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魔王と聖女の遺産  作者: かげのひと
9/17

第2話 『誘いと導き』 ④

2-4



 バタン。


 今にも崩れ落ちそうな水車小屋から姿を現したアルフォデルは転がるようにその小屋を後にする。

 心なしか額に汗が光り、顔色も優れない。その口許も硬く結ばれていた。

 情報屋から得たものが、想像以上のものだった。

 ・・・・―――ならば、どんなによかったか。

 しかし、情報は空振り。ハズレもハズレ、大ハズレだ。なんの情報も持ってはいなかった。

 アルフォデルの顔色が優れないのは、情報のせいではなく、純粋に情報屋のせいだった。

 人の顔をジロジロ見ては、頬を染め、何かといっては手を握る。これが女性ならば見た目も年齢も気にはしない。だが、その他の性別は・・・勘弁だ。

 いつでも来てねと甘ったるい猫なで声で太ももを触れそうになった時にはもう出入り口のノブに手を掛け、そのまま猛烈ダッシュで走り抜けた。なにやら遠く後ろの方から声が聞こえるような気もするが、きっと幻聴だろう。振り返ったら見てはいけないものを見てしまいそうでアルフォデルは必死に頭を振った。

 金を払わずにすんでも、貞操を奪われてしまっては笑うに笑えない。

 脂汗を拭い、アルフォデルは息を整えることも忘れ舗装されていない道を走り去った。

 しばらく駆け足を続け、ようやく見慣れた街中へと逃げ帰る。中央の通りに出るとまばらだが、人の姿も確認できた。急ぐ足を止め、あたりを見回すと広場が見える。好都合にもベンチもある。

 上がった息を整えて、アルフォデルはベンチに腰掛けた。

 そして、嫌な思い出になりかけた水車小屋で得た情報を整理する。

 とりあえず、クサギに関する事を調べておいてくれるという事だが、もし行くとしてもカラーを行かせようと心に誓った。二度と、あの情報屋とは顔を合わせるものか。

「・・・例の誘拐事件との関係性が薄いという事だけは救いだが・・・」

 あの場にいて、分かったのはそれくらいだ。

 行方知れずになっているのは、どれも十代後半から二十代前半くらいの年頃の娘であること。赤色の双眸を持ち、魔導値が高いこと。だが、彼女(クサギ)の眼は濃い茶色だったし、魔導力もあの小さい体からは感じられなかった。

 よほど、ブローディアの方が狙われる確立が高い。カラーと共に行動している限り、大事に至るようなことはないとは思うのだが。

「・・・・・は」

 短く溜め息を吐き、項垂れた。

 ブローディア。・・・美しい娘だとアルフォデルも純粋に思う。

 しかし、あの赤い瞳で真摯に見つめられると、どうにも逃げ出したくなる。いや、現に逃げ出しているのだろう。

 打算もなくただ相手の力になりたいと思う崇高さと、自分の想いを腐らす事のない気高さ。そんな瞳を向けられても、自分にはそれに応えることは出来ない。むしろ、彼女の瞳を通して、過去の自分と罪が押し寄せてくる。だからこそ、逃げ出してしまう。だからこそ、どうしてもブローディアと向き合う事が怖かった。

「・・・・まったく、情けない」

 自嘲を浮かべながら、アルフォデルは自分へと呟いた。



「―――何が情けないんだい?」


 不意に、世界から一切の音が消えた。

 音だけではない。風も、寒さも、臭いも、そして、人の気配すらも、だ。

 整然と並んだ街並みに、ただ一人アルフォデルは取り残されたような気分になった。

 しかし、取り乱すことなく、アルフォデルは人の、または人以外の気配を探す。

「・・・・・」

 人の消えた世界で、自分に近づいてくる気配は濃密で、不覚にも鳥肌が立つのがわかる。

 この世界からアルフォデルという存在一人を切り離す芸当が出来るなど並みの魔力では無理だ。

 考えられることは―――ただひとつ。


「やぁ、はじめまして。こんばんは」


 空気が割れ、乳白色の髪が闇に浮き彫りになる。夜の影から姿を表したのは一人の男。緩いウェーブのかかった髪をローブとともにかき上げて、仰々しくお辞儀をアルフォデルに一つ。

 額には人間は持たない犀のような短い角。

 妖しく細められた緑の眼には、この男が何者であるかを表すように虹彩の代わりに複雑に描かれた紋様が赤く浮き上がった。

「―――・・・・魔族、か」

 チッ、と舌打ちせずにはいられなかった。空間を切り離されるまで気付かないなんて、カラーに笑われるどころか、師匠に殺される。

 しかし、バレなければいい。何が目的かはわからないが、一介の魔族ごときならば決して倒せぬ相手ではない。それが招かれもしない人間の世界から空間を切り離す力を持つものだとしても。

「・・・・何の、用だ」

 内情を押し殺し、普段と変わらない声音で相手に問い掛ける。返答が戻ってくるとは考え難いが、それでも相手の考えが少しでも読めれば、それに越した事はない。

 そんなアルフォデルの厳しい視線を受け流しながら、

「ご挨拶だなァ・・・アルフォデル君」

 困ったように微笑んだ。親しげに、まるで友人に話し掛けるように。しかし、アルフォデルの知り合いにこんな男はいない。

 しばしの沈黙が世界を包む。それに耐えかねたように魔族が先に口を開く。

「自分の名前をどうして知っている、って聞かないの?」

「興味がない。用が無いならば、さっさと消えろ」

「あれ、聞いた話と違うなぁ・・・。優しいのは彼女にだけかい?」

 その言葉にピクリと、切れ長の紫の眼が反応を示した。アルフォデルが「彼女?」と問う前に、目の前の双眸に浮かぶ紋様が暗闇で歪んだ。

 アルフォデルの感情の機微に、愉快だと言わんばかりに緑色の瞳が細められたのだ。

「西の廃都で待っています。だって。でも、今日はもう遅いから、明日のお昼にしよう。夜に年頃の女の子を出歩かせるなんて危険だものね」

 まるで遊びの約束を取り交わす気安さで魔族はそう言い放った。

「明日の正午、エームングリンの廃都だよ。間違えないで行ってあげてね」

 それだけ告げると男の髪が風に揺れる。

 風が、戻ってきた。

「まっ、待て!」

 はっ、と事態を理解し、アルフォデルが声を荒げるが一足遅かった。目の前で男の身体は闇に揺れ、そして瞬きの間に闇の中に()けて消えた。

「・・・・・・・」

 寒風が魔族の気配を吹き飛ばす。まるで、何事もなかったかのように、エウルの街に音が戻ってきた。―――・・・普段ならば心地よいと感じるはずの夜風が、妙に心を掻き乱した。

「エームングリンの廃都・・・・」

 あの魔族の言葉が確かなら、そこの彼女がいる。

 いいや、魔族は嘘をつかない。つけない。そういう生き物だ。彼女は確実にいるだろう。

 何にしろ、手がかりは得た。

 それはクサギを探す上での前進だろう。だが、確実に罠とともに待ち構えている。しかし、何故、クサギが・・・?いや、どうして、自分が狙われなければいけないのか?

 ・・・問いかけは、そのまま答えを導き出す。


―――・・・・・理由は身をもって知っている。


アルフォデルは奥歯が砕けるほどに強く噛みしめた。


やっと動き始めた物語、でもまだまだ先は長い。

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