……ヨータか。では、これからもよろしく頼むぞ、ヨータ」


 末永くな、というシオンさんの笑顔に見惚れて、僕はついつい「はい」と返事をしてしまう。……ってなんかおかしなこと言ってないかな、この人。


「これからも? 末永くってどういう意味です?」


 僕の質問に、シオンさんは楽しそうに微笑むだけだった。



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