第五話 少女の正体
晴、陽葵の二人に相対し、長テーブルを隔てた正面に少女は腰を下ろしていた。
市街地へ行くのは諦め、二人は少女の話を聞くことにした。晴としても、夢に出てきた彼女のことがすごく気になっている。
只今の無名部の部室内は、緊張した雰囲気であった。
まるで面接官の一人が少女に志望動機を聞くように、陽葵が問いかけた。
「つまり、私たちの活動に憧れて、無名部への入部を希望しているのだな?」
「はい、そうです。お二人の頑張ってるお姿に感銘を受けて、無遠慮ながらもお訪ねしました」
応援してくれる人はいたが、まさかあの二人三脚に憧憬の念を抱く人がいるとは……晴が部外者だったら、金を積まれても入部を拒否するかもしれない。
「なるほど、奇特なことだ。ところで君には生き別れの姉か妹はいないか? もしくは並行世界の私に、危険を知らせにきた私とかではないか? その場合私はなんて不幸な世界線なんだ!」
陽葵は嫉妬と羨望の入り混じった目つきで、少女の豊満な胸を睨む。
こんな動揺する陽葵は久々に見たと、晴は興味深く行く末を観察していた。
「ごめんなさい、心当たりはないみたいです」
「そ、そうか」
少女は申し訳なさそうに目を伏せた。
「そういえば名前を尋ねてなかったな」
「あ、はい――えっと、その、わたしは……と、透花っていいます。宮田透花です」
不意を突かれてテンパったのか、名前を告げるまで時間を要した。
晴と陽葵もそれぞれ自己紹介をし終える。
その後も、紹介のやり取りが続いた。透花はどうやら二年生であるらしい。
区切りのいいところで陽葵が立ち上がった。見計らったように、最終下校時刻の予冷が鳴る。
「それじゃあ透花、明日から放課後、無名部の部室にきてくれ。ハルも異存はないよな」
「はい、大丈夫です」
「オッケー、今日の無名部の活動は終了。さあ帰るか。透花も途中まででもいいから一緒に帰ろう」
「わかりました」
帰宅した晴は、夕食後、風呂を済ませて自室の勉強机にいた。出された数学の課題を消化していると、ふとベッドの方を振り向く。
「まさか予知夢だったとはな」
無名部に入部してきた透花を思い出す。
陽葵と見分けつかない程、似通った風貌。表情や仕草、性格こそ違うものの、多くの類似点が散見される。
そして夢で見た少女とそっくりだった。あの夢でのひと時は今でも鮮明覚えている。息遣いが聞こえてきそうなほどのリアルさだったから。
晴は唇が触れ合う程至近距離に迫った映像を脳内再生してしまい、途端落ち着きをなくした。
「やめだやめ、課題は明日の朝早めに行ってやろうっと。どうせバスケの朝練はないんだ」
そう自分を納得させた晴は、勉強類をしまい、ベッドに身を投げ出した。
読みかけの漫画を読みながら仰向けにくつろいでいると、スマホのバイブが震え出す。
鳴り止まないことから電話であると察し、手に取り、相手を確認すると、
「ひま先輩? こんな夜更けにどうしたんだろう?」
彼女は、SNS等で済ませようせず、電話を多用するタイプだ。だから、緊急ではないときでもこうやって時々かかってくる。
晴は応答ボタンを押して、スマホを耳に当てた。
『夜分遅くにすまない。ちょっと気になったことがあってな。今大丈夫か?』
「ええ、ベッドで寝ながら漫画を読んでたところです」
『そうか、気になったことというのは他でもない、宮田透花のことだ』
晴も、ついさっきまで彼女のことを考えていたので、互いに思うところがあるようだ。
『率直に聞く。お前は彼女のことをどう思う?』
「ひま先輩に瓜二つなことは不思議ですね。それと――」
先日見た、予知夢について話した。
『偶然という言葉のみで処理するには、キャパオーバーだな。私の個人の見解として、彼女にはいくつか不可解な点があると考えている。大まかに言うと、一つはお前が言った私とそっくりな点。もう一つは、彼女の制服が学校指定の物とは相違な点だ』
「制服? 何か違ってました?」
『ハルは観察力がないな~。まあかなり似通っていたから無理もない。まず、学校指定の女子のブレザーには、襟元と袖口に三本の白線が入ってる。だが、彼女の制服はどちらも紺色のまま。後、細かい部分だと、校章のデザインやリボンの色も違ってたな』
ほほー、と晴は感心した声を漏らす。晴自身、上下とも紺色で、伝統的な――悪く言えば地味な――制服くらいのイメージしかなかった。
『もう一つの私と顔が似すぎている点について。似ていることは偶然だと、一旦は結論付けてもいい。だが、同じ高校にいる以上、一度も話題に上がっていないのはおかしい。そのうえ二年以上同じ学び舎で過ごしているのだ。すれ違うことくらい普通あるだろう』
「それもそうですね」
『後、細かいところだが、自分の名前を言うだけなのに流暢に回答できなかったことか。人のよさそうな彼女をあまり怪しむようなことをするのは良心が痛むがな』
ここで少し間が置かれる。
微かに電話越しに、ん~~、むう~~、と唸り声が聞こえる。
何か言って間を持たせようかな、と口を開こうとしたところで、陽葵が決心したように話し出した。
『よし、私が明日全学年――全校生徒の名簿を洗って、宮田透花を探してみる。確か生徒会室に、全学年の名簿がパソコンのファイルに保管されているはず。現生徒会長と顔が利くから問題ないだろう』
「透花さんに直接聞いた方が早くないですか?」
『彼女から聞いたクラスの名簿を見て、本人がいなかった場合、嘘をついていることになる。そしたら結局全学年調べることになるから、最初にやった方が効率的だ』
「俺も手伝いましょうか」
『ああ、そうだな。ハルのスマホにも画像ファイルを送っておく。まあ、彼女が潔白なことを祈ろう』
おやすみ、と互いに言うと、陽葵との通話はどちらともなく切断された。
翌日、学校の授業が四時限分を終わると、昼休みに入る。
購買で買ってきたパンを教室でかじりながら、晴はスマホに目を通していた。
陽葵から画像ファイルのデータがさっそく晴のスマホに送られてきており、友人たちの会話そっちのけで調べている。
――さすがに膨大な量だな。
一学年プラス二学年半数の名簿だけでも、四百人分はあった。だが五十音順に並んでいるので、マ行のところだけを注視すればすぐ終わりそうである。
五時限目の予冷が鳴る頃には、全て確認し終えていた。結果から言うと、彼女が告げた名前との適合者はおらず。同様に、陽葵からのSNSメッセージにも【宮田透花ナシ】と簡潔に書かれていた。
正体を探るどころか、ますます謎が深まってしまった。
放課後、晴は部室に足を運ぶ。陽葵の他に、透花の姿もあった。
長テーブルを挟んだ二人が向かい合っている様は、まるで写し鏡のようである。
晴や陽葵にとってはお馴染みの部室でも、一人部員が加わるだけで新鮮な雰囲気を醸し出していた。
どちら側に腰を下ろそうか悩んだ末、一つ空けた陽葵の隣に決めた。
晴が席に着いたのを見計らい、陽葵が立ち上がる。そのまま、正面のホワイトボード前まで向かい、こちらに振り向いた。
「本日の無名部の活動内容を発表する。その内容とは……」
陽葵はマーカーで、黒板に文字を書き込む。そして前の句に継いだ言葉を言い放った。
「宮田透花とは誰なのか? だ!」
「ド直球すぎるだろ!?」
思わず盛大にツッコむ晴。
裏でコソコソ動いていた意味は何だったのか。
そーっと視線を透花の方へ動かした。やはり、驚愕――というより蒼白した顔で、固まっている。
「何が直球だ。本人には直接は聞かず、ちゃんと気を使っているだろう?」
「直接聞くよりなお悪いわ!」
晴は頭を抱え、机に突っ伏する。
いくら何でも、この状況じゃあ、透花も切り出しにくいだろう。やむを得ぬ理由があるかもしれないし。
「この名前について独自に調べた結果、この学校には在籍していないらしい。心当たりがある人はいるか?」
もう犯人を掴んでる先生がいじめっ子の自白を促すような状況ほど、微笑ましくはない。
沈黙する部室内を断ち切ったのは、透花による無言の挙手だった。
陽葵は透花を指名すると、彼女が重い口を開く。
「おそらくその方は、宇宙人ではないかと思います」
…………へ?
ちょ、ちょ、ちょっと待って、悪い冗談でしょ? 思考が追い付いていない。
「というのは嘘です」
「嘘かよ!」
「正しくは幽霊です」
「訂正しても好転してないだと……?」
普段は陽葵とするはずのボケとツッコみを、透花と繰り広げる晴であった。
その後、自分が幽霊であると明言した透花から、事情を聞くことにした。
「幽霊であることは証明できるのか?」
陽葵が透花に問いただす。
「この場では無理です。お二人にはどうやらわたしの姿を認知しているようですから」
「なら、誰かに見てもらう必要があるな。よし、これから体育館に行くぞ」
三人は無名部の部室を出て体育館までやってくる。開け放たれた扉の前で、バレーボール部やバスケットボール部の練習が行われていた。
「じゃあ、体育館の中心で下ネタを叫んできてくれ」
「ひま先輩、何てこと言わせようとしてるんですか!」
「わかりました。頑張ります」
透花は迷いない足取りで、体育館の中央に向かっていく。コートのど真ん中を突っ切ってるはずが、誰も彼女に見向きもしない。
中央付近で立ち止まり、彼女は意思を固めた。
「わたしのおっぱいおっきくないですか!?」
腰に手を当てて胸をそらし、体育館全体に反響する声量で、声を上げた。にも関わらず、透花の方へ誰一人興味を示さない。
遠くにいる晴と陽葵にはしかと届いているようで、
「それがどうした! 就職、進学にどう役立つのだ! 私だって――むぐぅ」
「ひま先輩聞こえますって」
陽葵の口元を押さえながら、強引にフェードアウトさせ、何とか扉の影に隠れた。
体育館から歩いて無名部の部室に三人は戻ってきた。
幽霊であることを見事に証明して見せた透花。陽葵は彼女のことをさらに深く掘り下げることにした。
「いくつか質問に答えてもらう。無理にとは言わないが、私たちもできるだけ協力したい」
「わかりました」
「じゃあまずは、宮田透花というのは本名か?」
「違います。本当の名前がわからないので、とっさに思いついたものです」
「ということは、記憶喪失なのか?」
「はい。常識や言語とかはわかるのですが、思い出だけは何一つないみたいです」
「そうか」
誰にも存在を認められないまま、行く当てもなく彷徨い続けていたのか。とても不安で、辛かっただろうに。
「いつ頃から幽霊として彷徨っているのだ?」
「一ヶ月くらい前からですかね。目を覚ますとこの学校の廊下にいました」
透花は懐かしそうに思い出を語り始めた。
「最初の頃はみんなが勉強している姿や、話しているのを見ているだけで楽しかったです。ですが、自分に意識が向けられていないことを知って、注意を引こうと物を動かしても、怖がらせるばかり。途端に虚しくなりました。夜が更けると学校にいるのは怖くて、灯りのある街まで行きます。幽霊だからなのか眠れず、日が昇るまでの間を星空を眺めながら今も過ごしています」
透花は、晴と陽葵に一回ずつ顔を向け、微笑む。
「何の生きがいもないまま日々を過ごしてたとき、ふと二人三脚をしている男女を発見します。大多数の人がその男女に奇異な視線を浴びせたり、蔑んで馬鹿にしていました。ですが、わたしにはその男女が輝いて見えました。目標に向かって真剣に取り組む姿勢に感動し、わたしも頑張ろうって、気持ちを入れ直します。わたしのことをみんなに知ってもらいたい、触れ合いたい、その願いを叶えるため、気づいたら無名部の部室の前まできていました。直前になり、ノックする勇気が起きず佇んでいたら、扉が突然開いて、わたしと目が合いました。何かの間違いかと思っていたのに、わたしに目を向けて、声をかけてくれました。あのときどれほど嬉しかったことか」
透花の回想が終わり、彼女の今に至る経緯を知った。一歩を踏み出した彼女のためにも協力してあげたいと、晴は心から決意する。
と決意したものの、質疑応答を繰り返す中では、活動の指針となる有力情報は得られなかった。
晴の予知夢の話をしても、何もわからずである。
最終下校時刻の予鈴とともに、陽葵は今日のまとめに入った。
「本日の議題、宮田透花とは誰なのかをこれにて終了とする。大雑把に次の活動方針を決めておく。ずばり、生前の宮田透花に関することの調査及び、真相究明だ。ヒントとなるのは透花の制服、それと何らかの原因で彼女が死んでいること。制服と共通した周辺の高校を探してみるのと同時に、女子高生の絡んだ事件や事故がないか調査しよう。ではこれからもよろしく頼むぞ透花」
「こちらこそよろしくお願いします」
透花は陽葵と握手した。
続けて晴とも握手を交わす。手のひらに感じる確かな温もりと感触からは、とても幽霊だとは思えなかった。
余談――天涯孤独の透花を放ってはおけず、陽葵の家を仮住まいにしてあげることになった。




