001.終わりは始まり
サブタイ旧題「終わりは始まり」&「見覚えのある世界」
「お、終わったぁ……」
暗い部屋の中。唯一、煌々と光を放つモニターの画面を呆然と眺めながら、僕は呟く。いつの間にか、手にしていたコントローラーが、床に敷かれた薄いカーペットの上に落ちていた。そして、ピコーンと言う音と共に、画面中央に現れる文字。
<おめでとうございます。貴方は見事、全てのOrdealを達成いたしました>
オーディール。それは直訳で試練と名前を付けられたファンタジーゲームだ。各ゲームショーへの出展が無く発売直前まで無名だったものの、発売されるやいなや口コミで評価が広がり、現在、全世界で1億本のビッグセールスを記録している……まさにモンスタータイトルだ。
最早そのパッケージ版にはプレミアがついていて、通常価格で購入できるのはダウンロード版のみだ。僕は運良く、発売初期に日本国内向けのパッケージ版を購入していた。
海外製のゲームでありながら、日本でもドラ〇エ以来の社会現象とまで言われ、テレビではこのゲーム内に登場するキャラクターのコスプレをするタレントが売り出されていたりして、その知名度も一般にまで広がっている。
最大の見どころは、その完成度だ。グラフィックやストーリーは元より、地球に似た惑星と生態系、プラスアルファのモンスター群も無理なく共生していて、進化の過程を辿れるような生き物も多数存在している。
そんな内容が、ゲームディスク一枚に収まるわけもなく、最新機種であるハードの容量一杯に追加データをインストールする必要があったのが玉に瑕だったが、それを差し引いても素晴らしい出来で、没入感もまた抜群だった。
そして、このゲームには「ある特徴」があった。
文字通り多数のオーディール……つまり試練が用意されていたのだ。レベルを最大まで上げろ、全てのアイテムを集めろ、全てのボス敵を倒せ、というよくあるようなものから、全ステータス値のカンスト、全パーティーキャラクターの信頼値MAX、全婚姻対象キャラクターの愛情値MAX、ラスボスのノーダメ討伐、隠しダンジョンの攻略、おつかいクエストのオールクリア、マップ上の最高地点への到達……といったものまで。数え上げればキリがないほどの項目数。ジョークとして「これ一本で100年遊べる」だなんて例えが出るくらいだ。
どれもこれも、ストーリーモードを普通にクリアするだけなら必要の無いものだったけれど、世界的にヒットした今作をコンプリートしようと、世界中のプレイヤーが我先にとオーディールの世界へ没頭していった。
また、それには別の理由もあった。
発売日当日、公式HP上で、世界で最初に試練の達成をコンプリートした者には超豪華な特典があると発表されたのだ。それを受けたプレイヤーたちは、ますますゲームにのめり込んだ。
……しかし、それでも未だ、全てをコンプリートした猛者は現れていない、らしい。これを世界で最初にコンプリートするのは誰か、だなんてネット上ではお祭りになっているようだった。
<貴方が世界初のオーディールコンプリートプレイヤーです>
だから、再びの電子音と共に現れたその文章を読んで、一瞬頭が真っ白になった。……世界初って、世界で初めてってこと?
「……本当に?」
自分自身の目を疑う文句。
日本語バージョンをプレイしてはいるけれど、ゲームの内容そのものは世界共通。そしてコンプリート情報も世界共通だ。つまり僕は、本当に世界中で最初にこのゲームの試練を全てクリアしてしまった……ということになる。
しかし、夏休みの間中、ネットの盛り上がりすら無視してオーディールをやり込んでいたのだから、急にそんなことを言われても困るだけだった。元々、世界中で盛り上がっていたそのノリに参加していたワケでもないし、自慢したい相手もいない。でもまぁ、一応……。
「とりあえず写メ撮っとこ……って、え?」
ディスプレイに向けて、スマホのカメラを向けパシャパシャと写真を撮っていると、画面上の文章が変化していることに気付く。そこには、こう書かれていた。
<最速コンプリート特典を受け取りますか? ●はい 〇いいえ>
違和感を覚える僕。
あれ? もしかして、これが公式HPで発表されていたヤツなんだろうか。でも、アレってゲーム内で受け取る系のものなの? なにか……海外で開かれているゲーム大会の賞金や、ゲームのロケ地への旅行、もしくは次回作への出演、みたいなものを想像していたんだけどな……。
第一、受け取りますか、ってなんだろう。しかも、最初から「いいえ」にカーソル合わせてあるのが気になって仕方ない。ゲームをしている人は分かると思うけれど、それはつまり「選択する前によく考えてくださいね」という開発側からのメッセージだ。
折角手にした特典を、自ら破棄できるって……もしかすると、取り返しがつかない系のモノなのかな。敵の強さが更に上がっちゃうような、ハードモード解放とかやり込み系の。それならば選択式なのも頷けるけど、でもよくある二周目特典すぎて、世界最速特典としてはちょっと弱い。
そもそも、本当に世界中でたった一人にってことなんだとしたら、ただの高難易度化は無いだろう。僕だけそんな特典受け取っても意味無いし……。だけど、折角くれるというものを受け取らない、というのもなぁ……ゲーム自体、ここまでプレイし尽くしたら、他にもうやることも無いし。何より特典が一体なんなのかが気になって仕方が無い。まぁ、大々的にやってるものだし、少なくとも悪いことにはならないだろう。
そんなワケで僕は……最後には当然のように、カーペットの上に転がっていたコントローラーを拾い「はい」にカーソルを合わせて決定ボタンを押した。
◇
最初に感じたのは風、そして光だった。先ほどまで、暗い部屋の中で椅子に座ってコントローラーを握っていたはずの僕なのに、その一瞬の光に目を瞑った次の瞬間――。
「うわ、うわうわっ、なんだこれぇ…っ…!?」
目の前に広がるのは、星。いや、星空が広がっているとかっていう比喩的な表現じゃなくて、巨大な惑星が眼前に存在している。というか、僕がとてつもなく高い場所、もうほとんど宇宙との境目みたいな場所にいるのだ。地球は青かった、なんて言ってる場合じゃないし、そもそもアレは地球じゃない。地球じゃないけど、その地形には見覚えがあった。何が起きてるのか理解できなくて、一瞬周囲を見回してコントローラーを探してしまったりしていた。
そして。
「え…っ、お、落ちるぅうううう……っ!!?」
高いところにあるものは、低いところへ落ちていく。重力の影響下にある限り、この法則からは逃れられず、ましてやこんな高い場所にいる僕は、下へ下へと向かってみるみる加速していく。当然ながら僕にはスカイダイビングの経験なんて無かったから、姿勢制御も出来ずに錐もみ状態で手足をじたばた。馬鹿みたいに、捕まるところを探したりもするけれど、そんなものは存在するはずもない。
落ちていくパニックの中、せめて海面や湖面に落ちれたら助かるだろうかだなんて考えたけれど、冷静になれば無理に決まっていた。しかも、くるくると回転しながら無様に落ちていく僕が、そんな的確に方向を変えられるわけないのだった。「スカイダイビング-パラシュート=墜落死」……この式が頭に思い浮かんで、僕は更なるパニックに陥る。
「ぎゃ、ぎゃぁあああぁぁああああああああああああああ―――っ!!!!!」
後で聞いた話だと、僕の悲鳴と墜落音は、その場所から一つ山を越えて聞こえていたらしい。……うぅ、恥ずかしい……。
◇
「い、生きてる……」
自分でも何が何だか分からないまま地面に叩きつけられて、これは死んだなと思った僕だったけれど、嬉しいことに生き永らえていた。寿命は盛大に縮まったろうけど。ほとんど隕石が落ちたかのようなクレーターの真ん中で空を見上げる。極度の緊張感から解放されたせいか、目に涙が浮かんでしまう。自分の体を見下ろすと、どうやら無傷のようだ……着ていた衣類は無残な姿になっているが。
そこで、聞きなれた電子音が響いた。
<オーディールでの最高到達高度を更新しました>
再度、電子音。
<同じく、落下最長距離を更新しました>
目の前に開かれたのは、見慣れたウィンドウ。ゲーム内での試練を達成したり、数々の記録が更新されたりするたびに画面端に現れていたアレだ。それを見て、僕はようやく理解した。
「あー……これって夢か」
当然の帰結だろう。夏休みなのを良いことに、ゲームに熱中して徹夜かそれに近い日々を送っていたから、それが終わった瞬間に気が抜けて寝落ちしてしまったんだろう、と思い至る。もしそうなら、この非現実的な体験にも説明がつく。
一気に冷静さを取り戻した僕は、試しに体を動かしてみる。もちろん痛みはない。それならばと、よいしょよいしょとクレーターから這って抜け出す。立ち上がって良く見てみると、着ていたジャージの股間部分や手首足首部分といった布地が厚めのところ以外が綺麗に吹き飛ばされていた。その姿を客観的に想像してみる。
「変態じゃん……」
もしくはギャグ漫画の爆発シーン後。こんな姿で、一体どうしろってんだ。これが夢なら、次の瞬間違う場面になったり別の服を着ていたりしないのかな。
そんなことを考えながら、とりあえず周囲を見回す。落ちている最中はパニックで、そして落ちてからはクレーターの中にいたから気付かなかったけど、なかなか立派な森の中に僕はいるようだった。遠くから、ピーピーという何か野鳥らしい鳴き声が聞こえる。やはりというかなんというか、感じる雰囲気はオーディールそのものだ。上空から見下ろした地形も、ゲーム内で見たことがあったのだ。しかし、ゲームのし過ぎでこんな夢見るなんて我ながらハマりすぎだろう、と思う。
「あー、でもマップが欲しいなー……」
何の気なしにつぶやいた次の瞬間、電子音が鳴り、目の前に現れるマップウィンドウ。うわー便利だ。もう普通に夢の中、というかゲームの中にいる気分になれていたから、特別驚きもしなかった。そしてマップを見て気付く。ここって、オーディールの初期スタート地点である村の近くだ。よし、まずはそっちに向かってみよう、と歩き出す。裸のままじゃ人前に出れないけれど、とりあえずそういうことを考えるのはあとだ。どうせ夢の中だし、ゲームの中じゃ裸装備でも誰も文句は言わない。
歩いていると、所々でキノコや野草など、オーディール内での採集アイテムを散見する。僕たちの暮らす地球には存在しない(多分)植物群を見て、僕はよく出来た夢だなぁ、と関心した。
「はは、モンスターなんかもいたりして……」
独り言が多い、とはよく言われる僕だったけれど……自分でも愚かだったと思う。わざわざフラグを立てるなんて。ガサガサガサ、という複数の葉の擦れる音の後ろを振り向いた時、僕の視界に映ったのは敵意剥き出しの狼型モンスターの群れだった。思わず、ヒュッと息を飲んで後ろに倒れ込む。
<フォレストウルフ Lv.4>
そんな表示が、その狼たちの頭上に現れる。そう、アレは初期村周辺に生息するモンスターだ。ゲーム内だと木の棒なんかで倒せるレベルの存在だったけれど、目の前に現れたそれは迫力満点。サファリパークで車を囲まれただけでも、小心者の僕はちょっとビビっちゃいそうなくらいだ。
「あわわわわわ……」
さて、こんな時に皆さんはどうするだろうか。逃げる、大声を出す、死んだふり……色々手段はあるだろうけど、逃げるのはまず無理そうだったし、大声を出せるような度胸も無かった。死んだふりはそのまま食べられてフリじゃなくなってしまいそうだったので却下。そこで、僕は最も原始的な攻撃手段を取った。近くに転がっていた、大き目の石を投げつけたのである。
勿論、野球やソフトボールなんかの経験なんて無い僕だったし、投げたのは大きく重い石。現実世界なら持ち上げるのも一苦労であろうそれを投げて、本来は当たるはずもないのだけれど、そこは夢の中。放たれた自然石は真っすぐに相手のうち一匹に吸い込まれていった。
「え?」
効果は絶大だった。いや、絶大過ぎた。バンッという音と共に四散したのだ。石でなく、フォレストウルフの方が。投げられた石はそのまま後ろの木々をなぎ倒していき、驚いた他の数匹はそのまま散り散りに逃げて行った。残されたのは僕と、派手に抉られた森の一部、そして四散した元フォレストウルフの血肉。えっと……夢にしてはグロすぎない?
◇
その情報を見て、僕は唸る。
「なるほどなぁ……」
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名前:倉石 陽太
職業:無職
HP(体力)
99999/99999
SP(持久力)
9999/9999
MP(魔力)
9999/9999
STR(筋力):9999
VIT(耐久):9999
AGI(加速):9999
DEX(器用):9999
INT(魔攻):9999
MND(魔防):9999
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ステータス画面を開いてみると、そこにあったのは僕が頑張ってカンストさせたステータス群だった。普通の成人男性キャラクターの数値は体力が100、その他が平均して10前後だから、僕のそれは常人の千倍の数値だということになる。そんな人間が本気で石を投げつけたら、そりゃあ生身なんて吹き飛ぶに決まっていた。隕石の直撃を受けたようなものだろうしなぁ……。
試しに、近くに転がっていた石を拾って力を込めてみると、まるで泥の塊を握り潰したかのように粉々に砕けてしまった。そういえば、あれだけの高所から落下して地面に衝突したのに無傷だったのだから、あんなちょっと大きめの狼程度に噛まれたりしても傷ひとつつかなかったんじゃなかろうか、と今更ながら思う。
それに、ゲーム内だと自分が踏破、つまり行った場所しか表示されない仕様だったのだけれど、このマップは踏破率100%だ。多分ここはオーディール完クリ状態の世界なんだろう。初期村近くに落とされたということは、もしかすると二周目の世界なのかな。これはゲームにもあった仕様だったけれど、僕は一周目の状態で延々と試練を達成させて、最後の最後にエンディングに至って全試練を達成させたから、もしそうならばコレはある意味でゲームの続きをプレイしているかのような状況だった。
「とりあえず、人のいるところに行こう……」
そうして僕は、比較的安全であろう初期スタート地点の集落、エルサ村へと歩き出した。