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第一話 退部したその日、暴走列車(幼馴染)に巻き込まれる?

「今までありがとうございました」


 そう最後に言い残し、旅籠晴(はたごはる)は職員室の引き戸から廊下へと出た。

 直後、身を切るような冷気が全身を襲う。

 暖房のある室内との落差を感じるとともに、鬱屈した感情も蘇る。


 ――本当にこれでよかったのだろうか。


 退部してやったぞという充足感と、拭えない未練。相反する二つが悪循環を続ける。

 晴が今年の四月にスポーツ推薦で入った青蘭高校。中学から継続していたバスケットボール部に入部するも、七か月経った十一月の今日、自主的に退部。

 そこに至るまで紆余曲折あったが、一番の理由は周りの雰囲気がよくないことだ。

 別にやる気を感じないわけじゃないが、本気も感じない。勝とうという目標もなく、惰性でやっている。

 真面目に取り組んでいる晴が周囲からむしろ浮いてしまい、居心地が悪い。

 そういった意味では辞めて正解だ。だが――

 

「バスケットボールを取ったら何が残るんだ? 俺に」

 

 アイデンティティを失う気がして、不安が込み上げる。

 なんとも心が晴れなかった。


 静寂が漂う一本道を歩き、晴の向かう先は四階の教室。荷物を置いた状態で職員室に赴いたため、取りに戻っている途中だ。

 すれ違うジャージ姿の運動部を尻目に、制服姿の晴はリュックサックを回収。八十段近い階段を往復し終え、昇降口まで辿り着いた。

 上履きを下駄箱にしまい、スニーカーに手をかけたそのとき、身体全体が一気に傾いた。


「う、うわ! なんだ!?」


 空いている左手首を強引に掴まれて、転ぶ寸前でどうにか体勢を維持した。


「超特急陽葵(ひまり)号! お出口は終点まで開かないぞー!」

「ひま先輩!? ちょっと俺帰りたいんですけどっ」


 晴の手を引っ張って全力疾走をしたのは、よく見知った幼馴染――朝倉陽葵(あさくらひまり)だった。


「この先、電車が揺れますので、つり革や手すりや私の手に掴まり、身を委ねてください。てか、急に立ち止まられると、私の腕がもげる」

「ちょっと人の話聞いてます? つーか聞け陽葵!」


 こうなるともう誰も手が付けられなくなる。まさに暴走列車だ。

 陽葵の背中にかかる躍動感ある長髪を眺めながら、晴は溜息を吐いた。



 

「終点に到着~」

「はあ、はあ、何回もこけかけた」


 晴が連れてこられたのは、特別棟四階の真ん中に位置する教室前。すり板ガラスを使っているため、中の様子は見えない。

 一階から四階までの道程を足を休める暇なく駆け上がったせいで、動悸が鳴り止まない。一方の陽葵はケロッとしていた。


「ここが我が部室だ! 入りたまえ、ハル!」

「ひま先輩帰宅部ですよね?」

「いんや、ついこの間創設した」


 そもそも十一月のこの時期、部活に所属する大多数の三年生はとっくに引退しているはずだ。同じく三年生である彼女はなぜさっさと帰って受験勉強しないのか。

 そんな晴の苦悩など露知らず、陽葵は引き戸を端まで開いた。


「というかまだ入部するとは一言も――」

「――つべこべ言わず入った入った」


 陽葵は晴の背中に両手を添える。そのままぐいぐいと力を加えられ、部室内へと押し込まれた。


 室内に入った晴の視界に、広々とした空間が飛び込んできた。と同時に、ぽかぽかした空気に包まれる。見ると、壁際に石油ストーブが点火されていた。

 部屋の中央には、長テーブルが用意されている。

 

「どうかね、我が部室の印象は」

「部室を乗っ取ったわけじゃないですよね」

「失敬な、そんな理不尽なことするわけない。ただ、無断使用しているだけだ!」

「理不尽だーーー!」


 陽葵の話を聞くに、もともとこの空き教室は、去年まで活動していた歴史研究部の部室のようだ。所属していたのが三年生のみで、自然と廃部になったそうだ。

 歴史研究部だった卒業生の一人と陽葵は親しい間柄で、こっそり作っていた部室の合鍵を譲り受けたという。

 長らく使われてなかったにしては目立った埃もなく、全体的に綺麗だ。整理整頓もされている。陽葵が掃除したのかもしれない。

 

 晴と陽葵は、長テーブルの両側にあるパイプ椅子に、向かい合うように座った。


「それで、そろそろ解放してくれませんかひま先輩」

「まあ、待て。ハルはバスケを辞めたんだ。どうせ帰ってもやることないだろう?」

「ど、どうしてそのことを!?」

「私の話を聞いてからでも遅くはないんじゃないか?」

「わ……わかりましたよ、聞くだけですからね」


 そして、部長陽葵の主導によるオリエンテーションが始まった。


「まず、この部の名前だが、そんなものはない」

「え~、目的や方針にふさわしい部活名くらい決めましょうよ」

「目的ならある。それは何をするか決めるという目的だ」

「いやいや、順序おかしいでしょう? 部活動の目的を決めてから普通部活動を始めません?」

「一つの枠に囚われるのなんて、つまらない。好きなことを好きなときやる。そっちのほうが断然面白い」

「それ、部活動の体裁保つ必要性なくないですか?」


 放課後、適当に集まって遊べば済む話だと思う。それ以前に、自分に目的の決定権はあるのだろうか。

 そんな急所を突いたツッコミは華麗にスルーされ、


「そうだな、確かに部活動名は必要かもな。呼称に困りそうだ。ふ~む、なら、無名部にしよう」

「はあ、これはまた安直な」

「活動は放課後毎日するから。ハルは強制参加ということで。今日は解散!」

「ちょっと、何を勝手に」

「帰る方向はどうせ一緒なんだ。愚痴くらい聞いてやる」


 そんなこんなで、バスケットボール部を退部した直後に、強引に無名部へと入部させられてしまった晴。

 思えば昔からそうだ。人の言うことなど聞く耳持たず、やりたい放題。

 これから先、どうなることやら……



 






 




 



 




 

 

 

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