第四話 挑戦することの大切さと遅めのタイトル回収
「五分十三秒! 大分近づいてはきたが、まだまだだな」
ストップウォッチを止め、陽葵はタイムを読み上げた。
「下り階段のロスは大きいみたいですね」
息を整え、晴が返答する。
「やはり平地での最高速を上げなければな。さて小休止を挟んだ後もう一回挑戦だ!」
初回の二人三脚から二日が経った今日。どう足掻いても陽葵から逃れることは叶わず、休むことなく部活動に励んでいた。
二人三脚の周回もまもなく二桁に達しようとしている。
校舎内に二人三脚をしている男女がいるという噂は、日数の経過とともに広まりつつある。特定されるのも時間の問題だろう。晴個人としては、先生に無名部の無断設立がばれて、廃部になるのを強く期待していた。
「よし、今日は早めに切り上げよう。明日もあるから、しっかり休養を取って望まないとな」
「何言ってるんですか? 明日は土曜日で休校日ですよ?」
「当然無名部の活動を予定している。集合場所はこの部室。時間は午前十時。絶対くるように」
「あの実はですね……明日バイトの面接が……」
「はい見え透いた嘘をつかない! じゃあ、絶対サボらないように」
有無を言わさないまま、本日の部活動は終わりを告げた。
深夜、自室のベッドで熟睡していた晴は、扉を開く音に目を覚ます。
顔だけを動かし扉に向け、入ってきた人物に対して誰何する。だが反応はない。
気味悪さに文句の一つでも言ってやろうとしたところで、その人物のシルエットがはっきりしてきた。制服姿の少女が切なげな表情をして晴を見つめている。少女の顔には、とてつもなく既視感があった。
――ひま先輩?
少女の顔立ちは、陽葵とそっくりだった。
――どうしてこんな夜更けに?
少女は、寝ている晴のベッドへ、ゆっくりとした足取りで接近する。
さっきは陽葵であると断定した晴だっだが、全身を識別できるようになると、おかしな点が見受けられた。特にある部分――俗におっぱいと呼ぶ――が数カップ増している。
そんな制服の内側から押し付ける胸に気を取られていると、少女はベッドの上に乗り上がろうとしていた。
――ひま先輩、悪い冗談はほどほどに……
身体を捩って避けようにも、金縛りあったかのように動かない。
真ん中にある晴の身体を間に挟み、膝立ちした少女は、口を動かして何かを話している。辛そうな表情だ。しかし、うまく聞こえない。
――よく聞こえないですよ?
晴がそう問いかけると、理解したのか、少女は彼に顔を近づける。
普段から見ている端正な顔が、眼前まで急接近する。
吐息まで感じそうな位置までくると、再度口を開いた。
「あた――ア―――ットを――けて」
――え?
「おね――」
途切れ途切れな少女の訴え。
大部分を理解できないため、首を傾げていると、突然気を失ったかのように倒れこんでくる。
少女の頭がちょうど晴の額に直撃し――
「こんの、起きろハル!」
「うわ~!」
おでこに衝撃を感じて大きく目を見開いた。
鈍い痛みをこらえながら、視界のぼやけた目を擦る。
焦点が合うと、晴の顔を逆向きに覗き込んでいる少女がいた。
「あれ? 何でこんな真夜中に俺の部屋に?」
「ま~だ寝ぼけているのか。もう一発私直伝のヘッドバットを食らうか?」
そう言われてカーテンの隙間を覗く。日光が、正面にある家の屋根を眩しく照り返していた。
そっか、思い出した。一度七時に起きたけど、土曜日だからって二度寝したんだ。
それにしても今さっき見た夢はリアルだったな。陽葵と瓜二つの少女が何か必死そうに話していたけど、よくわからなかった。
「現時刻は十一時。何か言うことは?」
陽葵は、指をパキパキ鳴らし、怒り心頭なことを演出する。
「ひま先輩、最近胸が成長したりしてませんよね?」
あれ、なんか今、輪ゴムが切れたような音が……。
「人が気にしていることを! いっぺん死ね!」
「ぐぬうおあああ」
陽葵から二度目のヘッドバットをもろに食らって、意識が吹っ飛んだ晴であった。
休日にもかかわらず、学校に赴く晴と陽葵。
徒歩で三十分程度の道のりだが、こう毎日だとしんどいものがある。
いつもの通り二人三脚で二棟を回り、延々と反復する。
途中までは成長が見られたものの、三分の大台に乗ってからピタッと成長が止まった。
日曜日になってもそれは変わらず、自己ベストである三分四十秒を長らく更新していない。
バスケで鍛えているだけあって肉体的疲労はほとんどない晴だったが、一定作業の繰り返しによる精神面に支障をきたしていた。
「ふう、さすがに疲れたな。もう一回やったら昼休憩を挟むか――ん? ハル、どうした?」
俯いたまま顔を上げない晴に、陽葵は声をかける。
「もうやめません? こんな無意味なこと」
低い声で内心を吐露する。
「せめてもっとまともなことをしましょうよ」
一向に意図が見えない活動に、限界を感じていた。
晴の発言に、全てを察し、全てを受け入れるような微笑で、陽葵は諭した。
「ギネス世界記録って知ってるか?」
「それはまあ」
関連性のない話題への転換に晴は戸惑う。
「登録されているものは多種多様で、結構ユニークなものも多い。チェーンソーでジャグリングしたりと、命を削るような行為をする人までいる。だが、危険だと、馬鹿げているとわかっていても、果敢に立ち向かう。なぜか? みんな挑戦することの楽しさ、大切さを知ってるからだと思うんだ。何かに夢中になって取り組んでいる人は、自然と魅力的に見える。下らない、と嘲笑することは簡単だけど、全力でやってみてからでも遅くはないんじゃないか?」
「……」
何も言い返せない。確かに正論だと晴はしみじみと感じる。自身の中で欠けていたピースを、見つけ出したかのような心境だった。
思えばバスケットボール部での活動だって同じではないだろうか。バスケットボールを知らない人からすれば、球を必死こいて取り合って、リングに入れる回数を競っているようにしか見えないかもしれない。でも参加者は知っている。辛い練習を乗り越え、仲間と切磋琢磨し合い、初めての公式戦で勝利する。その気持ちよさを! 喜びを!
そうだった。すっかり忘れていた。そのために挑戦していたのか。
「ふふ、その様子だとようやく思い出したみたいだな。顔が綻びているぞ」
「ありがとうございますひま先輩! 失くしていたものをようやく見つけられました」
「そうか、よかったな。じゃあ、無名部の活動を再開するぞ! っとその前に腹ごしらえだな」
昼休憩をした後も目標タイムを目指して二人三脚を繰り返した。やはり三分の厳しさは尋常ではないようで、本日もクリアできなかった。わずか二秒というところで……
週が明け、月曜日の放課後。
「順当にいけば今日クリアできるだろう。経験で培ったことは身体が覚えてるはず。力まずに行くぞ!」
「はい!」
気合い充分な姿勢で、スタートラインに立つ晴と陽葵。二人の顔つきは真剣そのもので、ゾーンにいるかのような集中力だ。
陽葵が秒数を読み上げる。スタートが間近に迫っていた。
ゼロと読み上げたと同時にスタートダッシュに成功。初回の二人三脚が嘘に見える速度だ。ランニングをしているようにしかはたからは見えない。
第一コーナーもスムーズに曲がり直線へ。連絡通路を通過して最大の難関下り階段。
ここだけはどうしても一定のペースは上げられないようだ。手すりを利用し確実に一歩一歩降りて行く。
ロスを最小限に抑えたところでもっとも長い直線に差し掛かる。運が悪く、廊下に数人の生徒が立っていた。障害となる生徒がいると、タイムにも影響は免れない。
早めに気づいて、避けてくれることを期待する。だがその懸念は杞憂のようだった。
「頑張れー!」
彼らは晴と陽葵に黄色い声援を送った。
校舎内で二人三脚をしている二人組という噂は、よもや知らない人はいないくらい有名だった。何をしてるのか気になって、本人たちに直接聞いた生徒は数知れず。馬鹿にする人が多く占める中、こうして影ながら応援してくれる人も時々いるのだった。
百メートルはある廊下を端まで走り、コーナーを曲がる。そのまま連絡通路を通って特別棟へ。
上り階段に足を乗せると、タンタンタン……とリズミカルな足音を響かせながら、最上階を目指す。
そして……最後の直線に入り、透明なゴールテープを走り抜けた。
額から汗がこぼれ落ちる中、陽葵がタイムを読み上げた。
「二分五十九秒七二!」
真横を向き、驚いた表情のまま互いの顔を至近距離で見つめ合う。直後、二人の顔に満開の花が咲いた。
「ついに、ついにやりましたねーーー!」
「くはーーー、努力した後の達成感はたまらない!」
廊下にもかかわらず、大声で喜びを表現する晴と陽葵。
二人は、紐で一つになった足を解くことをすっかり忘れている。それはまるで、硬い絆という糸で結ばれているようだった。
興奮冷めやらぬまま、二人は部室にいた。
目標タイムを達成した祝いとして、陽葵はある催しを提案した。
「早い段階で目標タイムを達成してしまい、時間が有り余っている。そこでだ。これから市街地まで行って、祝賀会を兼ねた夕食でもどうだろう?」
「いいですよ! 行きましょう!」
ジャージから制服に着替え、荷物を抱えた二人。
帰り支度が完了したので、部室の引き戸を開いた。
「え!?」
先頭にいた陽葵が、困惑した声を上げる。
「どうしました?」
「それはこっちが聞きたい」
陽葵が視線を送る先には、見知らぬ少女が佇んでいた。部室の出口を遮るように、俯いている。
身動きをしないまま反応がないので、不気味さが漂う。そのうえ、髪で顔が隠れているため、一層そう感じた。
「出られないからちょっとどいてくれないか? それとも私たちの部室に何か用か?」
陽葵が声をかけると、下を向いていた少女が顔を上げた。
「え? どうして?」
意外そうなトーンで細い声を出し、目を見張る少女。
しかし、もっと驚いたのは、こちら側だった。
「あ! 君は! この間夢で見た――」
「な、何で私がもう一人……?」
三人は個々の仕草で、別々の理由で、驚きの情緒を表現する。
そして停滞した場の空気は、少女の発言で再び流れ出す。彼女は遠慮がちに口を開いた。
「あの! 入部を希望してるんですけど!」
まるで引力に導かれるかのように、彼らは運命的な出会いを果たした。




