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三日が経ち、世間は騒がしくなっていた。
茂原での事件が、深海の読みどおり、全国規模の大ニュースになったのだ。警察発表はまだないはずなのに、マスコミは一斉に報じていた。
内容を要約する──。
塚本という男がリーダーのこの集団は、少年時代から暴力的な非行グループであった。同じようなグループとの抗争。一般の人間を襲って、金品を奪うようなこともしている。強盗、傷害、恐喝。少年院に入っていたメンバーも多い。
だが成人になると、目立った犯罪はおこしていない。それが、たんに「目立っていなかっただけ」だということが、白日のもとにさらされた。
(いや……まだ、そうときまったわけじゃない。捜査は、これからなんだ)
二年前に行方不明となった女性は、福島時江という。身寄りがないことから捜索願いは出されていないが、警察は事件性が強いとして、本格的に捜査を開始するようだ。
(たいへんなことになった……)
朝。新聞記事に眼を通しながら、健介は身支度を整えている。警察庁が用意してくれたアパートだ。てっきり警視庁の独身寮なのかと思ったら、民間のアパートで、まだ新しくオートロックもついている。もう少し建物が大きければ、マンションという名称でもおかしくないほどだ。
テレビをつけても、そのニュースをやっていた。
ただの公務執行妨害が、殺人にまで発展しようとは……。
ちがう。福島時江さんが死んでいるとはかぎらない。生きているかもしれない。彼らに厳罰をあたえたいと考える自分のなかに、それを否定する自分もいる。厳罰を望まないわけではない。ただ、罪を重くする犯罪がそれでなくてもいいのではないか……。
できれば、福島時江さんは生きていて、べつの事件で彼らは厳罰をうければいいのだ。
なぜだろう。会ったこともない福島時江さんが、今回救った菊地たみ子さんと重なってしまう。あんな、か弱い老人に鬼畜の振る舞いをする男たちが許せなかった。彼らから逃げのびて、どこかで平穏に暮らしていてもらいたい……。
出勤すると、しかし事件のことは話題になっていなかった。
深海をはじめ、湖内勇太も川名奈々子も、まるで興味がないかのようだ。
「わたしたちの仕事は終わったの。あとは、警察の役目でしょ」
健介が疑問をぶつけると、奈々子はそう言った。
警察の仕事──自分たちも警察官ではないのか? いや、ここは警察庁の分室で、われわれに捜査権はない。たしかに、奈々子の言うとおりなのかもしれない。
あとは、佐野警視をはじめとする、警視庁刑事部の役目なのだ。
「次の任務よ」
奈々子から、数枚の書類を渡された。見れば、湖内勇太のデスクにものせられている。
「まだ確定的な案件はないの。これから内定を進めていくのよ」
「内定?」
「あー、今度は鹿児島ッスか!」
健介の声は、湖内の叫びにかき消された。
「鹿児島?」
「そうッスよ。遠すぎるッス!」
「なに言ってるの、いつも観光気分で喜んでるくせに」
このやりとりが、いま一つ飲み込めなかった。
キョトンとしていたからなのか、奈々子が解説してくれた。
「わたしたちの管轄が全国なのは、もうわかってるでしょう? だから当然、日本全国どこへでも行くわ」
そのために一時的とはいえ、国家公務員としての待遇をあたえられているのだった。
「出張ということですか?」
「そうよ」
「ぼくもですか?」
「それを読んでみて」
健介は、渡されたばかりの書類に視線を落とした。
神奈川県小田原市、という文字がまず飛び込んできた。
調査対象者・諸橋正三、およびその家族。
「神奈川……ですか?」
「まだ赴任したばかりだし、近場のほうがいいでしょう? ここから通うこともできるけど、ちゃんとホテル代は経費で出るから」
と、前置きしてから、
「でも、一番安い宿でね」
「は、はあ……」
宿泊のルールはわかったとして、まだ腑に落ちないことがある。
「湖内さん──」
「勇太でいいッス」
「勇太さんが鹿児島で、ぼくが小田原……、深海さん、川名さんは?」
「わたしは、ここで待機よ。深海さんは、」
どこでしたっけ? という瞳を奈々子は向ける。深海は、表情を変えることなく答えた。
「富山だ」
ということは、行かない奈々子をふくめて、四人がバラバラに動くということなのか。
「ぼく一人で行くんですか?」
「そうよ」
「で、でも……ぼく一人で、なにを……」
「そんなこと言われたって、ここの人数を考慮すれば、仕方のないことなのよ。たった四人しかいないんだから。まあ、詩織ちゃんを入れれば五人だけど」
彼女はカウンセラー……いや、デプログラミングというものの担当のようだから、通常の調査は専門外のはずだ。しかしそれにしても、全員で一つの案件にとりかかればいいのではないだろうか?
その問いは、奈々子に先回りされた。
「管轄が全国なんだから、いっしょに動いていたんじゃ、効率が悪いのよ」
そうあらためて言葉にされれば、そのとおりなのかもしれない。それはよくわかる。
わかるのだが……。
「ぼくは交番勤務の経験しかないんですよ。犯罪の捜査とか、したことありません」
「そんなことはわかってる」
それまでブスッと黙っていた深海が、冷徹ともとれる声音で言い放った。
それはそうだ。自分の経歴が、ここの室長(?)である深海に伝わっていないわけがない。ならば、こういう役目に自分が不釣り合いなこともわかっているだろう。それとも、やはりここへ飛ばされたのは、なにかヘマをしたからなのか……それとも偉い人に嫌われたからなのか……。
「池田くん、あなたほどこの任務に向いている人はいないのよ」
が、奈々子から意外すぎることを伝えられた。
「え?」
表情からは、お世辞を言っているとも思えなかった。
「このまえのことを思い出して」
「千葉でのことですか?」
「そう。あなた、本当に適任だったわ。あれほど『おまわりさん』が似合う人は、なかなかいないわ」
それは、ほめ言葉なのだろうか?
「ああいう要領でいいのよ。おまわりさんに扮装して、問題の家庭を訪問するの」
べつに変装していたわけではない。あれが自分の日常なのだ。
「制服を着るんですか?」
「そうよ。ちゃんと持っていってね」
湖内や深海も制服を着用するのだろうか? 湖内はともかく、深海のそんな姿を想像することは難しい。今日もあいかわらず、派手なガラシャツだ。
「それじゃあ、出発してちょうだい」
奈々子が号令を出した。
「え!? いまからですか!?」
「あたりまえじゃない」
「準備とかは!?」
「これから家にもどってすればいいでしょ」
「……」
──こうして、唐突に小田原への出張が決まってしまった。
こういうことが、ここでの日常になっていくのだろうか?




