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第七話 旧校舎の捜索

 深夜、何かの気配を肌に感じ、目を覚ます。

 上体を起こし、顔を動かして辺りを見渡す。すると、部屋の隅に制服を着た少女が立っていた。

 

 ――この夢はデジャヴだ。とすると、あそこにいるのは……


「透花さんですよね?」


 晴が少女に呼びかけると、反応したのか、こっちに向かってくる。徐々に顔立ちがはっきりしてきた。


「久しぶりと言った方がいいかな? それとも束の間ぶりかな?」


 少女は無邪気そうな笑顔でそう答えた。

 ベッドの前で晴を見下ろしているのは、正真正銘透花で間違いなさそうである。だが――


「そっか、霊体のあたしはそう呼ばれているんだね。魂魄のあたしとして君と会ったのは二回目かな」

「えっ? どういうことです?」

「今、君の夢を通じて話しているあたしは、アミュレットに封じ込められている魂魄なんだ」


 アミュレット……母に見せてもらった赤色のイメージを呼び起こす。

 そういえば、母の妹である芽衣も、青色のアミュレットを持っていたと言っていた。


「あたしが死んで肉体が消滅したとき、肉体から魂魄と霊体が切り離された。天に昇るはずだった魂魄はアミュレットに入り込み、成仏するはずだった霊体は十八年の歳月を経て、現世を彷徨う」


 霊体を感知した魂魄の彼女は、時折、霊体と視覚を共有することができるようになった。それだけではなく、不特定の人間が見る夢の中に、意識を飛ばすことが可能となった。おそらく霊体の視覚情報として取得した人間だけ。


「大多数のチャンネルの中から、君を探すのは骨が折れたよ~。連続で交信すると回復まで時間がかかるんだ。一回目の交信がうまくいかなかったのは、力を使い果たしていたからなんだ。君の夢の中へもう一度くるのに時間を要したのはそのためさ」


 前回の夢で彼女の言葉が途切れ途切れに聞こえたのには、そんな理由があったのか。

 

「さて、答え合わせといこうか。あたしがあのとき何を伝えたかったかというと、“あたしのアミュレットを見つけて――おねがい”だったのだ。まあわからないよね普通。今回伝えられたからよしとしよう。それでアミュレットがある場所というのは、君が通っている青蘭高校の旧校舎。現在は廃墟になっているけど、取り壊されずに残っているよ」

「よく十八年間アミュレットが残ってましたね」

「実はあたし、周囲に漂う霊体、自然や物に宿った魂魄と会話できるんだよ。その地域には強い力を持つ神様がいて、守ってもらってたんだ。それで、アミュレットの在り処はというと――」


 彼女の話によれば、校舎の二階奥に扉のない教室が一つあるらしい。そこは当時物置として使われてて、机とか椅子が散乱しているのだという。そこにある掃除用具入れのロッカーのちょうど真裏に、アミュレットが隠れているようだ。


「でも見つけた後どうすればいいんですか?」

「霊体のあたしに渡してほしい。触れた瞬間、霊体のあたしと魂魄のあたしが一体化し、二つの記憶が一つになるから」


 一通り話し終えたらしい彼女は、いつかのときのようにベッドの上に移動してきた。


「君が眞子ねえの息子なんだよね。つまり甥っ子か~。名前はなんて言うの?」

「晴って言います」

「晴くんか~。ふふ可愛いな。何か死ぬの勿体なく思えてきたな」

 

 彼女は、愛しさと寂しさが混じり合う微妙な表情をした。


「さてと、そろそろお暇しようかな。アミュレットを見つけた後、晴くんとは別の形で再会できると思う」

「最後に一つ聞いていいですか?」

「なんだい?」

「あのどうして――――いえ、やっぱりいいです」

 

 晴は直前で憚った。今この質問をしても、答えてくれない予感がしたから。


「そうかい? あたしとしても、晴くんに聞きたいことはいっぱいあるんだけど、我慢しておくよ。それじゃ、またね」


 彼女の身体は徐々にクリアになり、目の前から姿を消した。


 天真爛漫な印象の人だったな。陽葵や透花とはまた違う、いたいけな感じ。

 霊体と、魂魄、どっちが本性なんだろう。

 薄れる視界の中で、晴はそんなことを思った。


 次に意識を取り戻すと、瞼の外側が明るかった。

 あの明晰夢はついさっきのようだ。映像が鮮明に頭に残っている。

 紙を取り出し、忘れないうちに書き留めた。



 月曜日。学校に登校しいつも通り授業をこなし終えた。ただ、午後からは教師全員の職員会議があるらしく、午前中だけで放課後となる。

 活動を休みにしている部活も多いため、無名部も陽葵の家に集まることになった。

 一旦家に帰って昼飯だけ食べた晴は、私服に着替えて陽葵の家へと向かった。

 陽葵の部屋に案内される。透花は制服のままだが、陽葵は私服に着替えていた。厚手のジャケットにTシャツ、スカートと、ラフな格好だ。

 さっそく晴は昨夜の出来事を二人に話した。 

 話している最中、陽葵はうんうん頷いているのに対して、透花は首を傾げているのが印象的だった。


「なるほど、把握した。ここにいる透花は霊体。ハルの夢に出てきたのは魂魄なわけだ。その魂魄は旧校舎にあるアミュレットの中に眠っていると。つまり、そのアミュレットに触れれば透花の記憶が戻るということだな」

「そう言ってました」

「じゃあ今から旧校舎に向かうぞ。みんな支度するんだ」


 

 高台にある青蘭高校から五百メートルほど下ったところに、年季の入った外観の木造校舎がある。それが旧校舎だ。

 ボロボロの壁面、ヒビ入った窓、不快な落書き。それらが構成され、不気味な佇まいを演出している。夜には近づきたくない場所だ。

 三人は、雑草の生い茂ったグラウンドを抜け、昇降口に差し掛かった。

 割られたガラス扉の一つから校舎内へと入り、階段を上って二階へ。

 道中もひどい荒れようだった。歩く木製の床は埃だらけで、ガラスの破片が散らばっている個所もある。蜘蛛の巣に引っかからないのが不思議なくらいだった。

 脆くなった床が抜けないことを祈りながら、昨夜告げられた扉のない教室に向かった。

 教室内はお告げ通り、机と椅子が散らばっていた。

 アミュレットがあるという掃除用具の入ったロッカーはすぐに見つかる。だが、想定していた状況とは違っていた。


「横になって倒れているじゃないか」


 陽葵の言う通り、壁に接しているはずのロッカーは、床に倒れていた。

 その近辺を探してみるも、落ちているものは何もない。

 すると、透花が何かを見つけたようで、声を上げた。


「みなさん、机の上に携帯が置いてあります!」


 透花のそばまで近寄ると、黒色のスマホが確かにあった。

 陽葵が電源を入れて操作する。しかし指紋認証が必要なようで、持ち主はわからなさそうだ。


「誰かの忘れ物だろう。だとすると、誰かが一度ここを訪れたことになる。そして考えたくはないが、アミュレットの行方もこの持ち主が関係していそうだ」

「そんな偶然あり得ますかね?」


 十八年もの間隠され続けた物が、誰かに見つかるとは晴は到底思えなかった。


「透花と出会った時点から、偶然という言葉は辞書から葬り去っているよ、私は」

「え? わたし?」


 二人に見つめられた透花は戸惑っている。

 陽葵の言うことはもっともだった。透花との出会いを偶然と片づけることは不可能。晴は考えを改め直した。

 と、そのとき、スマホの着信音が鳴り響いた。

 その発信源は、晴でも、陽葵でもなく……


「ひま先輩! 黒いスマホに電話が!」

「持ち主かもしれない。ええっと発信先は――」


 その発信相手の名前を見た二人は、驚愕した。


「佐田龍二……!? 何であいつが」

「やはり運命の歯車は動き出しているのか?」

「あの、みなさん大丈夫ですか?」


 晴、陽葵の尋常でない様子に、透花は不安そうに尋ねた。


「いえ、大丈夫です。心配させてすみません」


 晴は透花を安心させようと、笑みを作る。

 佐田隆二とは、晴と同い年の男。中学生時代、晴と同じバスケットボール部に所属し、センターとして活躍。チームとして欠かせない存在だった。そして青蘭高校に入学し、晴とともにバスケットボール部に入部。しかし、日に日に彼の性格がすさんでいき、素行が悪くなる。今では、部活にほとんど出ていない。


 スマホの着信は未だに途切れる気配なく、流行りの曲を流し続けている。

 と、そのとき、遠くから話し声が聞こえた。

 数人の男がこちらに向かってきているようで、階段を上る足音がする。

 陽葵が決意をした表情で、晴と透花を見た。


「ここは覚悟を決めるしかない。みんな気を引き締めよう」


 三人は頷いて、一つしかない出口を見つめていた。

 

 やがて、三人の男が、扉部分が空白の向こう側から教室に姿を現す。先頭のがたいの大きい男が佐田だ。身長百八十センチを越え、角刈り。

 先頭の佐田は、ここに人がいるとは思わず、面食らった表情をした。


「だ、誰だお前ら! って、あれ、よく見ると、旅籠と朝倉パイセンじゃねーか」

「旅籠は知ってるけど、もう一人の女は誰だ?」

「あ、俺知ってるぜ。確か佐田と同中で、バスケ部のマネやってたよな」


 後ろに続く二人もそれぞれの態度を示す。この二人も佐田と同じバスケ部員の一年で、一人は髪を金髪に、もう一人はリーゼント風にしている。


「何でお前らがここにいるのか知らねえけど、ダチがケータイ忘れたんだ。お前ら知らねえか?」

「もしかしてこれのことか?」


 陽葵が手に持ったスマートフォンを掲げる。


「そう、それだ。返してくれ」

「わかった返そう……と言いたいところだが、実は私たちは探し物をしててな。青色に光るラピスラズリのような特徴のネックレスなんだが、佐田は知っているか?」

「もしかしてこれのことか?」


 佐田は、ポケットから何かを取り出す。指で鎖部分をつまみ、こちらに見えるように垂らした。


「そうそれだ。そのネックレスを返してくれないか? 無理は承知の上、どうか頼む」


 佐田に向かって陽葵は頭を下げる。


「それは聞けねえ頼みだな。先に見つけたのは俺なんだ。所有権は俺にある。それともお前らの物だと証明できるなら話は変わるが」

「ならこちらもこのスマホを渡すことはできない」


 対等の交渉条件ではないにもかかわらず、陽葵は強気な態度で真っ向から立ち向かう。

 佐田の後ろにいた金髪とリーゼントが声を荒げる。

 

「おいてめえ、ふざけたこと抜かしてんじゃねーぞ!」

「自分が何言ってんのかわかってんのか!?」


 二人に怒鳴り散らされても、陽葵は全く動揺しない。


「筋が通っていないことなど百も承知。それだけそのネックレスは大事なものなんだ」


 陽葵の澄ました態度に、金髪とリーゼントは怒りが爆発寸前だった。


「おい佐田、こいつマジでヤっちまおうぜ」

「服をひん剝いて身体に叩き込んでやらないとな」


 二人がした下品な提案に、佐田は、


「まあ待て、俺も寛大な男だ――そんなに大事なものなら仕方ねえ。望み通り返してやるよ」

「本当か? 協力感謝する」


 色よい返事を聞いた陽葵は、彼に礼を述べた。

 困惑している金髪とリーゼントに佐田はそっと耳打ちをする。その後二人はニヤリと笑った。


 陽葵の手にはスマホが握られ、部屋の中央に進み出る。

 同様に、佐田の手にもアミュレットが握られており、中央に向かう。

 両者の距離が縮まり、手の届く位置で向かい合う。互いの身長差がありすぎて、向かい合うというより見上げ、見下ろす体だ。



「公平を期して、同時に差し出そう」

「オーケイ」


 陽葵の案に佐田は頷いた。

 

 ほぼ同時に右手を伸ばす。

 互いに左手で物を受け取る。

 佐田の左手にはスマホが戻ってくる。

 しかし、陽葵の左手にはアミュレットは戻ってこず、代わりに佐田の右拳が彼女の左頬にめり込んだ。


「ひま先輩!」

「陽葵さん!」


 机や椅子を巻き込みながら、陽葵は遥か後方に吹っ飛んだ。

 晴と透花は、すぐ陽葵に駆け寄る。頰全体が赤く腫れ上がっており、口の中が出血したのか、唇が赤く滲んでいる。

 

「わっははははは、どうだ俺の拳は。このペンダントよりも価値あるプレゼントになっただろう? ま、本気の一割も出してねえがな」

「佐田ーーーー!」


 一気に血が上った晴は、佐田に向かって走り出す。

 佐田に接近し、顔面目掛けて繰り出した拳は、空を切る。

 がら空きになった晴のみぞおちに、佐田の膝が直撃した。口から胃液を吐き出す。

 立て続けに足裏が腹部に突き刺さり、陽葵の跡を辿るように蹴り飛ばされた。


「晴さん! いやーーー」


 透花の悲痛な叫びが教室内にこだまする。が、晴、陽葵以外の耳には届いていない。


「弱っち―な、旅籠。おまえができんのはバスケだけか? つっても、もうやめたんだっけか」


 佐田とその友達二人が一緒になって嘲笑する。


「あ~、でもわかるよ。バスケつまんねえもんな。あんなのしてるより、女ハメてる方が何倍も楽しいぜ」

「おまえと、一緒にするな! 軽い気持ちでやってるおまえなんかに、バスケを侮辱する資格はない!」


 息も絶え絶えながら、晴はありったけの感情をぶつける。


「あ? んだとこら!?」


 佐田は眉間にしわを寄せる。


「なあ佐田……おまえ変わったよな。中学時代、一緒にスタメンでやってた頃のお前は、あんなに楽しそうだったじゃんか。あの情熱はどこにいったんだ?」

「うるせえな! バスケなんてただの遊びだろうが!」

「遊びなんかじゃない! そういう考えが全体の雰囲気を悪くするんだ! 本気で勝つことを目指してやってる他の部員に迷惑かけんな!」

「ハル、こんな奴に何を言っても無駄だ。馬鹿に付ける薬はないと言うだろう?」

「ひま先輩! 大丈夫なんですか?」


 立ち上がった陽葵は、座ってるハルに近づき、隣で腕を組む。

 気丈に振舞っているが、腫れ上がった頬が目元を圧迫していて痛々しい。


「ああ、顔に後遺症のできる心配以外はな」

「おい、アマ、あんま調子乗んなよ」


 佐田は拳をポキポキ鳴らし、威圧する。


「お前のすかした態度が気に食わねえと前から思ってたんだ。いい機会だ、男の怖さってのを身体に覚えさせてやる。おいお前ら、あの女を犯せ! 白目剥くまでヒイヒイ言わせてやれ」

「ウヒヒッ、ちょうど溜まってたんだよな」

「よく見ると結構上玉じゃねえか、胸はねえがこりゃヤリ甲斐がありそうだぜ」


 金髪とリーゼントが陽葵にじわじわと迫りくる。


「させるか!」


 立ち上がった晴は、陽葵の盾になるように前に立つ。


「お前の相手は俺だ!」


 注意を奪われている晴に向かって、佐田は横から突進をかます。

 対応が遅れ、晴は真横に突き飛ばされた。

 

 ついには、教室の壁際まで金髪とリーゼントに追い詰められてしまう陽葵。眼前に立ちふさがり、脱出できないようにガードされる。


「ほらほら、逃げんじゃねえよ。面倒だから両腕抑えとけ」

「りょーかい」


 金髪の指令で、リーゼントが陽葵の腕に手を伸ばそうとする。


「くっ、やめろ、汚い手で私に触れるな」

「何してんだお前らァああああ!」


 怒りに我を忘れて、晴は全身全霊で疾走する。

 佐田の巨体が立ちふさがるも、体勢を屈め、間をすり抜ける。

 しかし、机が障害物となり、失速。そのまま佐田の腕に捕まってしまう。

 エルボーをもろに食らい、背中から地面に叩きつけられた。響き渡る鈍い音が、晴の受けた衝撃を物語る。

 全身に稲妻が走り、身体が動かない。

 晴は、視界までぼやけてきたのか、目が虚ろだ。


「まあそこで見物してな」


 佐田が邪悪な笑みを浮かべて、晴を見下ろした。


 陽葵は、リーゼントに羽交い締めにされ、身動きが取れない状態になってしまう。


「やっと大人しくなりやがったな」


 さっきまでは暴れていた陽葵だったが、急に抵抗をしなくなった。


「お願いだ、やめてくれ」


 涙の浮かんだ目で、陽葵は金髪に懇願する。


「そう言われると、興奮するんだよな」

「ほらさっさと脱がしちまえよ」

「わかってるって」


 金髪は陽葵のジャケットを剥ぐと、次いでTシャツに手をかけた。

 下から引っ張り上げ、白い下着が晒される。


「ひゅー、盛り上がってきたじゃねえか」

「おい、こっちから見えねえんだけど」

「焦るなって」


 リーゼントを宥め、金髪は目の前の下着に手を伸ばし……


「今だ透花! 一思いにやってしまえ!」

「ぐわ」

「ぬお」


 ガン、ゴン、と二つ音が聞こえたかと思うと、金髪とリーゼントは卒倒した。

 彼らの背後には、机の上に乗った透花が椅子を持ち上げていた。


「陽葵さんを傷つけるのは許しません!」

「ありがとう透花、助かった」


 透花のことが見えていない佐田は、椅子が宙に浮いているような光景に、


「おい、一体どうなってやがる」


 と困惑する。

 その隙に、透花は机からそっと降りる。

 てくてくと歩き、佐田の後ろに回り込む。

 手近な机を移動させ、椅子を抱えて上に乗る。

 そのまま頭上から椅子を振り下ろした。

 うめき声を漏らしながら、佐田は力なく地に伏した。


  

 


 


 

 


 



 




 

 





 


 


  


 



 

 

 

 




 






 




 



 






 

 


 

 

 

 


 

 

 

 

 

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